著者
渡辺 宏久 祖父江 元
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3+4, pp.127-133, 2015 (Released:2016-06-17)
参考文献数
13

【要旨】加齢に伴う脳内ネットワーク変化の可視化は、神経変性性認知症に対する信頼のおける早期診断バイオマーカーや画期的治療法の開発に重要である。我々は、安静時機能的MRI (fMRI)、拡散テンソルMRI、3D MPRAGE、脳磁図を用いて、健常者の脳内ネットワークの変化を調べてきている。200例の予備的な検討では、加齢に伴う変化として、脳萎縮は辺縁系を中心に認め、TBSS解析による解剖学的ネットワークの破綻は側脳室周囲に認めた。しかし、安静時fMRIでは、デフォルトモードネットワークをはじめとする基本的な安静時ネットワーク内における結合性の低下を認める一方で、安静時ネットワークを構成する90の領域間(基本的ネットワーク間)における結合性は増加していた。これらの結果は、年齢に伴う脳萎縮や解剖学的ネットワークに対する機能的神経回路の代償現象を観察している可能性がある。加齢脳においては、以前より考えられているよりもダイナミックな解剖学的および機能的ネットワークのリモデリングがより広く生じている可能性がある。
著者
金村 英秋 相原 正男
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.16, no.3+4, pp.188-193, 2015 (Released:2017-09-26)
参考文献数
19

【要旨】広汎性発達障害(PDD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)では診断する生物学的な指標がなく、他の医学的疾患を除外する必要がある。特にてんかんは発達障害との合併が多いだけでなく、その二次障害として多動や自閉的行動などがしばしば認められ、病初期にADHDやPDDなどと誤診されることが多い。これらより、脳波検査は発達障害の診療において重要な医学的検査と言える。一方、行動異常を有する児ではけいれん発作の有無によらず、脳波上てんかん性突発波を認める症例が多く存在する。てんかん児および発達障害児を対象に我々が行った検討より、PDDおよびADHDの行動異常に脳波所見、とくに前頭部突発波が関連していることが想定された。発達障害と関連を有する前頭葉機能は長期にわたり脆弱性が高く、てんかん原性の獲得あるいは皮質神経活動における異常放電(てんかん性突発波)という要因により、前頭部本来の若年期における脆弱性を基盤とした前頭葉機能障害を容易に生じることが、発達障害の病態の一つであると推察される。その結果としてPDDやADHD児に認められる様々な行動障害も生じる可能性が想定される。抗てんかん薬により前頭部突発波の改善を促すことは、発達障害の行動異常を改善させることに寄与するものと考えられる。発達障害の行動異常に対して従来のアプローチに加え、前頭部突発波を有するPDD/ADHD児の治療として、抗てんかん薬はその選択肢の一つになりえると考えられる。
著者
飯干 紀代子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3+4, pp.145-150, 2021 (Released:2021-04-29)
参考文献数
17

【要旨】 重度失語の状況判断について、回復期リハビリテーション病院で、一定期間、標準的な言語訓練を受けた失語症者40例のデータを分析した。発症3か月以内の失語の重症度と状況判断は概ねパラレルではあるものの厳密な対応関係とは言えず、失語が最重度であっても、複数の情報を関連付けて判断できる能力を保持している例は存在すること、中でも、年齢が比較的若い例では、AQが極めて低くても、状況判断が保たれている可能性があることが示唆された。4~6か月の標準的言語訓練を受けた後は、最重度失語症であっても、失語症重症度の改善に加えてRCPM得点が大きく上昇し、複数の情報を関連付けて判断できると思われる者が、40例中12例存在し、高齢であってもその変化がみられることが示された。一方で、標準的な言語訓練を経ても、RCPMが0点のままである最重度失語症者が40例中11例存在し、状況判断能力にはある種の限界があることも推察された。
著者
新堂 晃大 佐藤 正之 葛原 茂樹
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.10, no.2, pp.207-210, 2008

目的:知的職業に従事していた健常者と軽度認知障害(MCI)例の認知機能検査と画像所見について検討する。対象:70歳以上の小中学校校長・教頭退職者9名(男2名、女7名)。方法:全対象者にMini Mental State Examination(MMSE)、レーブン色彩マトリシス検査(RCPM) 、Wisconsin Card Sorting Test(WCST)、リバーミード行動記憶検査(RBMT)を施行した。結果・結論:健常8名ではMMSE、WCSTとRBMTは一般に用いられる平均値と差はなかったが、RCPMが1SDを超える高得点であった。MCIと診断した1名ではRBMTが健常者の平均より3SD以上、また一般平均と比較しても3SD以上低下していた。脳血流シンチでは前頭葉と頭頂葉に血流低下を認めた。
著者
橋本 泰成 牛場 潤一 富田 豊 木村 彰男 里宇 明元
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.3, pp.249-254, 2012 (Released:2017-04-12)

本研究では、頭皮脳波を利用して三次元仮想空間内のキャラクタをリアルタイムに操 作するブレイン・マシン・インタフェース(BMI)を開発した。右手、左手および足の運動イ メージを自動で検知するシステムを構築して、繰り返しBMI を使用させたときの精度向上 (BMI 訓練効果)を計測することを目的とした。
著者
高橋 立子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.10-17, 2020

<p>【要旨】自閉スペクトラム症、注意欠陥多動症の発生にかかわる環境因子として早産が挙げられてから久しい。その発生率は、在胎週数が短くなるほど高いとされている。</p><p> 超早産児では、構造的、機能的にも正期産児とは異なる脳の成熟経過をとることが明らかとなる一方、学童期にいたった超早産児に特有の臨床像はpreterm behavioral phenotype と名付けられ、1)社会性に乏しく2)不注意で3)不安におちいりやすいとされる。本稿では、宮城県内で出生した出生体重1,250 g 未満児の長期予後を検討したpopulation-based のコホート研究の中から、PARS(広汎性発達障害日本自閉症評定尺度)の結果を紹介し、社会性に関する行動像を示した。自閉スペクトラム特性が高いが診断までには至らない、多数の"診断閾値以下群" の存在が明らかになった。超早産児では乳児期早期から周囲に関心があり、社会的微笑がみられ、視線もあいやすく、生来的な社会的関心の低さは認められなかった。しかし言語の発達は遅く、幼児後期にcatchup してくるものの、学童期には統語能力、語用面での問題があると推察された。限定的な興味、また反復的行動や執着がほとんどみられないことから、その"社会性の乏しさ" は自閉スペクトラム症の疾患概念から説明するよりも、言語発達-コミュニケーション機能の異常ととらえる方が良いのかもしれない。長期的な言語発達支援が望まれる。</p>
著者
小黒 浩明 山口 修平
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.20-25, 2017 (Released:2017-08-09)
参考文献数
22

【要旨】アルツハイマー型認知症の治療早期に抗コリンエステラーゼ阻害剤の2剤、塩酸ドネペジルおよびガランタミンを投与した。ドネペジル投与群ではアパシーの改善、ガランタミン投与群では前頭葉機能の改善効果が得られた。記憶検査については改善をみなかった。これらの抗認知症薬は投与初期からアパシーと前頭葉機能賦活効果をもたらす可能性があり、同じ抗コリンエステラーゼ阻害作用でもそれぞれの使い分けができるかもしれない。
著者
渡辺 俊之 秋口 一郎 八木 秀雄 秋口 一郎 高山 吉弘
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.158-163, 2002 (Released:2011-07-05)
参考文献数
20

レンズ核は淡蒼球と被殻からなるが、この両者のみに限局した病変では、言語障害は軽度または一過性である。言語障害が遷延するのは、病変が、前頭葉の深部白質に進展して非流暢性の失語像を呈する場合、後方の側頭葉深部白質に及んで理解障害を伴う流暢性失語像となる場合、あるいは病変が双方の白質を含んで全失語をきたす場合である。一方、レンズ核の外方には、外包、前障、最外包および島皮質が位置する。これらの脳組織が言語機能においていかなる役割を担っているかについては、近代失語症学の黎明期から議論されてきたが、限局性の病変例がまれなこともあって、一致した見解は得られていない。なかでも、島およびその皮質下の損傷で伝導失語をきたすというDamasio and Damasio(1980)の主張は、失語症関連の文献において頻繁に引用され、影響力が大きいしかし、我々の経験した島損傷例では、伝導失語を含め遷延する言語障害は認めなかった。ただし、語想起の障害がみられたことから、島およびその皮質下の組織が遂行機能に関与することが示唆される。
著者
山口 修平
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.10, no.3-4, pp.284-289, 2008 (Released:2011-07-05)
参考文献数
13
被引用文献数
1

【要旨】遂行機能は目的を効果的に達成するための一連の認知活動を指し、目標設定、行動計画、実行、作業記憶、モニター、修正といった内容を含んでいる。背外側前頭前野がその機能の主体を担っている。そして前頭眼窩部や前帯状回を中心とする前頭葉内側部も遂行機能に関与している。さらに頭頂葉、側頭葉、線条体、視床などとの神経ネットワークも重要である。遂行機能障害はこれら背外側前頭前野を中心とする病巣で出現するが、病巣の拡がりが重要である。日常生活、特に計画性、持続性、柔軟性を要するような仕事に関わる場面でより明らかになる。様々な遂行機能検査を用いることで、正確な病態を把握することが重要である。
著者
山口 修平 小野田 慶一 高吉 宏幸 川越 敏和
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.60-66, 2019 (Released:2020-05-22)
参考文献数
29

【要旨】アパシーは動機づけが欠如し目的指向活動の減少した状態とみなされ、臨床的には意欲低下あるいは自発性低下として観察される。アパシーでは、報酬獲得のための行動オプションの生起、オプションの選択、動機づけに関連した覚醒反応、負荷と報酬の関連の評価など、認知モデルのさまざまな段階において障害が生じている可能性がある。近年、コンピューターによるそのモデル解析も可能となってきた。脳卒中、軽度認知障害、アルツハイマー型認知症、パーキンソン病などで、アパシーは高頻度に出現する症状である。その病巣部位、脳血流、脳機能画像等による解析から、内側および外側前頭前野、腹側線条体、辺縁系、中脳腹側被蓋野を含む神経ネットワークの破綻がアパシーに関与することが推定されている。アパシーの評価には主観的あるいは他者による評価スケールが使用される事が多いが、脳活動を直接記録する事象関連電位による評価も適切な認知課題を設定することで可能となってきた。アパシーはうつと合併する事があるが、臨床的に区別をする事が必要であり、その両者は基盤となる神経機構に相違があることが、機能的MRIや拡散テンソル画像などの手法によって明らかにされている。アパシーの治療に関しては神経薬理学的な研究が進展している。神経伝達物質との関連では、動機づけあるいは報酬志向性にドパミンとセロトニンの交互作用が重要であり、その研究成果が薬物治療の確立に貢献することが期待される。
著者
岡澤 均
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3+4, pp.155-165, 2019 (Released:2020-05-22)
参考文献数
42

【要旨】アルツハイマー病(AD)においては、細胞外アミロイドの除去を目的としたアミロイド抗体医薬を中心に治療開発が長年に亘り行われてきたが、死後脳あるいは生存患者の病理・PET結果から、細胞外アミロイド除去には十分な効果が認められたものの、認知症の改善には至らなかった。このため、Elli-Lilly、Pfizer、J&Jなど各社が臨床開発を中止し、さらに2019年1月にはRocheもPhase III失敗をプレスリリースしている。このため、細胞外アミロイドを病態の最上流と考える『アミロイド仮説』に対する疑義も生じており、ビッグファーマは細胞外アミロイドに代わる『次の治療標的』を探索しており、ビッグファーマからアカデミアへの情報収集も活発化している。 私たちは、仮説バイアスの掛からない網羅的リン酸化プロテオーム解析を用いてAD病態を探索してきた。4種類のADモデルマウスを用いて病理解析、行動解析と網羅的リン酸化プロテオーム解析を組み合わせて、AD病態進行の時間経過を観察したところ、細胞外アミロイド凝集の出現以前に、MARCKS、SRRM2など複数タンパク質のリン酸化変化が生じていることが明らかになった。この変化はヒト患者死後脳でも検出され、ヒトAD病態を反映するものと考えられた。このうち、SRRM2は核内で複数のRNA関連タンパク質と結合し、それらを安定化するスカフォールドタンパク質と考えられるが、AD病態早期に生じるSer1068リン酸化は、SRRM2とシャペロニンタンパク質TCP1alphaとの結合力を低下させ、結果的にSRRM2核移行を阻害していることが私たちの解析から示された。さらに、私たちはSRRM2が安定化する標的として、知的障害原因遺伝子PQBP1を同定した。PQBP1は多くのシナプス機能タンパク質の発現調節に関わっており、その低下はシナプス機能の異常につながる。実際、ADモデルマウスとPQBP1関連知的障害モデルマウスのシナプス表現型は極めて類似していた。そこで、AAV-PQBP1を作成し、ADモデルマウスの治療実験を行ったところ、シナプス病態、認知症状ともに改善が認められた。以上から、シナプス機能に関わる知的障害遺伝子を用いた遺伝子治療という、全く予想外の治療戦略の可能性が開けたものと考えている。
著者
岡崎 哲也
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.2, pp.164_0-164, 2011

回復期リハビリテーション病棟では高齢者が多く、脳血管疾患、運動器疾患にかかわらず認知機能の把握を求められます。初心者を対象として高齢者への施行を念頭に比較的簡便な認知機能の評価について概説します。
著者
村井 俊哉
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.56-60, 2006 (Released:2011-07-05)
参考文献数
18

【要旨】人が社会的状況でうまく行動してゆくためには、他人の表情などの情動的刺激の意味を解読し、その情報をもとに適切な意思決定・社会行動へつなげてゆくことが重要である。このような情動認知とそれに基づく社会的意思決定には、特定の神経構造およびそれらのネットワークが重要な役割を演じている。情動的刺激の認知に中心的役割を果たす構造は扁桃体である。両側扁桃体損傷患者では、恐怖表情などの陰性情動刺激の認知に障害が生じ、脅威を意味する刺激に対して鈍感になる場合がある。一方、情動的刺激およびその他の情報を統合し、社会的状況での適切な意思決定・行動へと導く上で重要な役割を果たす構造は、眼窩前頭皮質および内側前頭前皮質である。これらの領域の損傷による意思決定の障害によって、金銭・資産の管理ができない、責任ある行動がとれず仕事が長続きしないなど、社会生活で多大な困難が生じてくる。これらの患者では通常の神経心理学的検査では成績低下がみられなくてもギャンブル課題のような報酬によって動機づけられる意思決定課題では成績低下が認められる場合がある。ギャンブル課題の遂行に内側前頭前皮質が重要な役割を演じることは機能的脳画像研究によっても示されている。情動認知・社会的意思決定の障害は、局在脳損傷例に限らず、統合失調症、反社会性人格障害、行為障害など、さまざまな精神神経疾患において認められ、その病態解明が進みつつある。
著者
松崎 朝樹
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3, pp.172-175, 2015

【要旨】マジック=手品とは、マジシャンが巧妙な方法を用いて見る者の目をあざむき数々の不思議なことをしてみせる芸である。実際に奇跡が起きる訳ではないが、そこには人が持つ、認知を主とした様々な精神の機能が関与している。マジックを成立させる上で、秘密を特定するに至る光学的情報の抑制、情報のピックアップを妨げること、あり得ない出来事を思わせる情報を作りだすことの3つが重要となる。マジシャンが隠すべき秘密に警戒心を持てば観客にもその警戒心が、そして秘密の存在が伝わるものであり、マジシャンは隠すべきところの緊張感を消すように努めている。人は物事を個々ではなく集合、すなわちゲシュタルトとして認識する力を持っており、その際には真の正確さよりも、自然さが優先されている。それにより人は、情報が完全にそろわずとも推測で補い物事を迅速に処理することを可能にし、細部を過剰に認知せずに処理することで費やす認知リソースを節約できる。その推測で保管された認識と現実の狭間に秘密を隠しこむのがマジシャンの技術である。人は物事に疑問を抱くと考え、何らかの答えを得たところで、その疑問に対する思考を終える。これは認知リソースを節約するための機能だが、マジシャンは偽りの答えを観客に提供することで、秘密を探る観客の思考を止め、惑わすことに成功している。しばしばマジックでは起きる現象を予告しなかったり、わざと疑うべき点を多数残したりすることで、「いつ」「どこ」を疑うべきかを不明確にし、マジックの秘密に気付くことを防いでいる。さらに、観客にトランプを覚えたり道具を調べたりするなどのタスクを課し、さらには、動く物体や視線などに向けられる自動的な注意を引き出すことで、マジックの秘密を探る観客の注意を操作して情報のピックアップをコントロールしている。これらの現象は、観客が正常の認知機能を有するからこそ成り立つことであり、マジックを不思議だと思えてこそ正常と言えよう。人がマジックに非現実を見る機能を通すことで、日常的な人の認知機能につき理解は深まる。