著者
南川 雅男
出版者
公益社団法人 日本アイソトープ協会
雑誌
RADIOISOTOPES (ISSN:00338303)
巻号頁・発行日
vol.66, no.9, pp.355-366, 2017-09-15 (Released:2017-09-15)
参考文献数
15
被引用文献数
2 2

炭素・窒素安定同位体をトレーサーとする食性分析法は,人や動物の食物利用傾向を,複数の資源の分配率で表す手法として改良されてきた。同位体による研究が優れているのは利用度の復元が可能なだけではなく,生物学的現象と食料消費統計などの社会科学的現象との間を結ぶ研究の枠組みとして活用できることにある。これを示すために人間の食物利用に関する相補的な三つの研究事例を紹介し,食物利用の特性を解明する新しい研究法ついて議論する。
著者
松井 章 石黒 直隆 南川 雅男 中村 俊夫 岡村 秀典 富岡 直人 茂原 信生 中村 慎一
出版者
独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2007

オオカミからイヌ、イノシシからブタへと、野性種から家畜種への変化を、従来の比較形態学的な研究に加えて、DNA分析と、安定同位体による食性の研究により明らかにした。また中国浙江省の約6千年前の田螺山遺跡、韓国金海會〓里貝塚の紀元前1世紀から紀元後1世紀の貝層から出土した動物遺存体、骨角器の報告書を、国内の遺跡同様に執筆した。さらに、ラオス北部の山岳少数民族の村に滞在し、ブタ、イヌ、ニワトリの飼育方法、狩猟動物と焼畑との関係について調査を行った。
著者
片山 一道 徳永 勝士 南川 雅男 口蔵 幸雄 関 雄二 小田 寛貴 上原 真人 清水 芳裕
出版者
京都大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2000

南太平洋に住む人びとの祖先集団であり、ポリネシア人が生まれる直接の祖先となった先史ラピタ人の実態を解明するため、生物人類学、先史人類学、考古学、生態人類学、人類遺伝学、年代測定学、地球科学などの研究手法で多角的な研究を進めた。トンガ諸島のハアパイ・グループ、サモアのサワイイ島、フィジーのモツリキ島などで現地調査を実施して、それぞれの分野に関係する基礎資料類を収集するとともに、それらのデータ類を分析する作業を鋭意、前進させた。それと同時に、ラピタ人からポリネシア人が生まれる頃にくり広げられた南太平洋での古代の航海活動を検証すべく、ポリネシアから南アメリカの沿岸部に散らばる博物館資料を点検する調査を実施した。特記すべき研究成果は以下のごとくである。まずは、フィジーのモツリキ島にあるラピタ遺跡を発掘調査して古人骨(マナと命名)を発見し、フィジー政府の許可を得て日本に借り出し、形質人類学と分析考古学の方法で徹底的に解析することにより、古代ラピタ人の復顔模型を作成するに成功したことである。マナの骨格、ことに頭蓋骨は非常に良好な状態で遺残しており、これまでに発見されたラピタ人骨では唯一、詳細な復顔分析が可能な貴重な資料であったため、世界に先がけて古代ラピタ人の顔だちを解明することができた。それによって彼らがアジア人の特徴を有するとともに、併せて、現代のポリネシア人に相似する特徴も有することを実証できた。そのほか、一般にポリネシア人は非常に足が大きく、世界でも最大の大足グループであることを証明し、その性質がラピタ人の頃に芽生えたらしいことを推論できたこと、さらに、サモアのサワイイ島で考古学の発掘調査を実現できたこと、トンガ諸島で古代の漁労活動を類推する資料類を収集するとともに、現代人の遺伝的な関係を分析する血液試料を採集できたことなども大きな成果である。とりわけ世界で最初に復顔したラピタ人の等身模型は国内外に発信できる本研究の最大の研究実績であろう。
著者
松井 章 石黒 直隆 中村 俊夫 米田 穣 山田 仁史 南川 雅男 茂原 信生 中村 慎一
出版者
独立行政法人国立文化財機構奈良文化財研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2010-04-01

本研究では、農耕および家畜の起源とその伝播を、動物考古学と文化人類学、分子生物学といった関連諸分野との学際的研究から解明をめざすとともに、民族考古学的調査から、ヒトと家畜との文化史を東アジア各地で明らかにした。家畜飼育から利用への体系化では、日本、ベトナムや中国の遺跡から出土した動物骨の形態学的研究をすすめつつ、ラオスやベトナムの少数民族の伝統的家畜飼育技術や狩猟活動などの現地調査を実施した。東アジアの家畜伝播を知るうえで示唆に富む諸島において、先史時代や現生のイノシシ、ブタのmtDNA解析をすすめ、人の移動と密接に関係するものと、影響が見えないものとが明らかとなった。遺跡発掘試料の高精度年代測定研究では、暦年代較正の世界標準への追認、日本版の暦年代構成データの蓄積をすすめた。中国長江流域の新石器時代遺跡から出土した動物骨で炭素・窒素同位体比の測定では、ヒトによる給餌の影響から家畜化と家畜管理についての検討を行った。さらに、台湾を主体としたフィールドワークでは、犬飼育の伝播と犬肉食の世界大的な分布・展開の解明、焼畑耕作・家畜飼育と信仰・神話、また狩猟民の観念について探究した。
著者
松井 章 石黒 直隆 南川 雅男 中村 俊夫 岡村 秀典 富岡 直人
出版者
独立行政法人文化財研究所奈良文化財研究所
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2003

本研究を通じて、日本列島における家畜出現の実相、特にブタの存在、牛馬の出現、韓国忠南考古学研究所、中国浙江省文物考古研究所、台湾中央研究院語言研究所、ロシア科学アカデミー極東支部などと研究交流を行い、日本列島の周辺地域における家畜の出現についての見通しを明らかにすることができた。日本列島では、長崎県原の辻遺跡の弥生時代中期の層から出土したイノシシ属のDNA及び安定同位体による食性分析を行ったが、いずれも野生の結果が出た。愛媛県阿方貝塚の弥生時代前期層と宮前川遺跡群北齊院遺跡弥生終末、庄内期出土のイノシシ属には、東アジア系ブタの値を持つものが得られた。牛馬は畿内では馬は5世紀、牛は6世紀という従来の結果を踏襲した。海外では韓国忠南考古学研究所による金海ヘヒョンニ貝塚の発掘に参加し、ブタや牛馬が紀元前1世紀にさかのぼることを確かめた。中国では浙江省田螺山遺跡の調査に参加し、7千年前の層から水牛、ブタの出土を確かめることができた。台湾では、台南、恒春半島の遺跡から出土した動物遺存体を調査し、イノシシ属のサンプルを採取したが、野生・家畜の判別をつけることはできなかった。台湾とは今後、本研究を継続することになっている。ロシアはウラジオストック所在の科学アカデミー極東支部を訪問し、新石器時代ボイスマン貝塚1、2から出土した動物遺存体を調査し、サンプリングを行ったが、その分析はまだ結果が出ていない。以上のように、日本と周辺地域の家畜の出現時の様相を明らかにする目処をつけることができ、今後の共同研究の道を確保することができたことは大きな成果と言える。本研究で培った共同研究の基礎を今後、さらに発展させ、真に総合研究として東アジアにおける家畜の起源とその伝播を明らかにすることができればと考える。
著者
Zarko ROKSANDIC 南川 雅男 赤澤 威
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.96, no.4, pp.391-404, 1988 (Released:2008-02-26)
参考文献数
42
被引用文献数
13 23

古人骨の安定同位体による食性復原の可能性を検討するために,三貫地,伊川津,羽島3貝塚で発見された縄文人骨の炭素同位体比を測定した.また分析結果のもつ意味を比較検討するために樺太,北海道の近世アイヌ墓地で発見された古人骨についても同様に炭素同位体比を測定した.炭素同位体比の測定は, ROKSANDIC がオーストラリア国立大学の Research School of Biological Sciences にある質量分析計を用いて行い,その結果の吟味,人類学的意味の検討については主として南川と赤澤が担当した。炭素同位体比は人骨中のゼラチンとアパタイト(hydroxyapatite)を試料として測定した.その結果,アパタイト中の同位体比は遺跡間,集団間でほぼ同じ分布範囲を示すが,ゼラチン中の同位体比は縄文グループと近世アイヌグループの間で違いが認められた.すなわち,近世アイヌ人骨のゼラチン中の炭素同位体比は縄文グループよりも13C 濃度が高く,サケあるいは海獣を主食とする北米太平洋沿岸の先史および近世の漁撈採集民に近い値を示した.しかし,今回分析した縄文グループの同位体比は,以上のような集団とヨーロッパ農民の中間に近い値を示したのである.以上の結果は,今回分析した縄文グループが近世アイヌと異なった食生活をしていたことを強く示唆している.縄文人とアイヌのゼラチンとアパタイト中の炭素同位体比の間には一定の相関が認められた.また過去の研究で,草食獣ではアパタイトの炭素同位体比がゼラチンのそれより約7‰高く,肉食獣ではそれが約3‰高いことが指摘されている.そこで今回の結果からそれぞれのグループの食性の肉食依存度を推定することを試みた.今回の測定結果では,アパタイトとゼラチン中の炭素同位体比の差(△)は,羽島グループ6.3‰,三貫地グループ5.5‰,伊川津5.5‰,そして北方の近世アイヌグループが2.7‰であった.典型的な肉食性人類の△値は解っていないので,肉食動物の値(△=3‰)を使って計算を行った.得られた各グループの肉食度はそれぞれ18%,38%,38%,108%となり,近世アイヌが高い肉食依存度を示すのに対して,縄文グループの肉食度は比較的低いという結果が得られた.この結果は,今回の仮定に基づく誤差をそれぞれ20%程度含んでいると考えられるが,それでも別に行われた15N-13C法による縄文人の食性分析の結果と比較的良く一致した.縄文人の食性は,今までは主として遺跡堆積物の特徴と民族考古学的手法により得られた結果を基にして論じられてきた.本研究では縄文人骨の同位体比を用いて,より直接的に彼らの食性を復原するという新しい方法を検討した.結果として,縄文人は近世アイヌとは著しく異なった食性を持って生活していたことが示唆された.その特徴は今回分析した縄文人については,水産物に加えて,植物から多くのエネルギーを摂取していたという点である.
著者
倉本 敏克 南川 雅男
出版者
日本海洋学会
雑誌
海の研究 (ISSN:09168362)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, 2002-03-05

タイ南西沿岸域における堆積物中有機物の特徴を明らかにする目的で,陸上植物やマングローブ,河川や沿岸の懸濁態有機物(POM)および堆積物について,安定炭素・窒素同位体比を測定した。試料は,都市の隣接するトラン川流域と,目立った河川の流入がないムック島周辺地域で採取した。陸上植物や河川のPOMのδ ^<13>Cは,両地域で大きな差はなく-24‰以下の値を示した。これは,河川から流入する有機物がC_3植物の影響を強く受けており,δ ^<13>Cの高いC_4植物の影響は小さいことによると考えられる。一方,マングローブ,河川のPOMや堆積物のδ ^<15>Nは,トラン川地域で高い値を示した。これは,農耕や隣接する都市からの排水の流入など人間活動による影響により,トラン川の硝酸のδ ^<15>Nが高くなっている可能性を示唆している。本論文では,堆積物中有機物の起源として,陸上植物,マングローブ,沿岸のPOMに加え,すでにこの海域で測定値が報告されている海草を含めた4種のエンドメンバーを想定し,確率論的な計算を用いることにより両地域における寄与率の違いを明らかにした。その結果,堆積物中有機物の主要な起源と考えられたのは海草であり,トラン川地域で36%,ムック島地域で42%を占める。沿岸のPOMの寄与は,トラン川地域で高く(19%),ムック島地域では低い(13%)。陸上植物とマングローブの寄与はいずれも23%前後で地域による大きな差は見られなかった。