著者
浦川 邦夫
出版者
数理社会学会
雑誌
理論と方法 (ISSN:09131442)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.35-52, 2013 (Released:2014-09-01)
参考文献数
80

本稿では,経済学の研究分野における「健康研究」の分析事例について近年の研究を中心にサーベイを行い,それらの学術的意義を評価・検討した.これまでの経済学の健康に対するアプローチの代表例は,健康を人的資本の一部とみなし,労働者や企業の生産性しいては一国の成長を促す重要なファクターとして捉えてその役割を評価するものであった.特に,ゲイリー・ベッカーやマイケル・グロスマンが提唱,発展させた人的資本理論は,「国民の健康水準と経済成長」の関係や「労働者の不健康な行動(飲酒・喫煙など)と彼ら(彼女ら)の賃金水準」の関係など,「健康と生産性の関係」についての実証的考察をより積極的に促してきたと言える.また,近年は,所得,学歴,職業などの社会経済変数に加えて,地域要因や企業要因と健康との関連を分析する事例が多く見られるようになってきており,健康の決定要因に関する研究は多様性を増している.また,医療経済学の分野では,「費用便益分析」や「費用効用分析」の手法を用いることにより,健康を「その達成に要する負担」と「それを享受することで得られる便益」の双方の観点から経済評価する試みが進められている.健康研究の発展に向けて経済学の果たす役割は大きいが,近年の「健康研究」は,高度化・専門化した分析課題に対応するため,医学,疫学,社会学,心理学など様々な学問分野の研究者との間での共同研究が積極的に進められている.今後も,健康の決定要因や健康の諸効果の多面的・本質的な理解を進める上で,多様な学問分野の融合が進むことが期待される.
著者
遠原 智文 三島 重顕 前田 卓雄 浦川 邦夫 本間 利通
出版者
大阪経済大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2014-04-01

本研究は,労働市場における需給バランスの逆転が,高度専門職の組織に対する関わり方,及び企業の経営管理手法に与える影響を実証的に明らかにすることを目的としており,特に「供給過剰⇒供給不足(一級建築士)」と「供給不足⇒供給過剰(薬剤師)」のプロセスにある2業界に着目している。平成29年度は,文献調査,アンケート調査の準備(インタビュー調査の実施),研究成果の発表を行った。一昨年度より,高度専門職の組織に対する関わり方や職務満足の構造に関するデータを幅広く収集して,本研究を発展させるために,薬剤師や一級建築士に加えて,中小企業診断士(とくに中小企業診断士の多数を占める企業内診断士)を研究対象に含めている。文献調査では,中小企業診断士に対するアンケート調査で使用する質問用紙の作成のために,職務満足および幸福(感)に関する先行研究を渉猟した。またアンケート調査は,(一社)兵庫県中小企業診断士協会HRM(Human Resource Management)研究会と連携して実施することとなっており,その本格的な実施のために討議を行った結果として,仮説をより明確にするためにインタビュー調査を重ねることが重要という結論に達したため,本年度はインタビュー調査の実施とこれまでの研究成果の発信に注力した。これまでの研究成果の発表については,学会報告や論文の公刊が積極的に行われている。薬剤師に関しては,本間によって論文の公刊および海外での学会発表が行われている。また中小企業診断士においては,遠原および前田によって論文の公刊が行われている。
著者
浦川 邦夫
出版者
社会政策学会
雑誌
社会政策 (ISSN:18831850)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.25-37, 2018-06-30 (Released:2020-08-05)
参考文献数
32

従来の貧困研究の多くは,所得などの経済的な指標を基準として貧困か否かの認定を行ってきた。しかし,労働時間を生活時間論の中に位置づけて展開した篭山京(1910-1990)の考察に見られるように,生計を立てるうえで必要な労働時間ならびに労働に必要な休養・余暇時間も所得と同様に欠かせない資源であり,最低限の生活を持続的に営むうえで必要な生活時間の水準が存在していると言える。欧米では,就労世代の家庭での生活時間の不足を考慮した時間貧困とその要因に関する研究が近年蓄積されており,日本でも個票データを用いた推計が行われつつある。そのため,本稿では生活時間の次元に注目した貧困研究に焦点をあて,その主な分析結果をサーベイし,特に就労世代の貧困の削減に向けた方策を検討する。 生活時間を考慮した貧困分析では,夫婦がともにフルタイム就労している世帯や就学前の子どもを持つ世帯などで時間貧困のリスクが高くなっており,家庭での十分な生活時間の確保にむけた対応が重要な政策課題として浮かび上がる。時間の次元を考慮することで,所得の貧困の削減に対してもより包括的な政策アプローチが可能になると考えられる。
著者
虞 尤楠 浦川 邦夫
出版者
生活経済学会
雑誌
生活経済学研究 (ISSN:13417347)
巻号頁・発行日
vol.53, pp.61-74, 2021 (Released:2021-09-30)
参考文献数
14

本研究では、日本の都道府県別パネルデータ (2003-2016)をもとに、最低賃金の決定要因に関して隣接地域の最低賃金の水準や生活保護制度との関係に特に注目し、計量モデルによる検証を行った。操作変数を用いた固定効果モデル推定の結果を要約すると、以下の点が明らかとなった。 第一に、各都道府県の地域別最低賃金は、都市部、地方ともに、前年の隣接都道府県の最低賃金水準の変化の影響を受けている点が示された。当該地域の諸要因だけでなく、社会経済的に交流が大きい隣接県の最低賃金の水準の影響も受けていることから、審議会方式を通じた政治的な調整メカニズムが機能しているといえる。 第二に、失業率については有意に負であり、雇用環境の悪化は最低賃金の上昇を抑制する傾向が見られた。ただし、家計消費などの地域経済指標は非有意であり、当該都道府県の地域経済の実態が最低賃金に十分に反映されていない可能性がある。 第三に、被保護世帯1世帯あたり生活保護給付の最低賃金に対する影響は、地域や時期によって異なるが、2012年12月の自公連立政権への交代以降(2013-2016)は、全てのモデルで有意に正であり、改正最低賃金法(2008年7月施行)に定められた「健康で文化的な最低限度の生活」の確保に配慮し、生活保護水準と最低賃金の逆転現象を回避する傾向が確認された。
著者
小塩 隆士 浦川 邦夫
出版者
岩波書店
雑誌
経済研究 (ISSN:00229733)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.42-55, 2012-01

幸福感や健康感など主観的厚生は,自らの所得水準だけでなく他人の所得との相対的な関係によっても左右されると考えられる.本稿では,この「相対所得仮説」が日本においてどの程度当てはまるかを大規模なインターネット調査に基づいて検証する.具体的には,性別・年齢階級・学歴という3つの個人属性に注目して合計40の準拠集団を定義し,自らの所得と準拠集団内の平均所得との差が幸福感・健康感・他人への信頼感とどのような関係にあるかを調べる.さらに,最後に通った学校の同級生の平均年収の推計値との比較など,主観的な相対所得の重要性についても検討する.推計結果は全体として相対的所得仮説と整合的だが,(1)女性は男性と異なり,本人所得ではなく世帯所得の格差を気にしていること,(2)健康感や他人に対する信頼感は幸福感より相対所得,とりわけ準拠集団の平均所得を下回る状況に敏感に反応すること,などが確認された.
著者
浦川 邦夫
出版者
公益財団法人 医療科学研究所
雑誌
医療と社会 (ISSN:09169202)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.41-55, 2012 (Released:2012-04-28)
参考文献数
19

本研究では,家族や地域とのつながりが,社会保障制度に対する知識とどのように関連しているかについて,アンケート調査の個票データを用いて検証を試みた。分析結果によると,「家族・親戚から受ける支援」や「地域との結びつき」の程度が高い者ほど,「子供の医療に対する地方自治体の公的助成制度」や,「公的医療保険料の金額」,「自らが加入している公的医療保険の種類」について適切に把握する傾向が見られた。また,回答者の社会保障制度(公的医療保険制度)に対する知識と主観的な健康感との間には一定の正の相関が確認されるため,制度の諸効果を十分に発揮するためにも,その制度の内容が広く国民に周知されることの重要性が示唆された。現在,市町村国保においては,医療保険料を滞納する世帯の割合が増加傾向にあるが,その原因の一部には,「高額療養費制度」や「医療費減免制度」の存在など,負担を緩和する様々な制度に対する十分な知識を持っていない人々の存在が挙げられる。現状では,社会保障制度に対する知識量は,自身の家族がどれだけ制度に詳しいか,あるいは地域のネットワークにどれだけ恵まれていたかに依存する側面がある。人々の制度に対する知識量に偏りが生じないように,学校等の教育現場などで,社会保障制度の仕組みについて,より体系的・網羅的に説明するプログラムを整備するなどの方策が求められる。