著者
有元 伸子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.44, no.6, pp.36-46, 1995-06-10 (Released:2017-08-01)

『豊饒の海』というテクストは、登場人物に一人っ子が多く、かつ子供が生まれないため、血縁によらない生まれ変わりの物語として展開していく。また、転生を見るのは、「父」ならざる人物である本多繁邦ただ一人である。つまり、『豊饒の海』の「転生」とは、本多が、出産による女性の力を介することなく、男性の力のみで、人間を通時的につなげようとして生み出した、いわば「妄想の子供たち」なのである。
著者
田代 幸子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.55, no.6, pp.25-36, 2006

『管絃音義』は院政期に成立した楽書である。従来、五行思想的な部分にのみ着目され、音楽性からは程遠い書であると目されてきた。だが、四つの円形図を手がかりに音楽要素に着目して内容を読み解くと、不可解な独自の用語もすべて音楽意識ゆえに創作されたものであり、音の輪転は完全協和音に整えられたものと分かる。観念のみにとどまらず、楽理の上からも音のコスモロジーを構築する『管絃音義』。本稿ではこの再評価を目的とする。
著者
佐々木 孝二
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.33, no.4, pp.1-12, 1984-04-10 (Released:2017-08-01)

The outstanding characteristics of the medieval stories are that they were regarded as the narratives told by the spirits of the dead and that they served as requiems. So in spite of being fiction, they have a close connection with historical realities. And the narratives were transmitted mostly by psychic medi-ums who belonged to the low class and had close relationships with the rural people. The transmitters picked up a lot of rural legends and drew them into their narratives, as well as spreading the stories to many districts. I've discussed these characteristics of the medieval narratives through a couple of stories which have something to do with the transmission in the nor-thern part of Ou district.
著者
高木 まさき
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.51, no.8, pp.10-20, 2002-08-10 (Released:2017-08-01)

新宿駅西ロバス放火事件の犯人・丸山博文と、連続射殺事件の犯人・永山則夫のエピソードから、社会的な存在としての人間に必要な言葉の力を、<言葉によってつなぐ力><言葉に立ち止まる力>のふたつにまとめた。そして今日の情報化・消費化社会において、より重要性が増している<言葉に立ち止まる力>を育成する試みとして、言葉の問題として環境問題を扱うこと、「書き換え」によって文学教材を読み直すことのふたつを提案した。
著者
細見 和之
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.63, no.8, pp.85-93, 2014-08-10 (Released:2019-08-30)

最初に、小学校一年生の生徒が書いた詩、まど・みちおが九十七歳のとき書いた詩、このふたつにそくして「言葉の普遍性」について考察する。つづいて、石原吉郎、金時鐘、永山則夫らの表現について、彼らの作品にとって語りえぬ現実こそが「超越」ではないかと述べる。さらにこのことを、石原のシベリア・エッセイと詩にそくして考察する。一連のシベリア・エッセイよりもそれに先立つ詩篇においてこそ、シベリアの記憶はよく表出されていた、というのが私の考えである。最後に、ベンヤミンの言語論をここでの考察に重ねる。事物の言語‐人間の言語‐神の言葉という三層構造からなるベンヤミンの言語論において、人間の言語は事物の言語を神に報告する位置にある。同様に、語りえぬ現実を表出しようとする言葉は、絶対者に向けてこの世界の出来事を報告しようとする。つまり、現実という超越が絶対者というもうひとつの超越とかすかにふれ合う場、それが言語にほかならない。
著者
森本 真幸
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.51, no.1, pp.61-70, 2002-01-10 (Released:2017-08-01)

八〇〜九〇年代の教科書で初めて平和教材が位置づけられ、「一つの花」は四年生の定番教材となった。「一つちょうだい」とくり返すゆみ子に、コスモスを渡して出征した父親の姿は、戦争に負けない父親の愛情を示しているように読みやすい。だが、父親も母親も、天皇の名前で進められる従順な日本人だった。そして戦後十年経って、母親もゆみ子も、そして語り手も、戦争を批判的に見る目を持たずに、毎日の生活に安住していた。
著者
馬場 伸彦
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.52, no.6, pp.68-79, 2003

谷崎潤一郎が映画に対して強い関心を持ち、映画制作の現場へ積極的に関わっていったことはよく知られている。だが、「写真」とその影響について正面から論じたものは少ない。しかし、谷崎が自ら写真機を操り、現像、焼付をするという一連の写真行為を行っていたという事実は留意してもよい。本稿は大正期の谷崎作品を例に挙げ、そこに立ち現れた写真的感受性が同時代のコンテクストとどのような往還関係を結んでいたかについて考察する。
著者
田中 貴子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.54, no.11, pp.16-26, 2005-11-10 (Released:2017-08-01)

百物語は江戸時代に流行した怪談会であるが、近代小説にはこの「場」を題材としたものがいくつか見られる。奇しくも明治四十四年には森鴎外と泉鏡花が、大正十三年には泉鏡花と岡本綺堂が、それぞれ百物語をテーマとした小説を発表した。本稿では、近代においては百物語を共有する「恐怖の共同体」が失われていることを指摘し、そのうえで、百物語小説がどのような意図によって書かれたかを、鏡花作品を中心として述べた。
著者
巽 孝之
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.43, no.11, pp.66-77, 1994-11-10 (Released:2017-08-01)

笙野頼子は夢について語りつづける。もちろんこれまで「夢」といったら、伝統的なリアリズム文学が忌避し、伝統的なシュールレアリスム芸術のみが特権化してきた手法であった。けれども、初期短・中編群から、昨今の中・長編群へ至る過程で、笙野頼子はむしろ、従来の二分法ではおさまりきらない日本的無意識特有の「夢」を紡ぎ出す。それは、読者の認識論的準拠枠とともにジャンル論的準拠枠をもゆさぶってやまない。
著者
竹村 信治
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.2-17, 2014

<p>「学習指導要領」への準拠が求められる教科書だが、実際の教科書編集にはこれへの「参与」と「補完」が認められる。「学習指導要領」は、今後はともかく、現在はM・マクルーハンのいわゆる「クールなメディア」としてあると見なし、教科書の古典「文学」をめぐる「参与」と「補完」の可能性について考察した。</p><p>この度の改訂で小中高校「国語」に新設された〔伝統的な言語文化と国語の特質に関する事項〕だが、小学校「国語科」教科書は「伝統的な言語文化」を「言語文化」とあえて読み替えたごとくで、拡張された「言語文化」概念のなかに古典「文学」を位置づけなおして教材の拡充を果たしている。これが二七年度版でどう改訂されるかは不明だが、この新設事項へ「参与」「補完」は教科書の可能性を開いたものとして相応の評価に値する。</p><p>そうした小学校教科書の達成を承けて中等学校においてはいかなる「参与」「補完」を構想するのか。教科書およびそれを扱う教員の構想力、展開力が問われるところである。本稿では四つの対処法を示した。その要所は、「言語文化」事象としてある古典「文学」テキストの一つ一つを「知のアーカイブズ」と捉え返し、それぞれの「知の営み」を読み解き「評価」「批評」すること。それこそが「ホット」に進行しつつある現況に「クール」に立ち向かう途だろうとした。</p>
著者
佐藤 晃
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.45, no.7, pp.26-38, 1996-07-10 (Released:2017-08-01)

源頼朝を聖性化するかのごとき伝承、すなわち頼朝の前生を六十六部聖であったとする伝承の生成に関連して、頼朝に関する二つの夢合わせ譚(真名本曾我物語等に見られるものと、平治物語に見られるもの)について考察を試みた。そして、延慶本平家物語に見られるような日本国大将軍をめぐる言説に、日本国=六十六ヶ国という水平的国土観の表出を考え、それが頼朝をこれらの夢合わせ譚、ひいては六十六部聖伝承に結び付ける背景にあったのではないかと考えた。