著者
友田 明美
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.31-39, 2017 (Released:2020-12-01)
参考文献数
21
被引用文献数
1

近年,欧米では,チャイルド・マルトリートメント,日本語で「不適切な養育」という考え方が一般化してきた.身体的虐待,性的虐待だけではなく,ネグレクト,心理的虐待を包括した呼称であり,大人の子どもに対する不適切な関わりを意味したより広い観念である.この考え方では,加害の意図の有無は関係なく,子どもにとって有害かどうかだけで判断される.また,明らかに心身に問題が生じていなくても,つまり目立った外傷が無くても,行為自体が不適切であればマルトリートメントと考えられる.こうしたマルトリートメントにより命を落とす子どもがいるという痛ましい事実を,多くの人が知っているだろう.しかし何とか虐待環境を生き延びた子どもたちであっても,他者と愛着を形成するうえで大きな障害を負い,身体的および精神的発達に様々な問題を抱えている. 我々は日々の臨床の中で,不適切な養育経験に起因する愛着障害がその他の小児精神疾患と複雑に絡み合うことを知っている.さらに一見,複雑な様相を呈する愛着障害が皮質下構造の一部である報酬系の破綻によって引き起こされていること,加えてその破綻には感受性期があることを著者らは突き止めた.ヒトの発達段階における,環境要因に依存して形成される回路形成およびその障害は未解明であり,その病態メカニズムを明らかにし,生物学的エビデンスを有する新規診断法や治療法を見出すことは,精神医療費の削減に繋がる可能性がある.
著者
堤 明純
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.86-94, 2018 (Released:2020-12-01)
参考文献数
21

その導入に当たり科学的根拠が希薄と指摘されていたストレスチェックは、多くの対象事業場が3クール目にはいり、少しずつ知見が集積してきた。職業性ストレス簡易調査票によって、メンタルヘルス不調が一定の割合で抽出される可能性がある。また、職業性ストレス簡易調査票は、メンタルヘルス不調を多く含む長期休業を予測することが示されており、そのインパクト(集団寄与危険割合)は、ストレスチェックで評価される高ストレス状態にアプローチすることを合理化できる。ただし、対象とされるメンタルヘルス不調の頻度と、十分に事後措置が行われていない現状では二次予防的なアプローチの効果は限定的である。一方で、職場環境改善によるストレス軽減策は科学的根拠が蓄積しており、ストレスチェック制度の有効性を向上させる方策として期待されるが、現場における実務は浸透していない。今後、集団分析を用いた職場環境改善の手法の開発・改良を進めて、現場で実施が可能となるような知見を蓄積していく必要がある。
著者
針間 博彦
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.9-16, 2021 (Released:2021-12-01)
参考文献数
22

psychosis概念の歴史と現状を概説し、現在の用法と日本語訳の問題について論じる。この語は19世紀半ばにvon Feuchterslebenによって、当時神経系の疾患全般を示したneurosisのうち精神症状を呈する病態を指すものとして導入された。19世紀後半以降、neurosisが心因性・非器質性の障害を示すようになると、psychosisは非心因性・疾患性の精神症候群を示すものとして用いられるようになり、neurosisとpsychosisは対概念となった。DSMとICDにおける精神科分類はpsychosisとneurosisの二分法に基づいて始まり、その区別は精神機能の障害の重症度に基づくものだった。1980年に発表されたDSM-IIIでは、この二分法は廃止され、psychoticという形容詞は幻覚や妄想など特定の精神症状の存在を示す記述用語として用いられることになった。こうした変化はICD-10に取り込まれ、現在のDSM-5、ICD-11に受け継がれている。DSM-IIIでいったん破棄されたpsychosisという名詞は、近年の早期介入および超ハイリスク群研究の流れの中で、新たに状態像診断として頻用されるようになり、DSM-5ではこの動きが取り込まれ、attenuated psychosis syndromeが今後のカテゴリー案として挙げられている。特定の症状の存在によって規定される現在のpsychosis概念は、成因論的には異種混合である。psychosisは「疾患」や「疾患単位」を意味せず、症状(群)の存在を示すにすぎないことから、日本精神神経学会はその日本語訳を従来の「精神病」から「精神症」に変更することを提案している。psychosisとその訳語を用いる際は、こうした現在の用法と問題に留意する必要がある。
著者
小塩 靖崇 住吉 太幹 藤井 千代 水野 雅文
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.75-84, 2019 (Released:2020-12-01)
参考文献数
30
被引用文献数
1

精神疾患に関する知識不足は、精神疾患の早期発見や支援の障壁となっている。このことから、思春期の若者のメンタルヘルスリテラシー向上が求められ、学校での教育プログラムの実施やその成果が報告されている。日本では2022年度より開始される新学習指導要領に「精神疾患の予防と回復」が追加され、約40年ぶりに精神疾患に関する内容が学校で扱われることとなった。 本稿では、国内外の先行研究の知見から、精神疾患の教え方、精神医療の専門家の関わり方を検討した。また、心の健康問題の援助希求や援助行動を促すための介入の計画に必要な理論的枠組みを考察した。 学校の授業では、新学習指導要領に記載される内容を網羅し、「どのような症状を経験したら、どこに(誰に)、どのように相談することで抱えている心の健康問題の解決につながるのか」等の、適切な対処に関する具体的な情報の提供が必須である。また、実際の行動変容につなげるためには、学校での知識教育のみでは不十分で、地域全体での周囲環境の整備が求められる。 学校教育への精神疾患に関する授業の導入をきっかけに、学校内だけでなく周囲の大人も、若者の心の健康問題に関心を持ち、受け入れ、対応する力を高めることが望まれる。また、若者に対する早期介入のニーズに対応するためには、従来の学校保健や地域医療の枠組みに加え、新しいシステムが必要となるだろう。
著者
熊崎 博一
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.25-32, 2019 (Released:2020-12-01)
参考文献数
30

DSM-5(APA-2013)にて、感覚過敏や感覚刺激に対する低反応といった感覚の問題が初めて自閉スペクトラム症の診断基準の一つに取り上げられたことで、感覚の問題はさらに注目されることとなった。近年感覚の問題の中でもASD者の嗅覚は急速に注目を集めている。嗅覚の機能は、危険認識(食物の腐敗・煙・ガスから守る)、生殖活動の誘発(フェロモン)、興奮や鎮静(アロマ)、食事の好き嫌い・食欲、気分、自律神経・内分泌・免疫と多岐にわたっている。ASD児では感覚調節障害児や発達遅滞児、ADHD児と比べて嗅覚特性の重症度が高いとの報告があり感覚の問題の中でも嗅覚の問題はASD児にとってより本質的である可能性がある。現在までの実験室条件における研究では、1)香料の量の調節が難しく多量に嗅ぐために徐々に順応し濃度差を感じなくなる、2)空間に香りが残留するため徐々に嗅覚が麻痺してくることもあり、3)感度が低い、といった問題があった。また手間と時間がかかる問題もあり、幼児に行うことも困難であった。においの中でも体臭がASDの病態に関わることを示唆している報告がある。ASD者の嗅覚特性を把握し、特性に基づいた支援を行うことが望まれている。
著者
小椋 力
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.3-22, 2017 (Released:2020-12-01)
参考文献数
15

精神障害の予防、とくに再発予防については、日常臨床の中で常に考えられていたであろう。しかし一次予防については、わが国では「大学紛争」などの影響もあって一次予防の研究自体がハイリスクとの考えがあった。したがって「精神障害の予防」が学会等で議論されることはなかった。 第16回日本社会精神医学会学術集会(1996)において、シンポジウム「統合失調症の予防の可能性」が実施され、心配された混乱もなく終了した。最終日の夕方、日本精神障害予防研究会が発足した。筆者が代表世話人となった。第12回研究会から日本精神保健・予防学会として発展的に改組され、水野雅文教授(東邦大学)が理事長に就任し、活動は活発化し会員数も増え現在に至っている。2017年から理事長は鈴木道雄教授(富山大学)に交代となった。 この間、わが国で第1回日本国際精神障害予防学会(2001)、第9回国際早期精神病学会(2014)が開催されたが、本学会が中心的な役割を果たした。いずれの学会も成功した。 精神障害の予防を考えるさい、一次から三次まで含めて重要なことは、脆弱要因の軽減とレジリエンス(回復力)の増強であろう。そこで現在まで報告されている脆弱要因とレジリエンスを取り上げて紹介した。最後に今後の課題について述べた。
著者
西園マーハ 文
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.26-34, 2021 (Released:2022-12-01)
参考文献数
13

【目的】 コロナ禍が、摂食障害の発症や受診状況にどのように影響しているか考察する。また、既に発症し て長期化した事例では、コロナ禍による生活の変化がどのように症状に影響しているかを知る。 【対象と方法】 日本摂食障害協会で、2020 年4 月15 日から同5 月7 日の外出自粛期と同8 月25 日から9 月11 日の自 粛解除期の2 回、当事者対象の調査を実施し、それぞれ278 名、193名の結果を解析した。また、日本摂 食障害協会アンケートの自由記述や臨床事例からの考察を行った。 【結果】 神経性やせ症、神経性過食症のどちらの病型でも、コロナ禍では、外出自粛期、自粛解除期のいずれ の時期においても症状が悪化する傾向が見られた。食行動だけでなく、その背景の精神症状の悪化も 見られた。しかし、中にはコロナ禍による生活変化が症状の改善をもたらした事例も見られた。休校 期には思春期の神経性やせ症の新たな発症も見られたが、比較的早期に受診する事例も見られた。 【結論】 摂食障害は、初発時の受診抵抗の強さや、長期化例における症状改善の難しさが知られているが、コ ロナ禍の生活の変化は、発症形式や受診行動、症状の在り方にも様々な変化を起こしている。今後は 平常時との比較を行い、早期の対応に生かしていくことが重要である。
著者
欠ノ下 郁子 植田 誠治
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.62-75, 2021 (Released:2021-12-01)
参考文献数
42

【背景】近年、若い世代の精神疾患患者数が増加しており、精神疾患の好発年齢に当たる児童生徒の早期介入の重要性が高まっている。しかし、児童生徒が生活する学校現場における早期介入には、いくつか課題が報告されている。したがって、早期介入を実現するためには、児童生徒の健康管理を行っている養護教諭と精神科医療機関との連携・協働が求められている。 【目的】精神疾患のある児童生徒の早期介入に関する養護教諭の認識と障壁の実態を明らかにすることである。 【方法】無作為に抽出された全国の公立小・中・高等学校に勤務する養護教諭を対象として、自記式質問紙による調査を行った。調査内容は、DUP(Duration of Untreated Psychosis:精神病未治療期間)の認知、早期受診の利点と欠点、早期受診に対する障壁とした。 【結果】DUPを知っていると回答した割合は4.6%であった。早期受診の利点は「精神症状で苦しい時期が短くなる」が83.6%、早期受診の欠点は「向精神薬の副作用の出現」が37.0%、早期受診に対する障壁は「思春期の特徴の複雑さ」が80.5%と一番多かった。 【結論】養護教諭は、早期受診の障壁を「思春期の特徴の複雑さ」や「学級担任の知識不足」と認識していることが明らかになった。今後学校現場において早期介入を実現するためには、精神疾患の正しい知識と早期介入の意義と限界を教員全体に情報提供する機会や養護教諭と精神科医療機関との連携の在り方を検討することが重要であると示唆を得た。
著者
岡村 武彦
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.48-55, 2017 (Released:2020-12-01)
参考文献数
13

世界初の精神障がい者フットサル国際大会である「第1回ソーシャルフットボール国際大会」が、2016年2月に大阪で開催され、2日間にわたる熱戦の結果、日本代表チームの優勝で幕を閉じた。いずれの試合も、選手のプレーはスポーツマンシップにのっとり、高い技術で躍動感にあふれており、多くの観客が感銘を受け、回復あるいは回復へと向かう姿を選手から感じ取ることができたであろう。 精神科医療の現場におけるスポーツは、症状の改善や体力の回復のみならず、就労・就学など社会参加促進を含めた回復を目指すことを目的とし、リハビリテーションの手段として用いられるようになってきている。スポーツが回復にどの程度役割を果たしているかはまだ明らかではないが、不安・うつなどの症状や認知機能の改善、QOL・自尊感情の向上、自己管理能力(服薬管理など)の向上、再発・再燃の防止、チーム医療のレベルアップ、就労、スティグマの軽減などが期待されている。 精神障がい者スポーツ活動の歴史は浅く、科学的・客観的効果の学術的検討をさらにしていかねばならず、また専門の知識を持った医療スタッフの育成も必要であるなど課題も多くある。ただ、スポーツは仲間が集まる場を提供し、回復を体験している人たちとの交流を実現し、仲間、家族、支援者との関係性の中での希望を見いだし、回復の物語性を紡ぐことを可能にするのではないかと思われる。
著者
濱家 由美子 小原 千佳 冨本 和歩 松本 和紀
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.31-42, 2018 (Released:2020-12-01)
参考文献数
26
被引用文献数
1

精神病とトラウマの関連性は広く知られており、初回エピソード精神病 (First Episode Psychosis: FEP) やAt-Risk Mental State (ARMS) でも子ども時代の逆境体験を含むさまざまなトラウマを経験する割合は高い。トラウマの問題を心理社会的治療の1つに含めることが理想的だが、実際にはトラウマの問題を同定し、適切な対処や治療に結びつける作業は難しいことが多い。トラウマの問題は精神病症状の背後に隠れてしまったり、トラウマに伴う回避や認知の歪みの影響で適切に把握されにくく、トラウマを扱うことへの苦手意識や治療者の自信のなさなどにもよって、トラウマが早期介入の治療標的として選択される機会は少ない。 一方、近年、精神病に併存する心的外傷後ストレス障害 (Posttraumatic Stress Disorder: PTSD) に対してもトラウマに焦点化した治療介入で症状が改善することが明らかにされ、早期介入の視点からもこの問題に取り組んでいく重要性が認識されるようになっている。トラウマの問題を抱える早期精神病の人々を見出し、この問題に早期から取り組むことで、患者の病態の理解が進み適切な支援に結びつくことが期待できる。 今後早期介入の現場においても、治療初期にトラウマ体験の有無を評価し、トラウマが確認された場合には、患者に安心感を与えながらトラウマの問題を共有し、心理教育を行っていく基本的なアプローチを普及させていくべきだろう。さらに、必要に応じてトラウマに焦点化した心理療法を提供するという治療ステップを踏めるような医療環境を整備することが求められる。
著者
廣 尚典
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.95-105, 2018 (Released:2020-12-01)
参考文献数
5

2015年の労働安全衛生法の改正により創設された「ストレスチェック制度」は、労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防を主眼としている。しかし、その一部である高ストレス者に対する医師による面接指導は、第二次予防の面も考慮されなければならない。医師面接の対象は、「メンタルヘルス不調」が強く疑われる者および「メンタルヘルス不調」が疑われ,それに影響しているストレス要因として仕事や職場関連の事項が主である者であると考えられる。 筆者らは、3年間の研究により、ストレスチェック制度のうち,医師面接とそれに付随する活動,その後のフォローアップの効果的なあり方を検討し,実施マニュアルに沿って医師面接を円滑かつ効果的に行うためのヒントをまとめた「ストレスチェック制度における医師による面接指導のヒント集」(ヒント集)を作成した。ヒント集は、ぜひ実施すべき「重要事項」、できれば実施したい「勧奨事項」および「留意事項」からなっている。本論の別添として、ヒント集の全文を付した。 産業医は、ストレスチェック制度においても、現場の実態をよく知り、それを踏まえた活動を行える立場からの寄与が求められる。
著者
小椋 力
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.2-19, 2018 (Released:2020-12-01)
参考文献数
16

太平洋戦争中、沖縄県内で多数の犠牲者が出た。ある米軍記者は「醜さの極地」と表現した。終戦から70年以上が経過した現在でも、日本における米軍施設の約70%がこの狭い県内に存在するとの厳しい現実がある。 終戦後の沖縄では、米軍政府の指導・助言・支援もあって「プライマリケア」「救急医療」のレベルは現在でも高い。 戦前の沖縄においては民間療法と監置のみで、精神科医療といえるものはなかった。精神衛生実態調査が1966年に実施され、精神障害有病率が本土の約2倍であり、障害者の7割以上が治療をうけていないことが明らかになり、各方面に大きなインパクトを与えた。その結果、現在では精神科施設数、マンパワーのいずれにおいても全国平均を上まわるに至った。 精神障害の予防に関連して精神疾患の脆弱要因の研究を実施した。統合失調症、うつ病などについての知見を国際誌などで報告した。予防に関する実践活動としては、子育て支援外来(県立宮古病院、琉球大学病院)、早期発見・早期対応活動(県立中央児童相談所、琉球大学保健管理センター)、高齢者に対する早期発見・早期対応活動(渡嘉敷村)、精神障害者による重大犯罪の実態調査、精神障害の予防に関する費用対効果研究などである。 脆弱要因研究の成果を実践活動に十分に生かせなかったし、活動の継続に諸種の困難があった。これらの対策が今後の課題である。
著者
茅野 分
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.37-47, 2016 (Released:2020-12-01)
参考文献数
15

“At-Risk Mental State, ARMS(精神病発症危険状態)”とは、精神病発病へのリスクの高い状態を意味する。一見軽症で、注意深く診察しないと一般的なうつ状態などと鑑別できない。精神科診療所へはうつ状態や不眠、不安などを主訴とする患者が数多く受診している。ARMSの具体的な診療について、国内に6000を超えるとされる精神科診療所で共通の認識を得ているとは言いがたい。そこで、銀座泰明クリニックを受診したARMS 3症例、診断基準は満たさないものの可能性ある2症例を提示して考察した。精神科診療所は精神医療の「ゲートキーパー」としてARMS診療、早期発見・早期治療に寄与できる。夜間・土日、駅前・街中など、いつでもどこでも気軽に受診できるのは診療所の強みであろう。高次医療や救急医療を求められる場合は大学病院や精神科病院へ紹介し、良好な連携を取っていくことが望まれる。そのためには、日ごろから大学病院や精神科病院との「病診連携」を高めるため、診療所の医師が学会や研究会などへ積極的に参加し、お互い顔の見える関係を構築・維持することが望まれる。最後に「精神科医」として最も大事なことは「診断」という「ラベリング」ではなく、苦痛を訴える患者に寄り添い、できる限り「援助」を提供していこうとする、「治療者」の「マインド」である。
著者
樋口 悠子 高橋 努 笹林 大樹 西山 志満子 鈴木 道雄
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.87-96, 2021 (Released:2021-12-01)
参考文献数
25

自閉スペクトラム症 (autism spectrum disorder; ASD) に統合失調症が併存する割合については様々な報告があるが、ASDでは統合失調症に類似した症状がみられることがあり、時に鑑別が困難な症例を経験する。われわれは神経発達症を背景に精神病発症リスク状態を経て統合失調症を発症した症例を経験したので報告する。症例は10代男性。乳幼児期に発達の遅れがみられ、4歳時に小児科でASD、注意欠陥多動症の特性を指摘され小学4年まで同小児科に通院した。小学5年時より、考えが人に見透かされている感じや盗聴されている感じなどが出現した。成績低下や不登校に加え、不潔恐怖や希死念慮もみられ、中学2年時に当院を受診し、精神病発症リスク状態の基準を満たした。間もなく自生思考や持続性の幻覚妄想が生じ、統合失調症と診断された。精神病症状の顕在化に先立ち測定したmismatch negativity (MMN)では、持続長MMN(duration MMN; dMMN) の振幅低下と周波数MMN (frequency MMN; fMMN)の潜時延長を認めた。各々統合失調症とASDの特徴を表しており、本患者の疾患素因の反映と考えられた。MMNは統合失調症の生物学的マーカーとして早期診断への応用が期待されているが、本症例の結果より、MMNがASD症例における統合失調症の併存リスク評価にも有用である可能性が示唆された。
著者
宇佐美 政英
出版者
日本精神保健・予防学会
雑誌
予防精神医学 (ISSN:24334499)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.16-24, 2019 (Released:2020-12-01)
参考文献数
29

本シンポジウムでは、思春期の発達障害の多様性について、Irritabilityを中心に総括した。思春期における自閉スペクトラム症や注意欠如・多動症を代表とする発達障害を抱えた子どもたちが、思春期になって初めて医療機関に登場することがある。思春期になった発達障害児たちは、その固有な症状よりも不登校・家庭内暴力などの多彩な問題に直面していることがある。これらの症状の背景に幼少期から抱えてきた不全感や、Irritabilityとして表出される抑うつ感が潜んでいることがあり、臨床医たちはこの不全感やIrritability共感的に接することを忘れてはならない。特に思春期の発達障害おけるIrritabilityは周囲との軋轢や問題行動と関連するなど、低い自己肯定感を強化しさまざまな精神症状を誘発するKey症状として理解しなくてはならない。