著者
武内 陽子 飯田 淳子 長崎 和則
出版者
川崎医療福祉学会
雑誌
川崎医療福祉学会誌 = Kawasaki medical welfare journal (ISSN:09174605)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.150-158, 2017

本稿は,精神障害者と支援者,家族,ピア,地域住民など多様な周囲の人々との関係に関する先行研究を検討したものである.その結果,精神障害者と周囲の人々に関する研究の傾向は,支援者と精 神障害者との関係を明らかにするものが圧倒的に多く,その中でも,支援者の視点から考察するもの が多く見られた.従来は役割関係や関係の性質に関する量的な研究が多く行われていたが,近年では, 関係の質を問う研究や当事者を主体とした関係,地域住民との関係など多様な関係のあり方に関する 研究が行われていた.精神障害者と周囲の人々との関係に関する各研究は,精神障害者支援の変遷と も大きく関わっていると考える.治安対策や医療的な精神障害者の処遇が中心の時代は,専門家主導 で精神障害者支援が行われることが当然であった.しかし,現在の精神障害者支援では当事者が主体 的に支援を決定し,支援者とともに課題を解決する協働者として捉えられている.それに伴い,支援 者主体から当事者を主体とした関係や家族,ピア,地域住民との関係に焦点が移ってきたと考える. しかし,未だ地域住民との関係に関する研究は限りなく少ない.そのため,支援関係以外の関係を含 めた周囲の人々との関係が実際にどのようなものであるか,精神障害者本人の視点に立って具体的に 示していくような研究も,今後,蓄積される必要があると考える.This paper examines the studies on the relationships between the mentally handicapped and those surrounding them, such as health professionals, family, peers and others living in their vicinity. It was found that the majority of research focused on the relationships between the mentally handicapped and the health professionals who support them, including a large amount of research from the viewpoint of the health professionals. Until recent years, most research was quantitative in nature, and focused on the specific roles of each party involved. However, current research tends to focus more on the quality of relationships, positioning mentally handicapped persons at the center of inquiry. More emphasis is also being placed on interactions with the wider community. It is worth noting that studies on the relationship between the mentally handicapped and their community is still severely lacking. Research is greatly necessary into how the mentally handicapped view their relationships not only with health professionals but also with members of the community.
著者
大島 埴生 飯田 淳子 長崎 和則
雑誌
川崎医療福祉学会誌 (ISSN:09174605)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2-1, pp.247-258, 2018

本稿は,中途障害者の生活の再編成に関する先行研究を検討したものである.先行研究は,(1)直 接的な援助を想定した援助志向の研究と,(2)当事者の生活をありのままに理解しようとする,当事 者の生活に焦点を当てた研究,(3)両者のいずれにも属さない,障害と社会の関係を問う社会モデル に基づく研究に大別された.さらに,援助志向の研究は医学モデルと生活モデルに基づく研究があっ た.医学モデルに基づく研究は中途障害者の生活の再編成を個人の問題として,生活モデルに基づく 研究は個人と環境を含めた問題として,そして社会モデルに基づく研究は社会の問題として捉えてい る.当事者の生活に焦点を当てた研究は,インペアメントに伴う体験に関する研究と個人史に着目し た研究があり,前者は短期的な生活を,後者は中長期的な人生を扱う傾向がある.これらの先行研究 の課題としては,第一に一部の中途障害の研究で社会モデルの観点がほとんど採用されていない点, 第二に研究対象者が豊富な語りをもつ人に限定されている点,第三に短期的な生活と中長期的な人生 の関係性が捉えにくい点がある.今後はこれらの課題を踏まえ,語りの聴き取りのみならず,生活の 観察も行うことにより,従来の研究の俎上に上がってこない人々の体験を,社会的状況と人生史の文 脈のなかで考察し,中途障害者の生活の再編成過程を描写していくような研究が求められる.
著者
飯田 淳子
出版者
日本文化人類学会
雑誌
文化人類学 (ISSN:13490648)
巻号頁・発行日
vol.77, no.4, pp.523-543, 2013

現在の医療現場では、画像診断や血液検査等、より容易に「客観的」な情報を得られるとされる検査技術の発達により、身体診察(視診・聴診・触診・打診などにより、患者の身体を診察すること)は省略される傾向にある。一方、医学的情報収集の上で有効であるのみならず、医師・患者間のコミュニケーションを促進するとして、身体診察を重視する医師もいる。身体診察が医師-患者関係に与える影響に関する先行研究では、ネガティブな側面に焦点を当てた考察や、特定場面の微視的分析が行われてきた。本研究はこれに対し、現在の日本の検査依存型医療という文脈の中で身体診察を医師と患者、およびその周囲の人々がどのように経験しているかを明らかにする。フィールドワークは岡山・名古屋・東京の総合診療・家庭医療の現場で行われた。身体診察は、特に定期的な診療過程において形式の定まったルーティン的行為であり、それを通じて患者が自らの状態を体感・把握することにより納得・安心を得る等の点で、治療儀礼と似ている。また、医師に患部を触れられることにより、患者は医師と問題を共有したと実感したり、快方に向かったと感じる場合がある。視覚的情報や数値を中心とした「根拠」に基づく医学では説明しきれない儀礼的効果や接触の意義が、医療現場で漠然とながら認められており、それに基づいて医療実践が行われていることを明らかにする。
著者
飯田 淳子
出版者
京都大学大学院人間・環境学研究科 文化人類学分野
雑誌
コンタクト・ゾーン = Contact zone (ISSN:21885974)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.192-210, 2015-03-31

本稿では、北タイの農村、病院、学校における語りと実践を検討することを通じ、呪術の効果の多様な指標の影響関係において、感覚的経験がどのような役割を果たすのかを考察する。感覚的経験は、病因とされる「毒」の可視化などを通じ、呪術の効果に説得力を与える。一方、不可視なものは不確定であるだけに、何らかの出来事を通じて恐怖感を顕在化させることもある。科学的知識の体現者であるはずの医療従事者や教師たちは、科学的にその意義を説明できる限りにおいて呪術を容認する言説を紡ぎ出す。しかしそれとは裏腹に、彼らは科学で説明できないにもかかわらず、何らかの事象に対し呪術を疑い、それに対処しようとすることがある。例えば医師はレントゲン写真に写ったものを呪術によるものではないかと疑い、教師は精霊憑依を目撃した、あるいは誰もいないはずの理科室で足音を聞いたと感じて除霊や慰霊を行う。感覚的経験は、このように言葉と反する行為の基盤にもなっている。各種のメディアも感覚に訴えて村人の知識や治療法の選択に影響を与えており、呪術の効果もそうした社会的文脈の中に位置づけられている。病院医療や学校教育、マスメディアなどの近代的とされる現象を経由することにより、呪術の感覚的経験はむしろ増幅され、その効果は強化された形で人々に認識されている側面があることが明らかになった。