- 著者
-
川路 則友
- 出版者
- The Ornithological Society of Japan
- 雑誌
- 日本鳥学会誌 (ISSN:0913400X)
- 巻号頁・発行日
- vol.43, no.1, pp.1-9,43, 1994-07-25 (Released:2007-09-28)
- 参考文献数
- 22
- 被引用文献数
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北海道西部の低地林において,筆者は1989年5月に抱卵中のキジバト地上巣を発見し,その後の追跡により通常の育雛期間を経て2羽のヒナが巣立ったことを確認した.キジバトの地上営巣は,これまで南西諸島の一部離島のみで報告があり(黒田1972),内陸ではこれまでほとんど見られていない.今回繁殖の成功した環境は,シラカンバ,ミズナラを主体とする山火再生天然林で,林床域には,チシマザサもしくはクマイザサが比較的密生している.地上営巣が行われた原因については,1)キジバトの営巣適木が希薄である,2)地上巣への捕食圧が低いことが考えられた.そこで,キジバトの巣を模した人工巣を,前年に地上営巣の成功した林内の樹上および地上に同時に設置し,市販のウズラ卵を2個ずつ配置して被食率を調べる実験を行った。実験は,1990年5月と6月の2回行った。比較的葉量の豊富な低木のある場所を25箇所選び,人工巣の設置場所とした.各設置場所はそれぞれ30m以上離した。樹上巣は,低木の高さ1.2-1.5mの位置に白色に染色した卵を配置した巣を13箇所,無染色(ウズラ卵色)の卵の配置巣を12箇所の合わせて25箇所設置した.地上巣は,各樹上巣設置場所の近くに,白色卵を置いた巣と無染色卵の巣を1個ずつの合計50個,さらに抱卵中のキジバトに似せて,紙で作成したモデルを巣中卵にかぶせたものを20個設置した.樹上巣設置場所近くの地上巣は,それぞれ5m以上離した。実験期間は16日間とし,次の実験まで15日間の間隔を設けた.樹上,地上ともに卵色,モデルの有無等による被食率の差は認められなかった.また,それぞれの設置場所における被食巣の数にも関係は見られなかった.樹上巣に対する被食率は,5,6月ともに地上巣より有意に高かった.地上巣では,両月とも設置後13日目から急激に被食率が上昇し,6月の方が5月より有意に高い被食率を示した.また,樹上,地上ともに巣をかくす植生密度の違いによる被食率に差は認められなかった.これらの結果から,樹上巣は設置後,かなり広範囲にわたって短時間に捕食され,地上巣では植生密度の低い場所でも比較的低被食率が続くことが分かった.樹上巣に対する捕食者は,調査地内で毎年繁殖し,調査地を餌場としているハシブトガラスと思われ,希薄な低木をよく止まり木として利用していたため,容易に人工巣を発見できたと思われた.しかし,カラスが密生したササの中に侵入する行動は観察されなかったことや,配置した卵の大半のものに噛み傷や引っかき傷が認められ,中には移動されたもの,巣内で割られたものが認められたことから,地上巣への主な捕食者としてはネズミ類が考えられた,そこで各人工巣設置場所に,ウズラ卵を餌として,イタチ類も捕獲可能な生け捕りワナを人工巣実験終了後に延べ119個設置したところ,アカネズミ12頭,エゾヤチネズミとヒメネズミがそれぞれ1頭ずつ捕獲された.ほとんどのワナ内の卵には,人工巣に設置したものと同じ引っかき傷が認められ,さらにアカネズミ2頭がワナの中で卵を割り,食していた.イタチ類については,ワナでまったく捕獲されなかったこと,調査地周辺ではフン等のフィールドサインが近年ほとんど見られなくなったことから,ほとんど生息していないと考えられた.キツネは調査地で頻繁に観察されたが,元来,密な林床植生を有する林内環境を避け,より開けた農耕地もしくは林内歩道を行動して採餌する.当調査地内でも1つがいのキツネが毎年繁殖するが,夏期には主として昆虫を食している.ヘビ類については,アオダイショウとシマヘビの2種が樹洞営巣性鳥類の巣に対する捕食者として確認されているが,地上巣に対する捕食については不明である.これらのことから,調査地での樹上巣を被う植生はそれほどカラスに対して効果をもたないが,地上のササを主体とする林床植生は,カラスの侵入を防ぐばかりでなく,キツネのような地上性捕食者をも防いでいたと考えられる.