著者
赤澤 威
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.74, no.4, pp.517-540, 2010-03-31 (Released:2017-08-18)

アフリカで誕生したホモ・ハイデルベルゲンシスがネアンデルタールと新人サピエンスの最後の共通祖先である。ヨーロッパ大陸でハイデルベルゲンシスからネアンデルタールという固有の系統が誕生する20万年前、アフリカでは現代人の祖先集団、新人サピエンスがやはりハイデルベルゲンシスから生まれる。新人サピエンスは10万年前からアウト・オブ・アフリカと称される移住拡散を繰り返し、ユーラシア大陸各地に移り住み、その一派はヨーロッパ大陸にもおよび、その地に登場するのが新人の代名詞ともなっているクロマニョンである。ヨーロッパで共存することになった入植者クロマニョンと先住民ネアンデルタールとの間にどのような事態が生じたか、結末はクロマニョンの側に軍配が上がり、ネアンデルタールは次第に消滅して行き、絶滅した。この結末については考古資料、化石、遺伝子の世界で明示できるが、なぜ新人に軍配が上がったのか、両者の間には一体何があったのか、何が両者の命運を分けたのか、誰もまだ答えをもたない。このネアンデルタール絶滅説の検証に取り組み、数々の成果を挙げたのが"Cambridge Stage 3 Project"(T.H.van ANDEL&W.DAVIES eds.2003 Neanderthals and modern humans in the European landscape during the last glaciation)である。Stage3とは6万年前から2万年前のこと、ヨーロッパ大陸は最後の氷期に当たり、同時にクロマニョンの入植そしてネアンデルタールの絶滅という直近の交替劇の起こった時代である。本プロジェクトは、交替期の気候変動パタンとそれに対するネアンデルタールとクロマニョン両者の適応行動の違いをみごとに復元した。この研究によって交替劇の存在を裏付けるデータは着実に蓄積され、交替劇がいつ、どこで、どのような経過をたどって進行したか、少なくともヨーロッパ大陸を舞台とする交替劇に関する記述的部分は具体化され、交替期における旧人社会と新人社会の間の相互作用の概略が見えてきた。本稿は、同プロジェクトの成果を参考にしながら、ヨーロッパ大陸を舞台にして、両者はいつ、どこで、どのような経緯をたどって交替していったか、その概略を述べ、そこから交替期の時代状況に対して両者の採った適応行動の違いを考察し、交替劇の原因に迫ってみたものである。
著者
赤澤 威
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.74, no.4, pp.517-540, 2010-03-31

アフリカで誕生したホモ・ハイデルベルゲンシスがネアンデルタールと新人サピエンスの最後の共通祖先である。ヨーロッパ大陸でハイデルベルゲンシスからネアンデルタールという固有の系統が誕生する20万年前、アフリカでは現代人の祖先集団、新人サピエンスがやはりハイデルベルゲンシスから生まれる。新人サピエンスは10万年前からアウト・オブ・アフリカと称される移住拡散を繰り返し、ユーラシア大陸各地に移り住み、その一派はヨーロッパ大陸にもおよび、その地に登場するのが新人の代名詞ともなっているクロマニョンである。ヨーロッパで共存することになった入植者クロマニョンと先住民ネアンデルタールとの間にどのような事態が生じたか、結末はクロマニョンの側に軍配が上がり、ネアンデルタールは次第に消滅して行き、絶滅した。この結末については考古資料、化石、遺伝子の世界で明示できるが、なぜ新人に軍配が上がったのか、両者の間には一体何があったのか、何が両者の命運を分けたのか、誰もまだ答えをもたない。このネアンデルタール絶滅説の検証に取り組み、数々の成果を挙げたのが"Cambridge Stage 3 Project"(T.H.van ANDEL&W.DAVIES eds.2003 Neanderthals and modern humans in the European landscape during the last glaciation)である。Stage3とは6万年前から2万年前のこと、ヨーロッパ大陸は最後の氷期に当たり、同時にクロマニョンの入植そしてネアンデルタールの絶滅という直近の交替劇の起こった時代である。本プロジェクトは、交替期の気候変動パタンとそれに対するネアンデルタールとクロマニョン両者の適応行動の違いをみごとに復元した。この研究によって交替劇の存在を裏付けるデータは着実に蓄積され、交替劇がいつ、どこで、どのような経過をたどって進行したか、少なくともヨーロッパ大陸を舞台とする交替劇に関する記述的部分は具体化され、交替期における旧人社会と新人社会の間の相互作用の概略が見えてきた。本稿は、同プロジェクトの成果を参考にしながら、ヨーロッパ大陸を舞台にして、両者はいつ、どこで、どのような経緯をたどって交替していったか、その概略を述べ、そこから交替期の時代状況に対して両者の採った適応行動の違いを考察し、交替劇の原因に迫ってみたものである。
著者
西秋 良宏 仲田 大人 米田 穣 近藤 修 石井 理子 佐々木 智彦 カンジョ ヨーセフ ムヘイセン スルタン 赤澤 威
出版者
高知工科大学
雑誌
高知工科大学紀要 (ISSN:13484842)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.57-69, 2010-07

2009年度のシリア、デデリエ洞窟における先史人類学的調査成果について報告し、あわせて今後の研究の展望を述べる。デデリエはシリア北西部、死海地溝帯北端に位置する西アジア最大級の旧石器時代洞窟である。前期旧石器時代末から終末期旧石器時代にいたる30万年以上の人類居住層を包蔵している。2009年度は洞口部、洞奥部で発掘をおこない、それぞれ前期旧石器時代末、中期旧石器時代後半の地層に残る先史人類の活動痕跡を調査した。洞口部ではJ27区、K22/23区をそれぞれ地表下約7m、6mまで掘り下げた。いずれにおいても基盤岩が一部で露出し、当洞窟居住史の起点に近づくことができた。認定し得た最古期の文化層で最も顕著なのは前期旧石器時代末ヤブルディアンであった。より堆積状況の良好なK22/23区では前期ムステリアンと基盤岩の間に当該文化層が挟まれて検出された。数少ない層位的出土事例の一つであり、いまだ不明の点が多い前期旧石器時代末に生じた複雑な文化継起を先史学的に議論する好材料となる。一方、洞奥部では中期旧石器時代、ムステリアン後期のネアンデルタール人生活面を詳細に記録する作業を実施した。結果は、当洞窟に彼らの居住痕跡が保存よく残存していることを示した。石器、動物化石、炉跡などの空間配置を分析することでネアンデルタール人の生活構造、社会体制の考察が可能であろうとの見通しが得られた。
著者
米田 穣 吉田 邦夫 吉永 淳 森田 昌敏 赤澤 威
出版者
Japan Association for Quaternary Research
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.293-303, 1996-10-31 (Released:2009-08-21)
参考文献数
49
被引用文献数
14 16

本研究は,縄文時代中期(4,000年前頃)から江戸時代(250年前頃)にわたる8遺跡から出土した人骨38個体を試料として,骨コラーゲンの炭素・窒素同位体分析および骨無機質における微量元素分析を行い,その結果に基づいて長野県における約4,000年間におよぶ食性の時代変遷を検討したものである.結果として第1に,同位体分析から,当地域では縄文時代中期から江戸時代に至るまで主食は基本的にC3植物であったと考えられる.縄文時代から中世にかけては,非常に強くC3植物に依存していたのに対し,江戸時代には海産物の利用の可能性が示唆された.内陸部で庶民の日常食として重要だったと論じられている雑穀類に関しては,今回の分析試料ではC4植物である雑穀を主食とした個体は検出されなかった.また,炭素同位体比から縄文時代北村遺跡出土人骨17個体について食性に性差の存在する可能性が示唆された.第2に,北村縄文人骨1個体で実施した微量元素分析からは,同位体分析で示唆されたC3植物食の内容がシイ・クリを中心とする可能性が示唆された.
著者
Zarko ROKSANDIC 南川 雅男 赤澤 威
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.96, no.4, pp.391-404, 1988 (Released:2008-02-26)
参考文献数
42
被引用文献数
13 23

古人骨の安定同位体による食性復原の可能性を検討するために,三貫地,伊川津,羽島3貝塚で発見された縄文人骨の炭素同位体比を測定した.また分析結果のもつ意味を比較検討するために樺太,北海道の近世アイヌ墓地で発見された古人骨についても同様に炭素同位体比を測定した.炭素同位体比の測定は, ROKSANDIC がオーストラリア国立大学の Research School of Biological Sciences にある質量分析計を用いて行い,その結果の吟味,人類学的意味の検討については主として南川と赤澤が担当した。炭素同位体比は人骨中のゼラチンとアパタイト(hydroxyapatite)を試料として測定した.その結果,アパタイト中の同位体比は遺跡間,集団間でほぼ同じ分布範囲を示すが,ゼラチン中の同位体比は縄文グループと近世アイヌグループの間で違いが認められた.すなわち,近世アイヌ人骨のゼラチン中の炭素同位体比は縄文グループよりも13C 濃度が高く,サケあるいは海獣を主食とする北米太平洋沿岸の先史および近世の漁撈採集民に近い値を示した.しかし,今回分析した縄文グループの同位体比は,以上のような集団とヨーロッパ農民の中間に近い値を示したのである.以上の結果は,今回分析した縄文グループが近世アイヌと異なった食生活をしていたことを強く示唆している.縄文人とアイヌのゼラチンとアパタイト中の炭素同位体比の間には一定の相関が認められた.また過去の研究で,草食獣ではアパタイトの炭素同位体比がゼラチンのそれより約7‰高く,肉食獣ではそれが約3‰高いことが指摘されている.そこで今回の結果からそれぞれのグループの食性の肉食依存度を推定することを試みた.今回の測定結果では,アパタイトとゼラチン中の炭素同位体比の差(△)は,羽島グループ6.3‰,三貫地グループ5.5‰,伊川津5.5‰,そして北方の近世アイヌグループが2.7‰であった.典型的な肉食性人類の△値は解っていないので,肉食動物の値(△=3‰)を使って計算を行った.得られた各グループの肉食度はそれぞれ18%,38%,38%,108%となり,近世アイヌが高い肉食依存度を示すのに対して,縄文グループの肉食度は比較的低いという結果が得られた.この結果は,今回の仮定に基づく誤差をそれぞれ20%程度含んでいると考えられるが,それでも別に行われた15N-13C法による縄文人の食性分析の結果と比較的良く一致した.縄文人の食性は,今までは主として遺跡堆積物の特徴と民族考古学的手法により得られた結果を基にして論じられてきた.本研究では縄文人骨の同位体比を用いて,より直接的に彼らの食性を復原するという新しい方法を検討した.結果として,縄文人は近世アイヌとは著しく異なった食性を持って生活していたことが示唆された.その特徴は今回分析した縄文人については,水産物に加えて,植物から多くのエネルギーを摂取していたという点である.
著者
赤澤 威 西秋 良宏 近藤 修 定藤 規弘 青木 健一 米田 穣 鈴木 宏正 荻原 直樹 石田 肇
出版者
高知工科大学
雑誌
基盤研究(S)
巻号頁・発行日
2005

旧人ネアンデルタール・新人サピエンス交替劇の最大の舞台のひとつ西アジア死海地溝帯に焦点を当て、事例研究として、一帯における交替劇の真相解明に取り組み、次の結果を得た。両者の文化の違いは学習行動の違いに基づく可能性が高いこと、その学習行動の違いは両者の学習能力差、とりわけ個体学習能力差が影響した可能性が高いこと、両者の学習能力差を解剖学的証拠で検証可能であること、三点である。以上の結果を統合して、交替劇は両者の学習能力差に基づく可能性があり、この説明モデルを「学習仮説」と定義した。
著者
赤澤 威 米田 穣 近藤 修 石田 肇 鵜澤 和宏 宝来 聡
出版者
国際日本文化研究センター
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
1999

2001年度調査の主たる目的は第1号埋葬人骨を伴った第11層の発掘であったが。予定した調査の最終段階において、人骨の一部が現われ、精査の結果それが頭骨の部であることが判明し、堆積状況からして第1号・第2号人骨と同様の状態で埋葬されているネアンデルタールである可能性が極めて高いと判断された。当人骨の発掘は緊急を要し、それは、さらに、次のような研究意義がある。○ネアンデルタールの埋葬ネアンデルタールが始めたといわれる意図的埋葬という風習、実はいまだに論争の絶えない人類史上の謎の一つである。第1号・第2号埋葬人骨ともに意図的な埋葬を窺わせる状況で発見されたが、確証はない。例えば掘り込みや副葬品といった証拠である新資料の発掘を通して、当該課題をさらに詳細に検討できる。○ネアンデルタールのDNA分析ドイツ・マックスプランク研究所(Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology)等との共同研究でもってネアンデルタール人骨のDNA分析を行い、ネアンデルタールと現世人類との遺伝的関係を検討できる。○生存年代の測定発掘する地層年代を測定し、デデリエ・ネアンデルタールの生存年代を推定する。○ネアンデルタール人骨の三次元復先化石人骨通常、断片化した状態で発見される。多数の骨格部位が残る良好な人骨ではそれに応じた多数の骨片が見つかることになる。それを接合・補完し原形に復することは従来の経験的な方法では不可能である。そこで新資料のCT測定データでもってコンピュータ三次元画像を生成し、より正確・精密な立体復元を行う。