著者
内山田 康 O'DAY ROBIN O'DAY Robin
出版者
筑波大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25 (Released:2015-01-22)

From April 2016 to August 2016, Dr. O'Day did 4 months of ethnographic fieldwork and continued working with NG0s, Fukushima evacuees and activists working on the related issues. He worked with a group mothers who have evacuated from Fukushima to Tokyo with their children, a group of mothers who remained in Fukushima after the nuclear accident, a group of volunteers that identify themselves as “supporters” of those evacuees, a peace movement of women called “Mothers Against War”, and another student peace and pro-democracy movement called Student Emergency Action for Liberal Democracy (SEALDs). In addition, Dr. O'Day also engaged in participant observation research at political demonstrations, community events, and by volunteering in some disaster reconstruction projects.
著者
内山田 康
出版者
京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科
雑誌
アジア・アフリカ地域研究 (ISSN:13462466)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.148-173, 2014

This is an attempt to follow and describe from the perspective of Simondonian ontogenesis the emerging imbroglios constituted interactively by leaking radioactive materials, inorganic substances, organisms, institutions, interests and words in the wake of the Fukushima Daiichi nuclear disaster. People attempt to control such irreclaimable imbroglios, at least at the level of political discourse fortified with technical symbols: imbroglios are artificially dissected and are placed in separate domains, premised on different scales. The one constituted with political language, by nature, cannot speak for those formed at the levels of molecules, organisms and eco-systems. Despite Prime Minister Abe's assertion that "the situation is under control," the radioactive water continues to leak into the soil and into the ocean. Words that re-present the situation do not correspond with what is happening "out there." A fisherman I met in Hisanohama was trying to promote the safety of fish caught off the coast. "Fish from Fukushima are safe to eat." Yet, he wouldn't let his son eat those very fish. Agricultural Cooperatives and Fukushima City use locally produced rice in school lunches in order to send a positive signal to consumers. "Rice from Fukushima is safe to eat." Parents of small children in Fukushima, however, do not necessarily trust the basis of the safely standards for radiation protection. I describe various attempts by non-experts and nonconforming experts to follow the imbroglios of hidden actors in the vicinity of nuclear power plants. Following the imbroglios is a task of extreme difficulty. The essay ends with an imagined conversation on the method with Akira Adachi.
著者
足立 明 山本 太郎 大木 昌 加藤 剛 内山田 康
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1999 (Released:1999-04-01)

本研究の目的は、アジア諸社会において行われてきた公衆衛生に関わる社会開発の客観的・実態的把握に加え、政治的、社会文化的に構成され演出されてきた「清潔さ」「衛生」「健康」の関する語りやイメージを把握し、人々の社会開発をめぐる生活世界を解明することであった。そして、複数の社会での比較研究を通して、「開発現象」の共通性と個別性を明らかにすることを目指した。具体的には、(1)スリランカ、インド、インドネシアにおける公衆衛生プロジェクトの事例研究と、それに付随する様々な「開発現象」の学際的資料の収集、(2)開発言説を軸にした公衆衛生をめぐる新しい開発研究における枠組みの構築の2点であった。その結果、この3年間収集してきた資料は保健衛生に関わる開発プロジェクト、特に村落給水計画事業に関わるものであった。また、それと相前後して、調査のとりまとめに向けた理論的枠組みの再検討(アクター・ネットワーク論、サバルタン研究論)と、このような医療衛生研究の背景となる社会史的な資料の検討も行った。また、オランダに所蔵してあるインドネシアの医療史関係の資料も収集し分析した。ただし、とりまとめの研究成果報告書には、時間の関係で、村落給水事業の分析を十分に行うことは出来なかった。今後、村落給水計画に関する資料の整理を行い、開発言説と公衆衛生との関わりを論じていきたい。
著者
内山田 康
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.76, no.1, pp.53-76, 2011-06-30

ミーナークシー寺院の北門を守るチェッラッタンマンは、偉大な神に否定された卑しい女神なのか。菜食の神々と肉食の神々の関係は、カースト間関係と相同のロジックを持ち、両者は相補的で階層的な関係にあるとするデュモン、ビアドゥー、フラーらの構造的な思考からこぼれ落ちたパーソンの過剰を本稿は取り上げる。パーソンは階層的に差異化した存在者ではない。パーソンは変態する。パーソンは他のパーソンの中に現れる。私は本稿において、高位の神の分身とされる低位の神の本性を、答えが予め決定している階層性の公準において捉えるのではなく、パーソンに内在する生成する差異とその外在化において探求する。すなわちアンチテーゼでチェッラッタンマンを捉えるのではなく、テーゼにおいてチェッラッタンマンは誰かを問う。南インドの周縁の伝統には、パーソンの連続性に関る古い主題と古いロジックが残っている。このロジックを辿ると、高位の神と低位の村の神の間に、差異と連続性が現れる。古い南インドの存在論のパースペクティヴから見ると、チェッラッタンマンとミーナークシーは、反復から生まれた相互の分身と捉えることができる。持続の中で、ミーナークシーは部分的にチェッラッタンマンの未来となり過去となる。私は全体性のパースペクティヴが捨象した契機を、存在への問いに導かれて記述することを試みる。
著者
内山田 康
出版者
日本文化人類学会
巻号頁・発行日
pp.A15, 2016 (Released:2016-04-22)

全てを階層的な関係の中に包摂する全体論的な構造から逃れる先住民の女神がいる。この南インドの女神は、ある女性の非業の死から単独の神として生まれた。女神はヒンドゥー寺院の象徴的階層構造に取り込まれて穢れた部分を排除される。だが全体からは予測できない飛躍の中で排除された部分から意味が生み出される。系列と系列を横切って創発が起こり、全体論的な構造が部分化する過程を記述した後、部分と全体の関係を再考する。
著者
内山田 康
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.73, no.2, pp.158-179, 2008-09-30

アルフレッド・ジェルは、美学的な芸術の人類学の方法は行き止まりに突き当たると言った。それはどのような行き止まりだったのか。この行き止まりを超えることはどのようにして可能だとジェルは考えていたのか。このような疑問に突き動かされて本稿は書かれている。ジェルのArt&Agency(以下AA)を批判したロバート・レイトンは、ジェルが芸術の人類学を議論する時、文化や視覚コミュニケーションを重要視しない点を批判した。もしも見直す時間が残っていたら、ジェルは、このような点を書き改めたに違いないとレイトンは言う。レイトンはジェルの作品全体の中にAAを位置づけなかったから、このような仮定が立てられたのだろう。私はAAをジェルのより大きな作品群の中に位置づけなおして、ジェルの芸術の人類学が前提とした認識論へ接近しつつ、その芸術の人類学で重要な役割を果たした再帰的経路の働きと、図式の転移について考察する。
著者
内山田 康
出版者
筑波大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2004 (Released:2004-04-01)

南インド、ケーララ南部の丘陵地帯に住むクラヴァたちの、宗教的実践と政治的実践の変容とその相互関係について平成16年度から19年度にかけて調査を行うなかで、2年目にプラーティと呼ばれるクラヴァの降霊術師に偶然に出会ったことは幸運だった。クラヴァについては19世紀の終わりに実施された民族誌的調査の短い記録がE. Thurston (1909) Caste & Tribes of South Indiaの中に再録されている。その中に、プラーティが行う降霊会について言及されているが、その内容は明らかではなかった。また、私は1992年から行ってきたフィールドワークにおいて、一度も降霊術師に会ったことがなかった。しかし、この調査の2年目に降霊術師に会い、もう行われていないと聞いていた降霊会に参加してその内容を知ることができた。プラーティは死者を呼び戻して、死者と親族が話せるようにする。親族たちが知りたいのは次の二点だ。(1) 死者はなぜ死んだのか。(2)死者はどのような負債を抱えているのか。知られないまま弁済されない負債は、生きている近い親族たちの不幸の原因となるため、死者にそのことを尋ねる。近年、教育を受けたクラヴァの中には、問題を降霊会によってではなく、裁判で解決しようとする者も現れた。このような状況のもと、降霊会を成功させることは困難になっている。しかし、降霊会は無くなっていない。クラヴァの生活環境は、ゴムブームによっても大きく変わっていた。1991年の経済自由化の後、クラヴァの生活環境は急速に変化している。また、クラヴァの社会上昇を目指した政治運動は、降霊会と祖先祭祀をやめさせ、メインストリームの宗教実践を取り入れようとするものでもあった。しかし、政治運動、生活改善運動、意識改革運動と結びついた、そのような宗教改革的な運動を通して、クラヴァは自律性を失い、地方の有力者にその土地や聖地を支配されるようになっていた。クラヴァが土地を失ったという証言は、数多く得られていたが、それに加えて百年前の土地査定の記録を入手して、その証言を記録によっても部分的に裏付けることが出来た。
著者
足立 明 山本 太郎 内山田 康 加藤 剛 井上 昭洋 清水 和裕
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1999 (Released:1999-04-01)

本研究の目的は、非西欧世界における「清潔さ」「衛生」「健康」「身体」概念の変容を、保健医療に関わる開発現象を中心に検討することであった。そのため、これまでの公衆衛生の社会史、文化史の成果を整理し、また各研究者の蓄積してきた諸社会の民族誌的・歴史的経験をもとにして、保健医療の導入と「清潔さ」「衛生」「健康」「身体」概念の変容に関する分析枠組みの検討・整理を行おうとしたのである。平成11年度は、西欧世界を中心とした保健医療の導入とその社会文化的影響に関する既存の文献を収集し、それらを分担して検討した。その主な内容は、上下水道の導入に関する社会文化的影響、保健医療の制度化と宗教の世俗化、保健医療の導入と疾病傾向の変容、キリスト教宣教師と「清潔」「衛生」概念であった。これにたいして、平成12年度は、各自の蓄積してきた諸社会の資料を整理した。その結果分かってきたことの一つは、20世紀初頭の植民地下で西欧の健康概念と西欧的核家族概念が結びつき、社会変容に寄与する可能性である。また、このようなテーマで研究する上で、新しい研究視角の議論も行い、人、モノ、言葉のネットワークをいかに把握するかという方法論的検討も行った。もっとも、現地調査を前提としていないこの研究では、資料的に限界があり、その意味で、本研究は今後の海外学術調査の予備的な作業という性格が強いものとなった。今後は、さらなる研究に向けた体制の立て直しを計る予定である。