著者
久保田 美子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.172, pp.73-87, 2019 (Released:2021-04-26)
参考文献数
24

本研究は,非母語話者日本語教師1名 (教師A) を対象に,5年10か月の間に5回行ったインタビュー調査の結果をもとに,そのビリーフの変化と教師としての成長過程について分析・考察するものである。教師Aの発話プロトコルをグラウンデッド・セオリー・アプローチに修正を加えた分析法により分析した結果,教師Aは,日本での教師研修や会議出席,および母国における母語話者日本語教師,同国の非母語話者日本語教師との共同作業,新たな教育概念や教科書の導入,学習者から教育者へ,教育者から教師養成担当者への役割の変化等を通して,そのビリーフを変容させていることがわかった。特に,教師の役割や教育目標に関するビリーフの変容は明確であり,さらに実践面だけでなく,思考や人間関係に関わる面にも意識が向くようになったことがわかる。1名の教師のビリーフの変化の過程ではあるが,非母語話者教師の成長過程の一部分をも示しているものと考える。
著者
西原 鈴子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.172, pp.62-72, 2019 (Released:2021-04-26)
参考文献数
15

日本国内外の日本語学習・教育は,様々な要因を反映しつつ多様な展開を見せている。その流れは,日本語教育人材の在り方についての課題とそれに対応する取り組みに直結している。文化庁審議会国語分科会が2018年に刊行した報告書「日本語教育人材の養成・研修の在り方について」は,日本語教育人材の養成・研修について,課題を整理したうえで,各段階の教育内容のモデルカリキュラムを提示している。 本稿では,それらの指針に基づいて養成される人材の職業的成長を段階別に認証する方法について検討する。結論として,教育人材の認証に関わる組織・機構の設立が必要であること,日本語教師の職業的成長を評価する公的認証のためには,教育内容に関する知識・技能・態度のみならず,実践現場を取り巻く環境への対応,社会的責任のあり方など,複眼的要因による総合的評価基準の策定が必要であることを提案する。
著者
遠藤 直子 菅谷 有子 中村 亜美
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.171, pp.17-30, 2018 (Released:2020-12-26)
参考文献数
12

日本語教育で学習する~テイクについて,『基本動詞ハンドブック』 (http://verbhandbook.ninjal.ac.jp) の分類枠を基に「~テイクの用法分類」を作成し,その分類に基づき,日本語教材と『理工学系話し言葉コーパス』を対象に使用実態調査を行った。コーパスを調査した結果,継続動作や変化進展の用法に次いで,多回的継続の用法が多いことがわかった。また,初級から中級レベルの総合教科書や発表用教材の調査では「~テイクの用法分類」中,取り上げられている用法に検討の余地があることがわかった。そこで,本稿では従来の授業であまり注目されることがなかった,多回的継続の用法や,発表でよく使用されるメタ言語表現,~テイクとほかの初級文型を組み合わせた表現,一語として導入したほうがよい表現などを理工系の学習者のレベルや環境に応じて提示し,学ぶ機会を積極的に設けることを提案する。
著者
田中 奈緒美
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.170, pp.130-137, 2018 (Released:2020-08-26)
参考文献数
10

本稿は,日本語会話において,話題転換時の新規話題導入発話の冒頭で用いられる「話題開始のための談話標識」を,聞き手の談話理解の手がかりとして分類することを目的とし,「BTSJによる日本語話し言葉コーパス」に収録された日本語母語話者による初対面雑談会話 (47会話,計13時間40分) で観察された当該表現について,聞き手が汲み取る情報の種類により分類した。その結果,観察された表現は,「①談話間の連接関係に対する話し手の認識」,「②談話内容に対する話し手の態度」,「③話し手の心的操作」の大きく3つに,さらに①と②は,「① a前後の談話の論理関係」「① b後続発話の導入理由」,及び「② a先行発話内容に対する態度」「② b後続発話内容に対する態度」のそれぞれ2つに分類することができた。
著者
朴 在恩
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.170, pp.92-106, 2018 (Released:2020-08-26)
参考文献数
31

本稿は,日本語教育学研究における調査方法論としてのインタビューに焦点を当て,日本語教育学研究におけるインタビュー研究の変遷と動向を調査し,日本語教育学研究におけるインタビュー研究の今後の方向性を考察する。本調査は,学会誌『日本語教育』創刊号から168号までの掲載論文を対象とし,インタビュー研究を精査,分類したデータベースを構築し,分析したものである。分析の結果,インタビュー研究が初めて掲載されたのは45号 (1981) であった。1980年代から2000年代までインタビュー研究の掲載率が着実に増加しているが,2010 年代に入って急増していることが確認された。また,2000 年代までは実験などを質的に補足する役割をするフォローアップインタビューが主流であったが,2010年代に入ってインタビューを分析データの中心とした研究が増加していることが明らかになった。
著者
柴田 あづさ
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.170, pp.62-77, 2018 (Released:2020-08-26)
参考文献数
15

本稿の目的は,関西地区の大学に在学する外国人日本語学習者4名が,日本人と関西弁による演劇作品を制作し上演する活動を通して,日本語学習上の問題をいかに克服し学習を進め伸びていったか,その過程と変化の要因を認識することである。インタビューで得た語りを複線径路・等至性モデリングで分析した結果,4名が,時期や具体的な状況は多少異なるものの共通性のある過程を辿り,いくつかの重要な行動をとることで日本語発話や演劇活動に対する不安を克服し,新たな自己を確立してくことがわかった。それは,1) 怖さや不安を感じる中で劇をすることを「決断した」こと,2) 「恥ずかしがっている方がおかしい」と「認識を変えた」こと,3) 震えや発汗などの症状を感じる中で「舞台に上がった」ことであった。さらに,スポットライトが緊張を和らげ,観客の笑いや拍手による反応によって「客を笑わせる」という学習者自身が立てておいた行動目標の達成を実感したことも変化を促したと考えられた。
著者
坪田 珠里
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.168, pp.40-54, 2017 (Released:2019-12-26)
参考文献数
20

海外における日本語教育が近年盛んに行われている状況の中,本稿では,日本とベトナム民主共和国(北ベトナム)との国交がまだなかったドイモイ改革前の時代に,ベトナム政府はなぜ日本語人材の育成を開始したのか,またロシア語偏重の外国語教育政策の中で日本語教育政策はどのように展開され,その目的は何だったのかに関し,日越双方の文献資料と関係者に対するインタビューにより調査・分析した。その結果,ドイモイ改革前の外国語教育政策における日本語人材の育成は,〝職業割り当て制度〟と密接に関わっており,社会主義国家建設のための幹部育成の一つの方策であったことを明らかにした。日本とベトナムとの国交樹立以降は,高等教育レベルで徐々に整備されていったが,日本語学習は個人の選択ではなく各大学により半ば強制的に決定され,また,教育の規模も国際政治経済情勢の動向に直接的に左右される非常に不安定なものであった。
著者
中村 重穂
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.141, pp.25-35, 2009 (Released:2017-04-05)
参考文献数
11

小論は,日中戦争期華北占領地に於ける日本軍兵士による日本語教育の実態を,ミクロストリアを方法論として公文書と戦争体験記から再構成し,その性格を検討したものである。5種14冊の史料から再構成した授業と原史料から窺える兵士の日本語教育の特徴は,理論的根拠,技術,言語(教育)観,体系性を持たず,丸暗記主義を軸として,対訳に依存しつつ個々の内容の徹底した模倣・記憶・練習を重ねることによって,これらの手続き/形式の集積として成立させた教室活動と総括することができる。そして,このような兵士の日本語教育は,自分を日本人=日本語を完璧に操れる能力を持つ存在としてカテゴリー化することにより日本語能力による差異化・差別化=「権力関係」を外国人との間に構築する点で,質的には現代の日本語ボランティアのあり方と共通する面を有し,その意味で現代の日本語教育に再検討を促すものとして読まれるべきであることを述べた。
著者
光元 聰江
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.158, pp.19-35, 2014

<p> 本稿は,日本語指導が必要な児童生徒(以下:「子ども」)の学校現場での「やさしい日本語」使用に関して,日本語教室とその「子ども」が在籍する学級(以下:在籍学級)との関係性の中で考えた。この両者を結ぶ教材として,「やさしい日本語」に書き換えた国語の「教科書と共に使えるリライト教材」(以下:「リライト教材」)の活用について提案した。まず,「子ども」の教科教育についてのこれまでの動向について述べた。次にリライト教材について,作成の理念,基本的な作成法等を記述した。そして,「リライト教材」を活用した授業―取り出し授業と在籍学級の授業―において,「子ども」がどのように授業に取り組んだかを紹介した。「リライト教材」の活用は,「子ども」に在籍学級での対等な「参加」を促し,自らの学びを自らの言葉で「語り直す」という質の高い学びをもたらした。今後,「特別の教育課程」実施にあたり,日本語での教科学習参加に資する一方法として,「リライト教材」の活用による授業を提案した。</p>
著者
奥田 純子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.144, pp.49-60, 2010 (Released:2017-04-15)
参考文献数
24

本稿では,まず日本語教育機関に起きている変化を多様化という視点から検討し,現職者研修で取り組むべき課題を変化に対応するための課題と変化を起こすための課題に分け,前者は学習の専門家として学習者と学習について話すためのコミュニケーション力と多様な他者との協働であること,後者は教師自身が変革主体となるための教育現状のメタ認知,教育の未来ビジョンの立案,組織内外での協働であることを述べた。以上の課題を解決するための研修は,教師と組織の成長が同時に満たされる必要があることを指摘し,研修例として教師同士や外部組織との共通理解を促進するためのジャーゴン辞書の作成,対話力を高めるためのダイアローグ・プロセス,教育の共有ビジョンを創るためのSWOT分析を紹介した。最後に,現職者研修に必要な日本語教育機関の環境条件を示し,変化に挑む教師文化,組織文化が醸成されることが変化の時代の現職者研修の役目であることを述べた。
著者
張 恵芳
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.145, pp.49-60, 2010 (Released:2017-03-21)
参考文献数
15

近年,「確認用法」諸表現形式の意味特徴と表現形式間の互換性の問題が盛んに論じられているが,主に単一の文が分析対象で,「確認用法」の対話の性質を重視する視点に欠ける問題点がある。本稿は,その下位用法の一つである「認識喚起」用法において互換性を持つ「ダロウ」と「デハナイカ」を取り上げ,両者の自然会話における表現機能の違いを考察した。話し手と聞き手のインターアクションに注目し,イントネーションも合わせて分析して,次のような結論を得た。「ダロウ」は必須の特定のイントネーションで聞き手に問いかけ,聞き手に情報の的確さについて確認するという機能を持っている。「デハナイカ」は下降調が多く話題と情報の提供に役立ち,またそのイントネーションを上昇調に変えることによって,話し手は聞き手とインターアクションを取りながら話を進めていくという姿勢を示す。この分析結果は両形式の意味特性と関連を持っている。
著者
ヴォロビヨワ ガリーナ
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.149, pp.16-30, 2011 (Released:2017-02-17)
参考文献数
19
被引用文献数
2

漢字学習の支援を目指して,非漢字系日本語学習者の漢字学習の問題点の一側面を明らかにするとともに,計量的なアプローチによって漢字字体情報処理システムを開発した。本研究は下記のような流れによって行った。①新常用漢字にもとづき書記素の種類を定義し,そのコード化の案を作成した。②新常用漢字にもとづき部首以外で使用されている最小意味単位である構成要素を抽出し,構成要素のコード化の案を作成した。③アルファベットと数字を用いた漢字のコード化の案を作成した。④漢字辞典の調べ方の効率化を目指し,漢字のコードにもとづいた新しいタイプの索引を開発した。⑤漢字の複雑さの判定規準を考察し,複雑さの指数を定義した。⑥複雑さの指数による新常用漢字の分類を行った。
著者
跡部 千絵美
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.150, pp.131-145, 2011 (Released:2017-02-17)
参考文献数
18

本稿は,台湾の大学の必修初級作文授業においてピア・レスポンスを行った実践報告である。課題探究型アクション・リサーチにより,通年の授業でさまざまな行動方略を行った。このうち本稿では,学習者の作文の内容・構成面の問題に対して行った行動方略を中心に報告する。また最後に授業全体を振り返って出てきた課題を以下のようにまとめた。(1)伝わらなかった「プロセス重視」,(2)日本人教師の限界,(3)教師主導型のピア・レスポンスに陥る危険性
著者
松本 剛次
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.158, pp.97-111, 2014 (Released:2017-02-17)
参考文献数
19

インドネシアの中等教育では,2004年発表の「普通高校・宗教高校カリキュラム」以降,「能力を基盤とするカリキュラム」という考え方が唱えられてきた。そこでは「変化や複雑さ,不確実さに対応できる能力の育成」が重視され,日本語の授業もそれに貢献するものとされた。 しかしこのような考え方は,実際の授業に取り入れられることはあまりなかった。それが近年になり,教育系大学による新たな教師研修・教師養成制度の開始や,それに伴う「PAIKEM(活動・革新・創造・効果的で楽しい授業)」・「科学的アプローチ」といった方法論の紹介などを通して,次第に現場の教師にも理解されるようになってきている。アクション・リサーチ,レッスン・スタディなどの報告も増えている。 「能力の育成に貢献する日本語教育」という考え方はインドネシアの中等教育に限定されるものではない。今後それらが連携していくことで,さらなる進展が期待できる。
著者
清田 淳子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.174, pp.31-44, 2019

<p> 本研究では「言語少数派の子ども」に対する教科学習支援の方法として,「教科・母語・日本語相互育成学習モデル」 (岡崎1997) における「母語による学習」場面をスマホ版スカイプを利用した遠隔授業として行うことの可能性を探る。母語を活用した学習支援は日本語による教科理解を促進するとされるが,実施に際しては母語支援者の確保に課題を抱える。問題の解決に向けて,学年相応の国語教材文を扱った「母語による学習」を,時間や場所にとらわれない遠隔型支援として試行したところ,そこでは多様な読みの活動が展開され,高度な思考操作や理解力,子どもの考えを誘発し思考を深める学習課題が設定されていることがわかった。また,読むことだけでなく作文への活動の展開も可能であった。以上,スカイプによる遠隔型支援は母語支援者の人材リソースの開拓と,子どもにとっては母語を活用した学習支援を受ける機会の拡大につながるといえよう。</p>
著者
李 文平
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.157, pp.63-77, 2014

<p> 本研究では,教科書の改善の方法を探るために,中国で使用されている日本語教科書のコロケーションを調べ,母語話者の使用実態との比較を行った。今回の調査の結果,次の三点が明らかになった。第一に,教科書のコロケーションは頻度も種類も母語話者の使用より多い。第二に,教科書において母語話者がよく使うコロケーションを提示することは,これまでの日本語教育と補完し合うものと期待できるにもかかわらず,現行の教科書は母語話者の使用実態を十分に考慮していない。特に,「影響を受ける」「役割を果たす」などトピックに依存せず,広く使われているものを積極的に取り入れていない傾向がある。第三に,教科書は新出単語を母語話者がよく使うコロケーションの形で提示しておらず,母語話者があまり使わないコロケーションを大きく取り上げる傾向も見られた。これらの問題点を指摘した上で,今後の改善点を提案した。</p>
著者
今井 新悟
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.146, pp.117-128, 2010

<p> 受身文は直接受身文と間接受身文に分けられてきた。所有(持ち主)受身を立てることもあるが,これも,間接受身の亜種とされることが多かった。これに対し,本稿では,所有受身が間接受身ではなく,直接受身であることを主張する。その証拠として二重対格制限,ガノ交替,主格降格と参与者数,付加詞・必須項,主語尊敬構文「お~になる」の尊敬対象,再帰代名詞「自分」の先行詞,および数量詞遊離に関しての統語論的な現象を示す。これらは先行研究でも繰り返し使われた統語的テストであるが,統一した結論に至っていない。本稿の分類により構文と意味の対応,すなわち,「直接受身=中立の意味」ならびに「間接受身=迷惑の意味」の単純な結論に収束することを示す。日本語教育にあっては,本稿の言語学的な裏づけにより,所有受身を間接受身とせず,構文と意味の明確・単純な対応を示すことで混乱なく受身の指導ができる。</p>
著者
庵 功雄
出版者
日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
no.86, pp.p52-64, 1995-07

願望文の目的語の格標示には「水が飲みたい/水を飲みたい」のように2つの可能性がある(この現象を「ガ―ヲ交替」と呼ぶ)。しかし,実例における分布やその他の考察を行うと,実際にはガは極めて限られた語嚢・構文上の環境にしか現れないことが分かる。本稿ではこの構文における無標の格標示をヲと考え,有標であるガが現れることができない環境を記述した。その結果,この現象には「典型性」と「他動性」という2つの要因が関与していろことが分かった。この2つの概念を導入することで,単純形だけでなく,複合形におけるガとヲの分布も説明できるのである。
著者
菊岡 由夏 神吉 宇一
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.146, pp.129-143, 2010

<p> 本研究は「生活者のための日本語教育」構築の基礎として,外国人を含む就労現場の言語活動に着目し,それを通した第二言語習得過程での言語発達の限界と可能性を明らかにすることを目的とした。具体的には,外国人が働く工場でフィールドワークを行い,その言語活動を「一次的ことばと二次的ことば」の観点から分析した。その結果,外国人作業員は一次的ことばによる作業員同士の言語活動には堪能な一方,二次的ことばによる「他者」との言語活動には困難を生じることがわかった。これは二次的ことばが一次的ことばとは異なる「自覚性と随意性」という言語的思考を要するためだと考えられた。換言すれば,これは無自覚な言語使用は可能でも自覚的な言語使用が不十分だという第二言語習得過程での言語発達の限界を示す現象だと考えられた。最後に,この限界を超え可能性を生かす日本語教育が目指すべきものとして,「越境のための日本語」という概念を提示した。</p>