著者
角田 由佳
出版者
The Health Care Science Institute
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.86-106, 1997
被引用文献数
2

この研究は,看護婦に関する政策の歴史的展開とその効果にっいて,看護婦の労働市場に視点をおいて評価するものである。<BR>日本はこれまで,3度の「看護婦不足」問題に直面した。1度目の「不足」は第2次世界大戦終了直後において,医療供給水準の向上を企図した医療施設の整備から,労働需要が急増したことに起因する。2度目の「不足」は,入院患者に対する既存の看護要員数規定に加えて構成割合を規制し,その配置基準にしたがって診療報酬点数上の加算額いわゆる「看護料」を決める「基準看護」が1958年に制定された後に生じている。そして3度目の「不足」発生時では,1985年の医療法改正を機に病院の病床が数多く増設され,労働需要が増大している。このように看護婦の労働需要が増大するにもかかわらず,賃金率の上昇による市場の需給調整に時間がかかる場合には,市場は不均衡の状態となり,「動的不足」が発生する。しかし看護婦の労働市場は都市部をのぞいて,労働需要者が賃金率と雇用量に決定力をもっ需要独占・寡占構造となる特性をもち,労働力不足が常に起こりうる状態にある。<BR>厚生省は他の省庁とともに,「不足」問題が表面化するたびに看護婦の労働供給を増加させるべく施策をとってきた。ひとっは賃金率の引き上げや労働条件の改善といった労働力のフローを増加させる施策であり,いまひとつは看護婦養成機関の増設や定員数の増加といったストックの増大策である。これらの政策手段は,病院が常にとらえる「不足」や動的不足を削減する効果的な手段であるが,看護婦の労働市場の特性である需要独占・寡占構造にっいて,完全競争状態に向かわしめるべく修正を直接的に加える手段であるとはいいにくい。さらに厚生省は,3度目の「不足」に際しては,労働条件の改善を図って,従来のようなより高度な看護要員配置基準の設定のみならず,「看護料」の引き上げも実施しており,他の生産要素との相対価格低下(看護婦雇用への補助金効果)を通じて,看護婦の労働需要増大を捉進しているものと解釈できる。
著者
柴田 博
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.9-20, 2015
被引用文献数
1

Thanatology(死生学)はgerontology(老年学)と共に1903年,免疫学者メチニコフにより創出された用語である。この2つの学問は,科学(自然,社会)および人文学(哲学,宗教,文学など)の双方の分野からなる学際的な学問である。<br>人間の死の問題は生活の質(quality of life, QOL)の問題と統合的に把えなければならない。しかし,学問の進捗としては老年学の方が先行し,死生学は遅れたためそれは不十分にしか成されていない。1980年代まで死の問題を扱うことは宗教,哲学,生命倫理学以外の分野ではタブー視される傾向にあったのである。<br>この四半世紀,老年学のQOLにanalogousにQOD(D)(quality of dying and/or death)の実証的な研究が北米を中心に盛んになっている。これらの研究は従属変数としてのQOD(D)を操作概念化し,提供されるケアとの関連で,終末期のQOLを評価しようとするものである。死の質を測定するための尺度の開発により,実証研究は今後も大きく進むものと考えられる。<br>しかし,死の学問は終末期のきわめて短いスパンの問題に限局されてはならない。もっと長い人生のスパンにおけるQOLとの関連でも論じられなければならない。それは量的研究ではなく文学,病跡学にみられるようなnarrativeな方法を採ることになるであろう。本論文では,死生学にまつわるいくつかのトピックスについての,筆者の私見を述べた。死生学における位相的意義は明確にし得ないが。
著者
高木 安雄
出版者
The Health Care Science Institute
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.25-40, 2001
被引用文献数
1

高齢者医療制度の創設を患者の立場から考えるひとつの論点として,高齢者のターミナルケアについてこれまでの取り組みと医療費に及ぼす影響などを考察した。日本で報990年代以降,終末期ケアでのホスピスなどが導入されつつあるが,国民の間に定着したものとはいいがたく,緩和ケア=ホスピスを選択する一般国民の意識は医師・看護職より低い。そして,診療報酬による「緩和ケア病棟入院料」「在宅末期総合診療料」などの経済的誘導も,がん患者や在宅高齢者の増加に対して大きな影響をもつものとはなっていないことも指摘した。<BR>また,医療費に占める終末期医療の比重は,それほど大きなものではないことを強調して,高齢者のQOLの向上とそのための適正な資源配分が重要であることを明らかにしている。そして,今後の課題について,(1)高齢者のターミナルケアは,現実の混迷と高齢者の意思がなかなか確認できないこともあって,極端な議論に走りやすく慎重な議論が必要である。(2)ターミナルケアよりも社会的入院を含んだ高齢者の長期療養による医療費増加が問題なのであり,長期療養における高齢者ケアのあり方,そして資源配分=診療報酬支払い方法の見直しが優先されるべきであり,夕一ミナルケアの議論はその次になされるべき課題である。(3)高齢者医療制度は長い人生を生きた高齢者の多様な健康感・死生観にどう答えていくのかという課題を抱えており,画一的・平等というこれまでの制度構築の発想では対応できず,困難な課題解決を迫られている。
著者
秋山 正子
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.53-65, 2020

<p>第3期がん対策推進基本計画の全体目標の一つ,尊厳をもって安心して暮らせる社会の構築は「がんとの共生」と表現され,次の分野別施策が示された。①がんと診断された時からの緩和ケア②相談支援,情報提供③社会連携に基づくがん対策・がん患者支援④がん患者等の就労を含めた社会的な問題⑤ライフステージに応じたがん対策の5つである。</p><p>英国で1996年に誕生したマギーズキャンサーケアリングセンターをモデルとしたマギーズ東京が2016年に日本にできるまでを紹介し,従来の形ではなく新しい方法を取り入れて,今のがん医療で取り残されてきていた相談支援を,病院以外で行うことの意義を,開設後3年間の実績を踏まえて紹介をした。それはまさに協働的意思決定(シェアードディシジョンメーキング)支援の場になっている。</p><p>この活動によって,当事者である患者や家族のみでなく,関わる専門職も,短時間で,情報提供し答えを出さねばという呪縛から解放されていく様子を見せて貰っている。これは,看護の実践の場として,ケアの質を維持し,モチベーションを高めていくことにも繋がり,今後はこの実践現場からの結果を,情報発信していくことも重要となろう。</p><p>予約なし,相談料無料,そして全てがチャリティによって運営されていると言うこと自体もチャレンジャブルである。建築と環境にも心を配られたマギーズセンターは,医療のみならず異分野からも着目されている。</p>
著者
三村 優美子
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.137-162, 2011-07-28 (Released:2011-08-04)
参考文献数
18
被引用文献数
3 1

これまで医薬品流通では,未妥結仮納入,総価取引,不透明なリベートやアローアンスなどの固有の取引慣行問題に悩まされてきた。1990年代の流通近代化協議会(流近協),2000年代の「医療用医薬品の流通改善に関する懇談会(流改懇)」と取引改善努力が続けられてきた。特に,2007年9月の流改懇の「緊急提言」は,“価値を適正に反映する価格”の観点から総価取引の改善(総価除外品の設定など)と,未妥結問題への積極的な取り組みの姿勢を示すことでその成果が期待された。ただし,改善は部分的に留まり,卸収益の面では事態がむしろ悪化している面もある。今後も改善努力は続けられるべきであるが,医薬分業,ジェネリック薬普及など医薬品流通の根本的な枠組みの変化を考慮して取引問題の再検討が必要である。さらに,2000年代に入り,産業的視点に立った薬価制度改革の方向性が示されるようになった。2010年度に試行的に導入された「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」は,革新的な新薬開発の促進と,特許切れ後には後発薬に置き換えることで薬剤費増加を抑制するというメリハリの利いた薬価制度への移行を意図している。この新薬価制度の検証はこれからであるが,一つの方向性を示したことは確かである。薬価制度の枠組みの変化,そして医薬品のタイプ分化は,医薬品卸の在り方や取引構造を大きく変えていくことは確実である。当研究会では,今回,薬価制度改革の方向と流通取引問題に焦点を合わせ,卸の立場から取引改善への取り組みについて検討を行った。
著者
安川 文朗
出版者
The Health Care Science Institute
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.106-117, 1996

本稿の目的は,高齢化社会の進展において上昇を続ける地方自治体の老人福祉費について,その支出規模を決定する要因は何か,またわが国の近年の財政政策,特に国庫負担率の変更がどのような影響を与えたか(または与えなかったか)を検証することである。<BR>老人福祉費の決定要因には,人口高齢化のような人口構造の変化,また地域の福祉サービスに対する需要構造の変化といった外生要因と,自治体の歳入規模および国庫支出金,地方交付税等の国庫補助規模といった内生要因が考えられる。しかし一方で,地方政府の公共支出における増分主義の存在がいわれている。本稿ではこの増分主義の存在を考慮したDDWモデルによって,都道府県のマクロ財政データおよび埼玉,千葉両県の市レベルのミクロ財政データ,さらに老人福祉マップ数値表から老人在宅福祉サービスの実施データを用いて,老人福祉費決定の要因を分析した。<BR>結果は,都道府県レベルのマクロ・データからは,有意にわが国の老人福祉財政における増分主義的傾向の強さが確認できたが,埼玉,千葉の市データをみると,全国傾向にくらべその傾向はやや小さい。また,国庫負担率の大きな改訂がなされた1985年前後の2期に分けた推計では,国庫負担率削減が福祉財政の規模に一見プラスに作用しているように見えるが,地方交付税との関連は見い出せず,国庫負担削減が地方自治体の自主的財政決定を促したかどうか判断することはできない。<BR>一方,地域の福祉サービス需要との関係では,施設を基盤にしたショート・ステイサービスとの間に若干の関係性が見られるものの,ホームヘルプ・サービスは老人福祉費にほとんど影響を与えていない。<BR>これらのことから,わが国の老人福祉費決定には,全体として増分主義的メカニズムが働いており,一連の財政政策の改編による地方の分権的意思決定の助長という期待が,あまり結実していない可能性が示唆される。今後は,福祉ニーズに連動するような支出決定を促す,誘引的な財政メカニズムおよび補助金メカニズムを創出する必要がある。
著者
井上 佳代子
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3, pp.1-23, 2003-12-10 (Released:2012-11-27)
参考文献数
13

人間信頼工学の手法を用いて,医療事故防止のための総合リスク分析システムを開発し,2病院で施行した。1.リスク算定看護業務量調査を行い,インシデントレポート(以下IR)と照らし合わせ,各看護業務におけるFailure rate(以下FR)を算出した。個々の看護業務のFRは,10-5-10-3。筋肉注射,インスリンの皮下注射,輸血など,看護業務量は少ないが,FRの高い業務を抽出した。また,夜間のFRは日中の1.5倍であり,業務量を加味した相対リスクは3-4倍であった。患者要因において,問題行動のある患者や透析患者は,入院患者数は少ないがFRの高い要因であった。2.エラー分析IRからHuman errorの根本にある組織要因を抽出するmodelを作成した(各IRから,病院内のエラー-直接誘因-組織要因のつながりを見出し連関鎖と名づけた)。2病院で連関鎖を比較し病院による組織要因の違いを明らかにした。3.リスク予測・対策立案ある要因の患者がある医療行為をある期間受けるときのリスク予測図を作成した。また,対策を立てる優先順位の高い業務とその組織要因を抽出できる図を作成した。今回開発した総合リスク分析システムにより,看護業務勤務シフト,患者要因によりリスクの大きさが異なることが判明した。また,病院のもっ組織文化によりエラーの種類も異なり,病院独自の分析と対策の立案が必要であることが明らかになった。
著者
西村 周三 土屋 有紀 久繁 哲徳 池上 直己 池田 俊也
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.109-123, 1998-05-20 (Released:2012-11-27)
参考文献数
8
被引用文献数
64 56

EuroQolは,包括的一元HRQOL尺度の健康指標である。翻訳プロトコルに従って日本語版を開発し, このほど公式版として認定を受けた。EuroQol質問票には, 完全版と臨床版の2種類がある。臨床版は, 回答者自身の健康状態を2つの方法で調査するものであり, まず「5項目法」として5項目により健康状態を特定したうえで, 次に「視覚評価法」として温度計に似た線分を使って健康状態の評価を行う。さらに完全版には, 臨床版の内容に加えて, 5項目法で記述された一連の仮想的な健康状態について, 視覚評価法で評価を求める部分がある。EuroQolは,薬剤経済学研究や一般市民の健康調査といった幅広い分野で国際的に利用されている。われわれ日本語版EuroQol開発委員会は, EuroQol Groupの定めた厳格なプロトコルに従って日本語版の開発を行った。今回の公式版の完成を機に, 薬剤の臨床試験やヘルスサービス研究等において, わが国においても今後幅広く利用されていくものと考えられる。
著者
泉田 信行 中西 悟志 漆 博雄
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.9, no.1, pp.59-70, 1999-05-30 (Released:2012-11-27)
参考文献数
25
被引用文献数
1 2

医師誘発需要仮説によれば,医師は患者よりも医療内容に詳しいこと(情報の非対称性)を利用して,患者に対してより密度の高い医療を受けるように影響力を行使できる。通常の財・サービス市場において供給者の増加は,競争を激化させ,価格を低下させるはずである。しかし医師誘発需要仮説が妥当すると,人口当たりの医師数の増加は,医師の裁量的行動による医療サービス需要の増加を誘発し,医療支出を不必要に増大させるかもしれない。しかし医師による誘発が存在しない場合であっても,医療サービスへのアクセス費用が低下することにより患者の直面する実質的な価格が低下し,それにより患者の自発的需要が増大することはあり得る。このような患者主導的需要を考慮しなければ医師誘発需要の効果を過大に推定してしまう可能性がある。そこで本研究では,支出関数を推定することで,医師誘発需要モデルを検証している。支出関数は一定の健康水準を生産するための医療サービスの投入量を測定できるため,受療率の上昇による健康水準の改善は分析モデル内で調整され,医師の誘発する有効的でない医療サービス投入量が分離されて測定可能となる。ここでの推定によれば,人口当たり医師数が1%増加すると,入院サービス使用量は0.8%,外来サービス使用量は0.4%それぞれ不必要に増大する。
著者
本田 由紀
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.31-39, 2017-05-25 (Released:2017-06-13)
参考文献数
17

日本の少子高齢化は世界的に見ても突出した速さで進行している。日本がこのように特異なほど急速に少子高齢化を遂げている原因は,戦後の1960年代を中心とする高度経済成長期に形成され,その後の1970年代から80年代にかけて社会に普及と深化を遂げた,「戦後日本型循環モデル」の特徴と,それが90年代以降に崩壊を遂げたことに求められる。「戦後日本型循環モデル」は,仕事・家族・教育という3つの社会領域が,互いに資源を一方向的に流し込み合う循環構造を形成していたことを特徴とする。経済成長を前提とし,仕事からは家族に賃金が流れ込み,家族からは教育に対して費用と意欲が流れ込み,教育からは仕事に対して新規労働力が流れ込むという循環である。しかし,バブル経済の崩壊をきっかけとして,1990年代以降に雇用や賃金が不安定化したことにより,この循環モデルは崩壊を迎えた。それに直面していた団塊ジュニア世代が,結婚や出産など家族形成に困難を抱えていたことが,少子化をもたらした。今後は,少子高齢化した社会を維持してゆく上でも,少子高齢化を可能な限り食い止めるためにも,仕事・家族・教育の間に,互いに双方向的に支え合う関係性を作り出してゆくことが求められる。家族成員,特に女性が育児と仕事を両立できるようにするためには,一定範囲の労働時間や職務で安定的な働き方の増大,育児や介護といったケア役割を担う社会機関の拡充,家族の教育費負担の軽減などが不可欠である。
著者
吉森 賢
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.21, no.2, pp.121-135, 2011-07-28 (Released:2011-08-04)
参考文献数
27
被引用文献数
1 1

本研究はドイツの医療関連の同族大企業二社メルク株式合資会社とフレゼニウスSE社の企業統治制度を明らかにすることを目的とする。ドイツの企業統治の背景として日本と比較して,同族大企業が多い。この所有構造の原因と結果は同族企業に適した会社の多様な法的形態の選択可能性にある。両社に共通する企業統治の目的は企業の独立性永続化と外部資金調達手段の確保である。メルク社は株式合資会社の採用により無限責任出資者としての経営権を確保しつつ市場から資金を調達する。フレゼニウス社は公益財団を持株会社として利用しつつ,これが二次持株会社を支配し,これがさらに事業会社を支配するピラミッド方式により企業集団の独立性を確保する。資金調達は資本金の50%の無議決権優先株発行によりなされると同時に敵対的買収から防衛される。2010年12月時点でフレゼニウス社は法的形態を現行のFresenius SEを無限責任出資者とする株式合資会社SE&Co.KGaAに変更中である。この新組織を説明した。これにより公益財団の独立性は向上すると期待される。また発行済の無議決権優先株を議決権付き普通株に転換中であり,株主による監督機能が向上する。両社の企業統治を評価し,日本の医療関連企業への示唆を提示する。
著者
高橋 泰
出版者
The Health Care Science Institute
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.43-57, 1995

現在急速に進行する高齢化に社会が対応するために最も必要とされる課題は,ある老人がいた場合,この人がどのような形態でケアの提供を受けるのが最も効率が良いかということをはっきりさせる方法論の開発であろう。この問題を解決するには,高齢者の機能レベルや家族状況毎に在宅で訪問サービスを受ける場合,老人病院,特別養護老人ホーム,老人保健施設等でサービスの提供を受ける場合のおのおののコスト計算が必要になる。そしてこれらのコストを比較するときには,在宅施設を問わず,すべてのコストが同じ物差しで測られる必要がある。今回の研究は,このようなコスト計算を行うための前段階と位置づけることができる。今回の研究では,(1)高齢者施設のユニット内で提供されている全サービスの分類およびユニット内で発生する全業務に対する業務コードの作成,(2)施設内で発生する全コストを調査するための基礎モデルの作成,という2つの作業を行った。
著者
大日向 雅美
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.21-30, 2017-05-25 (Released:2017-06-13)
参考文献数
3
被引用文献数
1 1

少子化対策には「人口政策」と「ウェルビーイング(健康で幸せな暮らしの実現)」の2つの面がある。この2つの面を整理し,国・基礎自治体・企業や社会・個人がそれぞれどのようなスタンスで少子化対策に臨むべきかの議論が必要である。1990年の1.57ショックに始まった日本の少子化対策を見ると,ややもすると「人口政策」と「ウェルビーイング」の議論が混同してきた面も否めない。しかしながら,さまざまな試行錯誤を経て2015年4月に,今後の日本社会の少子化対策のあるべき姿を定めたものと言える「子ども・子育て支援新制度」がスタートした意義は大きい。本稿では1990年から今日までの四半世紀に及ぶ少子化問題とその対策においてなされてきたことを振り返りつつ,今後の少子化対策としての子育て支援について考える。
著者
浦川 邦夫
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.41-55, 2012 (Released:2012-04-28)
参考文献数
19

本研究では,家族や地域とのつながりが,社会保障制度に対する知識とどのように関連しているかについて,アンケート調査の個票データを用いて検証を試みた。分析結果によると,「家族・親戚から受ける支援」や「地域との結びつき」の程度が高い者ほど,「子供の医療に対する地方自治体の公的助成制度」や,「公的医療保険料の金額」,「自らが加入している公的医療保険の種類」について適切に把握する傾向が見られた。また,回答者の社会保障制度(公的医療保険制度)に対する知識と主観的な健康感との間には一定の正の相関が確認されるため,制度の諸効果を十分に発揮するためにも,その制度の内容が広く国民に周知されることの重要性が示唆された。現在,市町村国保においては,医療保険料を滞納する世帯の割合が増加傾向にあるが,その原因の一部には,「高額療養費制度」や「医療費減免制度」の存在など,負担を緩和する様々な制度に対する十分な知識を持っていない人々の存在が挙げられる。現状では,社会保障制度に対する知識量は,自身の家族がどれだけ制度に詳しいか,あるいは地域のネットワークにどれだけ恵まれていたかに依存する側面がある。人々の制度に対する知識量に偏りが生じないように,学校等の教育現場などで,社会保障制度の仕組みについて,より体系的・網羅的に説明するプログラムを整備するなどの方策が求められる。
著者
伊藤 成朗
出版者
The Health Care Science Institute
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.5-48, 2008

インドでは,貧困家計が質の高い医療サービスを利用しづらいのが大きな保健問題である。広大で多様な国土によって農村・遠隔地に公立医療施設が未だに不足しているためである。公立医療施設があっても,医師や看護師の欠員や無断欠勤でサービスをいつ受けられるか予測できなかったり,無料薬の在庫切れ,長い待ち時間,接見態度,賄賂などの問題もある。貧困家計は医療保険を持たないので,多大な出費を要する私立病院は最終手段である。このため,貧困家計を中心に医学知識を持たない無免許医を利用する傾向がある。データによる検証でも,貧困層の利用は質が低いとされる公立病院が主で,利用日数も富裕層より少ない。公的医療サービスの質が低いのは,職員に適切な職務環境とインセンティブを政府が供与できていないためである。よって,施設を拡充しつつ,成果を人事評価に反映させる必要がある。最低限の医療の質を確保する人事評価制度の運営は容易であるが,同時に病院経営の独立性を確保し,市町村自治体に監視を委ねる必要がある。こうした改革は州政府がすべての権限を持つ現体制では不可能であり,分権化が要請される。分権化は中央政府が数十年間標榜しているが,既得権益に反するために大多数の州で停滞している。公立だけでなく,私立病院を利用しやすくするために,マイクロインシュアランスなどを通じた医療保険も整備すべきである。民選された州議会のイニシアティブを仰ぎつつ,革新的な人事評価制度の試行,分権化の促進,マイクロインシュアランスの試行などは,外国ドナーが政策対話を通じて働きかけてよいであろう。

1 0 0 0 OA 新年3つの希望

著者
尾身 茂
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.29, no.4, pp.439-440, 2020-02-28 (Released:2020-03-05)