著者
斉藤 孝信
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.72, no.6, pp.2-33, 2022-06-01 (Released:2022-07-27)

NHK放送文化研究所が2016年から7回にわたって実施した「東京オリンピック・パラリンピックに関する世論調査」の結果を報告する。 大会後の調査では、大会を『楽しめた』と答えた人が7割を超えたが、コロナ禍での開催については5割以上の人が、開催しながら自粛を求められたことに不満を持った。 大会前には多くの人が経済効果を期待し、日本の伝統文化などをアピールしようと意気込んでいたが、コロナ禍によって叶えられなかった。また、東日本大震災からの“復興五輪”であると思えた人は、大会前は半数以下で、大会後、復興に役立ったと実感できた人は3割未満であった。一方で大多数の人がテレビを通じて競技観戦を楽しみ、若い年代を中心に多くの人がスポーツへの関心を高めた点で、純粋なスポーツ大会としての開催意義は大きかった。 大会をきっかけに「多様性に富んだ社会を作るための取り組みを進めるべきだ」という意識や障害者への理解が高まった。一方で、多様性に対する自身の理解の進み具合や日本の現状については不十分だと感じている人が多い。また、身近で障害者に接している人ほど環境面や意識面でのバリアフリー化が進んでいないと感じている。こうした課題を克服するためには大会後も粘り強い啓発が必要で、メディアが今後も障害者スポーツをもっと取り上げることを6割以上の人が望んでいる。
著者
木村 義子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.69, no.11, pp.88-95, 2019 (Released:2019-12-20)

2019年5月16日~19日の4日間、カナダ・トロントで、第74回アメリカ世論調査協会(American Association for Public Opinion Research :AAPOR)年次総会が開催された。本稿はその参加報告である。AAPORは、米国だけでなく世界各国から、調査関係者や学術関係者が千人規模で一堂に会す大規模な学会で、今年の大会テーマは設定されていなかったが、Survey Design(調査設計)に関するセッションも多く、Survey Designの変換期を体現する大会であった。筆者は、Web-Push Survey(ウェブプッシュサーベイ)という、調査相手に郵便で調査を依頼し、インターネットによる回答を促す調査方式について、方式を開発した世界的権威ドン・ディルマン(Don A. Dillman)氏が、その目的や実践例を指導するショートコースにも参加した。ディルマンのWeb-Push Surveyは世界的に広がっているが、大会冒頭に行われた基調講演では、Web-Push Surveyを導入し、インターネットによる回答率を7割弱に伸ばした、カナダの国勢調査(2016年)の事例も紹介された。その他、スマートフォンの様々なセンサーで測定されたデータと調査データを組み合わせた実践例や、統合データの透明性に関するセッション、高齢者の日常生活に関するデータを取得するため、アプリとウエアラブル端末と調査を組み合わせた事例などを本稿ではとりあげた。大会を通じて、何か解が見つかったわけではなく、調査以外のビッグデータやデータ統合も、それぞれが課題を抱えていることを実感した。
著者
宇治橋 祐之
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.71, no.4, pp.46-69, 2021 (Released:2021-05-20)

NHKの学校教育向けサービスのポータルサイト「NHK for School」は、1996年に前身の「学校放送オンライン」が公開されて以来、年々利用者を増やしながら25年の節目を迎えた。 2018年度の「小学校教師のメディア利用と意識に関する調査」では、8割以上の教師がウェブサイト「NHK for School」を認知、7割に授業での利用経験があった。コロナ禍の休校時には、文部科学省の「子供の学び応援サイト」での推奨もあり、多くの家庭からもアクセスを集めた。 ネット展開の歴史を振り返ると、利用者が増えてきた背景には、放送番組を単にネットに置き換えるのではなく、研究者と学習に必要なメディアの要素の再検討を進めて骨格をつくり、利用者のニーズを把握・反映させながら随時改良を加えてきたことがみえてきた。 児童・生徒の1人1台端末が実現しつつあり、「個別最適な学び」と「協働的な学び」が求められる中、学校放送番組のネット展開の歴史を振り返ることで、今後の公共メディアにおける教育サービスのあり方を考える。
著者
入江 さやか
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.72, no.4, pp.38-51, 2022-04-01 (Released:2022-05-27)

前回の東京オリンピックが開催された昭和39(1964)年の6月16日、「新潟地震」が発生した。日本海側を代表する大都市を襲ったこの地震は、「現在まで続く災害報道の形態や内容を決定した」災害とされている。 日本の災害報道の歴史を調査する過程でNHK放送博物館に、NHK新潟放送局(以下、新潟局)の放送原稿(地震発生直後から2週間分)と安否放送の原稿やメモが保存されていることが確認できた。さらに、NHK放送文化研究所に、発災当日の新潟局のラジオ放送を録音したソノシートが保管されていることがわかった。約60年前の地方局の災害発生時の原稿と放送音源がセットで残っているのは極めて稀で、災害報道史上貴重な資料といえる。 新潟地震において、テレビが被災地の外に被害を伝え、ラジオが被災地向けにきめ細かな情報を伝えるという役割も明確になった。また、「屋上カメラ」は現在のロボットカメラの先駆をなすものであった。伊勢湾台風で始まった安否放送が、さらに大規模に展開されるなど、現在の災害時の放送の原型が形づくられたのが新潟地震であった。今回の資料によって、それらの放送の実態をより具体的に知ることができた。 本稿では、新潟地震の災害報道の実態を振り返るとともに、現在の災害報道とのつながりについても考察した。
著者
入江 さやか
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.72, no.3, pp.40-45, 2022 (Released:2022-04-20)

1991(平成3)年6月3日、噴火活動を続けていた長崎県の雲仙普賢岳で大規模な火砕流が発生した。この火砕流によって、NHKを含む報道各社の取材クルー、同行していたタクシーのドライバー、地元の消防団員、警察官、海外の火山学者43人が犠牲となった。火砕流に対する「避難勧告」の出ている地域で取材活動を行った結果、メディア以外の人々をも巻き込む惨事となった。報道に関わる者は、このできごとを決して忘れてはならない。大火砕流から30年目となる2021年、放送文化研究所は、長崎局に保管されていた雲仙普賢岳噴火災害の取材テープ約3,000本をデジタル化した。本稿は、これらの映像素材を保存する意義について考察した。 今回デジタル化した映像素材は、三つの点で保存の意義があると考える。第一は、報道関係者だけでなく、消防団員、警察官なども災害に巻き込まれた事実を記憶にとどめること。第二に、今後発生する火山災害に備えて、安全管理を検討する貴重な「教科書」とすること。第三に、長期間にわたる火山学者とメディアのサイエンス・コミュニケーションの貴重な記録であること、である。この大災害を風化させないためにも、今後、素材のリスト化と内容の精査を進め、活用を図っていきたい。
著者
山田 潔 河村 誠
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.36-55, 2022 (Released:2022-02-20)

障害者とメディアの関係性について、「コロナ禍」と「パラリンピック」をテーマに、2回に分けて取りあげる。いずれも、自分に関わる事として障害者の関心が高いうえ、社会全体のあり方にもつながる事柄である。 前編である今回は、2021年3月に実施した「コロナ禍での障害者の情報接触に関するインターネット調査」を軸に、コロナ禍のもと、障害者がどのように暮らし、どんな情報を求め、取得をしたのかを探った。あわせて、情報へのアクセシビリティーサービスや番組の受け止め方などについて考察した。その結果、『暮らし』に関しては、在宅勤務の増加とともに、失業など経済的に困窮する人が少なからず存在すること。また、マスク着用や直接触れられないことで周囲の情報の得ることに困難を感じ悩む姿が浮かび上がった。次に、「情報の取得」では、在宅時間が長くなり、テレビ視聴が増えた人がいる一方で、内容面に満足できずにかえってテレビを見なくなっている人も存在した。また、聴覚障害者で、字幕などのアクセシビリティーの確保を特に重視していること。「予防方法」や「医療機関のひっ迫」などの情報を、障害者はより必要としていることなどが分かった。こうした障害者それぞれの本音について考察し、後編の「パラリンピック放送の受け止めに関する調査」につなげていく。
著者
入江 さやか
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.70, no.8, pp.18-34, 2020

「令和元年台風19号(東日本台風)」は、東日本各地に記録的な豪雨をもたらした。気象庁は、過去最多となる13の都県に「大雨特別警報」を発表。長野県の千曲川や福島県の阿武隈川など8つの県の71河川・128箇所で堤防が決壊、13の都県に被害が及ぶ広域災害となった。NHK放送文化研究所では、台風19号で被害を受けた長野県長野市、宮城県丸森町・石巻市、福島県本宮市・いわき市の5つの自治体において、浸水被害が出た地域の住民3,000人を対象に、郵送法による世論調査を実施した。本稿では、このうち、長野市の調査結果を検討した。千曲川が決壊した長野市長沼地区では、回答者の8割が自宅を離れて避難場所などへの「立ち退き避難」をしていた。避難を始めたタイミングも早く、千曲川の水が堤防を越える前に大半の住民が避難していた。立ち退き避難を始めたきっかけを聞いたところ、避難勧告などの「防災情報」や、「周囲の人の声がけ」、「テレビの警戒呼びかけ」をあげた人が多かった。また、長沼地区の住民の6割は、過去の水害経験や、洪水ハザードマップ、地区内に設置された想定浸水深を示す標識などを通じて、自宅が浸水するリスクを認知していた。未明に大河川が決壊したにも関わらず、この地域では人的被害が抑えられた。その背景には、住民の防災リスクの認知と、防災情報に対する的確な反応があったと考えられる。
著者
入江 さやか
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.68, no.11, pp.2-27, 2018

「平成29年7月九州北部豪雨」では、線状降水帯による猛烈な雨が福岡県と大分県にかけての同じ地域で降り続けた。短時間のうちに中山間地の中小河川が氾濫、流域の集落が浸水や土砂災害に見舞われ、福岡県・大分県での死者・行方不明者は42人にのぼった。NHK放送文化研究所は、被災した福岡県朝倉市・東峰村、大分県日田市の20歳以上の男女2,000人を対象に世論調査を実施した。本稿では、この調査結果や現地取材に基づき、避難行動や情報伝達をめぐる課題を検討した。回答者のうち、自宅などから避難場所など安全な場所に「立ち退き避難」をしたのは朝倉市で20%、東峰村で29%、日田市で21%だった。「立ち退き避難」の主要な動機は、避難勧告などの「情報」よりも、激しい雨や河川の水位の上昇などの異常な現象だった。また、「立ち退き避難」をした人の半数程度は自治体の指定避難場所以外の場所に移動していた。立ち退き避難者の多くが浸水した道路を通って移動しており、指定された避難場所にたどり着けなかったケースもあった。「土砂災害警戒情報」「記録的短時間大雨情報」などの防災気象情報や「避難勧告」「避難指示(緊急)」などの避難情報を知ったのは「NHKテレビ」と「行政からのメール」が主要な手段であった。災害時の情報入手が「メール」などネットメディアにシフトする中で、「テレビ・ラジオ」の防災・減災情報はどうあるべきかが問われる時期にきている。
著者
村上 圭子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.70, no.10, pp.2-33, 2020

2020年5月、フジテレビ系列で放送されていたリアリティーショー『テラスハウス』に出演中の22歳の女性プロレスラーの木村花さんが亡くなった。SNS上で番組内容をきっかけとした誹謗中傷を受け、自ら命を絶ったとみられている。そもそもリアリティーショーとは、定義もスタイルも曖昧な番組群である。おおよその共通項からまとめると、「制作者が設けた架空のシチュエーションに、一般人や無名のタレント等を出演させ、彼らの感情や行動の変化をひき起こす仕掛けを用意し、その様子を観察する番組」といった所か。欧米を中心にここ20年で増え、最近は有料動画配信サービスでも提供されている。しかし、リアリティーショーは誕生当初から、出演者の心を"虚実皮膜"の状態に長時間置くストレス、出演者に葛藤を与えるような仕掛けをする"社会実験"的な側面、視聴者が出演者の様子を"のぞき見"する倫理的課題が指摘され、欧米では多くの出演者の自殺が報告される等社会問題となっていた。近年はSNSの普及で、出演者はより誹謗中傷を受けやすい環境に置かれ、対応の必要性が叫ばれていた。花さんの死のような痛ましい問題が繰り返されないため、メディア研究の分野では何を考えていくべきか。本稿は1回目として、そもそもリアリティーショーとはどんな番組を指し、なぜここまで発展してきたのか、これまで指摘されてきた課題はどのようなものだったのかを考察する。
著者
中村 美子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.69, no.10, pp.100-105, 2019 (Released:2019-11-20)

アディ・ロウクリフさんは、イギリスのテレビ業界でほかの多くの新人と同じように下積みの仕事からスタートし、チャンネル4のロンドンとリオのパラリンピック放送に携わった。現在は大手商業テレビのITVで番組制作上の多様性(ダイバーシティー)を推進する責任者を務めている。この仕事は、ITVが放送するテレビ番組の出演と番組制作で人種や障害など社会的少数者とされる人々の起用を推進することだ。ロウクリフさんは、2016年リオ大会の現場で世界の放送事業者が障害者プレゼンターを起用していることを目撃し、2012年ロンドン大会で初めて障害者プレゼンターを起用したチャンネル4の挑戦が世界のテレビを変えたと実感した。イギリスでは、公共放送のBBCや商業テレビが共同でテレビ業界のダイバーシティーの現状をモニターしている。イギリス社会は男女、人種、障害、LGBTなど多様な人々で構成され、テレビの視聴者もそれとともに変化している。ロウクリフさんは、テレビにはありのままの社会を反映する義務があり、多様な人々が参加することによって、テレビの創造性が豊かになると考えている。ロウクリフさんは、テレビ業界がダイバーシティーで協働できるのは、こうしたテレビの役割と責任を自覚しているからだと言う。イギリスだけでなく世界の放送やさまざまな産業でダイバーシティーの重要性が共有されつつある。ロウクリフさんは、この動きを時代のファッションに終わらせないと言う。障害者の社会参加には長い道のりがあったように、変化を起こすには長い時間がかかる。ロウクリフさんは、なぜ多様性が重要なのかという原点を説きながら、テレビ業界のダイバーシティーを推進している。
著者
山本 佳則
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.69, no.12, pp.2-19, 2019

2019年6月に実施した「幼児視聴率調査」の結果から、幼児のテレビ視聴と録画番組・DVD、インターネット動画の利用状況を報告する。調査は、東京30キロ圏に住む2~6歳の幼児1,000人を調査相手として、6月3日(月)~9日(日)の1週間実施した。幼児が1日にテレビを見る時間(リアルタイム視聴)は1時間3分、録画番組・DVD(タイムシフト視聴)は25分、インターネット動画は16分だった。平日30分ごとの視聴率(再生率)は、午後7~8時台で、リアルタイム視聴に加え録画番組・DVDとインターネット動画も再生され、平日夜間は、リアル・タイムシフト・動画と視聴スタイルが多様化していることがわかった。高位番組は,テレビは「おかあさんといっしょ」などEテレの番組が多く入った。録画番組・DVDでは「アンパンマン」などリアルタイムで高位に挙がらない番組、インターネット動画では「YouTube」を経由してタイトル・ジャンルなど多岐にわたるコンテンツが視聴されていた。保護者の意識では、テレビに比べてインターネット動画に対してネガティブに捉えている傾向がうかがえる。保育園児と幼稚園児で平日の視聴状況を比べると、生活時間(起床・外出・帰宅・就寝)の違いから、テレビ視聴のピーク時間や高位番組に違いがみられた。今回から尋ねたアプリの利用について、幼児の4割が利用しており、動画の再生やゲームで利用されている。
著者
星 暁子 行木 麻衣
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.68, no.10, pp.64-77, 2018

2018年6月に実施した「幼児視聴率調査」の結果から、幼児のテレビ視聴と録画番組・DVDの利用状況を報告する。調査は、東京30キロ圏に住む2~6歳の幼児1,000人を調査相手として、6月4日(月)~10日(日)の1週間実施した。幼児が1日にテレビを見る時間は1時間39分(週平均)。テレビ視聴時間は、2007年以降2時間程度で推移していたが、2012年に減少して初めて2時間を下回り、以降緩やかに減少傾向にある。また、幼児が録画番組やDVDを再生利用している時間は57分(週平均)で、2011年から2013年にかけて増加し、それ以降は同程度で推移しており、両者の差が縮まっている。さらに付帯質問の結果をみると、録画・DVD再生を利用する幼児は横ばいで推移する中、インターネット動画を見る幼児の増加が続いている。インターネット動画の再生時間は、「ほとんど、まったく見ない」が前々年から減少した一方で、1時間を超える長時間利用が増加した。調査期間中によく見られたテレビ番組は、「おかあさんといっしょ」「みいつけた!」などEテレの幼児向け番組や、「ドラえもん」「クレヨンしんちゃん」など民放のアニメ番組であった。
著者
広谷 鏡子
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.54-73, 2018

「放送のオーラル・ヒストリー」のシリーズ、「放送ウーマン」史では、放送という特殊な世界ならではの専門職や、これまであまり語られてこなかった、表舞台には出ない女性たちの証言を元に、放送の歩みを新たに振り返る。第4回は、番組を予定通り進行させるため、スタッフの誰よりも沈着冷静に「時間」を管理する「タイムキーパー」(以下、TK)として、40年近くテレビと関わってきた原田靖子さん。1970年からフジテレビの生放送番組でTKを務めたあと、主に民放ドラマの制作現場で、フリーの「ドラマのTK」=「記録」として、60本以上のドラマ作りに携わってきた。初めて担当したドラマ『時間ですよ』(TBS)で、演出の久世光彦氏に鍛えられ、フリーの立場で各局の多彩な演出家たちとドラマ制作に携わり、2007年まで、好調期の民放ドラマとともに歩んだ。原田さんの仕事の原点は、「きちんと放送を出す」「時間内に入れる」こと。だがドラマの場合、管理するのは、「時間」だけではない。証言からは、映画のスクリプターのように、そのドラマに関するさまざまな情報を詳細に記録し、監督を始めスタッフ・キャストに伝達・共有することも、「記録」の重要な役割であることがわかる。「時間」と闘いながら、現場がうまく回るように若手ディレクターと大物役者、新人役者と大監督の間を取り持つことも役割と認識してきた。原田さんは、テレビを「エネルギーを奪い、時代を映すだけの一過性のもの」とクールにとらえる一方、みんなが「平等」なテレビの現場が結局好きなのだと語る。これまでの経験値を次の世代に伝え、サポートしていくことで、有望な若手ディレクターの育成に貢献してきたことも、証言からは浮かび上がる。
著者
東山 浩太
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.71, no.12, pp.22-45, 2021 (Released:2022-01-20)

報道が社会(政策)に影響を及ぼしたと言われるとき、どのようなメカニズムが働くのか。本稿では特定の事例についての報道を分析することで、この問いを明らかにしようと試みた。分析には「メディア・フレーム(認識枠組み)」や「アジェンダ構築モデル」といった先行研究の知見を参照した。 事例はコロナ禍における医療従事者、特に「無給医」と呼ばれる人たちをめぐる報道である。無給医とは、大学病院で過重な診療にあたっているにもかかわらず、給与が支払われないなど、十分な処遇がなされない若手の医師たちを指す。重要な働きを担うのに目立たない存在だ。 2020年4月、コロナ禍で医療がひっ迫する中、無給医は安全や給与が保障されないままコロナ診療に従事させられることになった。こうした事実を掴み、複数のテレビ番組が彼らの窮状を取り上げた。すると、政策当局が迅速に無給医に関する処遇の修正に動いたことがわかった。それらの番組を検証すると、「医療維持のため大切なはずの医療従事者の中に、大切に扱われているとは言えない無給医がいる。手当てが必要ではないか」とのメディア・フレームを共有していたと言えた。 さらにコロナ禍の時期をはじめ,無給医の処遇問題に関する報道を過去に遡って調べると、報道の力が束となって当局に働きかけ、無給医の処遇が(十分ではないが)徐々に改善されつつあることもわかった。現在、給与不払いは違法と認められるまでになった。これらの分析を通じて、大まかに次のようなメカニズムで報道が社会(政策)に影響を与えている可能性が見いだせた。 ①複数のメディアが争点についてフレームを共有→②集中的に報道が生じる→③それらが政策当局に政策の正当性を問いかけ、改変を働きかける、というものである。
著者
大髙 崇
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.2-23, 2021

再放送に対する視聴者への意識調査(WEBアンケート,グループインタビュー)の結果を詳述する2回シリーズの前編。第1章で‚政府の緊急事態宣言が発出された2020年4月以降のテレビ番組の「再放送化」を概観。5月下旬には夜間プライムタイムでも多くの番組が再放送‚ないし‚過去映像素材の再利用による放送であった。意識調査の結果からは‚主に以下の傾向が抽出できた。●再放送に対しては概ね好意的であり‚時間帯も平日のゴールデンタイムなどでも構わないという傾向が強い。●見たい番組であれば再放送であるか否かはあまり気にしない。番組表の表示も特段のこだわりは感じられず‚放送のタイミングでも「季節感」などは重要視していない。●再放送へのニーズの中には,最近の放送番組に対する物足りなさも含まれている。●特に‚積極的な視聴者層は‚再放送番組に対して様々な付加価値を求めている。●再放送の情報は‚若年層がインターネットで‚高齢層が新聞で得る傾向がある。●不祥事を起こした芸能人の出演する番組の再放送には概ね寛容。調査の分析・考察は後編に続く。
著者
山田 賢一
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.2-13, 2018

韓国では2月9日から開かれるピョンチャン五輪を機に、高画質の地上4K放送の普及推進を図ろうと地上テレビ各局が取り組んでいる。韓国では現在、ケーブルテレビや衛星放送、IPTVなどの有料放送への加入比率が全世帯の90%以上に達し、広告収入の面でも地上テレビのシェアは下がる一方で、各局は地上4K放送を売り物に挽回を図ろうとしている。地上4K放送の普及にあたっては、カバーエリアの拡大や受信機の普及に加え、有料放送への再送信をどうするのかと言った課題が存在するが、直接受信の世帯が5%程度しかない現状では、ピョンチャン五輪を4Kの高画質で視聴するには、有料放送への再送信が欠かせない。しかし地上テレビ局側が4K化の投資を回収するため、再送信料の大幅な引き上げを目論んでいるのに対し、有料放送側は難色を示し、現状は地上テレビ局側が再送信を拒否している。一方、地上テレビ局の衰退の原因として、特にKBSとMBCにおける「政治介入」の問題を指摘する声もある。KBSは理事会のメンバー11人のうち7人が政府・与党の推薦枠で、政府の意向に反する報道がしにくいとされる。MBCも事情は似ていて、「地上テレビ局は公平な報道をしていない」との意識が韓国国民の間に広まっている。韓国は、世界で最も早く4K放送の実用化に取り組んできた国であり、地上4K放送についても、世界の先端を走ることで関連産業の活性化につなげようとしている。ただ、その中核となる地上テレビ局が明確なビジネスモデルを提示できなければ、その将来は必ずしも楽観できるものにはならないだろう。
著者
萩原 潤治 村田 ひろ子 吉藤 昌代 広川 裕
出版者
NHK放送文化研究所
雑誌
放送研究と調査 (ISSN:02880008)
巻号頁・発行日
vol.68, no.6, pp.24-47, 2018-07-20

世論調査の有効率の低下が課題となるなか、WEBを利用した新しい調査方式が注目されている。そこで、NHK放送文化研究所では、住民基本台帳から無作為抽出で選んだ調査相手に対し、郵送で調査への協力を依頼し、WEBで回答してもらうという「郵送依頼WEB回答方式」(以下、「WEB式」とする)の可能性を探ることにした。2016年と2017年の計2回、このWEB式の実験調査を、回答方法を「WEB回答」に限定せず、一部、補完的に「郵送回答」も受け付ける、WEB先行のミックスモードで行った。この結果から得られた主な知見は、以下のとおりである。住民基本台帳から無作為抽出で選んだ調査相手でも、適切な調査設計と調査材料を作成すれば、WEB式調査は可能であるWEB式調査の有効率は、30代以上では、比較用の郵送調査と差がない水準にまで高めることができたが、現時点で、若年層の有効率の向上には効果が見られなかった WEB式調査の有効者のサンプル構成比は、住民基本台帳から大きく乖離していない なお、WEB式調査と比較用郵送調査について、回答方法の違いにより、回答差が生じるのかどうか、もし差が生じるとしたらその要因は何なのかも検証するが、この結果については、稿を改めて報告する予定である。