著者
小林 康孝 筒井 広美 木田 裕子 大嶋 康介 富田 浩生
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 : 日本高次脳機能障害学会誌 = Higher brain function research (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.581-589, 2012-12-31

軽度外傷性脳損傷 (MTBI) は, 診断が困難な故に診断までに時間を要する。MTBI による高次脳機能障害の場合, さらにその診断は困難で時間を要し, 発症早期のリハビリテーションを受けずに病院を渡り歩く症例が多い。今回, MTBI により高次脳機能障害を来した 3 例をもとに, その問題点を検討した。症例 1 は, 診断までに時間を要し, 十分なリハビリテーションを受けられなかった。また病態に対する家人の理解が不十分であることが, 本人の負担を重くしていた。症例 2 は身体症状の訴えが多く, 十分なリハビリテーションを行えなかった。また, 自賠責保険の等級認定に関する裁判を抱えている。症例 3 は神経心理学的検査結果からの客観的所見はないが, 記憶障害等の自覚症状が強く, ドクターショッピングを続けた。3 症例とも頭部 MRI 上は明らかな異常を認めなかった。今後 MTBI による高次脳機能障害者への支援を進めるには, 病態の解明, 医療従事者の理解, 画像診断の進歩が望まれる。
著者
斎藤 文恵 加藤 元一郎 村松 太郎 藤永 直美 吉野 眞理子 鹿島 晴雄
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 : 日本高次脳機能障害学会誌 = Higher brain function research (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.392-403, 2008-12-31
参考文献数
32
被引用文献数
2

  漢字に選択的な失書を呈したアルツハイマー病と思われる症例を報告した。症例は51 歳右利きの男性で,漢字が思い出せずまた書けないことが主訴であった。本症例の特徴は,軽度の記憶障害および構成障害を認めるが,全般的知的機能障害が軽度であり,また失行,失認は認められず,さらに言語症状としては失語が存在せず,文字の読みにも問題がなく,仮名書字の障害が極めて軽度であるのに対して,漢字書字の障害が重度であったことである。漢字構造の結合・分解課題や漢字の正誤弁別課題の結果から,本症例における漢字失書は,漢字の視覚的イメージ (字形) の想起困難,および書字行為の間,そのイメージを保持することの障害により生じた可能性が高いと考えられた。またこの背景には,漢字の視覚的イメージの細部の想起障害と書字運動覚の障害の存在が示唆された。MRI および脳血流画像所見から,本症例の漢字失書の出現には,両側頭頂葉および左側頭葉後下部の障害が関与していると想定された。
著者
苧阪 直行
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 : 日本高次脳機能障害学会誌 = Higher brain function research (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.7-14, 2012-03-31
参考文献数
18
被引用文献数
5

前頭前野 (prefrontal cortex : PFC) は脳の高次情報の統合, 選択と調整を遂行する領域であり, その障害は記憶や注意のはたらきに影響を及ぼすことが知られている。とくに, 認知的制御を行う実行系の機能は PFC のはたらきにとって重要である。本稿ではPFC のもつさまざまなはたらきのうち, ワーキングメモリ, とくに言語性のワーキングメモリとその実行機能 (executive function) のはたらきをリーディングスパンテスト (reading span test : RST) やリスニングスパンテスト (listening span test : LST) を通して, 脳イメージングの研究を手がかりに考えてみる。とくに健常成人や高齢者のワーキングメモリについてその個人差や容量制約の視点から概観したい。
著者
船山 道隆 小嶋 知幸 山谷 洋子 加藤 正弘
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 : 日本高次脳機能障害学会誌 = Higher brain function research (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.329-341, 2008-09-30
参考文献数
33
被引用文献数
1 3

&nbsp; 症例は56 歳右利きの男性である。50 歳から英語が読みづらくなり,52 歳より喚語困難が出現し,徐々に音韻からの意味理解障害や顕著な表層失読や表層失書を伴う語義失語を呈するに至った。言語によるコミュニケーションに支障をきたし仕事から退いたが,日常生活は自立している。物品使用の障害を認めず,人物認知の障害は軽度にとどまった。視覚性の意味記憶検査では生物カテゴリーと加工食品では成績低下を認めたが,それらのカテゴリーで日常生活に支障をきたすことはほとんどなかった。非生物カテゴリーでは意味記憶障害は認めなかった。頭部MRI では左側頭葉の前部から下部を中心に萎縮が認められた。<br>&nbsp; 少なくとも現時点での本症例において,非生物カテゴリーでの意味記憶は保たれており,語彙の理解および表出の障害は失語の範疇で捉えることが妥当であると考えた。一方で生物カテゴリーにはわずかながら意味記憶障害が存在した。また,語義失語は語彙の貯蔵障害という見解が多いが,本症例の障害の中核は,語彙と意味記憶の間の両方向性のアクセス障害にあると考えた。
著者
高倉 祐樹 大槻 美佳 中川 賀嗣 大澤 朋史 谷川 緑野
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 : 日本高次脳機能障害学会誌 = Higher brain function research (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.411-421, 2011-12-31
参考文献数
30

発症時から失語症を認めず, 言語性短期記憶 (Short-Term Memory : STM) に選択的な障害を呈した 1 例を報告した。本例の知見から, 言語性 STM の解剖学的基盤は優位半球の側頭弁蓋~横側頭回近傍と示唆された。本例は数唱に比べ, 明確な意味を伴い, かつ同じ音韻系列を持つ文の復唱が良好 (例 : "8-2-3-1"の数唱は困難だが, "蜂に刺されて散々な一日だ"という文の復唱は可能) , 桁数付き数字の復唱が良好 (例 : "7-2-3"の数唱は困難だが, "ななひゃくにじゅうさん"の復唱は可能) , 無意味語系列に比べ有意味語系列の再生が良好であった。以上から言語性 STM における「容量」は必ずしも音韻情報量に依存せず, 意味の付与や情報のチャンク化の効率により決定されると考えられ, 既報告を支持した。さらに, 刺激提示の時間間隔や素材の変化により把持成績には差異が生じており, 援用されるストラテジーもそれぞれ異なる可能性が示唆された。
著者
加藤 元一郎
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 : 日本高次脳機能障害学会誌 = Higher brain function research (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.311-318, 2011-09-30
参考文献数
31

前頭前野の損傷では, 特定の記憶障害は生じるが, エピソード記憶の障害である健忘症候群は生じない。前頭前野損傷で生じる特定の記憶障害は, 一言でいうとワーキングメモリの障害であり, 短期記憶システム内にコードされた情報 (表象) の保持とその処理・操作の障害である。前頭前野の障害では健忘が生じないが, 長期記憶のコード化と検索におけるある特殊な側面の障害, すなわち, 時間的順序の記憶障害, 虚記憶の亢進, 展望記憶の障害などが認められることが示唆されている。前頭前野損傷で見られるワーキングメモリの障害に関連して, 動物で見られる前頭葉ドーパミンD1 受容体刺激とワーキングメモリ反応との間の逆転 U 型曲線が, ヒトにおいて, 前頭葉ドーパミン D1 受容体結合能とワーキングメモリ関連の遂行機能検査の成績との間でも認められることを示した研究を紹介した。
著者
出田 和泉 種村 純 岸本 寿男
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 : 日本高次脳機能障害学会誌 = Higher brain function research (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.28, no.4, pp.404-415, 2008-12-31

アマチュア尺八奏者でピアノの訓練経験もあったKM は,五線譜および尺八譜の読み書きが可能な二楽譜使用者であった。くも膜下出血後尺八譜の読み書き障害は軽度だったが,五線譜の読み書き能力は顕著に障害され,既知のメロディーを聴いて書譜する課題や音読課題では,五線譜と尺八譜の成績が乖離した。楽曲を正確に記譜する五線譜に対し,尺八譜は楽器の操作法を仮名文字で表記する奏法譜である。西洋音楽と異なり邦楽には,演奏する前にリズムを付けて音名を唱える「唱譜」という口伝の習得様式が存在するため,楽譜は唱譜によって暗記した演奏法を記憶から再生するための補助手段として用いられる。既知のメロディーの書譜,音読課題で尺八譜が五線譜よりも成績が良かったのは,唱譜で覚えた記憶から正答を引きだした可能性が考えられた。このような尺八譜の特異性が楽譜の読み書き課題において成績の乖離に関与したと考えられた。
著者
苧阪 直行
出版者
一般社団法人 日本高次脳機能障害学会
雑誌
高次脳機能研究 : 日本高次脳機能障害学会誌 = Higher brain function research (ISSN:13484818)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.7-14, 2012-03-31
被引用文献数
5

前頭前野 (prefrontal cortex : PFC) は脳の高次情報の統合, 選択と調整を遂行する領域であり, その障害は記憶や注意のはたらきに影響を及ぼすことが知られている。とくに, 認知的制御を行う実行系の機能は PFC のはたらきにとって重要である。本稿ではPFC のもつさまざまなはたらきのうち, ワーキングメモリ, とくに言語性のワーキングメモリとその実行機能 (executive function) のはたらきをリーディングスパンテスト (reading span test : RST) やリスニングスパンテスト (listening span test : LST) を通して, 脳イメージングの研究を手がかりに考えてみる。とくに健常成人や高齢者のワーキングメモリについてその個人差や容量制約の視点から概観したい。