著者
増田 一太
出版者
医学書院
雑誌
理学療法ジャーナル (ISSN:09150552)
巻号頁・発行日
vol.52, no.7, pp.679-686, 2018-07
著者
藤縄 理
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.179, 2018-02-15

理学療法におけるウィメンズ・ヘルスについて,個人的な経験を述べると,1970年代後半の専門学校しかなかった時代に,すでに産前産後の理学療法が教育されていた.評者は1980年に理学療法士になり,1984年から体系的に徒手理学療法を学び臨床に活かしてきた.1986年以降は,臨床経験を積みながら教育にもかかわってきた.そのなかで,家族や同僚の妊娠中の腰痛や骨盤帯痛,股関節痛などに対処した経験もあった.また,腰背部痛と肩こりおよび頸部痛が強い女性患者さんの理学療法の場面で,治療やセルフエクササイズの指導により,これらの症状の改善に加えて,つらかった生理痛が楽になったと言われたこともあった.1999年に横浜で世界理学療法士連盟(World Confederation for Physical Therapy:WCPT)の学会が開催された際,特別講演で出産後の失禁を含めたさまざまな症状に対する理学療法について,女性の理学療法士が詳細に報告していた.これらの経験から,日本でも理学療法士がウィメンズ・ヘルスの分野にもっと積極的にかかわっていく必要があると思い,卒前,卒後教育で折に触れて紹介してきた. このたび本書が刊行され,それを熟読するにつけ「日本の理学療法士もここまで到達したか」という喜びでいっぱいである.内容は,女性に対する運動療法の必要性,運動療法の基礎知識,病態・症状別の運動療法,ライフイベントに応じた運動指導の実践と多岐にわたっている.そして,それぞれの項目で,基礎理論,病態・症状別の評価と運動療法,徒手療法,セルフエクササイズや生活指導を含めた包括的な理学療法について,図表を多用し,エビデンスも紹介して大変わかりやすく解説してある.分野では,産前産後に加えて,女性特有の病態・疾患として,女性アスリート,女性特有がん,骨盤底機能障害,骨粗鬆症,変形性関節症,育児や復職する女性にかかわる運動療法や生活指導などが詳述されている.このなかには,骨盤底への直接的アプローチなど,女性の理学療法士でなくてはできないことも数多くある.そして,実践する際に,現時点で保険適用になること,保険外適用でしかできないこと,さらに実際理学療法士がどのように行っているかを紹介している.
著者
眞鍋 康子
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.535-541, 2017-06-15

はじめに 運動が健康をもたらすことは疑いようのない事実である.世界保健機関が発表した死に至るリスクのなかで,運動せず不活動でいることは,主な死因の4番目に挙げられており(表1),運動が健康促進効果を有することは,さまざまな疫学研究からも明らかにされている. 一般に運動の健康効果は,「運動することで体脂肪が減少し,脂肪細胞から炎症性サイトカインの分泌が減少し,体内で起きている慢性的な炎症が改善することでもたらされる」という説明がされており,運動による健康増進効果は,脂肪が減少したことによる副次的なものとして捉えられている.しかし,運動は脂肪の減少以外に,より積極的な健康効果を有していることも示されている. これまでほとんど運動をしなかったヒトが,毎日20分ほどの運動をすることで,肥満の指標として知られているボディーマス指数(Body Mass Index:BMI)が高くても,死亡に対するリスクが減少する1).つまり,運動は体重減少という目に見える変化を伴わなくとも,積極的に全身性に何らかの健康効果を有していると考えられる. 運動時に中心的役割を果たすのが骨格筋である.骨格筋は,これまで「運動するための器官(運動器)」として捉えられており,過去の骨格筋に関する研究のほとんどが,「運動器の機能」に関するものであった.しかし,最近では骨格筋が全身の代謝に積極的に関与する「代謝調節の器官」として認識されるようになってきた.最も有名なのは,骨格筋が全身の糖代謝に重要な役割を果たしている例である.運動がⅡ型糖尿病の予防や改善に効果があり,全身の糖代謝に関与していることは,複数の疫学調査や動物・ヒトを用いた実験により以前から知られていたが,運動による糖代謝改善のメカニズムについては,長年の間,明らかにされていなかった.それが明らかにされたのは1990年代にadenosin 5′-monophosphate-activated protein kinase(AMPK)が,細胞内エネルギーセンサーとして働き,その活性化が筋への糖取り込み促進の鍵となることが発見されたことによる2).運動(=骨格筋の収縮)により骨格筋細胞内エネルギーが低下すると筋細胞内のAMPKが活性化され,糖取り込みを促進する経路が活性化されることで骨格筋への糖取り込みが増加し,血糖値が低下する3).運動から血糖値低下に至る一連のメカニズムが明らかにされたことで,骨格筋が全身の糖代謝に関与する重要な代謝器官であるとの理解が深まった.また,運動による糖取り込みの経路は,インスリンによる経路とは異なっており,インスリン抵抗性の症状を有するⅡ型糖尿病患者であっても,運動は糖取り込みを促進させる.そのため,Ⅱ型糖尿病予備軍や糖尿病患者に,運動によって糖尿病を予防・改善しようとする「運動療法」の分野でも骨格筋が注目されている. 骨格筋の適切な量の維持が寿命と関連することも報告されている.デンマーク人を対象とした研究では,大腿の直径が大きいほど(大腿の太さ=筋肉量と考える),死亡に対するリスクが減少することが明らかにされている4).また,悪性腫瘍が進行すると筋が萎縮してしまう悪液質の症状を呈するが,実験的に腫瘍を移植したマウスに筋萎縮を抑制する薬剤を投与し続けると腫瘍は成長していくにもかかわらず,薬剤を投与しないマウスに比べ筋量が維持され寿命が有意に延長する5).これらの結果は,筋量の維持が寿命と何らかの関係があることを示している.最近になって,これら筋量の維持による健康効果が,骨格筋から分泌される生理活性因子によりもたらされているのではないかという研究が行われるようになってきた.骨格筋から分泌される生理活性因子は総称してマイオカイン(myokine;ミオカインと記載されているものもあるが,本稿ではマイオカインとする)と呼ばれている.マイオカインは,「骨格筋に発現し,分泌され,作用する蛋白質性のもの」として定義されているが6),最近では,アミノ酸の代謝産物などの低分子量のものもマイオカインとして作用するとの報告もあることから7),蛋白質性分子に限定されるものではないと思われる.これらのマイオカインは,さまざまな臓器とコミュニケーションをとりながら,生体の調節を行っていると考えられているが(図1),マイオカインの研究の歴史はまだ浅く,その全貌はいまだ明らかではない.本稿では,これまでに明らかになっているマイオカインの機能について概説する.
著者
木村 朗
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.333, 1992-05-15

那覇の黄昏は紫色に暮れ,美しい.沖縄で暮らし始めて1年,興味深い理学療法の状況をみている.研究の合間を縫っての,つかの間の臨床で,一面からしかとらえていないが.“ちゃんぷる”である. ちゃんぷるとは,素材を混ぜ合わせて炒めた料理を指すほかに,「混ぜる」の意味がある.困り事は「何でもリハ」,すなわち適応の有無が判断されないままのベルトコンベアー式指示と,治療方針の不明確な,「その他に丸」式処方が療法士部門に出され,「理学療法士の行なう理学療法」と「誰でもいいから理学療法らしいもの」がちゃんぷるされて,この両者に何の「差」も生じない構図である.
著者
真壁 寿
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.435, 2005-05-01

19世紀の後半に活躍したイギリスのWilliam R. Gowers(1845年~1915年)が筋ジストロフィーの特徴的な床からの立ち上がりを図入りで詳細に記載している(図)1).彼の名にちなんでこの特徴的な立ち上がりをガワーズ徴候(Gowers'sign)と呼ぶ.この徴候は手で膝を押しながら大腿を除々によじ登り立ち上がることから別名登攀性起立とも呼ばれる.筋ジストロフィーだけでなく,筋炎やKugelberg-Welander病のような筋原性疾患でも認められる2).Duchenne型筋ジストロフィーでは,5ないし6歳頃から8歳位までに認められる徴候である. Gowersは医学生時代,常にトップの優秀な医学生で,大変な博識家であったと伝えられている.また彼は有名な植物学者でもあったし,絵も描き,文学もこなしたという.19世紀におけるLeonardo da Vinciのような天才であった.彼は医学生時代から筋ジストロフィーに興味を持ち,1879年に著書を著し,その臨床的特徴を詳細に記載している.この徴候は,1868年にフランス人医師のDuchenneによって最初に述べられていたが,Gowersの精密な絵があまりにもその特徴を表しているため,ガワーズ徴候という呼び名が後世に残ったとされている3).
著者
平岡 浩一
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.509-513, 1997-07-15

はじめに いわゆる症例報告は臨床,研究領域を問わず盛んに行われている.しかし,主に事例の経過の説明に終始することの多い症例報告は,多くの場合治療介入を留保した対照群を持たないため,治療効果に関する客観的な因果関係の分析が困難である.他方,従来は多標本(複数の症例)を対象とした方法が客観的な治療効果の判定には多く用いられてきたが,これは多くの症例と多大な時間と労力を必要とすると同時に,個人差の多い疾患の場合,多標本から得られた結果が必ずしも個々人にあてはまらない場合が多いという欠点を持つ. シングルケーススタディは1個体のデータから治療効果を判定する,歴史的には心理学から発展した実験計画法である.シングルケーススタディは同一個体内で独立変数導入と撤回を交互に行いながら標的行動の定期的な繰り返し測定を行うことにより,1個体の複数のデータを用いて治療効果を客観的に判定する.したがって,この方法は先述の多標本研究法の短所を補って,単一症例から客観的な治療介入効果の判定を可能にする. もうひとつのシングルケーススタディの優れている点は,多標本を用いた対照比較研究においては半数の患者に治療効果が低いと予想される治療介入を長期間継続しなければならないという倫理的な問題があるのに対し,シングルケーススタディにおいては1症例における非治療期間の複数の繰り返し測定のデータがこの対照群として機能するので,そのような治療を留保する多数の症例を必要としないことがあげられる.これらの利点は規模の小さなコストの低い客観的な治療効果の判定を可能にし,日常の臨床場面での応用も比較的容易であり,理学療法の意志決定のためのツールとしての使用も期待できる. さて,シングルケーススタディには多くのデザインがあるが,治療を留保する相に始まり治療導入,再度の治療撤回をスケジュールとするABA型デザインが最も一般的である.そこで本稿ではABA型デザインを中心にその具体的方法について脳卒中片麻痺の歩行速度に及ぼす下腿三頭筋の持続的伸張の効果を観察する場合(仮想)を例にあげながら紹介する.
著者
原 正彦
出版者
医学書院
雑誌
理学療法ジャーナル (ISSN:09150552)
巻号頁・発行日
vol.54, no.1, pp.90, 2020-01-15

理学療法士の未来が変わる.そんなことを感じさせる医療機器が登場した.仮想現実(virtual reality:VR)技術を応用して歩行に必要な姿勢バランスと二重課題型の認知処理能力を定量的に可視化し,セラピストがより適切に治療介入を行えるようにしたリハビリテーション用医療機器「mediVRカグラ」の導入施設が増えている. mediVRカグラは,座位で行うトレーニングで歩行機能が改善することが最大の特徴で,一見するとごく一般的なVRゲームのようにしか見えないが,その開発に神経内科医や理学療法士,作業療法士が深く関与している点が既存のVR製品とは明確に異なる.その結果はまさに目を見張る効果であり,姿勢バランス制御系の脳内モデルの再構築だけでなく,これまで改善が難しかった注意障害を中心とした認知機能をも劇的に改善させるという報告が相次いでいる.
著者
作田 晴香
出版者
医学書院
雑誌
理学療法ジャーナル (ISSN:09150552)
巻号頁・発行日
vol.53, no.9, pp.952, 2019-09-15

2019年2月9日に日本理学療法哲学・倫理学研究会(以下,本会)主催の第1回フォーラムが「なぜ,理学療法と哲学・倫理学なのか?」をテーマにして神戸大学で開催された.私は理学療法士になって6年目になるが,主に心疾患者の理学療法に関与してきた.卒業後も専門分野に関する知識と技能を修得するために,種々の研修会や学術大会に参加してきた.その間,対象者に対する職場の基本方針をはじめ,他部門を含む職員の姿勢と連携,人間関係の有り様などは,何らかのかたちで対象者への医療サービスに反映されると感じてきた.つまり,「医療は技術である」ことを認識していても,医療現場における対象者と職員間の関係性には,ハードウェアとしての技術だけではなく,ソフトウェアとしての人間学的考え方によって,対象者に及ぼす影響は多大であると感じてきた. プログラムは,本会世話人代表の奈良 勲氏による「なぜ,理学療法と哲学・倫理学なのか?」との課題提起で始まり,奈良氏の長年にわたる臨床・教育・研究に基づき,対象者もセラピストも人間であることを前提にして,人間自体の本質を追究し続けることの意義を提起された.日本理学療法士協会長の半田一登氏は長年の臨床家としての経験と協会長の立場から,「臨床理学療法をより効果的に」という視点で講演され,臨床の知を究めることが理学療法の真髄であることを提唱された.シンポジウムでは,臨床(岩田健太郎氏:神戸市立医療センター)・教育(内山 靖氏:名古屋大学)・研究(淺井 仁氏:金沢大学)らが,それぞれの観点からテーマに沿って発言された.一般演題では2人の報告があり,いずれのセッションにおいても活発な質疑応答を交わす時間が設けられ臨場感に溢れていた.
著者
岩田 研二
出版者
医学書院
雑誌
理学療法ジャーナル (ISSN:09150552)
巻号頁・発行日
vol.49, no.4, pp.299-305, 2015-04-15

はじめに タイの総人口は約6,495万人1),2012年の世界保健機関(World Health Organization:WHO)の報告によると,平均寿命は男性71歳,女性79歳であり2),これから進行する高齢化に対する対策が早急の課題である.開発途上国のイメージが強いタイだが,2004年に「メディカルハブ構想」を掲げ,医療観光(メディカルツーリズム)を推進するようになってから,外国人富裕層を顧客とし,高度な医療設備を完備した病院が,質の高い医療サービスを提供している.一方で,依然,地域間格差,所得間格差が大きく,理学療法士数の少なさからも,一部の私立病院を除いて適切なリハビリテーションを受けられない場合も多い.本稿では,タイの高齢化,医療観光,医療・年金制度,医療格差,理学療法学教育,これからの課題と可能性についてまとめる.
著者
安藤 努
出版者
医学書院
雑誌
理学療法ジャーナル (ISSN:09150552)
巻号頁・発行日
vol.52, no.12, pp.1137, 2018-12-15

本書を手にし,数ページに目を通した後,時を忘れ一気に最後まで読んだ.というより読めたというほうが正しい.それは読み進むに連れ私のこれまでの「体幹」に対するモヤモヤとしたものを一気に解体し再編し,そして確信をもたらすマイルストーンとなったからである. 冒頭部「トルソ」で,体幹は静止と動きのアンビバレンスであり,その両価性の謎はゲシュタルトあるいは運動モルフォロギーであると述べ,魅力的なプロローグとして本書の核心部分へ誘う.
著者
鯨岡 栄一郎
出版者
医学書院
雑誌
理学療法ジャーナル (ISSN:09150552)
巻号頁・発行日
vol.48, no.4, pp.305-311, 2014-04-15

はじめに 近年,リハビリテーション領域におけるコーチングやコミュニケーションに対する関心の高まりを感じる.理学療法を進めていくうえで,治療技術以外の要素の必要性をどこかに感じている現れかもしれない.とはいえ,リハビリテーションのみならず,医療において最も課題となる患者の動機づけ(=モチベーション)そのものの実際に関しては,まだまだ乏しいのではないだろうか? 今日,パソコンやスマートフォンに代表されるウェブ環境が整い,医学的知識は無料でいくらでも集めることができるようになった.これからの時代に着目すべきは,むしろ情報量ではなく,「知っていること」と「実際の行動」の溝である.多くの場合,人は自分が何をすべきなのかはすでにわかっている.しかし,それを実行し続けられるかどうかはまた別の問題である.人はそのくらい,自分1人だけでは,自らの行動を変え,習慣化させるということが難しい生き物であると言える.そのギャップを埋めるのが,これからのわれわれ療法士に求められる役割と言えよう. そこで今回,私からはあくまで現場実践のコーチング的視点から,臨床において患者を動機づけするための具体的なスキルと考え方について紹介したい.
著者
井上 拓也 伊藤 浩充 池添 冬芽 小林 紗織 傍島 崇史 市橋 則明
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.617-622, 2010-07-15

要旨:本研究の目的は,ブリッジ運動における足部の高さと頭部の位置が体幹・股関節伸展筋の筋活動に及ぼす影響について検討することである.対象は健常成人30名とした.脊柱起立筋胸椎部,脊柱起立筋腰椎部,大殿筋,大腿二頭筋の筋活動量,ならびにこれら主動筋間の筋活動比を算出した.ブリッジ運動は,頭部を挙上させない通常の場合と,頭部を挙上させて行う場合の2つの条件下で,足部の高さを床面から-20cm,0cm,20cmと変化させた.その結果,足部を高くすることで脊柱起立筋胸椎部・腰椎部の筋活動量は増加した.一方,足部を低くすることで大殿筋の筋活動量は増加し,脊柱起立筋腰椎部と大腿二頭筋に対する大殿筋の筋活動比はともに高まった.また,頭部を挙上させることで大殿筋の筋活動量は増加し,脊柱起立筋に対する大殿筋の筋活動比および脊柱起立筋胸椎部に対する腰椎部の筋活動比も高まった.本研究の結果から,ブリッジ運動において足部高を変化させ,あるいは頭部を挙上させることで,主動筋群内のより選択的なトレーニングが可能であることが示唆された.
著者
立石 貴之
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.659-665, 2021-06-15

Point ●横隔膜の機能は構造上,胸郭の形状と脊柱アライメントに依存する ●脊柱のコントロールにおいて,横隔膜の最大の関与は腹腔内圧の発生である ●課題遂行時には呼吸を止めないように注意を払う
著者
梶原 侑馬 小林 宏
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.967-969, 2017-11-15

マッスルスーツ®製造にかかわることになったいきさつ 厚生労働省「2010(平成22)年国民生活基礎調査)」によると,日本の腰痛人口は約2800万人(4人に1人)と報告され,自覚症状については,男性は1位,女性は2位と国民病と言っても過言ではない状況であり,日常生活満足度の低下にもつながっている.それにもかかわらず有効な予防方法や治療方法は確立されておらず,筆者は今までにない新しい方法を開発し,腰痛予防や治療に貢献したいと考えていた. また,理学療法士養成校に入学する以前は,自分の手技だけで腰痛を治せる治療家になりたいと思っていた.しかし,人の手だけでは限界があり,また,1人が治療できる人数はかなり限られてしまうことを,臨床を通じて実感した.さらに,外来・急性期・回復期リハビリテーションにおける腰痛や姿勢バランス等の研究を通して,腰痛は予想以上に完治しにくい例が多いことを知り,治療だけでなく予防が重要であることも学んだ.
著者
諸橋 勇
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.835-843, 2015-09-15

はじめに 近年,理学療法士が行っている研究はまだ課題はあるにしても,統計学的な手法を用いて質,量ともに以前より向上していることは誰もが認めるところである.国内外の理学療法専門誌には症例報告の投稿欄も設けられ,そしてケーススタディの特集が企画され,その重要性は認められているといえる. しかし,学術大会や研究論文のなかで症例報告,症例研究の割合はまだ少なく,あまり積極的に行われているとはいい難い.例えば臨床のなかで困難な症例や稀少な症例を担当すると,場合によってはそれらの症例と類似した過去の症例報告の文献を検索することがあるが,検索目的に合致した症例がみつからないことが少なくない. また,患者の理学療法プログラム作成時には基本的に「患者の個別性」を重視し,その患者に合った個別的プログラムを作成することが理想とされている.しかし,理学療法士が言葉で「重要視している」といっているほど,現場では個別性を考慮したアプローチが行われてきているだろうか. また,「患者の経過は順調です」という言葉をよく聞くが,この順調とは何と比較して,どのような根拠で判断しているのだろうか. 本稿では,ケースレポート,そしてシングルケースデザインを中心に臨床の理学療法の現状も踏まえて,症例研究のあり方を概説し,症例研究に取り組むにあたり,はじめの一歩が踏み出せるような具体的な方法を呈示したい.
著者
宮川 哲夫
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.135, 2006-02-01

James Marion Sims(1813~1884)は,南カリフォルニアに生まれ,初めチャールストンで,その後フィラデルフィアのジェファーソン医科大学で,医学を学んだ.Simsは「婦人科学の父」と呼ばれており,ニューヨークのセントラルパークに,その銅像が建立されている.Simsの主な業績は,1858年に銀線縫合による膀胱膣瘻治療に成功し,子宮頸部切断術(1861),胆囊水腫に対する胆囊摘出術(1870)などで,婦人科学や一般外科学の領域において貢献がある.シムス圧子,シムス膣鏡(1845)の創案者でもあり,シムス体位(図1)を考案した1).しかし,Simsは黒人の奴隷を対象に,膀胱膣瘻の手術を麻酔なしで施行したことから,倫理的な問題があるとされ英雄ではなく悪党と批判されたこともある2).1850年にはニューヨーク婦人科病院を設立し,1860年代には,王族の治療のためヨーロッパに度々渡り,ナポレオン三世の妻も治療している.1876年にはアメリカ医学協会長となり,アメリカ婦人科協会を設立し初代会長となった. シムス体位は,原本では左側臥位で,左上肢を後方に左胸を床面につけ,左股関節・左膝関節を軽く屈曲し,右股関節・右膝関節を強く屈曲させ,右大腿を胸壁に接近させた体位である.この体位では,後方から膣に容易に達することができ,脱出臍帯の還納術,膣・直腸診,妊娠中期の腰痛の予防,分娩第1期に用いられる.分娩第1期第2分類の場合には右シムス体位により,胎児(重心は脊柱にある)は,重力の影響で背部が下に回りやすいのでこの体位を用い,正常分娩進行の行程に導入されている.また,意識障害者の吐物の誤嚥の予防に用い,その際には左右どちらでも用いるが,上側の手の甲を枕にして頬部をのせた体位をとり,昏睡体位という.Simsによるとこの体位は,肥満女性の落馬による骨盤損傷に伴う子宮後傾の疼痛緩和のために,上側の膝を胸に着くように深く屈曲させ,会陰部に圧を加え触診した結果,膣にたくさんの空気が入り,膣が拡張し子宮が前傾位に戻ったとし,その後,膀胱膣瘻治療にこの体位を用いている1).
著者
立花 孝
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.683, 2008-08-15

●インピンジメント(impingement)とは インピンジメントは「~に突き当たる,衝突する」という意味で,整形外科領域においてもその意味の通りに一般的な言葉としても使用されるが,殊に肩に関するある病態を表す言葉として半ば固有名詞的に認識されている.つまり,肩甲骨肩峰下と上腕骨頭との間(第2肩関節)で生じる衝突に由来する障害のことをimpingement syndrome,impingement lesions,あるいは単にimpingementと表現する. 従来より,この肩峰下での障害に対して,肩峰切除術が諸家により提唱されてきた(Watson-Jones,Smith-Petersen,McLaughlin).切除する範囲は報告者により異なるものの,肩峰を全層的に切除(acromionectomy)したため,三角筋の起始部を失ったことによる弊害が起こった.これに対し,Neer1)は衝突が起こるのは肩峰下面の前方1/3のみであるとの見地から,三角筋起始部を温存し,衝突する部分のみを水平にそぎ落とす方法(anterior acromioplasty)を提唱した.これ以降,インピンジメントという言葉が“Neer”とセットで固有名詞化していったようである.さらにNeer(1983)は,烏口肩峰アーチ(つまり棘上筋の出口)の形状が原因のものをoutlet impingement,そして元来インピンジメントの主役であった石灰沈着や大結節の変形治癒などをnon-outlet impingementと分類した.前者を3つのステージに分け,急性の肩峰下滑液包炎(スポーツによるオーバーユースなど)をステージ1,慢性の肩峰下滑液包炎や腱板炎(五十肩など)をステージ2,腱板不全断裂,腱板完全断裂,骨棘形成をステージ3として,インピンジメントが重症化していくなかで腱板が滑液包側から断裂していくとした.これに対し,腱板不全断裂はそのほとんどが関節面側にあり滑液包側ではないことから,断裂が滑液包側から起こるという説には異論を唱え(Uhthoff,信原2)),ステージ3を否定する者もある.
著者
櫻本 秀明
出版者
医学書院
巻号頁・発行日
pp.68-71, 2020-01-15

集中治療後症候群(PICS)とは? PICS(ピックス)とは,post intensive care syndromeの略で,集中治療後症候群といったような日本語訳になる言葉である.PICSについてのはっきりとした定義はない.2012年に集中治療にかかわるステークホルダーを一堂に揃え行われたカンファレンスの報告によれば1),「重症疾患後に身体,認知,メンタルヘルス状態に関する新しい障害が観察された,または障害が悪化し,継続する状態」を指し,そして,この用語は患者(PICS)だけではなく,その家族(PICS-F)にも適応できるとされる. PICSにはいくつかのドメインがあり,その症状ごとに,図1のようにまとめられている.呼吸機能障害,筋神経系障害などを含む身体機能障害,認知機能障害,うつ・不安・心的外傷後ストレス障害(post traumatic stress disorder:PTSD)を含むメンタルヘルス障害,家族にみられる精神症状(post intensive care syndrome-family:PICS-F)に分けられる.