- 著者
-
武藤 香織
- 出版者
- The Health Care Science Institute
- 雑誌
- 医療と社会
- 巻号頁・発行日
- vol.5, no.3, pp.70-82, 1995
本論では,倫理委員会の存在意義と役割を再検討し,イギリスの生命倫理政策を概観するとともに,日本の状況を振り返って問題点を指摘することを目的としている。<BR>倫理委員会は,病院内倫理委員会(HEC),施設内倫理委員会(IRB),そして国家倫理委員会の3つに分けることができる。イギリスでは,被験者を伴う実験計画を規制するために,LRECsがIRBとして1970年代に設立された。政府はLRECsを軌道に乗せ,さらに生殖技術と遺伝子治療の規制を行うにあたり,1982年に「ヒトの受精と胚研究に関する臨時調査委員会」を,1989年に「遺伝子治療の倫理に関する委員会」を設立した。これらの委員会の勧告によって,2つの独立した規制主体が設立された。「ヒトの受精と胚研究に関する認可機関(HFEA)」と「遺伝子治療諮問委員会(GTAC)」である。HFEAは法定機関であり,GTACも近い将来そうなるであろう。<BR>以上のことから,イギリスが生命倫理の政策形成において一貫したパターンを持っていることがわかる。つまり,ある特定の先端医療と倫理の問題が生じると,国家臨時調査委員会が倫理的,社会的,法的な観点から問題を調べる。その勧告に沿って,政府は独立した認可機関を設立する。この機関がLRECsの活動を助け,個々の研究・治療計画を認可する機能を持つ主体となる。また,この機関はその分野での国家倫理委員会の役割も果たしている。<BR>こうした方針が全く見いだせていない日本に鑑み,いくつか問題点を指摘できる。まず,アメリカに一方的に依存した政策形成から離れることである。そのためには,医学界がイニシアチブを取って,専門家集団としての責任を果たすことが期待される。次に,日本の倫理委員会の役割と機能をはっきりさせる必要がある。特にメンバーを多彩な分野から選ぶことには注意を払うべきである。また,これらの倫理委員会に提言を行うような単一の国家倫理委員会が設立されれば,一貫した包括的な政策形成のために役立つであろう。最後に,社会科学の研究者は,生物医学に関する他国の政策を比較研究することによって,状況改善に貢献しなければならないと考える