著者
神林 龍
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.1-29, 2019-01

1980年代以降ゆらいでいるといわれる日本的雇用慣行について,中長期的な観点から議論したのが,『正規の世界・非正規の世界』(2017年,慶應義塾大学出版会)である.出版以来,いくつかの重要な指摘を受けてきたが,とくに主要な主張に関わるデータがリーマン・ショック以前の2007年に留まっていることが問題視された.本稿では,データを2012年まで延長し,リーマン・ショック以降についても本書の主要な主張,とくに長期雇用慣行の代理変数とした大卒勤続5年以上の被用者の十年残存率と,非正社員と自営業の人口に対するシェアの負の相関は変化がないことを示す.ただし,2012年の総務省『就業構造基本調査』の調査票改訂により,自分の労働契約期間がわからないとする被用者が相当数いることがわかっており,後者の主張は,これらの被用者をどう解釈するかに依存するかもしれない点も確認された.
著者
宇佐美 誠
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.1-14, 2004-01

環境問題において現代世代が将来世代に与える甚大な影響は,公共政策による将来世代配慮を要請する.他方,非同意者への拘束,物理的強制,市民生活への多大な影響,課税による資金調達という公共政策の諸特徴のゆえに,将来世代配慮の政策は正当化を求められる.このような基本認識の下,本稿は,将来世代配慮の多様な正当化論の概観と最近の新潮流の批判的検討を目的とする.まず,30年余にわたる学説史を黎明期・批判期・展開期に区分して回顧した上で,原理基底的/自我基底的と2項関係/3項関係/非関係という2つの観点から主要学説を分類する.次に,1990年代に台頭した2つの自我基底的理論,すなわち過去世代の達成物を評価し拡張する責務を根拠とする見解と,比較的近接の将来世代と現代世代を包括する超世代的共同体の観念に訴える見解とを多角的に吟味する.最後に,以上2つの作業が今後の将来世代配慮の研究に対してもつ示唆を考察する.
著者
渡辺 努
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.51, no.4, pp.358-379, 2000-10

大規模な負の需要ショックに対応するために名目短期金利をゼロまで下げているにもかかわらずも需要が不足している場合に,中央銀行は何ができるだろうか.この問いに答えるために,本稿では,名目短期金利の非負制約を明示的に考慮しながら中央銀行の最適化問題を解く.最適な政策は,「ショックの発生移行のインフレ率や需要ギャップの累積値がある一定の水準に達するまでゼロ金利政策を続ける」とコミットすることであり,歴史依存性 (history dependence) が重要な特徴である.このように,政策ラグを意図的に発生させることにより,足元の名目長期金利が下がる一方,期待インフレ率は上昇するので,負の需要ショックの影響は和らげられる.日本銀行が1999年2月から2000年8月にかけて採用したゼロ金利政策は,(1)長めの金利への波及を当初から意図してきた.(2)ゼロ金利の継続期間を物価上昇率に関連づけながらコミットした,という点で最適解に近い性質を持つ,しかし,「デフレ懸念の払拭が展望できるまでゼロ金利を続ける」という日銀のコミットメントでは,ゼロ金利解除の条件が先見的 (forward looking) な要素のみで決まっており,最適解のもつ歴史依存性が欠落している.典型的な最適解ではインフレ率が正の値まで上昇するのを待ってゼロ金利を解除するのに対して,日銀のコミットメントはインフレになる前の段階でゼロ金利を解除するため,ゼロ金利期間が短すぎるという難点がある.
著者
岡崎 哲二 浜尾 泰 星 岳雄
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.15-29, 2005-01

本論文は1878年の創設から1930年代半ばにいたる東京株式取引所(東株)の発展を概観し,その上場企業の増加に影響を与えた要因を探る.東株の規模は,対GDP比で見て,同時代の他国に比べても,また現在の先進国に比べても,非常に大きなものであった.東株への上場基準は緩かで,特に現物市場への上場はほとんど規制されていなかったので,当時のデータを使ってどのような企業が上場を決定したのかを調べることができる.綿紡績企業を使った回帰分析から,資本金が大きい企業ほど,そして年齢が高い企業ほど上場する確立が高いことが確認できる.また,東日本の企業は西日本の企業よりも東株に上場する確立が高いが,この傾向は時代を経るにつれて,特に1918年の東株の組織改革以降,弱まった.組織改革は,上場株の増加を促す効果も持った.最後に,外部株主の権利を強めた1911年の商法改正も,東株への上場を増加させる効果を持った.
著者
吉原 直毅
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.253-268, 2001-07

本論の目的は70年代の数理マルクス経済学の展開によって,マルクス派搾取理論がいかにその含意の転換を迫られてきたかを,現時点の現代社会科学の到達点から鑑みて考察する事にある.その主要な帰結は,労働価値概念に立脚するマルクス主義の古典的な搾取理論解釈は,まさに数理マルクス経済学の反証可能な手続きによる検証によって,否定されたという事である.主な論点は,(1)マルクスの基本定理及び,森嶋―シートン方程式,(2)「マルクスの総計一致2命題」,(3)「価値法則」の検証からなる.これらの分析結果は,労働価値が市場の均衡価格決定の説明要因たり得ない事,及び正の利潤の唯一の源泉としての労働搾取という含意の完全な喪失を意味している.さらに,正の利潤を資本家が取得する事も,私的所有を前提する限り,剰余生産物生産可能性を有している資本財が社会の総労働人口に比して希少性を有する下では何ら不当なものとは言えないことも示され得る.
著者
麻生 良文
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.152-161, 2000-04

この論文では厚生省が1997年に発表した「5つの選択肢」および1999年度改正案がどのような所得移転をもたらすのかを分析した.分析の結果,次のことが明らかになった.まず,(1)5つの選択肢のどの案が採用されるかで大きな影響を受ける二つのグループが存在する.一つは1980年生まれ以降の世代(将来世代)であり,もう一つのグループは1940年から1970年生まれの世代(移行期世代)である.(2)将来世代にとっては A 案(現状の給付水準を維持する案)がもっとも不利で,D 案(給付水準を4割削減する案)が有利である.しかし,移行期の世代にとっては A 案が有利で D 案は不利である.(3)厚生年金の1999年度改正案は C 案とほぼ等しい内容である.この案のもとで,負担と給付が均衡する世代は1960年生まれの世代であり,それ以降の世代は負担が給付を上回っている.将来世代とっては生涯所得の10%程度が厚生年金を通じて取り上げられている.(4)厚生年金制度は労働供給に対して暗黙の課税を行っているが,暗黙の税率は将来世代ほど大きい.(5)国民年金の所得移転は厚生年金に比べれば小さいが,やはり世代間格差が存在する.負担と給付がほぼ均衡するのは1975年生まれの世代であり,それ以降の世代は負担超過である.将来世代の負担は夫婦合計で生涯所得の3%程度である.
著者
都留 康
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.56, no.1, pp.42-52, 2005-01

本稿の目的は,機械関連のメーカーA社が1993年度と96年度に実施した2回の希望退職募集を分析対象とし,希望退職応募者と在職者全体ならびに自己都合退職者とを比較することにより,両者の査定点などにどのような差異があるのかを分析することにある.A社人事データを分析した結果,以下のことが明らかとなった.まず,第一次雇用調整においては,在職者全体と希望退職者との比較,ならびに自己都合退職者と希望退職者との比較から,希望退職者の職能資格等級や給与は相対的に高いにもかかわらず,査定点は在職者と同等程度であり,自己都合退職者よりも低いことが判明した.つまり,この回は,希望退職者は会社にとって辞めてほしい人だったといえる.次に,第2次雇用調整においては,同様の比較から,管理職層では在職者全体と希望退職者との間の査定点はほぼ同等程度であったが,非管理職の資格の低い層では希望退職者の査定点が有意に高く,自己都合退職者と希望退職者との間には査定点の差はないことが明らかとなった.これから,非管理職層で能力の高い者が流出している可能性があるといえる.希望退職には指名解雇とは異なり「誰が辞めるかわからない」面がある.A社の事例は,優遇条件や勧奨活動によっても,会社が辞めてほしい人だけが辞めるのではなく,成績優秀者も流出するという逆選択現象が希望退職には伴うことを明らかにしている.
著者
筒井 義郎
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.44, no.4, pp.p376-379, 1993-10
著者
井沢 裕司 筒井 義郎
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.p139-147, 1983-04
著者
南 亮進
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, 1965-03
著者
都留 康 阿部 正浩 久保 克行
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.264-285, 2003-07

従業員個々人に支払われる月例給与,賞与,年収などの報酬は何によって決まるのか.また,近年,日本企業においては,人事戦略変更や人事制度改革が盛んだが,それは結果的に報酬構造にどのような影響を及ぼしているのか.この論文では,従来ほとんど用いられることのなかった企業内人事データに基づき,この2つの問題への接近を試みた.第1の問題に関しては,年齢や勤続年数も少なからぬ影響を与えているものの,日本企業の報酬構造を決定するもっとも重要な要素は,職能資格であることを明らかにした.第2の問題については,過去数年間において,日本企業は賃金に対する年齢や勤続年数の効果を小さくし,査定や役職の効果を大きくするという方向に報酬構造を変化させてきたという証拠を提示した.とりわけ,人事制度を職能資格制度から職務等級制度や役割等級制度へと移行させた企業では,査定の効果を強めるという前提のもとで,賃金の下方硬直性を是正し,賃金と仕事とのより直接的な関連づけが目指されていることを示した.
著者
庄司 俊章
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.15-32, 2017-01

世界恐慌からの脱出を図るため,1930年代初頭の日本では様々な政策が立て続けに実行された.本稿では月次・日次の国債金利を利用し,ネルソン=シーゲルモデルに基づくイールドカーブ・フォワードレートカーブ分析,およびイベントスタディを行い,これらの政策が名目金利期待ならびにインフレ期待に与えた影響を検討した.その結果,次のような発見があった.第1に,日本銀行による国債引受に関する一連の予告・報道・実施はいずれもインフレ期待につながらず,予告時にはむしろ名目金利の低下が観察された.第2に,1931年9月の英国の金本位制離脱が契機となり,市場が日本の金本位制離脱とその後の円安を予想したことで大きな金利上昇期待につながった.第3に,財政出動が決定された時点では,金利上昇期待が観察された.ただし,その効果は金本位制離脱に比して小さなものであり,必ずしも頑健でない.
著者
福田 慎一 寺西 重郎
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.160-181, 2003-04

経済発展過程における長期賃金の役割を理論的・実証的に検討し,政策的含意を導きだす.長期資金の役割には市場の失敗に関連して2種類のものがある.ひとつは,マクロ的期間変換負荷にかかわるもので,マクロ的に資金供給が短期的で資金需要が長期性のものであるとき,金融システムの期間変換上のリスク,したがってパニックの可能性が高まり,銀行は過剰な資金回収の誘因をもつ.いまひとつは,借り手と貸し手の非対象性情報にかかわるものであり,貸出が短期的なものであるとき,貸し手による借り手の内部情報の独占が生じ,特定の貸し手からしか借入れができないという非効率性が生じる.この2つの市場の失敗を防ぐため長期資金の供給などが必要とされる.実証面では,高度成長期におけるマクロ的期間変換負荷の計測,開銀融資の公的情報供給効果,長期資金の投資増大効果などが検討される.最後に,アジア通貨危機における海外からの短期資金の変動の意味が,発展と長期資金の観点から検討される.This paper examines the role of long-term funds in the process of economic development. Two roles are examined in light of the experience of high-growth-period Japan. First, a shortage of long-term funds is considered to increase term-transformation burden on a financial system. Intensification of the burden induces the banking sector to have incentives for excessive liquidation of short-term loan commitments. Second, lender-customer relationships under short-term loan contracts tend to result in monopoly of internal information of the borrowers by banks, and hence exploitation of the former by the latter. Long term funds are expected to mitigate these two inefficiencies. Time series movement of term-transformation index is examined. Supply of long-term funds is shown to have positive effect on investment rate, and also to cause diversification of funding sources of firms.