著者
福田 亮介
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.63-77, 2018-04-30 (Released:2018-05-24)
参考文献数
7
被引用文献数
1

過去の臨床研究の不適正事案を受けて設置された「臨床研究に係る制度の在り方に関する検討会」において,臨床研究に関して法制化が必要とされた。本会の報告書を受けて成立することとなった臨床研究法は,2016年5月に通常国会に提出され,2017年4月7日に成立,2018年4月から施行される。本法は,臨床研究に対する国民の信頼を確保し,臨床研究の実施を推進することを目的として,未承認・適応外の医薬品等の臨床研究及び製薬企業等から資金提供を受けて実施される当該製薬企業等の医薬品等の臨床研究の実施者に対して,モニタリング・監査の実施や利益相反の管理等の実施基準の遵守を義務付けるとともに,製薬企業等に対して,当該製薬企業等の医薬品等の臨床研究に関する資金提供の情報等の公表を義務付けるなどの制度を定めるものである。本稿では,臨床研究法成立の背景を含め,臨床研究部会での議論にも触れながら,法の及び施行規則の概要についてご紹介する。
著者
武藤 香織
出版者
The Health Care Science Institute
雑誌
医療と社会
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.70-82, 1995

本論では,倫理委員会の存在意義と役割を再検討し,イギリスの生命倫理政策を概観するとともに,日本の状況を振り返って問題点を指摘することを目的としている。<BR>倫理委員会は,病院内倫理委員会(HEC),施設内倫理委員会(IRB),そして国家倫理委員会の3つに分けることができる。イギリスでは,被験者を伴う実験計画を規制するために,LRECsがIRBとして1970年代に設立された。政府はLRECsを軌道に乗せ,さらに生殖技術と遺伝子治療の規制を行うにあたり,1982年に「ヒトの受精と胚研究に関する臨時調査委員会」を,1989年に「遺伝子治療の倫理に関する委員会」を設立した。これらの委員会の勧告によって,2つの独立した規制主体が設立された。「ヒトの受精と胚研究に関する認可機関(HFEA)」と「遺伝子治療諮問委員会(GTAC)」である。HFEAは法定機関であり,GTACも近い将来そうなるであろう。<BR>以上のことから,イギリスが生命倫理の政策形成において一貫したパターンを持っていることがわかる。つまり,ある特定の先端医療と倫理の問題が生じると,国家臨時調査委員会が倫理的,社会的,法的な観点から問題を調べる。その勧告に沿って,政府は独立した認可機関を設立する。この機関がLRECsの活動を助け,個々の研究・治療計画を認可する機能を持つ主体となる。また,この機関はその分野での国家倫理委員会の役割も果たしている。<BR>こうした方針が全く見いだせていない日本に鑑み,いくつか問題点を指摘できる。まず,アメリカに一方的に依存した政策形成から離れることである。そのためには,医学界がイニシアチブを取って,専門家集団としての責任を果たすことが期待される。次に,日本の倫理委員会の役割と機能をはっきりさせる必要がある。特にメンバーを多彩な分野から選ぶことには注意を払うべきである。また,これらの倫理委員会に提言を行うような単一の国家倫理委員会が設立されれば,一貫した包括的な政策形成のために役立つであろう。最後に,社会科学の研究者は,生物医学に関する他国の政策を比較研究することによって,状況改善に貢献しなければならないと考える
著者
野原 博淳
出版者
The Health Care Science Institute
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.71-89, 2007

フランスの医薬品産業は,サノフィとアベンティスが合併して世界3位のフランス系多国籍医薬品グループを生み出すなど,近年ダイナミックな展開を見せている。その反面,フランス医薬品産業の将来を危惧する声も大きく聞かれる。フランスの医薬品企業グループについては,その国際的事業基盤整備の遅れが指摘されており,またゲノム応用創薬研究分野への進出でも遅れ気味である。多くの家族経営的企業は,いまだに古くからの製品分野に固執して,多角化戦略に消極的である。また,色々な企業再編にも拘らず,国内中堅医薬品企業層は相対的に脆弱であり,医薬品国内生産の半分以上が外資系多国籍グループの手によって行われている。本稿では,新旧色々な潮流が交錯する現代フランス医薬品産業界を対象として,M&Aや企業提携が産業再編において果たす役割を具体的な事例を使って浮き彫りにすることを試みる。
著者
大久保 豪
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.107-117, 2009 (Released:2010-05-26)
参考文献数
31

目的:成人の先天性ろう者の人工内耳装用が音声言語認識力に与える効果についてこれまでに行われた研究からわかっていることを明らかにすること。方法:MEDLINE(1953年-2008年),PsychINFO(1887年-2008年),CINAHL(1982年-2008年)の検索エンジンを用いた。検索語は「Cochlear implant &(congenital hearing loss or prelingually hearing loss)」である。結果:コホート縦断調査の研究は4件が条件に適合した。比較対照研究については条件に適合する研究論文が存在しなかった。上記のうち3つの研究論文では,集団でみると装用後に音声言語認識力(音声で提示された単語や文章の理解率)が向上することが示されていた。装用者個別の成績でみると,全33名の装用者中,いずれかの項目で認識力が10ポイント以上上昇していた者は15名,いずれかの項目で認識力が10ポイント以上低下していた者は3名,すべての項目でほとんど変化していない者は15名であった。結論:装用前後の音声言語認識力の上昇は個人間のばらつきが大きい。現時点では口話など音声言語を日常の意思疎通に用いるような先天性ろう者に限って,音声言語認識力が向上する可能性があるといえる。しかし,認識力が下がる可能性にも留意しなければならない。これまでの研究では装用効果を高める予測因子については言及できない。
著者
三村 優美子 伊藤 匡美
出版者
The Health Care Science Institute
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.151-166, 2007

日本の医薬品流通においては,1990年代以降,医薬品卸の合併を通した再編成が展開され,激しい構造変化を生じさせてきた。ただし,4社体制への収斂,年商2兆円規模の大手卸の成立により,医薬品卸の経営基盤は強化されたようにみえているが,依然として卸間の競争圧力は大きく,収益面での改善はみられていない。それは,規制緩和や医療制度改革のもとで医薬品卸の経営環境が厳しさを増しており,新旧とり混ぜた複雑な問題が生じているためである。また,厚生労働省医政局「医療用医薬品の流通改善に関する懇談会」(座長嶋口充輝(財)医療科学研究所研究所長)の場で論議されているように,医薬品卸と医療機関との取引の実態はむしろ悪化している。<br> 医薬品流通研究会では,薬価制度,取引条件・取引慣行問題,卸経営戦略,営業活動(MS)のあり方,物流・情報システムなど医薬品卸の直面する問題や課題を幅広く取り上げてきた。また,病院や調剤薬局の経営の現状を踏まえ,医薬品卸が医療機関とどのような連携を行うべきかなども重要なテーマとなっている。さらに,近年,医薬品における安全・安心への関心の高まりとともに,新型感染症の発生,大地震,大規模テロなどの非常時における医薬品供給のあり方が問われるようになった。全国すべての医療機関に確実に医薬品を供給することが医薬品卸の社会的責務であることから,常に危機への備えを行っておく必要がある。そこで,2006年度の医薬品流通研究会では,「危機管理型医薬品流通」の観点から,大地震発生時における医薬品卸の対応を事例として取上げ,社会的システムとしての医薬品供給体制の要件は何かを検討している。
著者
奥山 亮 辻本 将晴
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
pp.iken.2017.001, (Released:2017-07-31)
参考文献数
38
被引用文献数
4

近年,我が国では創薬の基礎研究から医薬候補化合物の創出までの全研究段階をアカデミア研究者が行うアカデミア創薬が推進されている。アカデミア創薬においては,従来企業が中心で行ってきた創薬応用研究部分(リード物質から薬効・薬物動態・安全性を最適化して医薬候補化合物の取得を目指し,並行して創薬標的の妥当性検証を行う研究段階)もアカデミア研究者が実施するが,創薬応用研究はアカデミアの基礎研究とは内容も志向性も異なるため,アカデミア創薬における応用研究部分の研究達成度には懸念が持たれている。この問題を実証的に検討するため,日本の製薬企業もしくは大学等公的研究機関が臨床開発を実施した医薬候補化合物の情報を過去40年程度にわたって網羅的に収集し,分析した。その結果,アカデミア創薬で生み出された医薬候補化合物は,産学連携による創薬で生み出された化合物より臨床開発段階での成功率(上市に至る確率)が有意に低いことが分かった。臨床開発段階の失敗理由の大部分は創薬応用研究段階で見極めが行われる薬効,薬物動態,安全性によると報告されているため,このデータはアカデミア創薬における応用研究部分の研究達成度が相対的に低いことを示唆する。本結果より,アカデミア創薬の問題点や取るべき方向性を議論する。
著者
黒川 清
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.41-50, 2001

21世紀を迎え「日本」のあり方は大きな変換を求められている。それはなぜか。特に国際的に共通の価値をつくり出す分野である高等教育,医学教育と研修,医療,研究,金融,企業等では「国際的」標準での内容と実力がない限り,世界の主流から取り残されていくであろう。交通と情報の国際化の時代にあって,世界の人々がそれらの国の医療,研究,高等教育等の分野での世界標準を知るようになれば当然それらを求めるようになる。従来の「日本」を支えたシステムはこれからの国際時代の要請にあうのか。この10年の日本をかこむ状況は,「お上たのみ」「護送船団」「終身雇用」「年功序列」の限界を示し,「Japan Inc」がもはや機能しないことを示している。このような時にあって,医学教育も医師の研修も同じ問題を抱えている。その背景には日本に特徴的で根本的な問題があるのだが,残念ながら,多くの日本の「リーダー」にはそれが理解できない。その理由はなにか。日本を囲むアジアの状況と近代日本の歴史の背景を考察しながら,21世紀に日本がめざす医学教育と医師研修のあり方を探る。
著者
池田 俊也 小林 美亜
出版者
The Health Care Science Institute
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.17, no.2, pp.167-180, 2007
被引用文献数
5

2003年度より特定機能病院等82病院に,診断群分類 (DPC; Diagnosis-procedure combination) に基づく包括支払い方式が導入され,2007年度には360病院に達している。包括支払いの対象となる医療機関では,包括範囲に含まれる薬剤・検査等のコスト適正化が経営上の重要な課題である。本研究では,DPCによる包括支払い導入前後における診療内容の変化について検討を行った。<br> 対象は,2006年4月よりDPCによる包括支払いを導入し,DPCデータ分析ソフト「ヒラソル」を採用している施設で,人工関節再置換術実施患者,ステント術実施患者とした。分析は,包括支払い導入前の2005年度と導入後の2006年度における平均在院日数,術前・術後日数,注射・検査・画像に関する出来高ベースでの請求額,典型的な診療パターンについて行った。その結果,包括支払いの導入に伴い,在院日数の短縮や包括範囲に含まれる医療行為の資源消費量の減少が認められた。<br> 但し,本研究の対象施設は,DPCデータ分析ソフトを導入していることから経営に対する意識が高いものと推察され,他の包括支払い導入施設においても同様のことが観察されるかは不明である。また,本研究では外来部門に関するデータは分析対象となっていないため,入院中に減少した医療行為の資源量が外来に移行しているかは明らかではないことから,外来を含めた1エピソード単位での医療資源消費量の分析が今後の課題である。
著者
大日 康史 菅原 民枝
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.157-165, 2006 (Released:2009-08-22)
参考文献数
35
被引用文献数
10 29

目 的:医療や公衆衛生における費用対効果分析における政策意思決定では,社会における1単位のQALYを獲得するためのWTPの情報が不可欠である。日本では先駆的な調査があるが,それは直接法でされており,問題が多い。本稿では先行研究と同じ目的を,コンジョイント分析を用いて行う。対象と方法:2005年度に全国において実施された調査における回答を分析した。調査は,772世帯から回収を得た(回収率88%)。分析対象者は20歳以上の成人1,297人である。質問では,経済社会的属性に加えて,仮想的な費用,期間,患者数,健康状態での医療を賛成するかどうかをコンジョイント分析で行う。また,推定式における説明変数,割引率,健康状態のQOL評価で感度分析を行う。結 果:全ての場合総費用は負で有意,獲得するQALYは正で有意である。QALYあたりWTPは,635~670万円である。所得によるQALYあたりWTPへの影響は確認されない。考 察:本稿で求められたQALYあたりのWTPは先行研究よりもやや高いが,大きく変わらなかったことは特筆に値する。これは,QALYあたりのWTPがほぼ600~700万円であるとする根拠が頑健であることが示唆される。
著者
中田 知生
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.79-89, 2012 (Released:2012-04-28)
参考文献数
35

本研究の目的は,高齢者における健康満足感減退の階層差を集団軌跡モデルによって分析することである。近年,パネルデータに関する関心が高まってきており,データの公開や分析手法の開発が進んでいる。本研究では,有限混合モデルの一種で,また,母集団をいくつかのクラスに分けて分析することができる集団軌跡モデルにより健康満足度のパネルデータを用いてその軌跡の階層差を検証する。本研究においては,老研―ミシガン大学全国高齢者パネル調査のウェーブI(1987)からウェーブIV(1996)までを用いた。従属変数には健康満足感のダミー変数,独立変数には年齢,時間固定共変量として教育と性別,そして,時間依存共変量として従業上の地位と婚姻上の地位を用いた。潜在クラス成長分析を健康悪化プロセスの問題に適用した結果,以下の知見が現れた。1)BICを用いたモデルの当てはめの良さの検定からデータは2つに分割され,第1グループは2次関数,第2グループは1次関数という関数形を持つことがもっとも適合度が高い。2)時間固定共変量の投入から,主として,第1グループは女性や教育が高い個人が集まっており,第2グループは男性と教育歴が短い個人が集まっている。3)時間依存共変量である従業上の地位と婚姻上の地位はともに健康に対して正の効果を持つ。これらから,社会階層間で「罹患率の圧縮」のような現象が起きていることが見て取れた。
著者
川口 功 鎌江 伊三夫 宗圓 聰 坂本 長逸
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.289-302, 2014-10-31 (Released:2014-11-08)
参考文献数
37
被引用文献数
1

本分析では,慢性的な疼痛を伴う変形性関節症,関節リウマチ,腰痛症患者に対しセレコキシブを投与した場合の費用対効果を,ロキソプロフェンナトリウムの投与を比較対照とした場合について検討した。分析は,マルコフモデルを用いて,慢性的な疼痛を伴う変形性関節症,関節リウマチ,腰痛症患者の予後を,ロキソプロフェンナトリウム服用群とセレコキシブ服用群の各々について,分析対象者の生涯に渡り(分析対象者全員が死亡するまで)シミュレーションした。費用の算定は支払者の視点で行い,直接医療費を集計対象とした。効果の指標は質調整生存年(quality-adjusted life years,QALYs)とした。費用と効果はマルコフモデルにより3ヶ月ごとに推計し,年率2%で現在価値に割引換算した。その結果,セレコキシブ投与群はロキソプロフェンナトリウム群よりも0.024 QALY多く獲得されること,反面,総費用は73,496円増加すると算定された。すなわち,セレコキシブによる治療が,ロキソプロフェンナトリウムに比べ1QALY多く獲得するために必要となる追加費用(ICER)は3,126,463円/QALYと算定され,セレコキシブの費用対効果は良好であると結論された。
著者
山本 隆一
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.85-93, 2016

我が国は医療の情報化自体は先進的であったし,現在でも情報システムの導入率という観点では世界の最高水準にある。しかし,情報化の目的は,事務処理の合理化が主体であり,情報を公益目的に利用する二次利用の面においては遅れていたと言わざるを得ない。しかし最近になって,我が国にも大規模な医療情報データベースが構築されるようになったが,それに伴い,公益利用とプライバシー保護の対立的な問題が顕在化してきた。例えば高齢者の医療確保に関する法律に基づいて作成されたレセプトおよび特定健診・保健指導のデータベースは一般的な公益利用に関して根拠法には記載がないために,利用に際して厳格な匿名化が求められ,安全管理に関する要求も厳しく,公益研究にとって使いやすいデータベースとは言えない。一般に,公益目的の研究を行う研究者がプライバシーの侵害を意図的に行う可能性はないと考えられるが,法的な要求自体が曖昧であるために,研究が促進されない可能性もある。医学は診療情報の公益利用なしには発展はあり得ないので,明確で研究者にとっても患者にとってもわかりやすい法制度の整備が強く望まれる。改正個人情報保護法が2015年9月に成立したが,政令や指針の整備は2017年と思われる法の実施までに議論される。医療に関するデータベース研究者はこれの議論を注視すべきであるし,必要な場合は適切な提言を行うべきと考えられる。
著者
樋口 範雄
出版者
The Health Care Science Institute
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.21-34, 2015
被引用文献数
1

わが国における終末期医療と法の関係は,何ら進歩あるいは改善を見ないまま半世紀を過ごした。かつては生命倫理も法も,生命の尊重だけを第一義としていればよかったが,医療技術の発展は,患者が植物状態で無意識のまま,人工呼吸器の力でその心臓だけは動かし続けるような状況を出現させた。アメリカでは,このような事態に対し,延命だけが生命倫理にかなうのかが議論され,1970年代以降,判例および立法により,自然死または尊厳死と呼ばれる死に方が適法とされた。同時に,これらはもはや法の問題ではなく医療の現場で,本人,家族,医療者らが決定すべき問題とされている。<br>これに対し,わが国では相変わらず一部の法律家と医師は,このような状況に殺人罪および嘱託殺人罪の適用の「おそれがある」と論じ,生命倫理の議論でも,患者の自己決定を含む生命倫理4原則が知られながらも,実践的には,無危害原則に固執した考えが残存したままである。そしてそれを打開するべく,超党派の議員連盟によって尊厳死法案の国会上程が図られつつある。<br>本稿では,わが国の法のあり方が,医療の現状に追いついていないばかりでなく,画一的かつ形式的に適用することをもって法の特徴とする法意識の下では,尊厳死法案にも一定のリスクがあることを指摘し,かえって医療の専門学会等によるガイドラインによって,実際の医療現場における倫理的決定がなされると論ずる。
著者
大石 明 Schulman Kevin A.
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.25-39, 1998

新しい治療法あるいは新しい医療技術の経済的分析は国を問わずますます重要な課題となっている。薬剤経済学の研究は製薬会社のみでなくアカデミックな研究者によっても行われるべきである。しかし,現在の状況では自社製品の経済的評価をする場合,多くはその製薬会社がスポンサーとなっているのが実状である。このように自社がスポンサーになること自体,研究者を私利私欲に走らせる可能性があり研究方法や結果にバイアスを生じさせかねない。しかしながら, このようなバイアスは研究者とスポンサーとの関係を綿密に定義をすることにより対処可能である。またファーマコエコノミクスの研究を掲載する雑誌が金銭関係を公表する方針を遵守することによっても回避することができる。さらに,臨床研究を用いた質の高い経済的分析のデータが生み出されれば,経済的分析のためのモデルに伴いがちなバイアスを起こしうる多くの原因を除くことが可能である。本論文では経済的分析を扱った論文の質を上げるたあに経済的研究のためのガイドラインを作成する試みを紹介し分析する。一つはNew England Journal of Medicineの費用対効果(cost-effectiveness)分析研究の投稿に対する方針である。もう一つはプロジェクトチームにより自発的にまた倫理的に打ち出された医療技術の経済的分析における原則である。さらに企業の宣伝のための利用と日本の利用者が興味を持つであろう比較研究のための証拠の基準に焦点を当てたFDAによるガイドラインの草稿についても解説した。政策に関わる人々にとって役に立っためには,経済的データは信用があり信頼できるものでなければならない。真に競争のある薬の市場を整えるためにも,われわれは製薬会社が自社製品のバイアスのかからない評価に興味を持てるような体制を作るよう努力しなければならない。
著者
荒井 耕 尻無濱 芳崇
出版者
The Health Care Science Institute
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.283-293, 2011

医療法人経営の複雑化と法人規模の拡大により,現場管理者へのある程度の権限移譲が進みつつある。そのため,各現場の業績を把握・評価したり,現場管理者に経営の自律性を働きかけたり,現場に期待する方向性を明確にしたりする必要性が増し,事業計画制度の重要性が増々高まっている。本研究では,多くの法人が事業計画制度を導入しており,財務関連事項を中心に目標管理され重視されているが,質に関連する事項も同時管理している法人も多くなっていることを明らかにした。また計画事項間の大半の因果関係をかなり考慮している法人も多く見られた。つまり,因果関係の考慮度や管理対象業績側面の多様性の高いBSC的性格を有する事業計画制度が見られるようになった。ただし因果関係考慮と視点包括度の両面からBSCとしての性格を持つ事業計画制度は,まだ十分には普及していない。また,現状の事業計画制度は,まだ分析的利用が中心ではあるが,権限移譲の進展とともに,働きかけ的利用の必要性が増々高まると考えられる。特に働きかけ的利用については,視点包括度と因果関係考慮度の両観点においてBSCとしての性格の強い事業計画制度を持つ法人の方が,利用度が高いことが判明している。働きかけ的利用の促進という点に加えて,医療界における多面的業績の統合管理や無形資産管理の重要性からも,BSCと親和性の高い事業計画制度の展開が重要である。
著者
佐藤 元
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.2_119-2_131, 2004 (Released:2010-02-02)
参考文献数
80
被引用文献数
1 2

政策の改正・廃止は,既存の政策を正し資源を有効活用するための重要なステップであり,欠陥を伴う政策の改廃遅延は,物質的なものであれ理念的なものであれ,利益よりは弊害を拡大する。政策の改廃が妥当か否かは主として科学的合理性という観点から評価されるが,非合理と判断され問題視される事例は数多い。こうした科学と健康政策の齟齬に起因する問題は,現行の社会制度・政策過程において古今普遍的な現象と考えられる。本稿は,科学と健康政策との齟齬が生れる要因を科学技術論ならびに政策科学の知見から整理し,それらに基づいて保健医療政策分野における現行の対応と将来にわたる課題について論ずる。