著者
加我 牧子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.29-33, 2011 (Released:2017-04-12)

発達障害とは「発達期に生じる脳神経系の発達の遅延又は異常による状態を広く指す言葉である」ことを理解した上で、使われている状況や使っている人の考え方を理解して対応する必要がある。個々の発達障害児の心的特性や行動特徴を前提に、短時間で飽きない評価方法を工夫し、他覚的アプローチを多用した上で、背景となる病態を理解し、その後の支援に貢献できるような評価法が必要である。そのため本稿では認知機能評価に用いられる検査の概要、Wech‐sler 系知能検査の応用、social skill training が自閉症の身体図式の改善に有用であることの例示、AD/ HD の抑制機能評価の方法などいくつかの実例を呈示した。
著者
宮内 哲 上原 平 寒 重之 小池 耕彦 飛松 省三
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.1-7, 2012 (Released:2017-04-12)

磁気共鳴現象を利用して生体の断層像を撮像するために開発されたMRI 装置で脳活動を計測するfMRI の原理が確立されてから二十年が経った。この間fMRI は、特定の刺激やタスクに対する反応として一過性に賦活される脳領域を高い空間分解能で同定する計測法として用いられ、多くの知見が蓄積されてきた。近年になって、安静時の自発性脳活動のfMRI 信号から、離れた脳領域間の活動の相関を求めたり、グラフ理論により脳全体を情報ネットワークとみなして脳の状態を推定する研究が飛躍的に増大している(resting state network及びdefault mode network)。本稿ではfMRI を用いた脳研究の最近の動向として、安静時の自発性脳活動に関するresting state network及びdefault mode networkについて概説する。
著者
松田 実
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.154-161, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
24
被引用文献数
1

【要旨】発語失行(AOS)について筆者が重要と考える事項について考察した。AOSの責任病巣が中心前回であることは多くの証拠が物語っているが、基底核から放線冠にかけての皮質下病変でもAOSにほぼ一致する病像を観察することがある。AOSと運動障害性構音障害、とくに失調性構音障害との鑑別は意外と難しく、AOSの特徴として従来から重要視されていた構音の誤りの非一貫性はAOSの決定的な特徴とは言えない。変性疾患のAOSの特徴を述べ、進行性非流暢性失語の経験からも、AOSは非流暢性発話の重要な要因ではあるが、その他の言語学的要因も非流暢性に関与していることを述べた。
著者
松崎 朝樹
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3+4, pp.172-175, 2015 (Released:2016-06-17)
参考文献数
7

【要旨】マジック=手品とは、マジシャンが巧妙な方法を用いて見る者の目をあざむき数々の不思議なことをしてみせる芸である。実際に奇跡が起きる訳ではないが、そこには人が持つ、認知を主とした様々な精神の機能が関与している。マジックを成立させる上で、秘密を特定するに至る光学的情報の抑制、情報のピックアップを妨げること、あり得ない出来事を思わせる情報を作りだすことの3つが重要となる。マジシャンが隠すべき秘密に警戒心を持てば観客にもその警戒心が、そして秘密の存在が伝わるものであり、マジシャンは隠すべきところの緊張感を消すように努めている。人は物事を個々ではなく集合、すなわちゲシュタルトとして認識する力を持っており、その際には真の正確さよりも、自然さが優先されている。それにより人は、情報が完全にそろわずとも推測で補い物事を迅速に処理することを可能にし、細部を過剰に認知せずに処理することで費やす認知リソースを節約できる。その推測で保管された認識と現実の狭間に秘密を隠しこむのがマジシャンの技術である。人は物事に疑問を抱くと考え、何らかの答えを得たところで、その疑問に対する思考を終える。これは認知リソースを節約するための機能だが、マジシャンは偽りの答えを観客に提供することで、秘密を探る観客の思考を止め、惑わすことに成功している。しばしばマジックでは起きる現象を予告しなかったり、わざと疑うべき点を多数残したりすることで、「いつ」「どこ」を疑うべきかを不明確にし、マジックの秘密に気付くことを防いでいる。さらに、観客にトランプを覚えたり道具を調べたりするなどのタスクを課し、さらには、動く物体や視線などに向けられる自動的な注意を引き出すことで、マジックの秘密を探る観客の注意を操作して情報のピックアップをコントロールしている。これらの現象は、観客が正常の認知機能を有するからこそ成り立つことであり、マジックを不思議だと思えてこそ正常と言えよう。人がマジックに非現実を見る機能を通すことで、日常的な人の認知機能につき理解は深まる。
著者
杉下 守弘 朝田 隆
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.87-90, 2009 (Released:2010-03-10)
参考文献数
2
被引用文献数
3

高齢者用うつ尺度短縮版(GDS)の日本版(GDS-S-J)を作成した。作成に際して、質問項目が現在の日本文化からみて妥当であるか否かを検討した。また、聞いて分かりやすい訳語を使用した。さらに、各項目の日本文が長くならないように配慮した。このように、文化的および言語学的妥当性を高めてあるので、実際に用いることができると考えられる。英語版から翻訳された心理検査では文化的妥当性と言語学的妥当性を考慮する必要があるが、同時に英語版との等価性にも配慮する必要がある。これによって英語版のデータと日本語版のデータを比較しやすくなるからである。
著者
稲富 雄一郎
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.1-7, 2018 (Released:2018-06-26)
参考文献数
14

【要旨】神経心理学的所見と画像検査上の病巣とが、既知の対応関係と照合して一致しない5例の症候-病巣不一致例を提示した。症例1は超皮質性感覚失語で発症したが、脳梗塞は左後大脳動脈閉塞による左側頭葉内側面のみに限局していた。SPECTではさらに側頭-頭頂-後頭葉境界領域に集積低下を認め、同領域のmisery perfusionによる症候と考えられた。症例2、左内包後脚梗塞により右片麻痺を来した。入院後に呼称障害、失書も発覚したが、病歴を再聴取し以前からの神経症候であり、認知症の併存が考えられた。症例3、流暢性失語を来したが、MRIでは新規病変を認めず、SPECTでは左側頭葉に集積増加を認めた。1年後にも同様のエピソードを右大脳に来した。前回の病巣は萎縮しており、いずれも不完全脳梗塞と考えられた。症例4、右大脳半球を焦点とする部分てんかん発作の重積状態により、連合型視覚性失認を呈したと考えられた。症例5、コルサコフ症候群で発症した。MRIでは新病巣はなかったが、門脈内血栓が確認され肝性脳症と診断された。症例6、Wernicke失語と考えられたが、梗塞は右上小脳動脈領域と中脳右傍正中部に認めた。SPECTでは左側頭葉から頭頂葉に集積低下を認めた。対側大脳半球への遠隔効果の可能性が考えられた。症候-病巣不一致症例では、 1. 他の症候で説明できないか、 2. 非梗塞化虚血領域が潜在してないか、 3. 遠隔効果で機能低下が生じてないか、 4. 別の疾患が潜在していないかの問いに答えた上で、はじめて5. 未発見の症候-病巣対応ではないかを議論する。
著者
武田 克彦
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3+4, pp.203-212, 2009 (Released:2011-06-30)
参考文献数
34

中心後回の病変によって生じる体性感覚の障害について検討した。その部位の損傷によって、基本的な感覚が障害されることがあること、物品を触らせてそれが何であるかわからないという障害が基本的な障害がなくても生じることが明らかとなった。同じ中心後回の病変でありながら、このような違いがあることは、サルの中心後回には吻側から尾側という軸に沿ってヒエラルキーがあるという岩村の仮説があてはまると考えられる。次に消去現象のメカニズムの検討を述べた。消去現象は、主に頭頂葉の病変によって起きるが、そのメカニズム説として感覚障害とする説、注意障害とする説があった。健常例と消去現象を有する例に機能的MRIを用いて検討を行なった。その結果、消去現象の患者においても、健常者と同様に両側性刺激の場合両側の中心後回(S1)のみならずS2にも賦活がみられた。この結果は、注意障害説に合う結果と考えられた。一文字のかなの音読が可能な失語患者を対象に行なったところ、文字間隔を狭めていくと、読みの障害が増えることを見いだした。この結果について、一文字のかなに対応する永続的な記憶イメージが脳の中にあるという従来の考えでは説明できないのではないかと述べた。まとめとして、ピランデッロ戯曲を例にあげ、分析的思考や定量的評価やヒトの生物学の複雑なシステムの分析のみでなく、文学、言語、人間や社会の科学などを含む自由なアートの世界に目を向けることも今後重要ではないかと述べた。
著者
高橋 立子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.10-17, 2020 (Released:2020-06-25)
参考文献数
14

【要旨】自閉スペクトラム症、注意欠陥多動症の発生にかかわる環境因子として早産が挙げられてから久しい。その発生率は、在胎週数が短くなるほど高いとされている。 超早産児では、構造的、機能的にも正期産児とは異なる脳の成熟経過をとることが明らかとなる一方、学童期にいたった超早産児に特有の臨床像はpreterm behavioral phenotype と名付けられ、1)社会性に乏しく2)不注意で3)不安におちいりやすいとされる。本稿では、宮城県内で出生した出生体重1,250 g 未満児の長期予後を検討したpopulation-based のコホート研究の中から、PARS(広汎性発達障害日本自閉症評定尺度)の結果を紹介し、社会性に関する行動像を示した。自閉スペクトラム特性が高いが診断までには至らない、多数の“診断閾値以下群” の存在が明らかになった。超早産児では乳児期早期から周囲に関心があり、社会的微笑がみられ、視線もあいやすく、生来的な社会的関心の低さは認められなかった。しかし言語の発達は遅く、幼児後期にcatchup してくるものの、学童期には統語能力、語用面での問題があると推察された。限定的な興味、また反復的行動や執着がほとんどみられないことから、その“社会性の乏しさ” は自閉スペクトラム症の疾患概念から説明するよりも、言語発達-コミュニケーション機能の異常ととらえる方が良いのかもしれない。長期的な言語発達支援が望まれる。
著者
黒川 徹
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.23, no.2, pp.45-51, 2021 (Released:2022-01-15)
参考文献数
9

【要旨】遠城寺式乳幼児分析的発達検査法は1960年に発表され、1975年に九州大学小児科改訂版が出版された。本検査法は運動、社会性、言語の各々の領域の発達を評価し、その凹凸をグラフで示し、しかも経過も分りやすく表示され、発達の特徴が一見して分かる。検査に多くの時間を要しない、設問が日常生活に密着し、特別な用具も不要であるところから、小児を専門とする者であれば、比較的容易に検査ができる。それ故、本検査法は小児保健、小児医療、教育、発達学等幅広い分野で、全国津々浦々で長年に亘って用いられて来た。
著者
福井 俊哉
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.3+4, pp.159-163, 2015 (Released:2016-06-17)
参考文献数
9

【要旨】認知症と認知症疾患の包括的理解を目的として、主に本邦における認知症概念と認知症を取り巻く医学的・社会的背景の変遷について述べた。現在では認知症が脳疾患の症状であるという認識が浸透しつつあるが、歴史的には一貫して、避けることのできない老化現象の一部として捉えられていた節がある。神話の時代における認知症と精神疾患は畏敬と脅威の対象であったが、8世紀になると、認知症を患ったものは「狂(たぶ)れており、醜(しこ)つ」ものであり、神識(心の働き)迷乱して狂言を発すると捉えられた。平安時代では年を取ると「ほけほけし…ほけりたりける人」となり、鎌倉時代には、「老狂」に至った者は社会的に何を仕出かすかわからないと考えられていた。江戸時代になると老いによる身体認知機能の低下は「老耄」と称せられ、老耄は老いの不可避的現象なので逆らわずに受け入れるようにとの教訓が残されている。このように、一般的には認知症の原因は加齢に基づくものと考えられていたが、古代唐代の医書では「風」(ふう:外因の邪気)が皮膚から侵入することが、また、中世元代の医書では老年期の精血減少(虚)が健忘、恍惚、狂言妄語を生じる原因であると記載されている。さらに、江戸時代には脳障害や老衰病損、明治時代には老耄、進行麻痺、動脈硬化、卒中発作、昭和時代には老耄性痴呆・動脈硬化性精神病・アルツハイメル氏病が認知障害の原因であるとされ、次第に現代の考え方に近づいている様子がうかがわれる。
著者
所 和彦 津田 昌子 千葉 康洋
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.14-18, 2003 (Released:2011-07-05)
参考文献数
20
被引用文献数
1

4年間で経験した視床出血70例の失語症、半側空間無視(以下USN)、注意障害等の高次脳機能障害の転帰への影響を分析した。平均年齢63歳。CT上の血腫量、失語症、USN、注意障害の程度を分析し、ADL・転帰はFIMで評価した。右視床出血42例で、左USNは25例60%で認め、中等度から重度のUSNは19%であった。血腫量は、右USNなしで4.5±3.0ml、右USNありで9.7±5.9mlと、USNがあると血腫は有意に増大した。左視床出血は28例あり、失語症は16例(57%)で認め、中等度から重度の失語症は18%であった。失語症なし群の血腫量は5.0±2.7ml、あり群は9.5±46mlで、失語症があると血腫は有意に増大した。右USNを5例18%で認めた。失行はUSN重度の右出血1例、左出血1例に認めた。血腫量と白質への進展の程度は、USN、失語症の重症度に有意に相関した。右出血ではUSN、左出血では失語症・USNがあると入院時および退院時FIMは有意に低下した。注意障害が重度なほど、転倒の回数が多いほど、血腫は有意に大きく、入院・退院時のFIMも低値を示した。歩行の転帰が良好な症例ほど入院時および退院時FIMは良好であった。血腫量、年齢は、入院時FIMと退院時FIMと負の相関関係を示した。視床出血では、左右出血とも血腫量が多いほど、高齢者ほど、入院時FIMが低いほど、USN、失語症または注意障害が重度なほど、歩行能力が不良なほど退院時の転帰が不良であった。
著者
山下 光
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3+4, pp.125-132, 2017 (Released:2018-04-12)
参考文献数
15

【要旨】神経心理学的評価は、対象者のパフォーマンスを測定することで広汎な認知機能の状態を査定する技法である。その対象領域には記憶、注意、処理速度、推論、判断、問題解決、空間認知、言語等が含まれる。欧米諸国では、神経心理学的アセスメントは神経科学と心理測定学に関して博士課程レベルのトレーニングを受けた臨床神経心理学者が担当する。しかし、わが国の神経心理学は、主に神経内科医や精神科医によって発展させられてきた経緯がある。そのため、近年神経心理学的アセスメントの需要が増加しているにもかかわらず、実用的な検査が少ないという問題がある。また、様々な欧米の検査が邦訳され使用されているが、その妥当性や信頼性、有用性は確認されていない。わが国の神経心理学が今後も発展を続けていくためには、医学と心理学がそれぞれの専門性を尊重した新しい協力関係を構築することが必要である。
著者
池田 研二
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.15, no.3, pp.175-180, 2014 (Released:2017-04-12)
被引用文献数
1

アルコール認知症には一次性と二次性があるが、一次性アルコール認知症の存在については議論がある。アルコール依存症の自験剖検例の検討から、一次性アルコール認知症と考えられた1 症例の脳病理を紹介した。特徴は前頭葉を中心に皮質第III 層の錐体細胞の萎縮〜脱落であった。萎縮細胞は脳回の頂部に多く、谷部には少なかったことや海馬や小脳皮質プルキンエ細胞には見られなかったことから、この萎縮細胞は虚血性変化ではなく単純萎縮と考えられた。一次性アルコール認知症の議論にはさらなる症例の蓄積が必要である。
著者
長濱 康弘
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.223-229, 2005 (Released:2011-07-05)
参考文献数
20
被引用文献数
1

Alzheimer病(AD)では早期から実行機能障害がみられることが最近注目されている。筆者らは代表的実行機能検査であるWisconsin Card Sorting Test(WCST)を用いて、ADとmild cognitiveimpairment(MCI)における実行機能障害の特徴を検討した。WCSTの成績は因子分析により保続、非保続エラー、セット維持障害、の3成分に集約された。MCIでは保続と非保続エラーの増加、ADでは保続の増加と非保続エラーの減少がみられ、両者のWCST障害は性質を異にしていた。さらに、WCSTの保続エラーを「stuck-in-set型」と「再帰型」に区別して脳血流との関係を検討すると、stuck-in-set型保続だけが前頭前野の機能低下と関連していた。これをふまえてWCST成績を再検討すると、ADではstuck-in-set型保続エラーの増加と非保続エラーの減少がみられ、これはADにおけるset-shifting障害を示すと思われる。MCIでは再帰型保続と非保続エラーが増加しており、これは前頭前野障害ではなく、海馬や下頭頂葉の機能障害に関連したworking memory容量低下に由来すると推察された。
著者
神谷 之康
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.61-65, 2013 (Released:2017-04-12)

脳の信号は心の状態や行動をコード化している「暗号」と見なすことができる。そして、その暗号を解読(「デコード」)することで、脳から心の状態を推定することが可能になると考えられる。しかし、脳の信号は非常に複雑なパターンをもっていて、人が目で見ただけでその意味を理解するのは一般に困難である。そこでわれわれは、機械学習と呼ばれるコンピュータ・サイエンスの手法を取り入れ、コンピュータに脳活動信号の「パターン認識」を行わせて脳の信号をデコードするアプローチを提唱した。本稿では、人が見ているものを脳活動パターンからデコードする方法を中心に紹介しながら、ブレイン-マシン・インターフェースや情報通信への応用など、この技術の可能性について議論する。
著者
吉田 眞理
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.22, no.3+4, pp.130-144, 2021 (Released:2021-04-29)
参考文献数
21

【要旨】 臨床的に失語症が記載されている13例の病理像を概説した。意味型失語症を示した6例の背景病理は、TDP-43蛋白蓄積を示す前頭側頭葉変性症(frontotemporal lobar degeneration, FTLD-TDP) type Bが3例、 Pick病が1例、 FTLD-TDP type AとADの合併例が2例であった。病変分布は、側頭葉極を含む前方側頭葉の変化が強く、後方では軽度になる傾向を認めた。非流暢性失語症を示した例は、大脳皮質基底核変性症(corticobasal degeneration, CBD)1例、進行性核上性麻痺(progressive supranuclear palsy, PSP)3例、FTLD-TDP type A 1例、Pick病1例であった。CBD、PSP、Pick病などのタウオパチーが83%、内67%は4Rタウオパチーで、50%はPSPで、左優位のシルビウス裂周囲の前頭側頭葉皮質変性を示した。発語失行の例ではFTLD-TDP type Aを示し右中心前回弁蓋部に強い萎縮を示した。語減少型失語症の1例はdiffuse neocortical typeのレビー小体型認知症とアルツハイマー病の合併病理を認めた。失語症の背景病理として、FTLD-TDP、CBD、PSP、Pick病などのタウオパチー、アルツハイマー病が存在していたが、意味型失語症ではFTLD-TDP、非流暢性失語症ではタウオパチーの比率が高かった。
著者
田中 裕
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.6, no.3, pp.98-103, 2004 (Released:2011-07-05)
参考文献数
27
著者
杉下 守弘
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.51-67, 2012

大正天皇(1879-1926)は大正三年、陛下三十五歳の頃に緩徐性進行性疾患に罹かられた。稀に見る珍しい御病気といわれ、いまだ不明のままである。このため、色々な憶測が行われている。本稿はこのような迷妄を打破するため、大正天皇のおそば近くに居られた方々の日記、侍医や宮内庁御用係による拝診書や御容態書、および大正天皇実録などを検討し大正天皇の御症状、御病気、およびその原因を明らかすることを試みた。大正三年(1914)、発話障害(恐らく、失語症、しかし構音障害の可能性もある。)で始まり、その後、前屈姿勢が生じた。大正四年(1915)、階段の昇降に脇からの手助けが必要となった。四年後(大正七年、1918)の11月には発語障害は増悪し、軽度の記憶障害が認められた。五年後(大正八年、1919)には歩行障害が生じた。その後、これらの症状の増悪とともに、大正十年(1921)末には御判断及び御思考なども障害され認知症となられた。大正天皇の御病気は、初発症状が「失語症」なら「原発性進行性失語症」と推定される。「原発性進行性失語症」は言語優位半球(通常は左大脳半球)の前頭葉、側頭葉および頭頂葉のうちの少なくとも1つに脳萎縮がおこり、はじめに顕著な失語症を生ずる。その後、脳萎縮が広がるにつれ、失語症は徐々に増悪し、さらに記憶、判断、思考なども障害され、認知症となる。「原発性進行性失語」には三つの型があり、大正天皇の御症状はそのうちの「非流暢/ 失文法型」の可能性がある。初症時の発語障害が失語症ではなく、構音障害の場合は「大脳基底核症候群」が考えられる。「大脳基底核症候群」は、一側優位の大脳半球皮質と皮質下神経核(特に黒質と淡蒼球)などの萎縮でおこるといわれる症状で、中年期以降に徐徐に始まり、ゆっくり進行する運動及び認知機能障害である。「原発性進行性失語症」あるいは「大脳基底核症候群」などを起こす原因については現在のところ明らかにはされていない。大正天皇は御降誕後一年の間に二回、鉛中毒が原因の可能性がある「脳膜炎様の御疾患」に罹患された。幼少時に脳疾患に罹り、その症状が完全になくなり、しかも長年にわたり症状が無くても、その幼少時の脳疾患が原因で別の神経変性疾患をおこすということはありうることである。したがって、御降誕後に二回罹患された脳膜炎様の御疾患は「原発性進行性失語症」あるいは「大脳基底核症候群」の危険因子(病気を引き起こしやすくする要因)と考えられる。