著者
井村 隆介
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.161-168, 2016-08-01 (Released:2016-10-07)
参考文献数
14

2011年3月11日の東北地方太平洋沖地震以降,日本各地で地域防災計画や防災教育の見直しが行われている.防災教育は,普段の学校の教育システムの中で無理なく行われることが望ましい.その実施のためには,専門家だけでなく,教員や保護者,さらには地域社会の協力が必要不可欠である.子供たちには,災害への直接的な対処法ではなく,自然現象に対する正確な知識と,各人がそれに基づいて意思決定をできるように教育することが大切である.子供たちが自然の仕組みを理解することは,災害時の対応だけでなく,将来の研究者を育てることにもつながる.
著者
小林 淳
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.327-343, 1999-08-01 (Released:2009-08-21)
参考文献数
41
被引用文献数
5 5

箱根火山周辺域に分布する箱根火山起源テフラ(降下軽石,火砕流堆積物)と富士火山起源テフラ,および広域テフラの層序関係を確立し,箱根火山中央火口丘の噴火活動史・火山体形成史を明らかにした.中央火口丘期の噴火活動は,新期カルデラ内に先神山(pre-Kamiyama)が形成されることにより始まった(約50ka).先神山の噴火活動は,最初,噴煙柱を形成しながら軽石を噴出していたが,徐々に軽石よりも類質岩片を多く噴出するようになり,最終的には先神山の一部が崩壊した(早川泥流CC2:約37,38ka).先神山崩壊後は,粘性の高い溶岩の大規模な流出に伴って,火砕流(block and ash flow)を頻繁に流下させながら溶岩ドームを形成する噴火様式に変化し,神山を中心とした中央火口丘群が次々と形成された.これらの結果から得られた噴出量階段図より,最近11万年間のマグマ噴出率は7.6×1011kg/kyと求められる.しかし,詳細に見ると,この噴出率は段階的に減少傾向を示していることが明らかになった.

19 0 0 0 OA 活断層

著者
松田 時彦 岡田 篤正
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.188-199, 1968-12-20 (Released:2009-08-21)
参考文献数
79
被引用文献数
12 6 13

The term “active fault (Katsu-danso)” appeared in the 1920's in papers of some geomorphologists in Japan. It has been used for faults active in Quaternary or late Quaternary, although the usage of the word “active” and its age-limit are different by authors. At any rate, the active fault is significant in geology in that the evidence of fault movements is recorded in the topography on the fault trace which enables detail analysis of the faulting, and in that the faulting might be detectable by means of geophysical methods, and it might be closely related to the occurrence of an earthquake. Recent studies in Japan showed that an active fault moves under a regionally-stressed condition of the crust, which has persisted during recent geologic time. If so, an “active fault” could be defined as a fault which is active under the present-day stress system. Then, the origin, orientation, and variation in time and space, of the “present” stress system are to be an important and fruitful research subject on the Tertiary to Quaternary tectonic history of the Japanese Islands. Some of the recent investigation on the active fault began to focus on this line.Studies of active faults in Japan have started from two points: the geological studies of the earthquake faults by geologists and the studies of the fault topography by geomorphologists.The geological studies of the earthquake fault was commenced by Koto, B. (1894) who had observed the surface break of the Mino-Owari earthquake of 1891 along the Neo Valley fault. Since then, geologists have investigated and described more than ten earthquake faults from Japan and Formosa. Particularly through the experiences of 1927- and 1930-earthquakes, it became clear that the mode of displacement along the earthquake fault during the earthquake is the same in the sense of displacement as the mode of the long-term displacement through the geologic periods. For example, Kuno, H. (1936) found that the Tanna fault which moved a few meters left-laterally during 1930 earthquake, has accumulated left-lateral displacement ca. 1000m since the middle Pleistocene.Almost independently of the geologists'works, geomorphologists had investigated the fault topography of Japan. By these studies, it had become clear before the War II that there are many fault scarps and fault valleys in this country, which have been produced probably by Quaternary faulting. Tsujimura, T. (1932) published a distribution map of topographically-recognized faults, in which 413 fault systems were registered.Recently, the geological and geomorphological studies have been jointly performed and the movement-history of some active faults in Quaternary time are clarified quantitatively (Table 1). It is also shown that many active faults hitherto considered to have only vertical displacement are strike-slip faults accompanied by lesser dip-slip components. The Atera fault (Sugimura & Matsuda, 1965), the Atotsugawa fault (Matsuda, 1966), and the Median Tectonic line (Kaneko, S., 1966; Okada, A., 1968), which was described recently, are examples.Some features of the active strike-slip faults described from Japan may be summerized as follows:A number of active faults or fault zones are present particularly in central Japan (the Chubu, Kinki, and Shikoku districts). They are, however, less than one hundred kilometers in length and a few kilometers in total displacement of the basement rocks, except for the Median Tectonic line (and probably the Itoigawa-Shizuoka Tectonic line).There is a marked regularity in the fault systems of the central Japan between the trend of faults and the sense of the displacement: the NW-trending faults are left-lateral, whereas the NE-trending faults are right-lateral. This implies that the earth's crust of the region is under the same stress system having the maximum (compressional) principal axis of approximate east-west.
著者
森 勇一
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.43-61, 2020-04-01 (Released:2020-04-25)
参考文献数
56

本研究は,遺跡から発見された昆虫化石を用いて先史~歴史時代の人々がどのような環境下でどのように生活していたか,また遺跡から見つかった昆虫から古代の人々が何を食べ,どんな仕事を行っていたか考察したものである.縄文時代中期の埼玉県デーノタメ遺跡では,ヒトが植栽した果樹や畑作物などを加害する食植性昆虫を多産した.当時の人々が自然植生を作り変え,集落の周りに有用植物を植栽していたと考えられる.中世の愛知県清洲城下町遺跡からコクゾウムシ・ノコギリヒラタムシなど貯穀性昆虫を多産する遺構が確認され,その周辺に穀物貯蔵施設が存在したことが示された.岐阜県宮ノ前遺跡における晩氷期の昆虫群集を調べ,植物化石で推定された古環境と昆虫化石で得られた古環境にタイムラグがあることを明らかにした.平安時代の山形県馳上遺跡からウルシに絡めとられた昆虫が見つかり,これが厳冬期にのみ成虫が現れるニッポンガガンボダマシと同定された.この結果,当時の人々が冬季に漆塗り作業を行っていたことが示された.縄文時代中・後期の青森県最花遺跡および同県富ノ沢(2)遺跡の土器片から2点の幼虫圧痕が検出され,1点がキマワリ,もう1点がカミキリムシの仲間と同定された.両者とも土器製作現場に生息することがないため,ヒトが食材など何らかの目的をもって採集したものであるとした.青森県三内丸山遺跡(縄文時代前期)のニワトコ種子集積層から見つかったサナギがショウジョウバエと同定されたことから,この種子集積層は酒造りに利用されたものと推定した.天明3(1783)年の浅間泥流に襲われた群馬県町遺跡より穀物にまぎれたゴミムシダマシが確認され,ゴミムシダマシが貯穀害虫であったことが示された.
著者
宮地 直道 鈴木 茂
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.225-233, 1986-12-31 (Released:2009-08-21)
参考文献数
20
被引用文献数
2 2

Tephrostratigraphical and palynological studies have been done for the Ohnuma-aisawa lake deposits, distributed at the eastern foot of Fuji Volcano. The Ohnuma-aisawa lake deposits lie over the Gotemba mud flow deposits, filling in their hollow places, and consist mainly of a lower half of sand and gravel beds and an upper half of silt and peat beds. Nearly twenty tephra beds, dating after about 2200y.B.P, were found in the upper half. The stratigraphy and characteristics of the tephra are described.The condition of the ground in the area of Ohnuma-aisawa Lake became worse after the fallout of Yu-2 tephra about 2200y.B.P. The Cryptomeria forests were dominant until the 9th century in this area. However, the destruction of the forests by human activities began with the increase of Pinus after that time.
著者
林 成多
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.56, no.2, pp.25-35, 2016-04-01 (Released:2017-05-12)
参考文献数
47

日本列島の昆虫相の変遷を解明するため,鮮新世以降の昆虫化石の調査を各地で行った.その結果,鮮新世〜前期更新世には絶滅種と現生種の昆虫が共存していたことが判明した.絶滅種のほとんどは,前期更新世末〜中期更新世初頭には絶滅したと考えられる.特に化石記録の豊富なネクイハムシ亜科(コウチュウ目ハムシ科)について研究を行った結果,現生種の化石記録には,鮮新世〜前期更新世まで遡る「古い現生種」と中期更新世に出現する「新しい現生種」の存在が明らかになった.絶滅種の記録も含め,ネクイハムシ相の変遷を時代ごとに区分した.現在のネクイハムシ相がほぼ完成した時期は中期更新世以降である.また,現生種の化石記録を基に,分子系統樹の時間軸を設定し,分化年代を推定した.
著者
小野 有五
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.55, no.3, pp.71-91, 2016-06-01 (Released:2016-08-03)
参考文献数
114

1990年,日本のなかでもっとも生存が脅かされている絶滅危機種,シマフクロウとの出会いを契機に,第四紀学の純粋な科学者であった研究者が研究者=活動者に変化していった過程を述べ,政策決定など社会との関係において科学者を区分したPielkeの四類型に基づいてそれを分析した.その結果,政策決定には関わろうとしない“純粋な科学者”や“科学の仲介者”から,自らをステイクホルダーとして政策決定に参与しようとする“論点主張者”,さらには“複数の政策の誠実な周旋者”に筆者自身の立ち位置が変化していったことが,千歳川放水路問題,二酸化炭素濃度の増加問題,高レベル放射性廃棄物の地層処分問題,原発問題の4つの環境問題において明らかとなった.原発問題については,特にその安全性に直接関わる活断層研究との関連を調べた結果,日本第四紀学会の複数の会員が,原発を規制する政府の委員会において,原発周辺の活断層の評価だけでなく,活断層の定義にも決定的な役割を演じていたことが明らかになった.このような事実は,とりわけ,2011年3月11日の福島第一原発の過酷事故以来,現在の日本社会における日本第四紀学会の重要性と責任の大きさを強く示唆している.日本第四紀学会は,3.11以前からの長年にわたる学会員と活断層評価との関わりについても明らかにするとともに,原発の安全性に関わる活断層やそのほかの自然のハザードについて,広くまた掘り下げた議論を行い,社会に対して日本第四紀学会としての“意見の束”を届けるべきであろう.
著者
鴨井 幸彦 田中 里志 安井 賢
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.45, no.2, pp.67-80, 2006 (Released:2007-07-27)
参考文献数
30
被引用文献数
8 10

砂丘の形成年代は, 砂丘砂層や砂丘間凹地の腐植土, および砂丘の基盤層中に含まれる有機物の年代から決めることができる. 新しい年代値とともに, これまでの多くの年代測定値をまとめて整理し, 越後平野における砂丘の形成年代と形成過程を明らかにした. 約8,000年前に縄文海進とともに海水面が上昇すると, 越後平野の内陸部でラグーンを伴ったバリア島システムが成立した. 約6,000年前の海水準高頂期後, 海水準が安定するか, やや低下すると, 信濃川などの流入河川によって堆積物が豊富に供給され, 沖積平野は急速に拡大した. 海岸砂丘の発達は, 海岸線の前進と停止に呼応して断続的に進み, 10列の砂丘が形成された. 砂丘の形成年代は, 新砂丘I-1が約6,000年前, 新砂丘I-2が6,000~5,500年前, 新砂丘I-3が5,000年前, 新砂丘I-4が約4,500年前, 新砂丘II-1が約4,000年前, 新砂丘II-2が約3,500年前, 新砂丘II-3約3,000年前, 新砂丘II-4が2,000~1,700年前, 新砂丘III-1が1,700~1,100年前, 新砂丘III-2が約1,100年前である.
著者
亀井 翼
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.1-12, 2013-02-01 (Released:2013-06-19)
参考文献数
36

モグラの巣穴掘り活動が遺跡に与える影響について,茨城県稲敷郡美浦村陸平貝塚を対象に検討した.まず,モグラが移動できる物体のサイズを明らかにするために,現生モグラ塚の調査を行い,モグラによる遺物選別パターンを観察した.その結果,モグラによる擾乱によって,最大長5 cm未満の遺物の一部は地表と地表浅部を往復し,5 cm以上の遺物は沈下することが予想された.次に,モグラによる擾乱を出土遺物のサイズから評価するために,陸平貝塚DNo.3トレンチにおいて,深度ごとの出土遺物サイズの計測を行った.その結果,貝塚堆積後に形成された堆積土壌において,遺物がモグラによって垂直的に再配置されている可能性が示唆された.モグラによる動物擾乱などの生物擾乱は,日本列島の完新世における遺跡形成過程の一部を担っている.それゆえ,生物擾乱の評価は遺物空間配置を議論する上で重要である.
著者
岡田 篤正
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.131-150, 2012-06-01 (Released:2013-06-12)
参考文献数
83
被引用文献数
1 4

中央構造線(活)断層帯の右横ずれ断層運動,変位地形,変位速度など,1970年代の調査成果について,まず紹介した.トレンチ掘削調査による活動履歴や断層構造の解明が1980年頃からはじまり,やがて1回の変位量や最新活動時期などの究明が1990年代後半頃に行われた.こうした調査で得られた成果やその手法改善について述べた.1990年代に行われた詳細活断層図,地方自治体による活断層の総合的調査,さらに反射法地震探査について概略を紹介した.各種の調査から判明してきた断層運動の性質と履歴,四国域での最新活動時期(16世紀)と関連した歴史地震,これらに関与したと思われる活断層群(六甲・淡路島断層帯や有馬-高槻断層帯)の連動的な活動を指摘した.こうした経過で得られてきた諸成果をまとめた地震調査研究推進本部地震調査委員会(2003, 2011)による大地震の長期評価も紹介し,残された課題や展望について述べた.
著者
狩野 謙一 上杉 陽 伊藤 谷生 千葉 達朗 米澤 宏 染野 誠
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.137-143, 1984-07-31 (Released:2009-08-21)
参考文献数
22
被引用文献数
3 4 4

Active faults and neotectonics in and around the southern part of the Tanzawa Mountains and the Oiso Hills in the southern Fossa Magna region are summarized on the basis of new evidences obtained from fault analyses and tephrochronological studies. The active faults in this area can be classified into the following four systems; the E-W Kannawa thrust, the E-W high-angled reverse faults, the NE-SW left-slip faults and the NW-SE right-slip faults. Most of the strike-slip faults have dip-slip components. The Kannawa thrust probably moved during the Middle Pleistocene, and the other faults have been active since the late Middle Pleistocene, under the regional compressional stress field of N-S direction. The accumulation and deformation of the strata in this area have been strongly affected by displacements along the above mentioned fault systems.
著者
大井 信夫 三浦 英樹
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.44, no.1, pp.45-50, 2005-02-01 (Released:2009-08-21)
参考文献数
7

北海道北部稚内市恵北における恵北層上部,ガラス質テフラ直下の泥炭層の花粉分析を行った.このガラス質テフラは,阿蘇4(Aso-4)に対比される.泥炭層の花粉群は,トウヒ属が優占,カラマツ属,モミ属,カバノキ属などを伴い寒冷乾燥気候を示唆する.この花粉群の特徴は,北海道の他地域のAso-4直下における花粉群と一致する.したがって,本地点の恵北層は後期更新世,最終氷期前半の堆積物と考えられる.Aso-4降下頃の恵北においては,カラマツ属が多産する花粉群ではカヤツリグサ科が,少ない花粉群ではミズバショウ属,ミズゴケ属が多産する.これは,スゲ湿原上にグイマツ林が成立し,ミズゴケ湿原にはミズバショウが伴うという湿地の局地的環境を示していると考えられる.
著者
鈴木 毅彦 村田 昌則 大石 雅之 山崎 晴雄 中山 俊雄 川島 眞一 川合 将文
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.47, no.2, pp.103-199, 2008-04-01 (Released:2009-04-25)
参考文献数
36
被引用文献数
2 2

立川断層の活動史を明らかにするため,4本のコアと狭山丘陵を調査した.狭山丘陵に産出するテフラSGOはMTB1・武蔵村山コア中のテフラに対比される可能性があり,同じくSYG(1.7 Ma)はMTB1・武蔵村山コア中のテフラに,箱根ヶ崎テフラ群(約2.0 Ma)は武蔵村山・MTB2コア中のテフラに対比された.また,Ebs-Fukuda(1.75 Ma)がMTB1コア中に,Kd44(1.968~1.781 Ma)が武蔵村山・瑞穂コア中に,Tmg-R4(2.0 Ma)がMTB2コア中に検出された.三ツ木地区においては,SYG層準が約126mの北東側隆起の変位を受けている.SYGと箱根ヶ崎テフラ群の変位量には累積はなく,立川断層は2.0~1.7 Maの間は活動していなかった.断層は南東・北西セグメントからなる.従来,地下でのみ認定された瑞穂断層は北西セグメント南東部であり,両セグメントは約1.5kmの区間を並走している.南東セグメント内では北西端部ほど累積変位量が小さいが,並走する北西セグメントの累積変位量を加味すれば,断層全体では南東セグメント北西端で累積変位量は急減しない.
著者
細野 衛 佐瀬 隆
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.54, no.5, pp.323-339, 2015-10-01 (Released:2015-12-19)
参考文献数
91
被引用文献数
1

黒ボク土層はテフラ物質を主体とした無機質素材を母材として,湿潤かつ冷温・温暖な気候と草原的植生下で生成してきた土壌である.酸素同位体ステージ(MIS)3以降の黒ボク土層の生成史には人為生態系の観点から2つの画期が認められる.最初の画期(黒ボク土層画期I)はMIS 3後半,後期旧石器時代初頭における“突発的な遺跡の増加期”に連動し,後の画期(黒ボク土層画期II)はMIS1初頭の急激な湿潤温暖化により人類活動が活性化した縄文時代の始まりと連動する.いずれの画期も草原的植生の出現拡大にヒトが深く関わったと考えられるので,黒ボク土層は人為生態系のもとで分布を拡大してきたといえる.
著者
尾方 隆幸 大坪 誠
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.58, no.6, pp.377-395, 2019-12-01 (Released:2019-12-24)
参考文献数
115

琉球弧における第四紀テクトニクス研究および地形プロセス研究をレビューした.琉球弧は,ユーラシアプレートにフィリピン海プレートが沈み込む収束境界に沿う島弧で,火山島,山地島(付加体),隆起サンゴ礁島などに分けられ,それぞれ地形プロセスが異なる.第四紀の地殻変動は,礁性堆積物からなる更新統の石灰岩(琉球層群)に多くの横ずれ断層と正断層を形成している.付加体で構成される山地・丘陵では,さまざまな環境条件に支配された風化・侵食速度を反映しながら,地形変化が進行している.これまでの自然地理学的研究は,琉球弧にみられるいくつかの地形を熱帯・亜熱帯特有の気候地形とみなしてきたが,それらの地形プロセスは気候条件のみならず地質条件も踏まえて再検討されるべきである.今後の研究には,地質条件と気候条件の両者を総合・統合した地形プロセスの理解が求められる.
著者
岩田 修二
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.53, no.6, pp.275-296, 2014-12-01 (Released:2015-07-23)
参考文献数
108
被引用文献数
1

日本アルプスの氷河地形研究における転向点1(1940年)は,発見時代の多様な氷河地形を今村学郎がアルプス型氷河地形だけに限定した時点である.転向点2(1963年)は,空中写真判読による日本アルプス全域の氷河地形分布図を五百沢智也が発表した時点である.その後,日本アルプスの氷河地形研究は大きく進展したが,転向点3(2013年)は,「地すべり研究グループ」によって複数の氷河地形がランドスライド地形と認定された時点である.転向点3以後における日本アルプスの氷河地形研究の課題は:1.露頭での詳細調査による氷河堆積物とランドスライド堆積物との識別,2.白馬岳北方山域での氷河地形とランドスライド地形との峻別,3.白馬岳北方山域での山頂氷帽の証拠発見,4.剱岳の雪渓氷河や後立山連峰のトルキスタン型氷河がつくる氷河地形の解明である.つまり,急峻な山地での氷河による侵食・堆積作用とその結果できる地形を見直す必要がある.
著者
多 里英 公文 富士夫 小林 舞子 酒井 潤一
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.1-13, 2000-02-01 (Released:2009-08-21)
参考文献数
26
被引用文献数
5 3

青木湖周辺には,後期更新世から完新世にかけての,おもに河成や湖成の堆積物が断片的に分布しており,下位より藪沢層,崩沢層,神城砂礫層,佐野坂崩壊堆積物,青木湖成段丘堆積物,青木湖底堆積物に分けられる.指標テフラと岩相対比によって,それらの相互関係を明らかにした.佐野坂崩壊堆積物の上位には,Dpm火山灰層がのるとされていたが,それを再堆積物と判断し,周辺の地史を次のように推定した.藪沢層は,比較的広い谷の中を南がら北へ流れる蛇行河川によって形成された.その時代は5万年前以前の寒冷な時期である.約5万年前,その河川は狭い谷の中を流れる網状河川に変化した.この堆積環境の変化は,DKP火山灰層を挾む崩沢層と神城砂礫層中部が礫を主体とすることにより示されている.約3万年前に,西方の仁科山地で大規模な地すべり崩壊が起こり,佐野坂丘陵が形成された.この崩壊堆積物は川をせき止め,丘陵の南側に深い湖(青木湖)を形成した.佐野坂丘陵の北側の凹地には支谷からの堆積物供給が多く,徐々に埋積されて,現在の神城盆地を形成するようになった.
著者
谷川 晃一朗
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.255-270, 2009-08-01 (Released:2012-03-27)
参考文献数
73
被引用文献数
4 5

兵庫県円山川下流域(豊岡盆地)における沖積層層序,海水準変動および海岸線の変化を復元するために,ボーリングコア試料の地質層序データの解析と,コア堆積物試料のイオウ含有量,火山灰,珪藻化石および貝化石の分析,14C年代測定を行った.円山川下流域の沖積層は,下位から下部砂礫層(LG),下部砂泥層(LS),中部泥層(MM),上部砂層(US),最上部泥層(UM)に区分することができ,海成層と考えられる中部泥層が豊岡盆地全域にわたり分布している.鬱陵隠岐火山灰(U-Oki)が降下した約10,700 cal BPには,相対的海水準は標高約-30 mにあった.そして,縄文海進最盛期を示すと考えられる約6,800 cal BPには,細長い内湾が豊岡盆地の南端部に達した.しかし,日本列島で数多く報告されている完新世中期の高海面は確認されず,豊岡盆地は完新世の中頃には沈降傾向にあった可能性がある.これら本研究で得られた海面変化データに基づいて,10.7 ka, 7.9 ka, 6.8 kaにおける海岸線の位置を示した.
著者
小野 映介 片岡 香子 海津 正倫 里口 保文
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.51, no.6, pp.317-330, 2012-12-01 (Released:2013-06-14)
参考文献数
33
被引用文献数
6 5

津軽平野中部における浅層堆積物の層相および鉱物組成,火山ガラスの形状・屈折率,14C年代を検討した.当地域は奈良時代から平安時代初頭に有機質シルト層や未分解有機物層が堆積する湿地であったが,後の火山灰質砂層の堆積により堆積環境が激変した.火山灰質砂層は様々な堆積構造を呈し,十和田a(To-a)テフラ由来の火山ガラスを多く含むため,十和田火山AD 915噴火後のラハール堆積物と判断できる.ラハール堆積物の上位にはAD 930~940頃の白頭山-苫小牧(B-Tm)火山灰が認められ,To-aテフラの噴出後B-Tm火山灰の降灰時期までの二十数年以内でラハールが終息したと推定される.ラハール堆積物上位の土壌化層には,平安時代中期の遺物が包含される.津軽平野中部では,平安時代の遺跡が多く存在することからも,ラハールの流入で広大な砂地が形成され,人々の居住可能な場が整い,居住の増加に影響を与えたことが考えられる.
著者
田島 靖久 宮地 直道 井上 公夫
出版者
日本第四紀学会
雑誌
第四紀研究 (ISSN:04182642)
巻号頁・発行日
vol.45, no.4, pp.287-301, 2006 (Released:2007-07-27)
参考文献数
31
被引用文献数
2 3

日本最大の活火山である富士火山には, 山麓部に複数の扇状地が分布する. 本論では, 富士火山の西側に位置する上井出扇状地について, その形成過程を解明した. 上井出扇状地は堆積物の構成物質や地形より, その形成時期をYFM-K1~K3期の3時期に区分できる. このうち, YFM-K1期 (cal BC 3,400~2,100) は中期溶岩の噴出時期にあたり, cal BC 2,500頃には到達距離の長い岩樋火砕流が発生した. YFM-K2期 (cal BC 1,500~1,000) は, 比較的規模の大きな降下テフラや火砕流が噴出するとともに, 御殿場岩屑なだれと近接した時期に107m3オーダーの規模の大きな猪の窪ラハール-Aが発生した. YFM-K3期 (cal BC 800~AD 300) は, 湯船第2スコリア (Yu-2) をはじめとする山頂火口に由来する降下テフラの噴出時期に対応し, これらに伴うラハールが発生した.マグマ噴出率の変化と, cal BC 3,400以降の上井出扇状地における土砂堆積量の変化傾向は, おおむね一致していることが判明した. 上井出扇状地のYFM-K1期の場合, 大規模な降下テフラの発生が少なく, このため山体近傍に堆積する溶岩の供給量の変化は, 扇状地での堆積量の変化に大きく影響を与えていると考えられる. YFM-K2期については, 107m3オーダーのラハールが短時間に流出する現象が扇状地の形成に関与していた.