著者
小松 丈晃
出版者
北海道教育大学
雑誌
釧路論集 : 北海道教育大学釧路分校研究報告 (ISSN:02878216)
巻号頁・発行日
vol.37, pp.81-87, 2005-10-30

福祉国家からリスク社会へという社会変動を論じるU.ベックらが主として問題にしていたものの一つに、いわゆる「包摂と排除」の問いがある。これは、80年代当時のドイツにおいて、CDUによって「新しい社会問題」と呼ばれ、SPDと緑の党によって「三分の二社会」と語られていた事態ともかかわっている。このような状況の中で、人間がそのライフコースの中で遭遇する数々の「社会的リスク」に対する防御や補償を担うべき審級としての社会的援助(soziale Hilfe)、社会福祉活動(Soziale Arbeit)あるいは(広い意味での)ソーシャルワーク、社会教育(Sozialpadagogik)といった制度もまた大きな変容を被っている。本稿では、こうした「社会的リスク」を背景とした他者への援助・福祉を、N.ルーマンの社会システム理論、とりわけその宗教諭を手ががりとして考察するものである。ルーマンは、一つの機能システムからのある人間の排除が他の機能システムからの当該人間の排除を呼び込むという、複数の機能システムの「否定的カップリング」という今日的現象の中で、援助の可能性を何処に求められうるかを探っている。そのさい、彼が着目するのは宗教システムである。しかし、60年代以降のいわゆる「世俗化」テーゼを知る者にとってはこの立論はいささか無理があるようにも思える。だが、ルーマンは、機能システムの「機能(Funktion)」領域と「遂行(Leistung)」領域とを区別し、前者(宗教システムでいえば「教会(Kirche)」)の近年の相対的な弱体化は、後者(宗教システムでいえば「ディアコニー(Diakonie)」)の強化によって埋め合わせられているのだと考え、この「遂行」のレベルにこそ、「否定的カップリング」に対処しうる宗教システムの「新しいチャンス」を見いだそうとする。もっとも、規範のレベルにとどまらないその具体的現実化の方途の問題とともに、ディアコニーの宗教的性格の程度に由来する問題は、依然として残されている。
著者
小松 丈晃
出版者
北海道教育大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2001

(1)過去2年間の社会学的リスク研究の研完成果をまとめた、著書『リスク論のルーマン』(勁草書房、2003年7月)を刊行した。ここでは、環境リスクを主たるテーマに据えつつ、ルーマンの社会システム理論の有する「批判力」を、「ありそうになさの公理」を基軸として描き出し、「開かれた対話」の可能性と限界を明らかにした。また、これまで大きく取り上げられることのなかったルーマンの抗議運動論にも立ち入った検討を加え、60年代から一貫して見られるルーマンの抗議運動への(かなりの程度ポジティブな)基礎的視角を浮き彫りにしている。(2)また、こうした理論研究に基づいて、グリーン・ツーリズムの日独比較研究の最終年度となる今年度は、2004年2月に、ドイツ・バイエルン州の農家民宿ならびに農家レストランにヒアリングを実施した。個別的活動として捉えられがちなバイエルン州の農家民宿だが、本調査では地域の「マシーネンリング組織」(オーバーバイエリッシェ・ヴァルド地区)との関係に焦点をあてることによって、地域の中での農家民宿の位置づけを明らかにした。3年間の研究により、昨年度の旧東ドイツ地域におけるグリーン・ツーリズム調査をもふまえて、ドイツの「農家で休暇を」事業における東西ドイツ比較研究の足がかりを固めることができた。(3)最後に、宮城県田尻町・小野田町における過去3年間の研究成果もふまえて、地域環境保全活動に関する日独比較研究の研究レポートを現在、まとめている最中である。(成果については、本年夏頃に刊行予定である。)
著者
小松 丈晃
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.98, pp.91-114, 2016-05-30 (Released:2021-12-29)
参考文献数
34

何か否定的な含みを感じさせる「無知」は、これまで長らく研究テーマの中心に据えられてこなかったが、近年社会学でも、「環境」や「科学・技術」などを主題する論考の中に、(リスクや不確実性に加えて)「無知」や「ネガティブな知識」といった概念を軸にするものが増加してきている。本稿では、ベックのリスク社会論が、もともとこの「無知(Nichtwissen, non-knowledge)」を中心的な鍵概念にしていたところに着目し、このような近年の「無知の社会学」の展開に対するベックの貢献を確認し、「戦略的無知」論を展開していくための視点を模索する。まず無知の社会学の近年の広がりを確認したあと(一)、無知概念が多様な内実を有している点を指摘する(二)。ついで、同じ再帰的近代化論とはいっても、ベックとギデンズがいかに異なるかを検討し(三)、ベックによる無知論に立ち入って、「知ることができない」と「知るつもりがない」の対立を軸にした考察から、無知の三つの次元への整理にいたる議論の展開過程を追尾する(四)。最後に、ベック以後の無知論の展開可能性の一つとして、「戦略的無知」という観点のもつ意味について述べる(五)。
著者
小松 丈晃
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.5-15, 2013-07-19 (Released:2014-08-31)
参考文献数
28

本稿では,いわゆる安全神話を形づくってしまう規制組織の構造的な問題について,社会環境的リスク(「リスク」と表記)と制度的リスク(〈リスク〉と表記)の区別に依拠して分析を行い,この両者が,当事者の視点からみると区別しがたくなっているがゆえに,〈リスク〉管理がかえって「リスク」の拡大を招きうることを示す.しかもこうした傾向は,新自由主義的な潮流の中でさらに拡大していく可能性を有する.まず,東日本大震災による原発震災にいたる過程において,安全規制を担う諸組織が,原子力技術の「リスク」そのものの管理を,非難の回避あるいは信頼喪失の回避といった〈リスク〉管理へと(ルーマンの社会システム論でいう)「リスク変換」したことを,指摘する.すなわち,組織システムは,その「環境」に見出される諸問題をそのシステムにとっての〈リスク〉へと変換し,その変換された〈リスク〉に応答するようになる.とはいえ,この「リスク」管理と〈リスク〉管理とは,分析的には区別されうるものの,当事者の観点からは区別しがたく,このことが,本来縮減されるべき「リスク」をむしろ深刻化させる背景ともなりうる.第三節では,C.フッドの議論に依拠して,具体的な〈リスク〉管理の(「非難回避」の)戦略について述べ,こうした二重のリスクの関係に関する研究の必要性を確認する.
著者
小松 丈晃
出版者
東北社会学会
雑誌
社会学年報 (ISSN:02873133)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.49-52, 2009-07-19 (Released:2013-12-27)
参考文献数
6

本特集へのコメントである本稿では,古典を読むとはどういうことかをまず見たあとで,各論考の議論内容と関連した二つの論点について(いずれもそれぞれ慎重な議論運びを要するものだが,ごく簡単にのみ)考察する.一つは,専門領域の閉じと開放について,である.専門領域はいかなるかたちで「閉じ」てゆくのかを確認しつつ,それらの領域間での対話の可能性に,触れる.もう一つは,観察の観察である.現代社会においては,数理/非数理を問わず,観察の観察(「第二次の観察」)をその研究においてある程度考慮せざるをえなくなっているのではないかという問題提起を行う.
著者
小松 丈晃
出版者
社会・経済システム学会
雑誌
社会・経済システム (ISSN:09135472)
巻号頁・発行日
no.26, pp.119-126, 2005-11-12

I will analyze in this paper the problem of so-called "Altlasten" in the new federal states (the Land of Saxony, Brandenburg, Mecklenburg-West Pomeranian, Saxony-Anhalt, Thuringia)through the concept of risk-transformation, which has been used in the Niklas Luhmann's social system theory. According to Luhmann, various types of "technological-ecological risks" are transformed into the specific political risks by the political system as one of the function systems of modem society. The political system has to assume the "technological-ecological risks" with regard to the results produced by political-administrative decisions. Luhmann applied this concept only to the (political) function system, but I think that this concept can be used also for the organizational types of social systems. That is, "technological - ecological risks" will be transformed into the risks for each organization, therefore each organization makes a different response to that risks. This concept "risk transformation" implies the similar meanings to the Ulrich Beck's concept of "social rationality", but I think that the former can formulate the "system reference (Systemreferenz)" more accurately than the latter. In 1992, the negotiation system was built by the Treuhandanstalt (THA) , the Land of Saxony, the Federal Government, and the firms in question in order to solve the problem of Altlasten (old improperly disposed of harmful waste). In this negotiation system, THA, which was founded primarily in order to facilitate the privatization of new federal states, though, acted against this purpose. Because it was important for THA to manage the limitary funds as savingly as possible. That is to say, the "technological-ecological risks" of Altlasten was transformed by the THA into the risks of ruing its motto "saving". THA had responded to this new transformed risks rather than to the "technological-ecological risks" of Altlasten directly. The social system theory will make a large contribution toward fertilizing the risk research by refining this concept"risk-transformation".
著者
小松 丈晃
出版者
東北社会学研究会
雑誌
社会学研究 (ISSN:05597099)
巻号頁・発行日
vol.94, pp.55-79, 2014-04-30 (Released:2022-03-05)
参考文献数
35

本稿では、社会学理論・学説研究の視点から、「無知をめぐる争い」とでも言いうる事態がますます顕在化するにいたった東日本大震災後の状況について、政治と科学の関わりに焦点を当てて観察するためのありうる一つの見方を、呈示したい。そのためにまず、社会システム理論の知見を援用しつつ、「不確実性吸収」のプロセス、および、それによる「無知の潜在化」がもたらす多大な「リスク」について論じる。その上で、外的な要求圧力が、「シンボリック・メディア」のインフレーション/デフレーションをもたらし、過剰な信頼とそれによるリスク増大が帰結しうることを、指摘する。またこのことは、「偽」であることによる損害よりもむしろ、「真理」であることによる損害という別種の問題への対応が迫られることをも意味する。最後に、こうしたメディアのインフレーション/デフレーションが生じるとき、人格や役割やプログラムといった予期の各レベルの過度な圧縮や分離がもたらされ、科学への信頼や不信に多大な影響をもたらしうることを示す。
著者
加藤 眞義 舩橋 晴俊 正村 俊之 田中 重好 山下 祐介 矢澤 修次郎 原口 弥生 中澤 秀雄 奥野 卓司 荻野 昌弘 小松 丈晃 松本 三和夫 内田 龍史 浅川 達人 高木 竜輔 阿部 晃士 髙橋 準 後藤 範章 山本 薫子 大門 信也 平井 太郎 岩井 紀子 金菱 清
出版者
福島大学
雑誌
基盤研究(A)
巻号頁・発行日
2012-04-01

本研究の目的は、東日本大震災のもたらす広範かつ複合的な被害の実態を明らかにし、そこからの復興の道筋をさぐるための総合的な社会学的研究をおこなうための、プラットフォームを構築することである。そのために、(1)理論班、(2)避難住民班、(3)復興班、(4)防災班、(5)エネルギー班、(6)データベース班を設け、「震災問題情報連絡会」および年次報告書『災後の社会学』等による情報交換を行った。