著者
平岡 裕章 西浦 廉政
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.9, pp.632-640, 2017-09-05 (Released:2018-07-25)
参考文献数
41
被引用文献数
3

位相的データ解析と呼ばれるデータ解析の概念が近年注目を集めている.そこでは「データの形」に着目したデータ構造の新たな記述子が開発されており,その中でもパーシステントホモロジーは諸科学・産業界に現れるデータ駆動型の多くの問題へ適用されはじめている.その応用範囲は材料科学,脳科学,生命科学,社会科学,金融など多岐にわたり,方法論としての強力さと普遍性がうかがえる.このパーシステントホモロジーであるが,名前からも想像がつくように,ホモロジーと呼ばれる古典的な数学概念のある種の拡張として定式化される.まずホモロジーとは端的に述べると,入力データ(空間点配置,画像,図形等)の穴の数を計測する道具である.これにより入力データに対して穴に着目した大雑把な特徴づけを与えることができる.このような穴に着目したデータ解析のアイディアは,今世紀に始まった計算ホモロジープロジェクト(計算機を使ったホモロジーの高速計算アルゴリズム開発)の推進と共に,徐々に重要視されはじめることになる.しかしながらホモロジーでは穴の大きさや形について扱うことができず,実際の応用では情報を落としすぎている状況が多々あった.このような難点に対して,パーシステントホモロジーでは入力データを解像度付きのマルチスケール解析ができるように拡張されており,これにより穴の形や大きさなどの定量的な性質を調べることが可能になった.本稿ではホモロジーやパーシステントホモロジーについて予備知識をあまり仮定せずに解説を試みる.まず初めに,入力データのトポロジー情報をうまく反映した解像度付き単体複体モデルであるCěch複体を紹介する.その後に,幾つかの具体的な計算例と共にホモロジーについての解説を与える.その際,単体複体の包含関係から定まるホモロジー間の線形写像についても紹介し,そこで扱う例はパーシステントホモロジーへの自然な橋渡しになっている.パーシステントホモロジーの定義には幾つかの方法があるが,ここではホモロジーとそれらの間の線形写像を一列に並べた代数的対象(正確にはAn型クイーバーの表現)として導入している.パーシステント図などの基本的な概念の紹介の後に,発展的話題として時間発展問題への拡張についても,簡単にではあるが解説を加えた.以上の数学的な話題に続けて,後半ではホモロジーやパーシステントホモロジーの材料科学への応用について幾つかの研究事例を紹介する.ここで扱う題材はシリカガラスおよびブロック共重合体の構造解析である.まずシリカガラスについては,パーシステントホモロジーやそれらに対する統計・逆問題的手法を用いることで,ガラス状態の原子配置構造の新たな特徴づけを与える試みを紹介する.一方ブロック共重合体については,ホモロジーを用いた複雑形態の分類についてまず議論をし,さらにそれらの時間発展を追うことで,遷移的なモルフォロジーの特徴づけや粗視化過程のスケール則などを導く.パーシステントホモロジーを用いて,一見ランダムに見える系に潜む秩序を抽出する様子が本稿を通じて伝われば幸いである.
著者
上田 哲男 中垣 俊之 中垣 俊之 高木 清二 西浦 廉政 小林 亮 上田 哲男 高橋 健吾
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2003

巨大なアメーバ様細胞である真正粘菌変形体の特徴を活用し、細胞に秘められたる計算の能力を引き出す実験を行うと共に、その計算アルゴリズムを細胞内非線形化学ダイナミクスに基づいた数理モデルを構築し、解析・シミュレーションした。(1)粘菌による最短経路探索問題(スタイナー問題、迷路問題)の解法:粘菌を迷路内に一面に這わせ、2点(出入り口)に餌を置く。粘菌は餌に集まりながら迷路内に管を形成するが、迷路内の最短コースを管でつなぐ(迷路問題を解いた)。粘菌を限られた領域内で一様に広がらせて、何箇所かに餌を置き、領域内部での管パターンの形成を見る。2点の場合、最短コースで結ぶ管が、3点の場合、中央で分岐したパターンが、4点の場合、2箇所で3つに分岐するパターンというスタイナーのミニマム・ツリーが形成された。(2)粘菌における最適ネットワーク(最短性、断線補償性、連絡効率)設計問題:粘菌の一部を忌避刺激である光で照射し管形成をみた。粘菌は危険領域を短くし、丁度光が屈折(フェルマーの定理)するように、管を作った。このように管パターン形成には環境情報をも組み入れられている。複数個に餌を置くと、最短性のみならず、一箇所で断線しても全体としてつながって一体性を維持する(断線補償性)という複数の要請下で管形成をすることがわかった。(3)管構造の数学的表現と粘菌の移動の数学的表現:振動する化学反応を振動子とし、これらが結合して集団運動する数理モデルを構築した。全体の原形質が保存されるという条件、粘菌の粘弾性が場所により異なるという条件を入れることで、粘菌の現実に合うような運動を再現することができた。(4)アルゴリズム:管は、流れが激しいとよりよく形成され、逆に流れが弱いと管は小さくなっていく。この管形成の順応性を要素ダイナミクスとして取り入れ、グローバルな管ネットワーク形成の数理モデルを構築した。迷路問題、スタイナー問題、フェルマー問題等実験結果のダイナミクスまでもシミュレートできた。
著者
西浦 廉政 寺本 敬
出版者
北海道大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2007

トポロジー的手法により,材料科学の新規機能材料作成法において重要な自己組織化原理の数理的基盤,とりわけ新たな「非侵襲的数理測定法」の確立を目指すことが本研究の主題である.手法としてはComputational Homologyの有効性をポリマー系において実証することを実施した.具体的には相分離におけるトポロジー量のスケール則を数値的に示した.相分離が進行する過程をベッチ数で計って,それが時間の-1乗に比例する巾則を発見した.またブロックコポリマー系においては,非局所項の影響でミクロ相分離に移行するが,その遷移の様子もベッチ数の巾則の変化から捉えることができた.さらにパラメータを変化させたときの,ポリマー形態の遷移の様子もベッチ数あるいはオイラー数の変化により,どのような遷移状態を経て経過するか明らかとなった.例えばレイヤーからシリンダーに変化するとき,その途中に穴あきレイヤーという形状を経由することが,ベッチ数の計算より判定可能となる.このアプローチはポリマー系のように自由エネルギー最小を達成する定常状態のみならず,より一般の反応拡散系においても有効であり,それにより極めて動的かつ複雑な形態を示すものに対しても今後大きな寄与を果たすと考えられる.例えばインターミッテント的挙動をする時空カオスに対し,経由するいくつかの遷移的パターンについてより詳しいトポロジー情報が得られると期待される.以上の成果はMorphological Characterization of the Diblock Copolymer Problem with Topological Computationという題目でJJIAMに投稿した.
著者
津田 一郎 西浦 廉政 大森 隆司 水原 啓暁 相原 威 乾 敏郎 金子 邦彦 山口 陽子 奥田 次郎 中村 克樹 橋本 敬 阪口 豊
出版者
北海道大学
雑誌
新学術領域研究(研究領域提案型)
巻号頁・発行日
2009-07-23

領域の事後評価はAであり、その成果を冊子体の形で集約し、広く社会・国民に情報提供することには大きな意義がある。取りまとめ研究成果は以下のとおりである。1.成果報告書の冊子体での編集と製本を行った。計画班11、公募班44の全ての計画研究・公募研究の班員が、計画班各8ページ、公募班各4ページで執筆し、研究の狙いとその成果を文書と図でわかりやすくまとめた。これらを冊子として製本し、領域に参加する研究者と関係者に配布した。2.成果報告書のCDを作成し、冊子体に添付する形で配布した。3.本成果をWeb上のデータベースDynamic Brain Platformとして成果公開するための準備を完成させた。これまで当領域の成果報告の場として作成公開して来たホームページは、領域終了後に管理できなくなる。そこで、この領域ホームページをINCF 日本ノードDynamic Bain Platform (DB-PF)に移管した。また、成果報告書の電子版をDB-PFにアップロードするための準備を行った。本公開は、広範な分野の人々から永続的な閲覧を可能にするもので、成果を社会・国民に発信する方法として有効であると期待できる。
著者
西浦 廉政 柳田 達雄 飯間 誠 栄 伸一郎 上田 肇一 寺本 敬 上山 大信
出版者
北海道大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2004

散逸系におけるパルスやスポットなどの動的な空間局在パターン(以下、粒子解)はTuring不安定性による空間周期構造と共に、パターン形成理論における最も基本的な秩序解のクラスを成している。近年、化学反応系、ガス放電系、液晶系、形態形成系を始めとする様々な系において粒子解が実験的・数値的に発見されている。これらの間の強い相互作用,とくに衝突や不均一媒質での振る舞いに対して従来の摂動的手法の適用は困難であった.これはパルスやスポットが激しく衝突する場合を想像してもわかるように、一般に解の大変形を伴うのがその一因であり,全くの未踏領域であった。しかし動的局在パターンのダイナミクスを考える際には、衝突・散乱は避けて通ることはできない。実際、1次元では常に正面衝突は不可避であり、高次元においても系のダイナミクスの定性的変化は衝突の際に生じる。本研究課題の研究成果から、例えば衝突過程では、分水嶺解(scatter)という不安定なサドルが様々な秩序解が相空間で成すネットワークの中で軌道の交通整理をしていることが明らかになった。さらに粒子解のドリフト・分裂・崩壊等の不安定性を組み合わせることにより,衝突過程で生じるほとんどすべてのダイナミクスを余次元2あるいは3の特異点の近くで再現することが可能となり,同時に有限次元系に帰着することも可能となった.これにより散逸系という無限次元力学系における複雑な時空パターンの骨格構造がなかり解明された。さらに粒子解を乗せて運ぶ媒質が一様でない場合の波の振る舞いについても,不安定解ネットワークからの視点が極めて有用であることが判明した.これは不均一性に由来する不安定解(ディフェクト)が存在し,粒子解の不均一媒質での運動は粒子解とこのディフェクトの衝突過程とみなすことができることに由来する.この場合も粒子解の運動は有限次元系に帰着させることが可能であり,これにより,不均一性の勾配,高さ,幅,曲率等の幾何的状況に運動がどのように依存するか調べることが可能となった.