著者
槌野 正裕 荒川 広宣 石井 郁江 西尾 幸博 高野 正太 山田 一隆 高野 正博
出版者
JAPANESE PHYSICAL THERAPY ASSOCIATION
雑誌
日本理学療法学術大会
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.AcOF1012-AcOF1012, 2011

【背景】アブラハム・マズローは、人間の基本的欲求を低次元から、1.生理的欲求、2.安全欲求、3.愛情欲求、4.承認欲求、5.自己実現欲求と5段階に分類している。生きていくうえで欠かすことの出来ない生理的欲求には、食欲、性欲、睡眠欲、排泄欲などが含まれている。リハビリテーション医療分野では、排泄欲に対する機能訓練は皆無である。排泄に関する問題は、個人だけではなく、その家族や介護者にとっても社会参加の阻害因子となり、Quality of Life(QOL)の重要な要素となる。我々は、大腸肛門病の専門病院として第43回当学会から継続して、排便に関する研究を行ってきた。今回、排便時の動態を調査することを目的として、排便姿勢の違いにより、直腸肛門角(anorectal angle:ARA)がどのように変化し、また、排出量に及ぼす影響について、排便造影検査(Defecography)を用いて検討したので以下に報告する。【方法】対象は、2010年1月~6月にDefecographyを行った160例とし、以下の3項目について検討した。1.排出時(strain)での伸展姿勢と前屈姿勢を撮影できた59例(男性21例、女性38例、62.2±18.7歳)を対象としてARAを比較した。2.大腿骨頭を頂点とし、仙骨上端(岬角)と尾骨先端との為す角(α)を計測できた23例(男性13例、女性10例、60.1±25.1歳)を対象として、排便姿勢の違いによる仙骨の傾きを比較した。3.排便困難を主訴とした症例の中で、排便姿勢を変えて排出量の測定が可能であった20例(男性7例、女性13例、64.6±13.7歳)では、伸展姿勢と前屈姿勢での排出量の差を比較した。Defecographyは、小麦粉と粉末バリウムを混ぜ合わせた疑似便(1回量225g)を直腸内に注入し、安静時(rest)、肛門収縮時(squeeze)、排出時(strain)の3動態と一連の動きを動画で撮影する。撮影された画像は、放射線技師が電子ファイル上で計測を行った。検定は、関連あるT検定と相関係数を用いて、有意水準5%未満を有意と判断した。【説明と同意】当院倫理委員会の許可を得て、臨床当研究に取り組んだ。【結果】59例の主訴の内訳は、便秘(排便困難含む)22例、便失禁(尿失禁含む)9例、脱出12例、肛門痛17例、その他21例(重複あり)であった。1.StrainでのARAは、伸展姿勢で114.1°±21.0°、前屈姿勢で134.6°±16.8°となり、前屈姿勢で有意に鈍角であった。また、相関係数は、0.716と高い正の相関を示した。2.α角は、伸展姿勢で84.9°±10.8°、前屈姿勢で92.4°±10.7°となり、前屈姿勢で有意に鈍角であり、仙骨はうなずいていた。相関係数は、0.826と高い正の相関を示した。3.排出量は、伸展姿勢で90.1g±18.3g、前屈姿勢で140.7g±20.9gであり、前屈姿勢で有意に排出量が増大した。【考察】今回、Defecographyを用いて、排便姿勢の違いはARAにどのような変化をもたらすのかを検討した。ARAに関する報告は多数存在するが、排便姿勢の違いによる報告は見当たらない。臨床場面での経験から、排便困難症例では、息めば息むほど背筋を伸ばした伸展姿勢となる症例が多く存在する。そのような症例に対して、排便姿勢の指導を行うことで排便困難が改善する症例もみられていた。今回の研究結果から、排便時は前屈姿勢の方がARAは鈍化し、排出量が増大する結果となり、姿勢指導の方法が妥当であったと考えられる。排便に関しては、まず、便意の出現が重要であることは言うまでもないが、その他の要素として、前屈姿勢になることで骨盤帯は後傾方向への動きとなる。骨盤が後傾することで仙骨は前方へ倒れ、うなずき運動を伴う。直腸は、仙骨前面の彎曲と一致することから、仙骨が前方へうなずくと、骨盤底の後方ゾーンで重要とされる肛門挙筋が緊張し、直腸を後上方へ引き上げるためARAは鈍化したと考えられる。【理学療法学研究としての意義】生きていく上で、また、在宅生活を遂行する上で、排泄は大きな課題となる。日常生活動作に直結する排泄動作に関して、理学療法士が排便の仕組みを知ることで、適切なアドバイスが提供できるようになると考えられる。それは、例えば、介護分野で数年前から言われている、「寝たままのオムツでの排泄ではなく、トイレでの排泄を介助する。」ことの根拠となり、また、運動学的知識が豊富な理学療法士が、骨盤周囲の運動機能の評価・治療を行うことで、排便を行いやすくできる可能性があると考えられる。
著者
槌野 正裕 荒川 広宣 山下 佳代 石井 郁江 山田 一隆 高野 正博
出版者
日本ストーマ・排泄リハビリテーション学会
雑誌
日本ストーマ・排泄リハビリテーション学会誌 (ISSN:18820115)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.23-28, 2015 (Released:2020-07-17)
参考文献数
16
被引用文献数
1

【目的】排便に適した姿勢に関して、排便姿勢の違いが肛門直腸角(ARA:anorectal angle)と疑似便の排出量に及ぼす影響について検討したので報告する。【対象と方法】Defecographyを行った症例の中で、前屈座位と伸展座位によるARA、仙骨の傾きを撮影された静止画像から計測し、排便困難例では疑似便の排出量を比較した。【結果】ARAは伸展座位で114.1°±21.0°、前屈座位で134.6°±16.8°、仙骨の傾きは84.9°±10.8°、92.4°±10.7°、排出量は90.1g±82.0g、140.7g±93.3gであり、有意に前屈座位の方がARAと仙骨の傾きが大きく、排出量が多かった。【考察】前屈座位は骨盤が後傾し、仙骨はうなずくため、排出時にARAが鈍化し、排出量が多くなるため、排便に適した姿勢であると考えられる。
著者
槌野 正裕 濱邊 玲子 山下 佳代 辻 順行 高野 正博
出版者
日本理学療法士協会(現 一般社団法人日本理学療法学会連合)
雑誌
理学療法学Supplement Vol.34 Suppl. No.2 (第42回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.A0570, 2007 (Released:2007-05-09)

【はじめに】 近年,排泄障害に関する研究が進み,排泄障害における骨盤底機能障害の関与が示唆されている.また,臨床の現場では,排泄障害を有する患者において,脊椎の視診において,腰椎の生理的前彎の減少や骨盤の後傾など,姿勢制御機構の障害が示唆される症例を多く経験する.今回われわれは,排便障害を有する患者における骨盤底機能と姿勢に関して調査を行ったので報告する.【対象と方法】 2004年4月から2005年4月までの期間で,排便障害を主訴として当院を受診した70歳以下の42例(男性13例,女性29例,平均年齢54歳±16歳)を対象とした.方法は,まずDefecography(排便造影)検査を通して,骨盤底機能障害の指標となるPerineal Descent (以下PD)を,擬似便を直腸内に注入した後ポータブルトイレ上座位にて,安静時,肛門収縮時,怒責時の3動態における腰部骨盤帯部の単純X線側面像を撮影し,その画像上で恥骨下縁と尾骨下縁を結んだ線から肛門縁までの距離を測定した.更に肛門内圧を行い,左下側臥位にて,圧センサー(スターメディカル社製直腸肛門機能検査キットGMMS-200)を用いて,安静時の肛門内圧(以下静止圧)と外肛門括約筋随意収縮時の肛門内圧(以下随意圧)を測定した.姿勢に関しては,仰臥位にて安静時の腰部骨盤帯部MRIT1 saggital像を撮影し,その画像上で腰椎前彎角度と仙骨角度を計測した.診断には安静時におけるPDが50mm以上を骨盤底機能障害群(以下E群),PDが50mm未満の骨盤底機能正常群(以下C群)として統計学的に比較した.なお統計学的解析にはMann-Whitney’s U testを用い,P値<0.01は有意とした.【結果】 C群25例(男性11例、女性14例、平均年齢53±16歳),E群17例(男性2例、女性15例、平均年齢54±15歳)では,両群間で平均年齢と年齢分布に有意差はなかった.C群と比較してE群は女性に多かった.肛門内圧に関して,静止圧,随意圧は, C群では91.5±34.9,273.4±143.7,E群では62.1±33.7,140.8±108.1で,ともにC群に対してE群で有意に低下していた.姿勢に関しては,腰椎前彎角度,仙骨角度ともにC群が39.8±8.5,37.0±6.6,E群が31.4±8.5,30.9±6.3で,ともにC群に対してE群で有意に減少していた.【考察】 排便障害を有する患者のなかには骨盤底機能が障害されている症例が存在し,それらの症例において認められる肛門内圧の低下は排便障害の一因となっていることが示唆された.さらに,骨盤底機能障害を有する症例において認められる腰椎前彎角度および仙骨角度の減少は,姿勢と骨盤底機能との関連性を示唆するものであり,骨盤後傾位における骨盤底筋群への伸張負荷の増大など,姿勢制御機構の障害による骨盤底機能障害発生の可能性が考えられた.
著者
槌野 正裕 山下 佳代 坊田 友子 甲斐 由美 高野 正太 高野 正博
出版者
日本ストーマ・排泄リハビリテーション学会
雑誌
日本ストーマ・排泄リハビリテーション学会誌 (ISSN:18820115)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.34-38, 2008 (Released:2021-10-30)
参考文献数
10
被引用文献数
1

排泄リハビリテーション領域では日常生活動作訓練の一環としての起居からトイレへの移動など、一連の動作としてのアプローチがほとんどであり、排泄そのものに目を向けた直接的アプローチは皆無に等しい。 今回、直腸性便秘のため当院にて排泄訓練を行った10例に対し、ポータブルトイレでの排便姿勢の評価に加えて、排便時の直腸と肛門の怒責圧測定を行った。 結果排便時姿勢不良例では直腸圧が低く、肛門圧が高い値を示しており、排泄を困難にさせていた。また、排便姿勢不良例に対して姿勢指導を行うことで、直腸圧が上昇し肛門圧は低下した。排便姿勢の変化により骨盤機能が改善し、腹圧が加わりやすくなりスムーズな排便が可能となったと考える。
著者
槌野 正裕 荒川 広宣 小林 道弘 清田 大喜 岩下 知裕 堀内 大嗣 中島 みどり 高野 正太
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会 九州ブロック会
雑誌
九州理学療法士学術大会誌 九州理学療法士学術大会2019 (ISSN:24343889)
巻号頁・発行日
pp.45, 2019 (Released:2019-12-11)

【はじめに】当院は大腸肛門病センターとして、大腸、肛門の器質的疾患や直腸肛門の機能障害に対しての診断・治療を行おり、リハビリテーション科は、便秘や便失禁症例に対する直腸肛門機能訓練に取り組んでいる。便失禁症は、2017年に発刊された便失禁診療ガイドラインによると、65歳以上の有症率は男性8.7%、女性6.6%とされており、専門的な保存治療の一つに骨盤底筋群に対するバイオフィードバック(biofeedback:BF)療法が行われ、治療の有効率は70%前後と報告されている。当院でも便失禁症例に対しては筋電図BF療法を用いているが、収縮方法を獲得できない症例を経験する。このように通常のBF療法では骨盤底筋群の収縮を獲得できない症例に対して、内閉鎖筋膜は肛門挙筋に起始を与えると報告されていることから、股関節外旋筋の収縮をさせることで骨盤底筋群の一つである外肛門括約筋の収縮を得ることが出来るのではないかと考え、検討を開始(第6回運動器理学療法学会で報告)した。今回、外旋筋を用いた骨盤底筋収縮に関する検討を継続した結果を報告する。【対象と方法】2018年5月から12月に当院で骨盤底筋群に対するBF療法を行った症例の中で無作為に選出した26例(男性4例、女性22例、平均年齢66.7±17.0歳)を対象とした。対象者の受診動機は、便秘14例、便失禁18例、その他3例(重複あり)であった。方法は、対象者をシムス体位(左側臥位)とさせ、検査者が外肛門括約筋に電極(幅5mm)が密着するように棒型双極電極を肛門に挿入する。筋電図(日本光電社製 MEB-9400シリーズ)を用いて外肛門括約筋収縮時の積分値(S:squeeze)を安静時の積分値(R:rest)で除した値(S/R)を外肛門括約筋の収縮力とした。次に対象者を腹臥位とし、股関節中間位、膝関節90°屈曲位から両側の踵部を合わせるように股関節外旋筋の収縮を促し、外肛門括約筋のS/Rを求めてシムス体位との収縮力の違いを比較した。統計学的処理にはWilcoxsonの符号順位検定を用いて検討した。【結果】外肛門括約筋の収縮力S/Rは、シムス体位の2.95(1.68~7.67)に対して腹臥位での股関節外旋筋収縮では4.80(2.32~7.70)と有意(p < 0.01)に収縮力は強くなった。しかし、外旋筋の収縮よりもシムス体位での収縮力が強い症例を4例に認めた。3例は外旋筋の収縮を行わせた方がシムス体位よりも持続収縮が可能であり、1例は安静時の活動電位も高まっていたため、収縮力としては低下していた。【考察】内閉鎖筋と肛門挙筋の関係に関しては様々な報告が散見されるが、臨床的には股関節外旋筋の収縮を促すと、肛門は腹側へ引き込まれるように動くのが確認される。内閉鎖筋膜は肛門挙筋に起始を与えており、内閉鎖筋は骨盤底において肛門挙筋と密接な関係にあるとの報告(田巻ら)から、骨盤底筋群に対するBF療法の効果を高める事が期待できると考えられる。【倫理的配慮,説明と同意】【倫理的配慮、説明と同意】当研究は、大腸肛門病センター高野病院倫理委員会の許可(第18-03番)を得て、充分な倫理的な配慮を行い実施した。
著者
岩下 知裕 清田 大喜 小林 道弘 荒川 広宣 槌野 正裕 高野 正太
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.46 Suppl. No.1 (第53回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.H2-149_1, 2019 (Released:2019-08-20)

【はじめに】 便秘とは,「本来体外に排出すべき糞便を十分量かつ快適に排出できない状態(慢性便秘症診療ガイドライン2017)」と定義されている.また,慢性便秘症患者の6割程度にうつ,不安などの心的異常を認め,心理検査では心理的異常を示すスコアが健康対照者に対して有意に高いことが報告されている.厚生労働省の平成28年度国民基礎調査による便秘の有訴者数は65歳以上の男性で6.50%,女性で8.05%となっており,80歳以上では男女平均にて約10.8%と高齢になるにつれ増加する傾向にあることが分かる.これらの報告より,便秘は身体機能の障害のみならず二次的に心的な障害を受け、QOLが低下する疾患であり,適切な介入が必要であると考えられる.当院では,排便障害患者に対して必要であれば直腸肛門機能訓練を実施している.日々の診療のなかで排便障害を有する患者の中には,体幹や骨盤,股関節機能に問題がある症例がみられることがある.今回,両股関節内旋可動域制限が生じている排便障害(機能性便排出障害)の症例に対して,股関節へのアプローチを行い,骨盤底機能が改善したことで主訴が軽減した症例を経験したため以下に報告する.【症例紹介】 80歳代の男性.既往歴はS状結腸癌術後,狭心症(カテーテル留置),前立腺癌.主訴は便意があるが排便しにくい,いつもウォシュレットを強く当てて排便を行っていた.患者のニードはウォシュレットを使用せずに排便出来るようになりたい.【評価とリーズニング】 入院初期評価時には両股関節内旋可動域5°,徒手筋力検査(MMT)にて両股関節内外旋筋力3,直腸肛門機能検査の直腸肛門内圧検査では最大静止圧(Maximum Resting Pressure:MRP)43mmHg,最大随意収縮圧(Maximum Squeeze Pressure:MSP)242mmHg.便秘の評価であるConstipation Scoring System(CSS)は16点.【介入内容と結果】本症例に対して,最初に排便姿勢の評価を行った.理学療法プログラムは1.両股関節内旋可動域訓練,2.体幹筋筋力増強訓練(腹部引き込み運動),3.腸の蠕動運動促進を目的とした体幹回旋訓練,4.トレッドミル歩行訓練を実施した.また,5.バルーン排出訓練を2回/週の頻度で初回を含め計5回介入した.バルーン排出訓練は伸展性の高いバルーンを肛門より挿入し,50mlの空気を挿気し,偽便に見立てて排出する.その際に肛門の弛緩や息み方を学習出来るように指導したが,肛門の収縮・弛緩の動きが不良であった.理学療法開始2週間後,両股関節内旋可動域は30°,両股関節内外旋筋力は4に改善.MRP:50mmHg,MSP:352mmHgで肛門の収縮が可能, 50mlのバルーン排出可能,CSSは8点と改善し,ウォシュレットを使用せずに排便が可能となった.【結論】 慢性便秘症診療ガイドライン2017によると,便秘の発生リスクとしてはBMIや生活習慣,腸管の長さ,関連疾患の有無(逆流性食道炎,過敏性腸症候群,機能性ディスペプシア,下痢症),加齢などが挙げられるが,本症例では,原因の一つとして骨盤と股関節の可動性低下が考えられた.股関節内旋可動域を拡大したことで,外旋筋の柔軟性が向上し,肛門挙筋の起始部と連結している内閉鎖筋の柔軟性が向上したと考えられる.解剖学的に肛門挙筋は恥骨直腸筋,恥骨尾骨筋,腸骨尾骨筋の3筋から構成され,恥骨直腸筋の一部は外肛門括約筋と連結している.恥骨直腸筋は肛門直腸角を構成し,外肛門括約筋は収縮することにより遠位で肛門を閉鎖・固定する.骨盤底筋群の柔軟性が向上したことにより,排便時の恥骨直腸筋と外肛門括約筋の随意的な弛緩が可能となった.恥骨直腸筋が弛緩することで,肛門直腸角は鈍角し,外肛門括約筋が弛緩することで,排便時に肛門が緩み,機能性便排出障害が改善したと考えられる. 今回,機能性便排出障害を主訴とする症例を経験した.理学療法士として,股関節内旋可動域の図ったことで直腸肛門機能の改善につながったと考えている.今回は1症例の経験を報告したが,今後も継続して機能性便排出障害の症例に対して,股関節や骨盤の運動機能の改善に伴う排便障害の改善効果について検討していきたい.【倫理的配慮,説明と同意】臨床研究指針に則り同意を得,個人が特定されないように配慮した.なお,利益相反に関する開示はない.
著者
槌野 正裕 荒川 広宣 中島 みどり 山下 佳代 高野 正太 高野 正博
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
vol.2009, pp.21, 2009

【背景】<BR> アブラハム・マズローは,人間の基本的欲求を低次元から,1.生理的欲求,2.安全欲求,3.愛情欲求,4.尊敬欲求,5.自己実現欲求と5段階に分類している.生きていくうえで欠かすことの出来ない生理的欲求には,食欲,性欲,睡眠欲,排泄欲などが含まれている.リハビリテーション医療分野では,排泄欲に対する機能訓練は皆無である.当院は大腸肛門病を専門に扱っており,理学療法士は大腸癌術後の離床促進による呼吸器合併症予防と,排泄の機能障害に対しての直腸肛門機能訓練を行っている.<BR> 今回,直腸肛門機能障害に対して取り組んだ,物理療法機器を用いての治療を報告する.なお,症例には当院倫理指針に則り患者への同意を得ている.<BR>【症例紹介】<BR> 症例は,60代,男性,排便時出血と肛門痛を主訴として来院.直腸肛門機能検査では,外肛門括約筋筋電図収縮力(S/R)1.5,その他問題なし.外肛門括約筋の収縮に対するバイオフィードバック療法を実施したが,筋の単独収縮が出来ず,主治医より治療を依頼された.括約筋を収縮させようとしてもS/Rに変化は無く,逆に息むような奇異収縮を認めた.腰仙椎MRI画像では腰椎の過度な前彎と,代償的な骨盤後傾を認めた.<BR>【治療方法と経過】<BR> まず,骨盤帯の前傾を促すため,骨盤前後傾運動を指導した.骨盤帯の運動が可能となってからは,米国Chattanooga社製,Intelect Advance Combo 2762ccを用い,電流は筋電図誘発電気刺激(Electromyography-Triggered Neuromuscular Stimulation:ETMS)を使用した.電極パットを尾骨先端の肛門縁とS2~4仙骨部に貼付し,アースを臀部に貼付した.最初の訓練姿勢は左下側臥位で,骨盤帯は前傾位とした.治療開始4週間を経過した時点で括約筋の収縮は出来るようになってきたが,弛緩が上手く出来なかった.6週後,外肛門括約筋の収縮と弛緩をコントロール出来るようになった.収縮方法を学習したので,抗重力位での訓練方法を指導し,更に動的な訓練を行った.退院時S/R比は2.6へ上昇し,肛門痛も軽快した.<BR>【考察】<BR> 大腸肛門の専門病院として,直腸肛門機能障害に対するバイオフィードバック療法を行っているが,視覚を用いたフィードバックのみでは患者自身の感覚の理解が得がたい症例に対して,感覚と視覚を利用した治療を行った.外肛門括約筋は収縮しても目に見えないため,視覚を用いたバイオフィードバック療法は有効な治療手段である.しかし,感覚入力も同時に行うことで収縮感覚を理解し易くなったことが考えられる.また,訓練姿勢に関しても以前の研究結果を基に骨盤帯を軽度前傾位へ誘導して取り組んだ.外肛門括約筋を含む骨盤底筋群が筋収縮を行いやすいアライメントに調整したことが治療効果を高めたと考える.
著者
槌野 正裕 荒川 広宣 中島 みどり 山下 佳代 山田 一隆 高野 正博
出版者
九州理学療法士・作業療法士合同学会
雑誌
九州理学療法士・作業療法士合同学会誌 第33回九州理学療法士・作業療法士合同学会 (ISSN:09152032)
巻号頁・発行日
pp.3, 2011 (Released:2012-03-28)

【背景】 当院は、大腸肛門の専門病院として、大腸癌、特に下部直腸癌に対する肛門機能温存術が積極的に行われている。術後は、残存骨盤底筋群に対してバイオフィードバック療法(BF)を行い、通常術後3~6か月で一時的人工肛門を閉鎖する。今回、便を貯留させる耐容量の増大を目的として、新たに取り組み始めたバルーン留置訓練を実施した症例を以下に報告する。【症例紹介】 H21年9月に直腸癌(Rb)StageIの診断でParital ISR(D3廓清、根治度A、AN3:右骨盤神経温存、J-pouch)、covering ileostomyを造設された症例A氏(60歳代女性)、人工肛門造設時のWexnerスコア2であり、術後6か月のDefecographyでは、肛門収縮時でも造影剤が漏れており、残存肛門機能の検査結果も併せて人工肛門閉鎖後の便失禁の可能性が高いことが懸念され、主治医より直腸肛門機能訓練を依頼された。【治療経過】 術後1か月目からBFを開始した。術後6か月で安静臥位では残存括約筋の収縮は可能となっていたが、静止圧24.5cmH2O、随意圧72.1cmH2Oと肛門括約筋機能低下、耐容量40ml、体幹筋群との協調的な括約筋の収縮が困難であったため、バルーン留置訓練を開始した。 治療内容は、1)安静臥位でバルーンを挿入した状態での肛門括約筋収縮弛緩の学習、2)抵抗を加えて筋力強化、3)片脚拳上など腹圧上昇課題を与えて持続収縮力の強化、4)抗重力活動での持続力強化の順に進めた。4)では無意識のうちにバルーンが排出されていたが、訓練開始2か月後には、バルーンが自然排出することなく動作時も保持可能となった。静止圧44.9cmH2O、随意圧109.5cmH2Oと内圧上昇し、Defecographyでは収縮時の漏れが減少していた。その後2か月程度訓練を継続し、耐容量は85mlまで上昇。安静時の漏れも改善されてストーマ閉鎖となった。訓練時の空気の量は、最少感覚閾値の20mlから開始し40mlで行った。ストーマ閉鎖後は、本人も驚くほど排便コントロールされており、便失禁を気にせずに旅行にも行け、仕事にも復帰された。【考察】 直腸癌術後の排泄機能訓練は確立されておらず、当院でも筋電図を用いたBFのみを行っていた。今までの人工肛門閉鎖症例の排便状況からは、「便意があったらトイレまで我慢できない。」などの訴えが多く、検査結果からは、静止圧の低下とともに耐容量も低値であったため、バルーンを留置しての運動療法を取り入れた。筋の収縮のみの静的訓練から歩行などの動的な訓練を行ったことで、残存括約筋と体幹筋群の協調的な収縮方法を学習でき、トイレまで我慢できる能力を獲得したことが術後の排便障害を軽減させた要因であると考えられる。
著者
槌野 正裕 荒川 広宣 小林 道弘 中島 みどり 高野 正太 山田 一隆 高野 正博
出版者
公益社団法人 日本理学療法士協会
雑誌
理学療法学Supplement Vol.42 Suppl. No.2 (第50回日本理学療法学術大会 抄録集)
巻号頁・発行日
pp.1750, 2015 (Released:2015-04-30)

【背景】我々は,大腸肛門病の専門病院として,第42回当学会より,理学療法士の視点で直腸肛門機能についての研究を継続している。研究結果から得られた知識を基に,治療の質向上を図っている。今年度は,大腸肛門リハビリテーション科による便秘外来の開設に伴い,理学療法士も排便障害を主訴として受診された方に対して,バルーン排出訓練を行っている。特に,ROMEIIIF3領域の症例に対して介入し,排便姿勢や骨盤底筋群の弛緩方法,腹圧の加え方などを指導して,快適な排便を目指して治療を行っている。今回,医師から指示された症例に対して,バルーン排出訓練をポータブルトイレで実施し,訓練の際に直腸内の圧変化と息み時間を評価したので以下に報告する。【対象と方法】バルーン排出訓練を理学療法士も介入して実施した女性6例(平均年齢77.7±9.6歳)を対象とした。バルーン排出訓練では,患者はシムス体位で臥床し,シリコン製のバルーンを肛門から挿入する。肛門管を過ぎて直腸内にバルーンを留置し,airを50ml送気したものを疑似便に見立て,通常の排便のごとく息んで排出する。訓練中には,一連の圧変化をスターメディカル社製直腸肛門機能検査キットGMMS-200で評価する。訓練は下記の方法で行い,1.から5.を比較検討した。患者は,1.airを送気して便意を感じた状態で起き上がり,ポータブルトイレへ移動する。移動が完了したら,2.背筋の伸ばした伸展座位で排出する。3.排出ができなければ前屈座位で排出する。4.伸展座位で排出できた症例も前屈座位での排出を同じように実施する。訓練終了後に,パソコンのモニターを用いて,5.排出までの息み時間を計測した。また,一連の排便動作における圧の変化を説明し,腹圧の加え方や骨盤底筋群の弛緩を促した。【結果】1.臥位からポータブルトイレへ着座した時点で,直腸圧が21.8±6.9cmH2O上昇した。2.伸展座位での排出では,2例が可能(94.9±161cmH2O)であり,4例は不可能(90.5±44.1cmH2O)であった。不可能な4例は,直腸圧が高まっていても排出ができない症例が2例,直腸圧が高まっていない症例が2例であった。3.前屈座位での排出では,4例が可能(120.8±22.5cmH2O)であり,2例が不可能(73.1±28.1cmH2O)であった。伸展座位で直腸圧が高まっても排出できなかった2例は排出可能であった。また,排出不可能であった2例のうち,1例は伸展座位でも排出できない症例であり,1例は普段から伸展座位でしか排出できない症例であった。臥位,伸展座位,前屈座位の全ての姿勢で排出できた症例の息み時間は,臥位10.5秒,伸展座位5秒,前屈座位3秒でバルーンの排出が可能であった。5.伸展座位と前屈座位で,排出までに息んだ時間は,排出が可能な場合は9.0±5.7秒,9.5±4.4秒,不可能な場合は15.1±10.5秒,9.8±3.2秒であった。全体で排出可能な場合は,9.5±4.4秒,不可能な場合は13.3±8.7秒であった。【考察】今回,バルーン排出訓練での直腸圧の変化と息み時間を比較した。まず,着目したことは,臥位と座位では直腸圧が変化している点である。臥位よりも座位では,直腸圧つまり腹圧が21.8±6.9cmH2O上昇した。このことは,オムツを着用したままの臥位での排便ではなく,便意を逃さずトイレへ誘導し,便座へ着座してから排便を促すことが重要であることの根拠になると考える。また,伸展座位では排出可能,不可能にかかわらず同程度の直腸圧であったが,前屈座位では排出が可能な例で直腸圧が高く,不可能な例では低い傾向であった。排出までに息んだ時間は,排出可能な場合は9秒,不可能な場合は伸展座位で15秒,前屈座位では10秒と伸展座位で排出できない場合は長く息んでいた。我々の過去の研究では,肛門内圧は骨盤前傾位で高く,後傾位で低くなること。前屈座位では伸展座位よりも肛門直腸角が鈍角になりやすいことを報告しており,出口である骨盤底筋群は伸展座位で弛緩が困難なため息みが長くなり,前屈座位では弛緩し易いために息みが短かったと考えられる。これらの結果から,前屈座位では腹圧が適度に上昇し,骨盤底は弛緩するため排出が行い易くなったと考えられる。【理学療法学研究としての意義】理学療法士が排泄についての生理を知識として持つことで,在宅生活を送るための支援につながり,生活の質を高めることが出来ると考えている。