- 著者
-
山崎 新太郎
片岡 香子
長橋 良隆
- 出版者
- 日本地球惑星科学連合
- 雑誌
- JpGU-AGU Joint Meeting 2017
- 巻号頁・発行日
- 2017-03-10
沿岸域や浅水域では過去に大地震に伴う数百から数千m2以上の大規模な崩壊や地すべりが発生している.これは水で飽和した地質が大地震により液状化したり破壊されたりすることにより強度を失うことで発生するものと考えられる.しかし,近年の大地震により大規模に沿岸域が崩壊・喪失した事例や,その痕跡として浅水域に地すべり地形が確認されたものは,液状化の発生事例数やその範囲に比べると明らかに小さい.沿岸域や浅水域における大規模崩壊や地すべりの発生には,加えてさらに特異な条件が必要であることが示唆される.沿岸域には人口が集中し,もし沿岸―浅海域における大規模崩壊の条件を理解することができれば,特に地震時の危険性に注意を払うべき場所が明確になるだろう.本講演でとりあげる福島県・猪苗代湖では,その沿岸に地すべりの地形であることを示す馬蹄形滑落崖と,それから伸びた舌状地形が複数認められる.この状況の存在は猪苗代湖が前述のような大規模崩壊を発生させやすい特異な条件を備えていることを強く示唆し,それを地質学的かつ地盤工学的に詳しく検討すれば,前述した地すべりの発生条件の解明に繋がるものと思われる.筆者らは,2015年と2016年の2カ年に渡って3.5 kHzサブボトムプロファイラによる音響地質構造探査を,のべ120 kmに渡って猪苗代湖全域を網羅するように実施した.この音響地質構造データと,2012年に福島大学が猪苗代湖湖心部で湖成堆積物を貫通するように採取した約28m長のコア(INW2012コア)との対比を行った.その結果,湖底における斜面の安定性と地すべりについて特に得られた知見を以下に3つ列挙する.1)猪苗代湖の湖心より南部の水域において湖形成以降の湖底堆積物の全体の音響地質断面画像が得られた.同水域の底質は全域に渡って一貫した成層構造であり,層内に水平に連続して認められた強反射層の一部はINW2012コアに認められた広域テフラ層準と一致していた.また,湖底堆積物底面には湖形成以前の砂礫層と位置する反射が認められた.この湖心から南部の水域では湖成層が安定的に堆積してきたものと思われる.一方で湖の北部では湖底最表層での音響の減衰が大きいため下方の構造を認識できなかった.おそらく,北部では磐梯山の火山活動及び長瀬川の流入による砂礫成分の流入が活発であるため最表層での音波の反射と減衰が大きいと思われる.従って北部に認められる大規模な地すべり地形は粗粒の堆積物の下位に存在すると思われる.2)得られた音響地質断面画像では,ほぼ全てに渡って,無構造な堆積物であることを示す音響的透明相が頻繁に認められた.これらは猪苗代湖の湖成層内では,流体またはガスの噴出がこれまでに複数繰り返されてきたことを示唆し,湖成層がこれまでに複数の地震の影響を受けてきたことを示すと考えられる.特にその密度は湖心部で約13 m下から湖成層底部までの区間で高い.この深度は浅間火山起源のAs-Kテフラ層準(18, 100年前;廣瀬ほか2014)より1 m下である.この深度は約2万年前に相当し,この時期に猪苗代湖の周辺で大地震が発生した可能性がある.3)猪苗代湖南部を起源とする長さ2.8 km,最大厚さ約25 mの大規模な湖底地すべりを示す地質構造が発見された.この地すべりは前述のAs-Kの約1 m下に存在し,この湖底地すべりの主たる運動は,塊状移動体の滑動によるものである.地すべりは0.8度の傾斜を持つすべり面で発生し,下方末端には約1 kmに渡って複数のスラストと褶曲を伴って衝突変形している様子が観察できた.この地すべりは音響探査により地層の変形構造とすべり面が追跡できた貴重な例であり,今後,この地すべり体を直接掘削し,その地質と構造および材料的な地震に対する反応性の面から分析すれば,沿岸域や浅海域で崩壊・地すべりが発生する条件の解明に迫れるものと思われる.<文献>廣瀬孝太郎・長橋良隆・中澤なおみ(2014)福島県猪苗代湖の湖底堆積物コア(INW2012)の岩相層序と年代.第四紀研究,日本第四紀学会,157-173.