著者
坪口 昌恭
出版者
尚美学園大学芸術情報学部
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
no.6, pp.71-87, 2004-12

第一章では、アフリカ土着音楽において特徴的な要素であるポリリズムについて、CDやVTR等の音資料から採集・採譜し、その特徴を分析する。第二章では、アフリカ音楽に特有の音律について、音資料から聴取し十二平均律とのずれや傾向を調べる。それらにより、ジャズやブルースのルーツがアフリカ音楽にあるという通説の音楽的裏付けをおこなう。
著者
坪口 昌恭
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Informatics for Arts, Shobi University (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.71-87, 2004-12-31

第一章では、アフリカ土着音楽において特徴的な要素であるポリリズムについて、CDやVTR等の音資料から採集・採譜し、その特徴を分析する。第二章では、アフリカ音楽に特有の音律について、音資料から聴取し十二平均律とのずれや傾向を調べる。それらにより、ジャズやブルースのルーツがアフリカ音楽にあるという通説の音楽的裏付けをおこなう。
著者
坂田 晃一
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Informatics for Arts, Shobi University (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.145-156, 2004-03-31

我々の生活の中には音楽が溢れている。音楽はひとにどのように受けとめられているのであろうか。そこには実に多くの要因が関与しているように思われる。今回、私がかつて作曲した「NHK連続テレビ小説『おしん』」のテーマ音楽を取り上げ、聴き手がそれをどのように受けとめるのかを半構成的インタビューによって調査した。半構成的インタビューという方法をとったのは、連想の内容に一切の制限を加えない「自由連想法」による分析を行うためである。本稿では一般的な法則を引き出すのではなく、作曲上の意図が視聴者にどのように伝わっているのかに主点を置いている。聴き手がテレビドラマのテーマ音楽をタイトル・バックの映像と共に聴くことにより、ドラマの内容についてどのようなイメージを持つのか、テーマ音楽の役割がどのように機能しているのか、個々の受けとめ方の違いを調査し、分析、統合した。聴き手として、本学の学生10名(いずれも芸術情報学部音楽表現学科)を選び、個別にタイトル・バックの映像と共にテーマ音楽を聴かせ、その後インタビューを行った。
著者
林 容子 Yoko HAYASHI 尚美学園大学芸術情報学部情報表現学科
出版者
尚美学園大学芸術情報学部
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Informatics for Arts, Shobi University (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.57-79, 2004-12-24

2002年から2004年の夏にかけて、マンスフィールド財団、アジア財団、パシフィックフォーラムという3つの米国系財団の招聘で、日韓の諸問題を討議するリトリートに参加した。安全保障や外交の専門家に加え、NGO、文化、ジャーナリズムを専門とするそれぞれの国の代表が一同に招聘され、自由に討議した。それぞれの視点より、日韓関係を述べることになったとき、筆者のカウンタパートである韓国の美術史家より、「日本は、日帝期時代に多くの朝鮮墳墓を発掘し、朝鮮美術品を不当に日本に持ち帰り、返還していない。日本には、多くの逸品を含む30万点に上る朝鮮文化財があり、韓国の研究者は、自国の文化財なのに、わざわざ日本まで見に行かなければならないし、なかなか見ることができない。」と開口一番に指摘された。文化分野を代表していたものの、私の専門はアートマネージメントであり、朝鮮美術の専門家ではない。これまで、特に朝鮮美術はおろか、日韓関係についても特別の関心は持ってこなかった。彼女が指摘したのは、いわゆる略奪文化財の問題であるが、略奪文化財といえば、それまで私の脳裏に浮かぶのは、大英博物館保有の古代ギリシアの大理石彫刻(別名:エルギンマーブル)やナチスが略奪して、散逸した美術品の数々であり、「日本が朝鮮から美術品を略奪した」といわれても"晴天の霹靂"といわざるをえなかった。その場では、残念ながら日本代表として弁護することも、謝罪することもできず、とにかく自分なりに事実関係を確認し、次に報告すると約束するのが精一杯だった。これが本稿の切掛けとなった。帰国後、このことを日本の様々な知人に話すと様々な反応が帰ってきた。しかし、この件について無知だったのは、私だけでなく、朝鮮美術や東洋美術の専門家の友人を除いて、多くにとって、このことは初耳のようだった。事情を話すと、一般の人は「それなら返還したらいいじゃない。」と別に人事のような反応だった。一方、日本の東洋美術の専門家の友人たちに話すと、「この件は、すでに決着がついているのに、何故いまさらそんな過去のことを調査するのか。日韓の文化交流はとてもよくなっているのに、あなたがしようとしていることは、全くの時間の無駄であり、それよりも何故、もっと前向きなことにエネルギーを使わないのか。」と大変な勢いで抗議された。本問題に関して、両国の国民の間の意識レベルに大きなギャップが存在する。この問題に対する双方の一般国民の意識の低さおよび事実関係の認識の欠如が他の日韓の歴史問題同様に感情論の問題にしてしまい、根本的な問題解決を妨げていることも否めない。その一方で、日本と韓国の交流は、日韓ワールドカップの共催を経て両者の政府の方針もあり急速に高まっている。韓国側でも政府主導の友好的な外交政策がとられ、少なくとも日本では韓国に対する国民感情が少しずつながら好意的なものになっている。結果として85年以降日本人コレクターによる韓国への文化財の恣意的な寄贈も増えている。今、日本は、国交正常化以来の韓国文化ブームに沸いている。また、韓国でも、日本の朝鮮半島占領政策がもたらした経済効果を数字で分析する経済学者1が現れるなど、単なる感情論を越えて、日本の植民地政策を分析しようという動きが出てきている。調査を進めるうち、本問題は、日本の朝鮮植民地政策、日韓条約などの歴史問題に深く関わることはいうまでもないが、さらに、現在の国際法上での略奪美術品の扱いの問題や日本における美術品に関する税制や公開の制度の未整備など、国内外のアートマネージメント上の問題が大きく関わっていることがわかった。そこで本稿では、大きく第一に、在日朝鮮文化財の歴史的経緯、第二に、国際的および日本の国内事情の抱えるアートマネージメント関連の問題の考察、つまり、多くの在日朝鮮美術品の返還と公開に関わる問題を取り上げる。最後に、これらを踏まえた上でのこの問題に対する改善試案を提案する。Few in Japan's public know that approximately 29000 pieces of Korean artifacts are found housed in Japan's public museums. This accounts for only 10% of all Korean artifacts in Japan including those held in private hands. Many of them were supposed to be taken to Japan from Korea illegally during the colonial period. In Korea, the issue of illegally taken artifacts is a well-known to public. The gap in the awareness between Korea and Japan on the historical issue creates tensions between the two countries. The unsolved issue of restitution goes back to the flawed Korea Japan Treaty. While it is not feasible to solve this problem from legal perspective, voluntary donations of Korean artifacts by Japanese private collectors has gradually increased as the relationship between the two countries became improved since 1985. The research on current status of those Korean artifacts in Japan revealed another problem, which is many of them are still hidden and not even available for public view. The domestic problems surrounding art collection in Japan such as lack of tax incentive for public display and donation of artworks constitute the major factors behind Korean artifacts staying in hidden Japanese private collections. In order to promote the public access to the Korean artifacts in Japanese private collections, tax reform is needed. Also, public and private initiatives should be created to begin joint research and scholarly exchange dedicated to increasing public awareness on this subject, which will contribute to improve relations between Japan and Korea as well as to flowering of cultural sharing in the region.
著者
坂田 晃一
出版者
尚美学園大学
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.145-156, 2004-03-31

我々の生活の中には音楽が溢れている。音楽はひとにどのように受けとめられているのであろうか。そこには実に多くの要因が関与しているように思われる。今回、私がかつて作曲した「NHK連続テレビ小説『おしん』」のテーマ音楽を取り上げ、聴き手がそれをどのように受けとめるのかを半構成的インタビューによって調査した。半構成的インタビューという方法をとったのは、連想の内容に一切の制限を加えない「自由連想法」による分析を行うためである。本稿では一般的な法則を引き出すのではなく、作曲上の意図が視聴者にどのように伝わっているのかに主点を置いている。聴き手がテレビドラマのテーマ音楽をタイトル・バックの映像と共に聴くことにより、ドラマの内容についてどのようなイメージを持つのか、テーマ音楽の役割がどのように機能しているのか、個々の受けとめ方の違いを調査し、分析、統合した。聴き手として、本学の学生10名(いずれも芸術情報学部音楽表現学科)を選び、個別にタイトル・バックの映像と共にテーマ音楽を聴かせ、その後インタビューを行った。
著者
霧生 トシ子 Toshiko KIRYU 尚美学園大学芸術情報学部音楽表現学科
出版者
尚美学園大学芸術情報学部
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Informatics for Arts, Shobi University (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.33-44, 2004-09-30

チャーリー・パーカーをめぐって1940年代初頭には、ビバップの最盛期を迎えた。そこから多くのジャズの巨人達が生まれた。彼らがその後、いかなる状況のもとで、どのような方向へ展開していったか、彼らの発展の源となったものは何であったかを見てみよう。It was towards the beginning of 1940s that Bebop was at its peak with many leading figures appearing, such as Charlie Parker as a uncleous. The following is a glimpse on their motives and subsequent activities under the surrounding conditions in those days.
著者
坂田 晃一
出版者
尚美学園大学
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.63-70, 2004-12-31

日本のテレビ・ドラマのテーマ音楽は、近年、そのあり方の諸相に於いて変化を見せている。それらの変化の原因を探り、その結果としてのテーマ音楽の現状について検証する。更に、その現状が抱える問題点と弊害を明らかにし、そうした現状から脱却するための方策を提案する。
著者
大木 裕子
出版者
尚美学園大学
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.65-77, 2004-03-31

本研究では、定番キャラクターの事例としてハローキティ、ドラえもん、スヌーピーを取り上げ、それらの共通要因を探ることで、付加価値を高めるブランド・マネジメントについて考察した。成功要因としてハローキティにはドメスティック・ミックスとキャラクターの薄さ、ドラえもんには箱庭的世界観、スヌーピーには感情移入しやすいストーリーを見出した。3つの定番キャラクターの共通要因としては、キャラクターとしての「昇華」と、顧客を取り込み続けるエンジンの存在があげられる。アーカーは、ブランドの特性として「接触度」「連想」「信頼性」「認知度」「ロイヤルティ」の5つをあげているが、事例として取り上げたキャラクターにはこれらの特性が組みこまれており、結果として定番キャラクターを創り出していることがわかった。また、ブランドを創り出すのが究極的には人であることを考えると、作品を生み出す芸術家のマネジメントは、企業にとって重要な課題となる。
著者
河内 純 Jun KAWACHI 尚美学園大学芸術情報学部音楽表現学科
出版者
尚美学園大学芸術情報学部
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Informatics for Arts, Shobi University (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.49-62, 2004-12-31

フランツ・リストは現代にまで名が残っている作曲家はもとより、すでに忘れ去られた数多の作曲家の作品をピアノ用に編曲している。リストがさまざまなジャンルにわたる膨大な数の作品を編曲した目的は、ヨーロッパ中で活発に行っていた演奏会のプログラム・レパートリーとすることと原曲を広く紹介すること。及び、それらの原曲からさまざまな作曲技法を学び取り、それをオリジナルの作品に反映させることだったと考えられる。本稿ではシューベルト歌曲のピアノ編曲を取り上げ、リストが歌とピアノによる演奏効果をいかに1台のピアノに置き換えたのか考察した。その結果、リストが原曲を詳細に研究してシューベルトの音楽を深く理解していたことが導き出された。Franz Liszt has left numerous solo piano arrangements based on many other composers' non-piano works, not only well known ones but also presently remain unknown ones. Covering wide variety of original instrumentation, Liszt's intension of composing such works can be considered to be to discover various new repertoire for the programs of the concerts that he was actively performing all over European countries at that period of time, to introduce them to the public, and finally to learn different styles of compositional technique that could be utilized in his own works. In this paper, I have particularly investigated Liszt's works for solo piano arrangement of Schubert's songs in order to prove how he effectively turned the songs with piano accompaniment to solo piano pieces. As a result, I have reached the conclusion that Liszt had observed the original scores in detail and understood Schubert's music to the deepest level.
著者
千葉 精一
出版者
尚美学園大学芸術情報学部
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
no.10, pp.11-32, 2006-11

近年、音楽用CDの世界ではポップス・ロック系ジャンルを中心に音量感(ラウドネス:LOUDNESS)を上げるためのレベル競争が激しくなってきている。それらの中には音量感を上げるための処理に行き過ぎと思われるものも見受けられ、音量感は上がったものの音質劣化や楽器バランスの変化が起きているのではないかとの疑問を持つに至り、その状況を検証し適正なCD収録レベルは如何にあるべきかについて考察を試みた。また、DVD-Videoは発売当初、映画が市場の大半を占めていたが最近ではライブやプロモーション映像を収録したミュージックDVDも多くのタイトルがリリースされてきている。これらの中にCDとDVD-Videoがひとつのパッケージに同梱された商品形態があり、一部には収録音声レベルにかなり差のある商品も存在することが判明した。音声レベルにばらつきがあることはユーザーにとって「その都度ボリュームを調整せざるを得ない」という不便さを招き、また同一メディアでありながら音量にバラつきがあること自体も問題であり、実態の検証と原因、改善策などについて考察してみた。
著者
田村 和紀夫
出版者
尚美学園大学芸術情報学部
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
no.10, pp.69-87, 2006-11

1955年はロックンロール元年の年ともいわれる。ビル・ヘイリーの《ロック・アラウンド・ザ・クロック》が大ヒットし、ロックンロール旋風が吹き荒れることになったからである。ヘイリーは1951年からの一連のレコーディングで、カントリーとリズム・アンド・ブルースの融合を目指していた。《ロック・アラウンド・ザ・クロック》は1954年にリリースされたが、この時はほとんど注目を浴びることもなかった。だが翌年、映画『暴力教室』で使われ、空前のヒットとなったのである。どうしてこのようなことが起きたのだろうか。その理由は、音楽それ自体に内在するというよりは、時代にあったといえよう。50年代前半のアメリカは戦後の好景気に沸き、マッカーシズムの「赤狩り」が猛威をふるった時代だった。ハイスクールは保守的なイデオロギーに封印され、ティーンエイジャーは高度に発展した資本主義経済がもたらした消費社会に投げ込まれた。こうした軋轢のなかで、《ロック・アラウンド・ザ・クロック》は世代の徴となり、その産声となったのだった。
著者
千葉 精一
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Informatics for Arts, Shobi University (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.11-32, 2006-11-30

近年、音楽用CDの世界ではポップス・ロック系ジャンルを中心に音量感(ラウドネス:LOUDNESS)を上げるためのレベル競争が激しくなってきている。それらの中には音量感を上げるための処理に行き過ぎと思われるものも見受けられ、音量感は上がったものの音質劣化や楽器バランスの変化が起きているのではないかとの疑問を持つに至り、その状況を検証し適正なCD収録レベルは如何にあるべきかについて考察を試みた。また、DVD-Videoは発売当初、映画が市場の大半を占めていたが最近ではライブやプロモーション映像を収録したミュージックDVDも多くのタイトルがリリースされてきている。これらの中にCDとDVD-Videoがひとつのパッケージに同梱された商品形態があり、一部には収録音声レベルにかなり差のある商品も存在することが判明した。音声レベルにばらつきがあることはユーザーにとって「その都度ボリュームを調整せざるを得ない」という不便さを招き、また同一メディアでありながら音量にバラつきがあること自体も問題であり、実態の検証と原因、改善策などについて考察してみた。
著者
上原 康雄
出版者
尚美学園大学
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.1-14, 2004-12-24

2001年からデジタルハイビジョン放送が開始された。デジタルハイビジョンは縦横比(16 : 9)の安定したフレーム、高画質、高音質、マルチ画面、双方向、データ放送など多機能なメディアである。この方式は現行のテレビでの視聴覚体験や映像表現の技法を根本から変えはじめている。大画面の迫力ある映像、CD並みの優れた音質は臨場感にあふれている。技術的には画質、音質とも劣化がなく、CGとの合成もしやすく、映画などでも幅広く活用されている。私はNHKにおいて、デジタルハイビジョン・大河ドラマ「北条時宗」のTD(技術責任者)を担当した。この経験をふまえ、作品制作の意義およびハイビジョン制作での課題を考察する。
著者
霧生 トシ子
出版者
尚美学園大学
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.129-144, 2004-03-31

1930年-40年から発展した様式を持ち、インプロビゼーション(improvisation)を主体とした極めて高いレベルを持ったビ・バップはジャズを集約しているものと考える。ジャズの歴史の背景に沿って、その永遠性、現代性にていて社会的考察をしてみる。
著者
川島 眞
出版者
尚美学園大学
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.119-128, 2004-03-31

青少年による犯罪や問題行動の質的変化に応じて、昨今、大人が子どもの行為を大目にみがちな傾向を反省し、子どもを叱ることの必要性を再認識する声が強くなっている。そこで、今後必要になるであろう効果的な子どもの叱り方を探るために、学生を対象とした調査を行った。170 名の大学生(短大生を含む)に中学生時の親からの叱られ体験のなかで、もっとも嫌な叱られ方を自由回答させるという方法をとった。その結果、嫌な叱られ方は「くどい叱り方」、「他者と比較して叱る」、「一方的否定」、「感情的・親都合優先の叱り方」、「遠まわしな叱り方」、「命令的な叱り方」、「子ども軽視」の7つのカテゴリーに分類された。本稿ではこれらの結果をもとに効果的な叱り方の試案を提示し、それらについて学習理論とカウンセリング理論の視点から、有効性の検討を行った。
著者
金子 晋一
出版者
尚美学園大学
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.15-31, 2004-09-30

本稿は、ビョーク・グズムンスドッティル(Bjork Gudmundsdottir)のアルバム「ヴェスパタイン」(Vespertine)で聞く非楽器音、たとえば氷の割れる音、雪上を踏む音等の、小さな音量の非楽器音を、ビョークがアルバムで使用する事を発見する動機と、プログラマーの助力について、の2点を中心にビョークの音楽創作姿勢の1つを提示している。さらに、ジョン・ケージ(John Cage)の非楽器音に対する姿勢にも触れている。現在、ヒーリング・ミュージックなどで非楽器音使用は常識となっているが、今後、ラップトップ等の活用と共に、ポピュラー音楽や現代音楽で、非楽器音をどのように扱うか--、音楽創作素材の1つとして、まだまだ無視出来ない分野である。
著者
上原 康雄
出版者
尚美学園大学
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.13-30, 2007-03-31

映画は19世紀末のルミエール兄弟のシネマトグラフを起源として、110年の時間が経過した。今日の映画界において、歴史と社会と風土と人間を一体として、壮大な映画を制作する監督の一人にテオ・アンゲロプロスがいる。彼のテーマはギリシアの現代社会の動向、民族、移民、国境、家族の絆、人間疎外など幅広い。そしてギリシア人独特な神話、叙事詩、悲劇を映画に取り入れ、現代と過去を融合させる。演出手法は徹底したリアリズムであるが、ユーモアとペーソスを滲ませ秀逸である。彼は映像をあくまでも実写の迫力で描き、その絵画的な美しさは比類がない。映像表現は1シーン=1カット、360度パン、移動ショット、オフシーンの重視により、「現在と過去の同一画面での描写」「現実と幻想の共存」など斬新な表現で映像空間を構成する。そしてギリシア独特の演劇と演舞が哀愁をこめた音楽と共に演じられる。この研究ノートではアンゲロプロス監督の「再現」から「エレニの旅」を分析し、我々の映像制作の参考にしたい。
著者
林 容子
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Informatics for Arts, Shobi University (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.57-79, 2004-12-24

2002年から2004年の夏にかけて、マンスフィールド財団、アジア財団、パシフィックフォーラムという3つの米国系財団の招聘で、日韓の諸問題を討議するリトリートに参加した。安全保障や外交の専門家に加え、NGO、文化、ジャーナリズムを専門とするそれぞれの国の代表が一同に招聘され、自由に討議した。それぞれの視点より、日韓関係を述べることになったとき、筆者のカウンタパートである韓国の美術史家より、「日本は、日帝期時代に多くの朝鮮墳墓を発掘し、朝鮮美術品を不当に日本に持ち帰り、返還していない。日本には、多くの逸品を含む30万点に上る朝鮮文化財があり、韓国の研究者は、自国の文化財なのに、わざわざ日本まで見に行かなければならないし、なかなか見ることができない。」と開口一番に指摘された。文化分野を代表していたものの、私の専門はアートマネージメントであり、朝鮮美術の専門家ではない。これまで、特に朝鮮美術はおろか、日韓関係についても特別の関心は持ってこなかった。彼女が指摘したのは、いわゆる略奪文化財の問題であるが、略奪文化財といえば、それまで私の脳裏に浮かぶのは、大英博物館保有の古代ギリシアの大理石彫刻(別名:エルギンマーブル)やナチスが略奪して、散逸した美術品の数々であり、「日本が朝鮮から美術品を略奪した」といわれても"晴天の霹靂"といわざるをえなかった。その場では、残念ながら日本代表として弁護することも、謝罪することもできず、とにかく自分なりに事実関係を確認し、次に報告すると約束するのが精一杯だった。これが本稿の切掛けとなった。帰国後、このことを日本の様々な知人に話すと様々な反応が帰ってきた。しかし、この件について無知だったのは、私だけでなく、朝鮮美術や東洋美術の専門家の友人を除いて、多くにとって、このことは初耳のようだった。事情を話すと、一般の人は「それなら返還したらいいじゃない。」と別に人事のような反応だった。一方、日本の東洋美術の専門家の友人たちに話すと、「この件は、すでに決着がついているのに、何故いまさらそんな過去のことを調査するのか。日韓の文化交流はとてもよくなっているのに、あなたがしようとしていることは、全くの時間の無駄であり、それよりも何故、もっと前向きなことにエネルギーを使わないのか。」と大変な勢いで抗議された。本問題に関して、両国の国民の間の意識レベルに大きなギャップが存在する。この問題に対する双方の一般国民の意識の低さおよび事実関係の認識の欠如が他の日韓の歴史問題同様に感情論の問題にしてしまい、根本的な問題解決を妨げていることも否めない。その一方で、日本と韓国の交流は、日韓ワールドカップの共催を経て両者の政府の方針もあり急速に高まっている。韓国側でも政府主導の友好的な外交政策がとられ、少なくとも日本では韓国に対する国民感情が少しずつながら好意的なものになっている。結果として85年以降日本人コレクターによる韓国への文化財の恣意的な寄贈も増えている。今、日本は、国交正常化以来の韓国文化ブームに沸いている。また、韓国でも、日本の朝鮮半島占領政策がもたらした経済効果を数字で分析する経済学者1が現れるなど、単なる感情論を越えて、日本の植民地政策を分析しようという動きが出てきている。調査を進めるうち、本問題は、日本の朝鮮植民地政策、日韓条約などの歴史問題に深く関わることはいうまでもないが、さらに、現在の国際法上での略奪美術品の扱いの問題や日本における美術品に関する税制や公開の制度の未整備など、国内外のアートマネージメント上の問題が大きく関わっていることがわかった。そこで本稿では、大きく第一に、在日朝鮮文化財の歴史的経緯、第二に、国際的および日本の国内事情の抱えるアートマネージメント関連の問題の考察、つまり、多くの在日朝鮮美術品の返還と公開に関わる問題を取り上げる。最後に、これらを踏まえた上でのこの問題に対する改善試案を提案する。
著者
後藤 文夫
出版者
尚美学園大学芸術情報学部
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
no.4, pp.45-56, 2004-09

ヤナーチェクの《シンフォニエッタ》やストラヴィンスキーの《春の祭典》等、独奏的な活躍を見せるバス・トランペットであるが、最初に管弦楽にバス・トランペットが登場した作品はR.ワーグナーの楽劇《ニーベルングの指輪》であった。本研究では、バス・トランペットがワーグナーに注目されるに至るまでどのような発達を経てきたのかを探る。また、《指輪》においてワーグナーがバス・トランペットに対して描いた性格はどのようなものであったか、「人物」「物体」「出来事」「感情」の4つの概念を表わすライトモチーフを分類し、位置付けを明らかにした。その結果、「物体」を表わすモチーフを演奏する頻度が高いことがわかった。
著者
鶴原 勇夫 Isao TSURUHARA 尚美学園大学芸術情報学部音楽表現学科
出版者
尚美学園大学芸術情報学部
雑誌
尚美学園大学芸術情報学部紀要 = Bulletin of the Faculty of Informatics for Arts, Shobi University (ISSN:13471023)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.89-120, 2004-12-31

ガブリエル・フォーレは19世紀から20世紀にかけて、フランスで活躍した作曲家である。ロマン主義の時代から現代に至る変化の激しい時代において、彼は、古い権威に頼ることなく、新しい流行に惑わされず、自己に忠実に独自の作風を築いた。彼の音楽の特色は、優美な旋律とユニークな和声進行にある。特に彼の和声進行と転調方法が、当時としてはあまりに斬新だったために、師匠であるサンサーンスが「とうとう彼は気が狂ってしまった」と叫んだくらいである。この研究はそうしたフォーレの作品の中から和声進行と転調の特色を発見することを目的としている。この研究で私が彼の音楽の独創性に少しでも近づくことが出来ていれば幸いである。Gabriel Faure was a French composer who was actively engaged in the musical world in France from the 19th century to the 20th century.In the violent period of changes --from the time of romanticism to the present -- Faure established devotedly his own idiom by excluding the old authority and new fashion of that time. The superb feature of his music is in a graceful melody and a unique progress in harmony. Because his harmony progress and modulation method were extremely unconventional at that time, Saint-Saens, who was Faure's master, shouted, "He at last went mad!" In this paper, I attempt to explore the special feature of Faure's harmony progress and modulation out of his works. I certainly hope that this research could prove to be access to the originality of Faure's music even a bit.