著者
上野 淳子 松並 知子 青野 篤子
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.66, pp.91-104, 2018-09-25

従来のデートDV 研究は,暴力行為を受けた経験のみを被害と見なしてきた。本研究では,デートDV 被害を暴力行為とそれがもたらした影響(恋人による被支配感の高まり,自尊感情の低下)から成るものとして捉え,デートDV 被害の実態と男女差を検討した。大学生を対象とした質問紙調査の結果,恋人からの暴力行為のうち“精神的暴力:束縛”,“精神的暴力:軽侮”,“身体的暴力・脅迫”は男性の方が女性より多く受けており,“性的暴力”のみ男女で受ける割合に差がなかった。しかし,恋人による被支配感は男女差がなく,自尊感情は“身体的暴力・脅迫”を受けた女性が低かったことから,男性は暴力行為を受けても心理的にネガティブな影響は受けにくいことが示唆された。多母集団同時分析の結果,男女とも“精神的暴力:軽侮”および“性的暴力”を受けることで恋人による被支配感が高まり,恋人による被支配感は自尊感情を低下させていた。しかし同時に,暴力行為の影響には男女で異なる点もあった。暴力行為だけでなく恋人による被支配感も含めて暴力被害を捉える重要性が示された。
著者
南谷 美保
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.68, pp.61-85, 2019-09-25

四天王寺に現存する江戸期以前の童舞舞楽装束はさほど多くはないが、「四天王寺舞楽之記」をはじめとする関連史料によれば、江戸時代の四天王寺における舞楽法会では頻繁に童舞が演じられていたことがわかる。したがって、現在の四天王寺に伝来する江戸期以前の童舞舞楽装束の現状と、江戸時代の舞楽上演状況とは合致していないといえる。この矛盾を踏まえ、本稿では、江戸時代の四天王寺の舞楽法会における童舞上演の実態を、常楽会と聖霊会を中心に分析し、童舞で演じられた舞の実態を明らかにする。さらに、童舞を担当する楽家の子弟の年齢分布について考察し、走舞の舞童が同時に平舞を大人の舞人とともに舞っている事例があることを踏まえ、童舞かそうではないかの区別に関しては、走舞についてのみ厳密にこれがなされ、その区別をする基準は、童舞装束を着用するかどうかよりも、面を着用するかどうかであったことではないかとの推論を立てた過程について述べるものとする。これらの考察を踏まえ、四天王寺に伝来する童舞舞楽装束の実態と、江戸時代における童舞の演奏実態との間の矛盾はどのように理解すべきなのかについて考察する。
著者
藤谷 厚生
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.68, pp.49-59, 2019-09-25

聖徳太子信仰の萌芽は、すでに奈良時代に見ることができ、『上宮太子菩薩伝』や平安時代に成立する『聖徳太子伝暦』などの伝記資料が、その先駆と位置づけられているということは周知の話である。しかし、実際的な太子信仰の進展は平安時代中期以降に見られ、それは主に念仏聖たちによる一信仰形態として、日本仏教の展開の中では極めて重要な意味を持つと考える。本稿は、特に聖徳太子信仰の拠点である二上山の東に存在する叡福寺の太子廟、浄土信仰のメッカでもあった當麻寺(当麻寺)、さらに極楽の東門として位置づけされた四天王寺を結ぶ大阪から二上山を巡る竹内街道に焦点をあてながら、古代から中世に見られる思想的、信仰的変遷の特徴に論及しようとする一研究考察である。
著者
吉田 祐一郎
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 = SHITENNOJI UNIVERSITY BULLETIN (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
vol.62, pp.355-368, 2016-09-25

本研究は、日本各地に広がりをみせる子ども食堂について、地域における子どもを主体とした居場所づくりとしての機能の充実を果たすべく、子ども食堂に求められるものは何かといった骨格を示すことをねらいとしている。本稿はその初期研究として、先行文献等を用いて子ども食堂が必要とされる貧困をはじめとする社会的背景や、それに対して国が進める施策についての整理を試みるとともに、子ども食堂の開始以前から存在していたセツルメントをはじめとする類似の民間活動との比較や、子ども食堂として展開される実践事例について考察した。結論として、子ども食堂に見られる3 つの機能(「食を通した支援」「居場所」「情緒的交流」)を提示するとともに、子ども食堂に参加する子どもにとって地域社会や地域住民をつなぐ「空間」と「支援者」が必要であるという仮説の設定を行い、その検証に向けた研究課題について整理した。
著者
平川 茂
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.66, pp.29-46, 2018-09-25

1964 年公民権法施行によって黒人の機会は拡大したにもかかわらず、その社会・経済的状態に改善が見られないのはなぜか?これが「ポスト公民権法問題」である。この「問題」をめぐってリベラル派と保守派の研究者の間で活発な議論が戦わされた。リベラル派は黒人の停滞の原因を黒人差別の厳しさに求め、それゆえ黒人の停滞の打破には差別をなくす必要があると考えた。そして、そのためにアファーマティヴ・アクション・プログラムを通して黒人に対する雇用・教育面での優遇措置を実施することが重要であるとみなした。リベラル派のなかで、こうした見解に異論を唱えたのがWilson と Steele であった。両者にとってまず、差別は黒人の停滞とほとんど関係ないと考えられた。そのうえでWilson は黒人の停滞の原因を探るために「文化特性」レベルの分析を行って、黒人貧困層の「自己効力感のなさ」にその原因を求めるに至った。他方Steele は黒人の「心理の領域」の分析を行って、黒人総体の「人種的脆弱性」(「人種的不安」と「人種的懐疑」)が黒人の停滞を招いていることを明らかにした。そして黒人がこの「人種的脆弱性」を克服するには黒人にとって批判的な声に耳を傾ける必要があると述べた。こうしたSteele の主張は、黒人が白人と向き合うことを可能とする点で差別理論の今後の展開にとってきわめて重要な貢献をなすものである。
著者
和田 謙一郎
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.66, pp.75-89, 2018-09-25

本稿は、主に視覚障害者が65 歳に達した場合に介護保険制度・障害者総合支援制度がどのように適用されるのかを念頭に、高齢・障害双方の在宅サービスを担う「共生型サービス」の位置づけと、高齢障害者がそれをいかに適切に利用可能としていくのか、それらを検討するものである。65 歳問題と共生型サービスは、普遍化されたニーズとそれに応えるサービスに更に特化したサービスを加えるものとはいえない。長年、難病等の疾病や各種障害、そして高齢について個別に制度運用と適用されてきたものが、地域共生の名の下で、在宅サービスに限り社会保障費抑制策としてサービスを普遍化するものと言っても過言ではない。その普遍化とは、市場原理と所得再分配機能が混在するものになる。運営する側の自治体も、サービスの担い手となる事業者も、そしてサービス利用者も、この混乱ぶりを重く感じているのである。
著者
南谷 美保
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.66, pp.47-73, 2018-09-25

三方楽所楽人は、禁裏と江戸幕府関係の儀式およびこれらに関連する社寺における神事、法会などの奏楽を担当し、さらには、三方楽所以外のたとえば日光楽人のような楽の演奏を職務とする人々の指導を行っただけではない。すでに、多くの考察が明らかにしているように、江戸時代後半になると楽の演奏を職務とする専門職以外の「素人」弟子への楽の指導が広く行われるようになっていた。つまり、三方楽所の楽人は、雅楽のお師匠さんとして、雅楽の演奏を職務としない「素人」集団への指導も行っていたのである。ところで、そうした「素人」集団を対象とする楽の指導の場においては、指導者である楽人から稽古者に対して、一方的に楽に関する知識や技術が伝達されるだけであったのだろうか。本稿においては、そうした楽の稽古の場に集う「素人」とされた楽の稽古者集団がどのような人々によって形成され、そこではどのような「文化」が共有され、それがどのように楽の専門家である楽人に関わっていたのかということについて考えてみたい。以下では、東儀文均の日記である『楽所日記』のうち、弘化・嘉永年間のものを対象として、文均と京都における弟子たちとの交流を考察するものとする。
著者
加藤 彰彦
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.64, pp.101-131, 2017

アンドレ・ブルトンは最後のシュルレアリスム宣言として捉えられる『吃水部におけるシュルレアリスム宣言』の結論部分において、シュルレアリスムとグノーシス主義の目指すところが一致していることを指摘している。確かにシュルレアリスムの神秘主義的なところもブルトンのテキストから明らかに指摘されるのであるが、シュルレアリスムとグノーシス主義が大きく分かれるところは、前者が現世において特に愛によって幸せを獲得しようとしているのに対して、後者は物質的世界=肉体的世界を悪の世界として否定していることにある。またブルトンは階層秩序的二項対立を否定するのに対して、グノーシス主義は肉体と精神のプラトン的二項対立をその根本に据えているのである。しかしながらブルトンの目指す超現実とは実体を欠いた記号空間にすぎないこと、またブルトンが求めるシュルレアリスム的精神の一点とは、まさにグノーシス主義における救済の如く、身体内で見出す真の知であることから、シュルレアリスムとグノーシス主義は同じ方向を目指していると理解されるのである。
著者
土取 俊輝
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.68, pp.353-367, 2019-09-25

本稿は北海道大学文学部人骨事件を事例とし、先住民をはじめとする遺骨返還問題で何が問題とされているのかについて論じるものである。北海道大学文学部人骨事件とは、1995 年に北海道大学文学部の古河講堂内の一室から、人間の頭骨6 体が入ったダンボール箱が発見された事件である。発見された遺骨のうち返還されたものは、韓国東学党のものとされる頭骨1 体と、北方先住民のウィルタのものとされる頭骨3 体である。あとの2 体は返還先を探す事が出来ず、現在は寺院に仮安置されている。これらの人骨が北海道大学に保管されていた背景には、北海道大学が植民地主義やダーウィニズムに基づいた北方先住民の人骨の収集、研究の拠点でったことが関係している。 北海道大学文学部人骨事件を事例として遺骨返還問題を見てみると、研究機関と植民地主義との密接な関係が浮き彫りとなった。また、その植民地主義の負の遺産であるところの遺骨問題に対して、研究機関が真剣に向き合って対応していないことも、先住民の側から問題として焦点化されている。人権意識の高まった現代において、研究機関や我々研究者は、学術研究と植民地主義との関係という過去に向き合った上で、遺骨返還問題に対して取り組んでいくことが求められている。
著者
隅田 孝
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.68, pp.301-313, 2019-09-25

日本社会が成熟社会へと変化する中、日本の消費者は物質的な豊かさを享受することができた一方で、果たして精神的な豊かさを享受することができたのだろうか。このような疑問が1980年代及び1990 年代のポストモダンのあり方を模索する日本の成熟社会論において問われた。 日本の成熟社会において消費の意味は変化し、多様化している。そして消費者はモノの有用性に見いだされる価値だけでなく、消費のプロセスをも消費対象としている。インターネットの出現によって情報化社会がより一層加速され、消費者は一方的に提供されるだけの側から、消費のプロセスを消費する存在へと変貌を遂げている。 日本の消費者もまた消費のプロセスを消費する消費者へと変化を遂げ、いわゆるブランド・コミュニティを形成する消費者行動が定着してきている。ブランド・コミュニティはモノと消費者の関係、消費者同士の関係を新たに創造する。このブランド・コミュニティによる消費が消費のプロセスを顕在化させ、モノの消費だけでなく消費のプロセスを消費することを可能にしている。日本の成熟社会における消費者行動は、これまでのように消費対象としてのモノを消費することにとどまるのではなく消費者同士が醸成する消費に至るプロセスを消費するための行動となってきていることを明示する。
著者
中村 理絵
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.67, pp.一-十六, 2019-03-25
著者
坂田 達紀
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.66, pp.7-27, 2018-09-25

村上春樹の「沈黙」は、『村上春樹全作品1979 ~ 1989 ⑤ 短篇集Ⅱ』(講談社、1991 年)のために書き下ろされた短編小説である。この小説について、作者の村上は、「僕の作品系列の中では、かなり特殊な色合いのもの」、「とにかくストレートな話」、「もともとはとても個人的な意味合いを持った作品」などと述べている。さらに、「僕としては作品集の中に「こっそりと忍び込ませた」という感じの作品だった。」とも述べている。しかし、この小説は、その後何度も単行本(短編集)に収録されたり、この小説一作品だけで単行本化されたり、高等学校国語教科書にまで収載されたりしている。あるいはまた、「大幅に手を入れた」りもされている。つまり、村上は、書いた当初はそれほどでもなかったが、後になって、この小説を重要な作品と見なすようになったものと考えられる。 本稿では、以上のことを念頭に置きながら、作品「沈黙」の文体的特徴を析出するとともに、どのような読み方ができるのか、いわば読みの可能性を探ることを試みた。加えて、デビュー以来の村上作品の中で(村上の言葉で言えば、彼の「作品系列」の中で)、この作品がどのように位置付けられるのかを考察した。その目的は、この作品の持つ特殊性を明らかにすることである。 析出された文体的特徴は、聞き書きという形式を利用したリアリズムの文体ということと、純粋な三人称小説でもなければ一人称小説でもない、三人称と一人称とがいわば混在した文体ということである。いずれの特徴も、この作品の持つ特殊性を示すものと考えられる。また、読みの可能性としては、作品に描かれた二つの「沈黙」(高校時代の「大沢さん」が学校で強いられた「沈黙」と、現在の「大沢さん」が真夜中に見る夢の中の「沈黙」)を截然と区別して読むことの重要性を指摘したうえで、「沈黙」と「深み」との関連性を読み取るべきこと、および、システムの「悪」に対する村上の批判が読み取れることを述べた。さらにまた、本来自分の内側にある恐怖を描くことの多い村上が、「沈黙」という外側の恐怖を描いているという意味では特殊な作品だが、この作品の(作者自身による)扱いには、村上のデタッチメントからコミットメントへという考えの変化が読み取れることから、きわめて重要な作品として村上文学の中に位置付けられることを指摘した。最後に、タイトルは「沈黙」であるが、「沈黙」するのではなくそれを破らなければならないとする村上の姿勢が読み取れるという意味で、逆パラドキシカル説的な作品とも言えることを付言した。 本稿で得られた分析・考察の結果は、この作品をより深く読む際にはもちろんのこと、国語教材として用いる際にも役立つものと考えられる。
著者
隅田 孝
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.64, pp.179-194, 2017

本稿では、少子高齢化の影響を受けた子供市場において、近年いわゆる豪華一点主義といわれる現象がみられ、そのような子供市場についてマーケティング論的分析を行った。豪華一点主義といった社会的背景を受け、近年関心の高まりをみせ注目を集めている子供や若者といった若年層をターゲットにしたマーケティングのあり方を、食品産業、とりわけ玩具菓子及び外食産業を例にあげて分析を行った。 玩具菓子市場では大人と子供のボーダーレス化現象がみられ、大ヒット商品を誕生させた要因の1 つであると考えられる。従来、大人が好んで購入する商品とみなされていたモノが子供の嗜好を刺激するモノであるといったように潜在的なニーズの発掘に成功した。その逆の成功事例も数多く存在する。たとえば、子供の玩具から大人のコレクションへというように、玩具菓子が市場で新たな価値を帯びていくプロセスをチョコエッグやプロ野球カードを事例に、そのメカニズムを明らかにした。また、今後の食品産業における子供市場のあり方として、子供というカテゴリーにとらわれることなく、子供と大人が共有できる価値をもつ製品の開発が求められることを述べた。
著者
岡﨑 桂二
出版者
四天王寺大学
雑誌
四天王寺大学紀要 (ISSN:18833497)
巻号頁・発行日
no.65, pp.271-294, 2018-03-01