著者
池田 俊也 山田 ゆかり 池上 直己
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.10, no.3, pp.27-38, 2000-12-15 (Released:2012-11-27)
参考文献数
31
被引用文献数
3 2

抗痴呆薬ドネペジルの経済的価値を評緬するため,マルコフモデルを用いて,軽度・中等度アルツハイマー型痴呆患者に対するドネペジル治療の費用-効果分析を実施した。分析の立場は支払い者の立場とし,費用は診療報酬点数および介護保険における在宅の給付限度額を参考に推計した。薬剤の有効性データは国内臨床第III相試験の成績を基にしたが,わが国における自然予後のデータは入手できなかったため米国の疫学データを用いた。薬剤の有効性,自然予後ならびに各病態における平均QOLスコアを組み合わせて質調整生存年(QALY)を算出し, 効果指標とした。2年間を時間地平とした分析では,軽度・中等度アルッハイマー型痴呆患者に対するドネペジルの投与により,既存治療に比べて患者の健康結果が向上するとともに,医療・介護費用が節減されることが明らかとなった。但し,ドネペジルの長期的効果やわが国におけるアルッハイマー型痴呆患者の予後に関するデータが不充分であることから,今後,これらのデータが蓄積された際には本分析結果の再評価を行うことが望ましいと考えられる。
著者
佐々木 淳
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.37-52, 2023-05-29 (Released:2023-07-06)
参考文献数
4

日本では約7割の人が人生の最期を住み慣れた自宅で過ごしたいと希望しているが,実際に自宅で最期を迎える人は2割に満たない。多くは最期まで病院で治療を受けながら,病院で亡くなっている。これは,患者のQOL(QOD)および医療資源の適性利用の2つの点で大きな課題である。人生の最終段階における希望と現実に大きなギャップが生じている要因として,意思決定支援,在宅療養支援体制,そして家族の介護負担(およびそれに対する本人の遠慮)の3つが特に重要である。そしてこの3つの要素は相互に影響し合う。特に人生の最終段階,どの選択が正解なのかは誰にも分からない。だからこそ,納得のできる選択であることが重要になる。どの選択が本人にとって最適なのか,患者・家族と在宅療養支援チームが病状経過の見通しを共有した上で共に考える「共同意思決定」が基本となる。この際,認知症であっても本人の意向は最大限尊重される。また家族だけに決断の責任を負わせないよう配慮する。選択された療養方針に従って多職種による在宅療養支援が行われる。最期が近付くと病状は不安定となり,家族や介護専門職は不安を感じることが多い。医療専門職によるエンパワメントが重要になる。家族の介護への協力は重要だが,特に認知症の場合は家族の関わりがケアを困難にすることもある。家族が適度な距離感を持ってケアに関われる状況を作ることにも留意が必要である。
著者
山岡 順太郎 藤岡 秀英 勇上 和史 鈴木 純 足立 泰美
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
pp.2017.004, (Released:2017-11-20)
参考文献数
17
被引用文献数
3

近年,日本の労働者における心の健康(メンタルヘルス)の問題が深刻化している。メンタルヘルス問題に関するこれまでの研究では,精神疾患の発症に至る蓋然性の高さを示す指標が用いられてきたものの,精神疾患の発症や受療の有無をアウトカムとした分析は乏しかった。そこで本研究では,中小企業労働者における精神疾患の受療行動と,個人や企業の特性との関係を明らかにする。具体的には,全国健康保険協会・兵庫支部の90万人の被保険者のレセプト(診療報酬明細書)データを使用し,記述統計ならびにロジット・モデルの推計により,「精神及び行動の障害」による受療率の差異を検証した。その結果,中小企業労働者の精神疾患の受療率は男性や働き盛り層で高く,代理指標を用いた従来の研究の知見とは部分的に異なる結果が得られた。また,都市部の受療率がそれ以外の地域より統計的に有意に高く,医療供給サイドの要因や生活要因の存在が示唆された。さらに,労働者の個人属性の影響を考慮してもなお,産業間の受療率の格差が大きく,特にホワイトカラー職種が中心の産業の受療率が高いことが確認された。このことは,メンタルヘルス問題の発生や対策を考える上で,産業構造や職務内容の変化,さらに人的資源管理などの要因を検証することの重要性を示唆している。
著者
木村 哲也 石川 鎮清 中村 好一 近藤 克則 尾島 俊之 菅原 琢磨
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
pp.2022.004, (Released:2022-07-29)
参考文献数
13
被引用文献数
1

【目的】近年,時代に即した医療課題の解決のため,適切な社会医学の人材育成がなされているかを,明らかにすることを目的とした。【方法】量的調査と質的調査を行った。量的調査では,近年20年間の社会医学分野の講座名称及び教員数の変化について名簿調査を行った。質的調査では,社会医学分野の研究者・教員9名及び高等教育行政,厚生行政,医学会関係者各1名ずつの計12名に対してインタビュー調査を行った。インタビュー調査は半構造化面接の方法で行い,質的に分析した。【結果】名簿調査では,20年間のうちに,医学教育において社会医学分野の教員数に変化はないが,基礎医学・臨床医学分野を合わせた教員の全体数が増加しているため,社会医学分野の教員の割合は3.0%(521人/17,224人)から2.1%(508人/24,121人)に減少していた。インタビューでは,公衆衛生大学院の創設や社会医学専門医制度などの開始,地方自治体や国際保健において社会医学人材の活躍が期待される一方で,魅力ある教育プログラムやキャリアパスのイメージが示されていないこと,実践現場と研究・教育の乖離などの課題が明らかとなった。【結論】量的・質的分析を合わせた結果,1)新たな課題に取り組む人材育成のため教育・専門医制度などの質の保証の充実,2)社会医学の可能性を伝え参入する若手を増やすための方策強化,3)現場と研究,教育の乖離が見られるためビッグデータやグローバルヘルスを使った現場と教育と研究の統合,の3つの課題を抽出することができた。
著者
大曲 貴夫
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.51-58, 2022-04-28 (Released:2022-05-26)
参考文献数
11

感染症発生時には疫学的・臨床的対応の観点から臨床情報の収集が必要である。2009年の新型インフルエンザ発生時の英国のthe first few hundred(FF100)研究や,COVID-19発生時の武漢からの99例報告は世界中の多くの論文で引用された。これらの事実は,新興感染症発生早期の臨床情報が極めて貴重であり,世界中で速やかに共有されるべきことを示している。COVID-19の流行初期には,日本においてはこのような臨床情報の迅速な収集と共有が上手く行かず,患者からの検体を研究機関や企業への提供が遅れた。これらは本邦でのCOVID-19対応における公衆衛生対策,臨床上の対応,そして研究開発の観点で大きな足枷となった。今後は感染症指定医療機関の研究能力の強化,研究環境の改善,特に電子カルテ等の病院内情報システムの情報の積極的疫学調査,戦略的な知見の共有体制の構築,日本発の医学誌を介した情報発信,行政検査だけではなく医療機関・研究機関・民間での微生物の検出体制およびゲノム解析の体制を充実させるなどの対策が必要である。
著者
中山 健夫
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.26, no.1, pp.37-46, 2016-04-30 (Released:2016-05-13)
参考文献数
25
被引用文献数
1 1

近年,国内においても医療における様々な大規模データベースが大きく発展しつつある。中でも保険者に由来する診療報酬明細(レセプト)は,母集団が明確であることと,全数把握であり,長期間の時系列変化を把握でき,外来での医療行為も把握できる点,医療費(チャージ)の情報を得られる,利用コストが低いことなどから研究活用も進んでいる。株式会社日本医療データセンター(JMDC)は複数の健康保険組合からの委託でレセプト(現在約270万人分)と特定健診結果を匿名化名寄せしてデータベース化している。このデータベースを用いて医薬品安全性におけるエビデンス診療ギャップの課題として,ステロイド長期処方患者における骨粗鬆症治療薬の予防投与,抗パーキンソン薬の安全性に関して薬剤添付文書の注意事項の遵守状況,医薬品以外の課題として壮中年期の虚血性心疾患患者における心臓リハビリテーションの実施状況を明らかにした。また健診データとレセプトデータの突合解析により,健診結果で指示された医療機関を受診していない者は,高血糖で約65%,高血圧で約90%に達することを明らかにした。厚労省の構築しているNDBへの期待は大きいが,膨大なデータを効率よく管理・運用するシステムの開発,ノウハウの蓄積はこれからの課題である。民間データベースはNDBと比べ規模的には限界があるが,数百万単位のデータを柔軟かつスムーズに扱える点は大きな魅力である。
著者
豊川 智之 村上 慶子 兼任 千恵 小林 廉毅
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.69-78, 2012
被引用文献数
11

医療への公平なアクセスを達成することによって,健康の社会的格差の縮小が期待される。本研究は,社会経済的障壁に焦点を当てて医療へのアクセスの公平性について検討した。東京都内および同近郊4自治体に居住する25~50歳を対象に行った「まちと家族の健康調査」の3,378名のデータを用いて,所得による医療受診の分布について集中度指標(CI)と,医療ニードについて調整した水平的不公平性指標(HI)を求めた。補助的分析として所得に対する受診控えの集中度指標を求めた。集中度指標によると,外来及び定期的外来は高所得層にアクセスが多かった(外来CI:0.038;定期的外来CI:0.053)。入院では低所得層にアクセスが偏っていた(CI:-0.032)。水平的不公平性指標でみると,外来(HI:0.043),定期的外来(HI:0.063),入院(HI:0.011)で高所得層に偏った結果となった。受診控えに関して同様に行った補助的分析では,集中度指標が-0.064となり,低所得層に多いことが示された。
著者
鄭 文輝 朱 澤民 米山 隆一
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.143-188, 2008 (Released:2010-05-26)
参考文献数
131
被引用文献数
1

1995年に国民医療保険制度(NHI)を導入した事は,台湾の社会保険制度にとって記念碑的出来事であった。台湾は多くの事を日本から学んだが,NHIは,単一支払者制度,総額予算支払制度(總額預算支付制度)を採用し,様々なIT技術を用いている点で,日本の制度を更に進めたものになっている。この論文は,NHI創設以降の,NHIの発展,主要な政策論争,パフォーマンス,将来の課題について,出来る限り公平に論評したものである(1995-2006年)。 過去12年間の結果の評価に関しては,保険の加入率の向上,市民が医療を受ける為の経済的障壁の減少,医療へのアクセスの改善について,はっきりとした成果を残した。コストの抑制に関しては,国民医療費のGDPに占める割合は5.29-6.09%に保たれ,1995-2006年のほとんどの時期,国民医療費は経済成長とほぼ同じ割合で増加した。 主要な改革として2つの方向が示されている。先ず,財政的継続可能性と公平の観点から,単一の加入制度に向けた基金の改革が提案されている。提案の主要素は3つである。(1)加入者をこれ以上分類しない。(2)保険加入者,雇用主,政府の三者間で保険料負担を分担する制度を維持する。(3)年間の保険料を総額予算の交渉とリンクさせ,世帯収入に従って保険料の自己負担分を分担する。更に,医療の質の改善の為に,現在改革に向けたパイロットプロジェクトとして行われている入院患者へのDRGs,外来患者への家庭医総合診療制度,医療の質に基づく支払制度を,総額予算支払制度の土台の上に,調和し,拡張することが提案されている。
著者
木戸 久美子 藤田 久美
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.135-154, 2019-05-24 (Released:2019-06-05)
参考文献数
37

本研究では,幼児期から学齢期にある発達障害児および発達障害が疑われる児の育児上の気がかりと,母親の精神面の健康度によってその気がかりに特徴があるのかを質的に検討することを目的とした。小児科発達外来を受診した発達障害児および発達障害が疑われる子どもの母親25人を対象とした。対象者には,The Center for Epidemiologic Studies Depression Scale(以下CES-D)を用いて抑鬱傾向調査と発達障害児の育児に関して半構造化面接を行った。質的データは,Framework methodsを用い,量的データはEZRを用いて分析を行った。対象者のCES-D平均値は15.9(±10.2)であり,CES-Dの「鬱あり」のカットオフ値である16に近い点数であった。また,CES-D平均値の結果から「鬱あり」の範疇にあったのは11人(44%)で本邦におけるうつ病生涯有病率3~7%(厚生労働省)よりも高い発症率であることがわかった。今一番気がかりなこととして,CES-D正常値群の母親,抑鬱群の母親の双方において将来への不安が語られていた。抑鬱群の母親では,子どもの異性への性的関心が性犯罪に結びつくことを懸念していること,行き場のないストレスを抱え家族や子どもとの関係に影響を与えていることがわかった。母親の精神面の健康状態は,子どもの問題行動や育児を通してのストレスへの主観的な感じ方が影響している可能性が考えられた。
著者
近藤 克則 芦田 登代 平井 寛 三澤 仁平 鈴木 佳代
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.19-30, 2012 (Released:2012-04-28)
参考文献数
28
被引用文献数
12 11

日本の高齢者における等価所得・教育年数と死亡,要介護認定,健康寿命の喪失(死亡または要介護認定)との関連を明らかにすることを目的とした。協力を得られた6自治体に居住する高齢者14,652人(平均年齢71.0歳)を4年(1,461日)間追跡し,要介護認定および死亡データを得た。Cox比例ハザードモデルを用い,死亡,要介護認定,健康寿命の喪失をエンドポイントに等価所得・教育年数(共に5区分)を同時投入して年齢調整済みハザード比(HR)を男女別に求めた。その結果,男性では,最高所得層に比べ最低所得層でHR1.55-1.75,最長教育年数に比べ最短教育年数層ではHR1.45-1.97の統計学的にも有意な健康格差を認めた。一方,女性では,所得で0.92-1.22,教育年数で1.00-1.35と有意な健康格差は認めなかった。等価所得と教育年数の2つの社会経済指標と用いた健康指標(死亡,要介護認定,健康寿命の喪失)とで,健康格差の大きさも関連の程度も異なっていた。日本の高齢男性には,統計学的に有意な健康格差を認めたが,女性では認めなかった。これは健康格差が(少)ない社会・集団がありうる可能性を示唆しており,所見の再現性の検証や健康格差のモニタリング,生成機序の解明などが望まれる。
著者
近藤 克則 JAGESプロジェクト
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.5-20, 2014-04-25 (Released:2014-05-12)
参考文献数
41
被引用文献数
4 1

「健康日本21(第2次)」で,「健康格差の縮小」とソーシャル・キャピタル(地域のつながり)など「社会環境の質の向上」が明示され,介護予防でも地域診断に基づく地域づくりへの重視が謳われるようになった。しかし欧米に比べ我が国ではそれらに必要な「見える化」が遅れている。これらの課題に取り組むため厚生労働科学研究費補助金などで組織されたJAGES(Japan Gerontological Evaluation Study,日本老年学的評価研究)プロジェクトの取り組みを紹介し「見える化」の可能性と課題を考察することが小論の目的である。本研究プロジェクトでは,まず先行研究レビューに基づきベンチマークの必要性や限界・課題,政策評価ベンチマーク指標群の枠組みと指標選択基準,要介護リスクと保護要因などについてまとめた。次に全国31市町村との共同研究により,要介護認定を受けていない10万人超の高齢者のデータベースを構築して指標群を作成し,保険者にフィードバックするベンチマーク・システムを開発した。さらに縦断研究で解明されたリスク要因や保護的要因,応用研究としての介入研究などに基づく指標群の妥当性の検証などを行った。考察では,行政と研究者の共同の仕組みやデータベース,ベンチマーク・システム開発の多面的な意義と,ベンチマーク指標の妥当性の検証など今後の課題について述べた。健康格差と健康の社会的決定要因の「見える化」による効果的・効率的・公正な介護政策のために総合的なベンチマーク・システムのプロトタイプを開発し,社会保障領域における大規模データ活用の可能性と課題を考察した。
著者
大野 博
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.309-323, 2011 (Released:2011-11-01)
参考文献数
28
被引用文献数
2 2

アメリカ病院協会(AHA)は,その「患者の権利章典(A Patient's Bill of Rights)」を「治療におけるパートナーシップ(The Patient Care Partnership)」に置き換えた。変更の特徴は,権利の強調から患者と医療提供者のパートナーシップの強調への変化である。筆者は,患者の権利に関する先駆的な文書であるAHAの「患者の権利章典」のこのような変化は,重要な意味を持つと考え,その理由と背景を考察した。AHAが重要な文書の変更を行った理由は,医療の複雑化などによって,医療提供者と患者とのより良いコミュニケーションの確立が重要な課題となったからである。その背景の一つとして,患者の権利の法制化があり,二つ目は,「患者の権利章典」をかかげることが,必ずしも患者の安全につながらないという事実の顕在化(医療事故の頻発)である。前者は,患者の権利が社会的に認知されたことを意味し,「患者の権利章典」の独自の意義を低下させた。後者は,患者と医療従事者との協力関係の重要性を提起し,病院の積極的な対応を求めた。こうしたことが,病院と患者との関係を律する,根本理念とも言える文書の変更につながったものと考えられる。AHAの「治療におけるパートナーシップ」の制定は,患者の権利の宣言から,その確実な実現をめざすものであり,わが国の患者の権利のあり方にも参考になるものである。
著者
奥野 友理子 本屋 愛子 高嶋 克義 徐 恩之
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.26, no.2, pp.167-178, 2016
被引用文献数
1

<p>本研究の目的は,病院組織における新たな医療機器の導入に対する医療従事者の態度が,医療従事者の自己犠牲志向の程度と病院組織の部門間連携の状況によって影響されることを明らかにすることである。</p><p>本研究では,病院組織における新機器の導入に関する問題をイノベーション受容の視点から捉え,医療従事者の自己犠牲志向と部門間連携が新機器受容を高めることについての仮説を導出したうえで,医療従事者を対象とする質問票調査データに基づく仮説検証を実施した。その結果,医療従事者の自己犠牲志向が低い場合においては,部門間連携による新機器受容への正の影響が強まるものの,自己犠牲志向が高い場合には,その影響が弱くなることが確認され,医療従事者の自己犠牲志向の程度が部門間連携と医療従事者の新機器受容の正の関係を抑制する働きをすることが示された。この結果から,自己犠牲志向が高い場合には,医療従事者が他部門を巻き込むことへの配慮が高まり,新機器受容の意向を抑制することが推測された。このことに基づけば,病院組織の新機器導入を進めるためには,医療従業者の心理的要因を考慮する必要があり,部門間連携か自己犠牲志向の一方を高めるような戦略が有効であるという実践的インプリケーションを導くことができる。</p>
著者
千葉 理恵 木戸 芳史 宮本 有紀 川上 憲人
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.22, no.2, pp.127-138, 2012 (Released:2012-08-09)
参考文献数
63
被引用文献数
2

目的:わが国の地域住民が,精神障害をもつ人々とよりよく共生するために,居住地域や自身にどのようなことが不足していると考えているかを質的に明らかにすることを目的とした。方法:東京都内の20市区町村を対象地域として,各市区町村の選挙人名簿および住民基本台帳から100名ずつを単純無作為抽出し,20歳以上の地域住民2000名を対象として,2009年9~11月に郵送により自記式調査票の横断調査を行った。調査票には,2つの質的質問項目「住民の皆さんと精神障害をお持ちの方が,共に心地よく暮らすために,あなたの住んでいる地域には(/住民であるあなた自身には)何が不足していると思いますか」や,性別,年齢などの項目を含めた。1つ以上の質的質問項目に有効回答のあった274名(平均年齢48.6歳;男性44.2%)を分析対象者として,ベレルソンの手法に基づく内容分析を行った。結果・考察:質的質問項目の回答には,精神疾患についての知識や理解,精神障害をもつ人々との交流,地域住民同士の交流に関する回答など多彩な内容が含まれた。精神障害についての知識を深めるための地域住民のニーズに合うような教育の機会や,精神障害をもつ人々との交流の機会の提供,広い意味での住民の交流・連帯への介入によってスティグマにどのような影響があるかを明らかにすることが,精神障害をもつ人々のソーシャル・インクルージョンを促進していく上で重要であることが示唆された。
著者
石飛 幸三
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.59-69, 2015-04-30 (Released:2015-05-12)
参考文献数
13

われわれは人生最期の迎え方について,今までになく考えなければならなくなっています。延命治療法は次々と開発されます。医療制度は国民皆保険です。平和な日本は世界一の長寿社会になりました。自分の最期の迎え方を選べるはずなのに,どこまで医療をしなければならないのかわからなくなっています。われわれ人間は自然の生き物です。いずれ老いて衰えて,最期は自分の口で食べなくなります。 それは身体が生きることを終えようとしているからです。必要な水分や栄養の量はどんどん減っていきます。死ぬのだからもう要らないのです。「入れない方がむしろ穏やかに逝ける」のです。昔から老衰での最期は,死のうちで最も穏やかなものであることを人類は知っていました。しかし現代人は死をタブー視して,目の前の事態を回避することだけに拘って,点滴や胃瘻をつけておけばまだ生きられると思って,反って苦しむことになっていたのです。医療は本来人のための科学です。今こそわれわれは,人生の最終章における医療のあり方を検討する時が来ました。私が作った「平穏死」という言葉は,単なる延命治療が意味をなさないのであれば,それをしなくても責任を問われるべきでないという主張の旗印です。「生きて死ぬ」は自然の摂理,老衰における医療を加減できてこそ,現代の医療が完成するのです。
著者
清水 哲郎
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.35-48, 2015-04-30 (Released:2015-05-12)
参考文献数
4
被引用文献数
2

本人・家族の意思決定支援について,公表されている二つの意思決定プロセス・ガイドラインが示すところを踏まえた上で検討する。まず,厚生労働省ガイドライン(2007年)を整合的な文書として読解すると,話し合いを通して関係者が合意形成することが本人の自己決定を尊重することに先立っており,合意が成った場合に本人の意思決定を基本とする」としていることが分かる。また,日本老年医学会のガイドライン(2012年)は,厚労省ガイドラインの考え方を受け継ぎ,かつその内容を臨床的により具体的に,必要条件のみならず十分条件まで示すものである。次に,通常の治療方針に関する意思決定プロセスにおける本人ないし家族の支援について,情報共有-合意モデルが示す関係者の共同決定というあり方を提示し,それは本人(家族)が状況を分った上での意向を形成するよう支援するプロセスでもあることを提示し,支援のあり方を検討する。最後に,将来のケア・治療について予め考える場面について,事前指示とACP(ケア計画事前作成プロセス)を取り上げて,意思決定支援を中心に考え,ことにACPが目指す成果を最期の時点に関する事前指示というように限定せず,本人が現在以降の人生を見渡して,予想される衰えの程度と相関的にどのような治療・ケアを受けるかの心積りをしていくことこそ,本人にとって肝要であることを示す。
著者
伊藤 たてお
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.27-36, 2018
被引用文献数
1

<p>2015年1月1日から施行された「難病の患者に対する医療等に関する法律」(以下,難病法とする)の提起と成立に至る患者会の活動を振り返り,患者会の視点からの新たな課題と問題提起を行う。難病対策は1972年の難病対策要綱以来,対象疾病や事業の拡大をしてきたが,予算措置であるためにその時々の国の予算の範囲内での対策とされていた。その歴史の中で患者会はどのような運動を展開して難病法の成立に関わったのかは,今後の日本の難病対策の在り方の議論においても重要な意味をもつものではないだろうか。患者会の果たすべき役割はより大きくなると考える。</p><p>「難病の患者が尊厳をもって地域で生活をしていくことのできる社会」の実現を目指すとしている難病法の見直しについての課題を提起する。それを一言に集約するならば,「すべての難病とその患者を難病法の対象とする」ということである。医学的な見地とはまた別に,患者の生活を支援することの重要性の理解が必要であると考える。加えて,急速に発展する医学の発展にも対応できる仕組みの構築が必要と考える。法律はよりシンプルである方が多くの国民の理解を得られやすく,かつ行政的にもコスト的にもより効率的になると考えるからである。</p><p>現状では様々な課題も次第に明らかとなっているが,難病法のもつ「国民の健康の向上に寄与する」という目的からも,他の施策との横並びの整合性を過剰に重要視すべきではないと考える。</p>
著者
近藤 尚己 近藤 克則 横道 洋司 山縣 然太朗
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.91-101, 2012 (Released:2012-04-28)
参考文献数
24
被引用文献数
2

物質的に困窮していなくとも,他者と比較して自身の所得や生活の水準が相対的に低いことが心理社会的なストレスとなり健康を蝕む可能性があり,これは相対的剥奪仮説とよばれる。日本人高齢者において相対的剥奪が死亡リスクを上昇させるかを検証した。愛知老年学的評価研究(AGES)2003年ベースラインデータに介護保険給付データに基づく2007年までの死亡に関する情報を個人単位で結合した。調査参加者は愛知県および高知県内の8市町村に住み,要介護認定を受けておらず,基本的なADLが自立している高齢者とした。21,047名のうち主要変数に欠損のなかった16,023名を解析対象とした。同性・同一の年齢階級・同一市町村内在住の3項目の組み合わせで定義した集団内における所得の相対的剥奪をYitzhaki係数の変法で評価してCox比例ハザード分析を行った。平均1,358日間の追跡期間中1,236名の死亡を認めた。性・年齢階級・居住市町村を同じくする集団内における相対的剥奪1標準偏差増加ごとのハザード比(95%信頼区間)は,男性で1.20(1.06-1.36),女性で1.17(0.97-1.41)であった(絶対所得・年齢・婚姻状況・学歴・疾病治療有無で調整)。生活習慣(喫煙・飲酒・健診受診)でさらに調整したところ,ハザード比はわずかに減少した。所得水準にかかわらず,他者に比べて相対的に貧しいことが死亡リスクを高め,特に男性で強い関連がある可能性が考えられた。
著者
大日向 雅美
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.21-30, 2017
被引用文献数
1

<p>少子化対策には「人口政策」と「ウェルビーイング(健康で幸せな暮らしの実現)」の2つの面がある。この2つの面を整理し,国・基礎自治体・企業や社会・個人がそれぞれどのようなスタンスで少子化対策に臨むべきかの議論が必要である。1990年の1.57ショックに始まった日本の少子化対策を見ると,ややもすると「人口政策」と「ウェルビーイング」の議論が混同してきた面も否めない。しかしながら,さまざまな試行錯誤を経て2015年4月に,今後の日本社会の少子化対策のあるべき姿を定めたものと言える「子ども・子育て支援新制度」がスタートした意義は大きい。本稿では1990年から今日までの四半世紀に及ぶ少子化問題とその対策においてなされてきたことを振り返りつつ,今後の少子化対策としての子育て支援について考える。</p>