著者
中俣 尚己
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.156, pp.16-30, 2013 (Released:2017-03-21)
参考文献数
11

「も」に関しては従来,意味による分類が行われていたが,この論文では構文のタイプが学習者の母語に存在するかしないかによって習得難易度に差があるのではないかという仮説を立て,JFL環境の中国語話者を対象に,3種の調査によってそれを検証した。理解について調べた文法性判断課題においては構文タイプによる差は見られなかった。しかし,産出について調べた翻訳課題ならびに作文課題においては,通常の「AもP」構文の使用に全く問題ない学習者であっても,「AもBもP」構文や「AもP,BもP」構文の使用は難しいという,母語の干渉の存在を支持する結果が得られた。この結果は,産出のための文法を考える際には,日本語学の視点のみから記述された文法では不十分で,学習者の母語についても考慮する必要があること,またJFL環境における検証調査の重要性を示している。
著者
山田 智久
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.157, pp.32-46, 2014 (Released:2017-03-21)
参考文献数
27

本研究は,日本語教師二名へのPAC分析調査を3年の間を空けて,2回行い,教師のビリーフの変化,および変化を促した要因について分析したものである。PAC分析調査の結果の比較から教師のビリーフには,その性質によって変化しやすいものと変化しにくいものがあることが分かった。変化しやすいビリーフの特徴としては,形成されて間もないものであることや同質のビリーフが存在せずに単独で存在していることなどが挙げられた。反対に,変化しにくいビリーフの特徴としては,新人教師の頃に獲得されたビリーフであることや同じ性質を持つビリーフが集まったビリーフの塊が形成されていることなどが挙げられた。
著者
大場 美和子 中井 陽子 寅丸 真澄
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.159, pp.46-60, 2014 (Released:2017-03-21)
参考文献数
48

本研究では,会話データを対象とした多様な研究を「会話データ分析」という包括的な概念で捉え直し,学会誌『日本語教育』創刊号から153号で会話データ分析を行う研究論文170本を対象に,その研究の動向を年代別に分析した。まず,『日本語教育』中の(1)会話データ分析論文数の比率,(2)分析データ場面の傾向(母語場面,接触場面,両場面),(3)会話データの種類の傾向について年代別に集計した。次に,この集計結果に加え,各論文が分析項目として設定している項目も詳細に見つつ,当時の日本語教育の歴史的・社会的状況をふまえた総合的な分析を行った。この結果,80年代から会話データ分析の論文が増加し,分析も専門化・詳細化し,会話データ分析の研究成果を教育現場で活用することを主張する論文が増加していることが明らかとなった。今後は,より専門化・詳細化していく研究成果を多様化する教育現場で活用できるよう,会話データ分析の知見を多分野で共有し,連携していく重要性を主張する。
著者
小川 美香
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.176, pp.64-78, 2020-08-25 (Released:2022-08-26)
参考文献数
29
被引用文献数
1

近年外国人材の介護現場への参入が著しく進む中,言語学的な分析や教育実践,それらの成果から開発された教材は充実してきたが,彼らのコミュニケーション力については就労現場の文脈を切り取らない議論の成果が待たれる。それゆえ筆者は,介護現場におけるフィールドワークを通して外国人介護人材が専門職として,第二言語である日本語を使用しながら求められる「コミュニケーション力」について介護現場を担う人々の視点から探ろうと試みた。 本稿では研究の結果明らかになった,「現場の多様性を共有する力」,「チームの一員として目的意識を持つ力」,「ホスピタリティ等の精神力と非言語コミュニケーション力」に関してデータに基づいて具体的に述べる。その上で介護の専門性と第二言語コミュニケーションの視点から考察を加え,介護福祉士の先にあるキャリアをも見据えた日本語教育の役割について論じた。
著者
白石 知代 松田 文子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.159, pp.1-16, 2014 (Released:2017-03-21)
参考文献数
15

本稿は「ぬく」を後項とする複合動詞「V-ぬく」を取り上げ,コア理論を援用してその意味を記述したものである。これまで「V-ぬく」の大半は本動詞「ぬく」の意味が希薄化した統語的複合動詞であること,これらの「V-ぬく」には「貫徹」(例:走りぬく),「極度」(例:悩みぬく)などの用法があることが指摘されている(姫野,1999)。しかしこのような説明だけではL2学習者に納得のいく説明とはなりにくい。そこで本稿では本動詞の意味から複合動詞の意味推測が可能となることを目指し,本動詞「ぬく」の意味を「場所Yの中からYの外へXが移動することを表すが,その移動には必ず「抗う力」が伴う」と捉え直し,「ぬく」のコア図式を提示した。こうすることで,本動詞「ぬく」と語彙的/統語的複合動詞「V-ぬく」の意味の共通性を示すことが可能となる。
著者
田中 信之
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.162, pp.113-128, 2015 (Released:2017-12-26)
参考文献数
23

本研究は文章産出過程における辞書使用の実態を調査した。中国人学習者20名を対象に,再生刺激法を用い,電子辞書の使用状況を分析した。その結果,中日辞典と日中辞典が主に使用され,中日辞典は翻訳機的な機能,日中辞典は文産出の支援的な機能を果たしていた。検索成功率は約7割で,検索失敗後は過半数が検索を継続していたことから,学習者の辞書への期待が窺えた。一方,辞書を用いて書いた箇所の正用率は約6割で,検索失敗後,自力で書いた箇所の正用率と大差なかった。用例参照率の低さが原因の一つだと推測できるが,用例を参照して書いた箇所の正用率は6割を下回った。この結果は学習者が用例を参照しても文産出に活かせていないことを示している。誤用の原因は文法やコロケーションで,用例参照により文法情報は得られるが,コロケーション情報は読み取り困難なことがわかった。学習者がこの性質を知らないことが正用率に影響したと考えられる。
著者
平高 史也
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.138, pp.43-52, 2008 (Released:2022-10-30)
参考文献数
9

本稿では,前半でドイツにおける移民の受け入れの歴史を概観し,移民に対する言語教育の変遷について論じる。後半では,第2言語としてのドイツ語教育の現状を顕著に示す3つのトピックを扱う。まず,近年注目を集めているヘッセン州のケースを例に,就学前の移民の子どもに対するドイツ語教育について論じる。次に,ニーダーザクセン州を事例として,小中学校で行われているドイツ語の学習支援についての方策をいくつか取り上げる。最後に,成人に対するドイツ語教育の例として,2005年に発効した「移民法」を受けて実施されている移民に対する統合コースを扱う。このコースはドイツ語教育600時間,ドイツ事情を扱うオリエンテーションコース45時間からなっている。ドイツでは,外国人の統合には連邦や州だけではなく,外国人委任官や宗教団体など多様なアクターがかかわるべきであることが,「移民法」にも謳われている。
著者
霍 沁宇
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.162, pp.97-112, 2015 (Released:2017-12-26)
参考文献数
11

本稿は,2014年に都内の大学で行われた上級読解の授業及びそれによる学習者の読み方の意識変容プロセスに関する調査報告である。授業は,学習者の自己との対話,学習者同士の対話,教師を交えた全体の対話という「三つの対話」を用いて,正確な理解と批判的な読みという学術的文章を読むのに必要な読み方を身につけることを目的としたものである。調査では,22名の学習者へのインタビューデータを,修正版グラウンデッド・セオリー・アプローチを用いて分析し,彼らの読み方の意識変容プロセスを明らかにした。学習者は,授業の開始時期に【自分の読み方への固執】をしていた。授業では,【戸惑いと悩み】を感じながら,【努力と工夫】をし,【気づきと学び】が得られた。また,【授業スタイルの変化による相互作用の活性化】と【教室内外の活用及び達成感】を通して読み方が【より深く,より広く】変容していくことが明らかになった。
著者
楊 虹
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.162, pp.66-81, 2015 (Released:2017-12-26)
参考文献数
19

本研究は,話題上の話し手・聞き手の役割交替の様相を分析し,中日母語場面の話題展開のパターン及び中日母語話者の話題上の聞き手としての会話の参加の仕方の相違を明らかにした。分析の結果,1.日本語母語場面と比べ,中国語母語場面では,話し手と聞き手の役割交替が頻繁に見られ,聞き手側だった参加者が話し手役割の発話をする場合が多く見られることがわかった。2.「役割固定型」「協調的役割交替型」「役割回帰型」「話し手役割競合型」という4つの話題展開のパターンが見られ,この4つのパターンの生起分布について,中日母語場面を比較したところ,有意差が見られた。一つの話題が展開していくプロセスにおいて,日本語母語場面では,話題上の話し手と聞き手が比較的固定的であるのに対して,中国語母語場面では,会話参加者の双方が話し手役割をめぐって交渉する場面も多く見られるという中日母語場面の異なる特徴が明らかになった。
著者
八木 真奈美
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.162, pp.50-65, 2015 (Released:2017-12-26)
参考文献数
37

近年,日本語教育研究においても質的研究の重要性は高まっている。本稿の目的は,ナラティヴという視座から質的研究方法の一つとしてのエスノグラフィーの新たな展開を示すことである。それに先立ってまず,ここで扱うエスノグラフィーは,単なる調査や分析の手順を指すだけではなく,認識論的な世界の見方に関わるものだということを述べる。次に,エスノグラフィーの分析プロセスを示した後,ナラティヴとの融合による新たなエスノグラフィーの展開を,筆者の研究を再考する形で示す。結論として,質的研究の調査や分析の方法は,自らの依って立つ解釈の枠組みを明示し,対象となる人や集団の理解を目指した上で,何を明らかにしたいのかによって多元的に選択し,組み合わせていくことができると考える。それにより,人間と言葉の複雑な関係をより深く捉えられる可能性が生まれることを主張したい。最後に,日本語教育における質的研究の意義について述べる。
著者
窪津 宏美
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.176, pp.16-32, 2020-08-25 (Released:2022-08-26)
参考文献数
13

公立学校においても多文化背景で育つ子どもが在籍し,日本語指導の必要な児童生徒は増加傾向にある。日本の政策や経済状況により共生が広がる今,誰もが安心して教育を受けることができるための支援はどうあるべきかを問い直し,取組実践を再評価することが求められる。エンパワーメント理論を用い,小学校就学時に多文化背景家庭を支援する取組を調査した結果,学校と地域支援団体が協働してマッチした支援を提供し家庭を勇気づけていた。1年の継続観察による具体事例を分析し,家庭の意識化により子どもが本来の力を取り戻す場を得たこと,学校教員が自己効力感をもったことが確認され,「協働的社会」の実現へ向けた取組の道筋が考察された。支援者と被支援者の意識に着目して就学初期支援に組み込まれるエンパワーメントの様相を明らかにし,公的な支援構築に向け支援の継続モデルを提案した。
著者
野瀬 由季子 大山 牧子 大谷 晋也
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.176, pp.48-63, 2020-08-25 (Released:2022-08-26)
参考文献数
28

内省を通して実践を創造していく自己研修型教師としての日本語教師の養成・研修は喫緊の課題であり,その一手法として授業観察が存在する (岡崎・岡崎 1997)。授業観察の支援環境の構築を目指して,本研究では,国内の日本語学校で教師研修として実施される授業観察を対象に,観察者と授業者の授業観察への目的意識を明らかにする。日本語学校の常勤3名 (観察者) と非常勤3名 (授業者) に半構造化インタビュー調査を実施し,逐語録に対してSCAT (大谷 2019) による質的分析をおこない,授業観察に対する目的意識を,筆者らが作成した【評価志向型】【実践公開志向型】【内省共有志向型】の枠組みで考察した。その結果,各観察者/授業者は基本的に特定の志向型を軸に授業観察を捉えながらも,同時に別の志向型の要素を持ち合わせていたり,軸とする志向性を徐々に変容させたりしていくことが明らかになった。このことから日本語学校での役割や教師間の関係性を考慮した活動デザインの重要性が示唆された。
著者
孟 盈
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.185-199, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
25

日中漢字類似性が中国語を母語とする日本語学習者(以下,CLJ)の単漢字和語動詞の習得に与える影響を明らかにするため,単漢字和語動詞を「同義同形類」,「同義異形類」に分類し,CLJとインドネシア語を母語とする日本語学習者(以下,ILJ)に対して,産出テストと理解テストを行った。その結果,「同義同形類」では,日中漢字類似性がCLJの産出と理解の双方に正の転移をもたらし,書字的類似性だけで習得が促進されることが明らかとなった。「同義異形類」の理解テストでは,書字的類似性による表記親近性効果が生じ,CLJはILJより理解度が高い傾向であった。一方,産出テストでは,同意味を表す日本語には中国語と書字的類似性がないため,CLJとILJに差はなかった。このことから,CLJは「同義異形類」について意識的な学習を行う必要があることが示唆された。
著者
雍 婧
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.170-184, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
23

本稿は,ノンネイティブ日本語教師(以下,NNT)認知研究の動向を分析し,今後のNNT認知研究の方向性を考察したものである。本調査では,オンライン学術文献データベースによる検索で抽出された1991年から2020年までの81本の研究論文を対象とし,年代別・地域別・研究課題の3つの観点から分析した。分析の結果,NNTを対象とする教師認知研究の論文は,社会の多様化が進み,教師の自己研修や成長に注目が集まったことを背景に,2010年代に急増していることが確認された。また,2010年までは東アジアを対象とした論文が多いが,2011年に入ると東南アジアに注目した研究が急増している。さらに,計量テキスト分析で研究課題が確認され,日本語教育学研究の関心領域の多様化及び,多文化共生社会におけるNNTの葛藤への関心により,NNT認知の変容プロセスへの注目度が高まっていることが明らかになった。
著者
田中 祐輔 川端 祐一郎
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.79-93, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
24

日本語教育研究史についてはこれまでに複数の重要なサーベイが存在しているが,多くは研究領域の分類や取り組みの方向性に関する考察を行ったもので,定量的知見は不足している。また,研究間や研究者間での相互関係や互いの影響については明らかにされていることが極めて少ない。本研究では,日本語教育学及びその研究コミュニティの輪郭を把握するための試みの一つとして,日本語教育学会の機関誌『日本語教育』第1 ~ 175 号(1962~2020 年)の掲載論文1,803 点と,これらの論文中で引用された文献16,205 点及びそれらの著者を対象として,引用参照関係の時系列変化やネットワーク構造の分析を行った。その結果,研究コミュニティ内における共通の知的基盤の形成,研究動向の変化,グローバルな言語・教育研究との関連等について,いくつか重要な事実が明らかになった。また,その背景や示唆について,先行研究の知見も踏まえながら考察を行った。
著者
米本 和弘
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.200-214, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
20

本稿では,東京の大学の大学院留学生対象初級日本語コースで行った,「自助力」向上を目指した防災学習活動を通して,留学生がどのような経験をし,何を得たのか,実践の記録,および留学生と実践者の振り返りをもとに報告する。具体的には,従来の防災学習における課題を乗り越えるために提示されたGLIモデル(光原,2018)を応用し,1)東日本大震災のドキュメンタリー映画視聴,2)日本の自然災害についての読解活動,3)防災館における体験学習,4)学内でのフィールドワーク,5)学外でのフィールドワーク,6)防災に関する情報の発信,という流れで実践を行った。本活動の効果として,1)自然災害の基本的かつ実用的な情報をリアルに伝えることができたこと,2)自然災害に関する日本語を効果的に学習する場を提供できたこと,3)自然災害を自分ごとと捉え,自分の身を守る必要性に対する意識に働きかけることができたことが挙げられる。
著者
ボイクマン 総子 根本 愛子 松下 達彦
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.175, pp.146-154, 2020-04-25 (Released:2022-04-26)
参考文献数
12
被引用文献数
1

プレースメント用のスピーキングテストは,大勢が短時間で受験でき,判定が簡便で,信頼性や妥当性の高いテストが理想である。そこで,筆者らはテストタスクと,ルーブリックと音声サンプルによる判定ツールの開発に着手した。テストの信頼性や妥当性を検証するため,開発した判定ツールを用いて初級から上級の受験者32名の「断り」のタスク結果を日本語教師4名に判定してもらう実験を行った。判定結果は,プレースメント時の読解などの受容能力より産出能力を示す作文と,リスニング要素を含むSPOTとの相関が高かったことから基準関連妥当性を一定程度満たしていると言える。判定者間の一貫性や相関も高く,受験者1名あたりの判定時間が1~2分であったことからも,本タスクと判定ツールは,簡便で一定の信頼性も確保できていると言える。ただし,中級の判定は初級や上級より難しいことがうかがわれた。
著者
土屋 理恵
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.175, pp.130-145, 2020-04-25 (Released:2022-04-26)
参考文献数
9

本稿は,法務省告示校である日本語教育機関において聴解授業の改善を目的として実施した研修に関する報告である。研修は事前・事後課題を設定した対面研修の後,各教師に実践での研修内容の活用を奨励し,3か月後に授業見学を行うというものであった。その結果,授業見学時には全対象教師に授業設計で改善が見られ,研修内容が一定以上行動に転移したことが確認された。同時に,授業設計以外の面で機器操作,デリバリースキル,教室経営における課題が判明した。そこで,機器操作を含めた聴解授業実践のノウハウを教師全体で共有し,授業見学で互いに気づきを得る機会を追加した。最初の対面研修から9か月後の追跡調査では,全対象教師が聴解授業に研修内容を1つ以上活用していること,その一方で自身の聴解授業においてプラスの変化を感じているのは半数以下であることがわかった。授業の総合的な改善には継続した取り組みが求められる。
著者
山路 奈保子 因 京子 アプドゥハン 恭子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.175, pp.115-129, 2020-04-25 (Released:2022-04-26)
参考文献数
10

日本語未習で来日し,授業への安定的出席が困難な大学院留学生・外国人研究員に対する効率的な日本語教育方法の開発を目標に,学習者が自らの周辺環境を学習リソース化していく技能の獲得を促進することで継続的な日本語学習につなげることをめざす短期日本語入門コースを実施した。研究室において日本語の話し言葉に日常的に接しているという環境を生かし,それらが断片的にでも理解できることを意識させる仕組みを教材および教室活動に取り入れ,周囲で話される日本語への観察力を高め,滞日期間全体に亘る継続的学習への動機とすることを試みた。授業およびコース終了後の評価アンケートでは,研究室における日本語コミュニティに加わりたいという明確な意志を持つ学習者は,学習した表現を使用してみた経験とともに,周囲で話される日本語を観察した結果をさかんに報告しており,こうした学習者にはコースの基本方針が強く支持されたことがわかった。
著者
大舩 ちさと
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.175, pp.100-114, 2020-04-25 (Released:2022-04-26)
参考文献数
31

海外における日本語教育の最大の層は,中等教育段階における日本語教育 (以下,海外の中等日本語教育) であるが,日本国内では研究の蓄積の乏しい領域である。本稿では学会誌及び国際交流基金発行の学術雑誌3誌に掲載された海外の中等日本語教育に関する論考 (報告を含む) 155本を対象とし,研究動向を分析した。その結果,先行する政策を実現するために実践が試行錯誤される政策誘導型の特徴が見られ,制度構築を主眼に置いた研究が多く,実践の行われる国・地域の範囲内で考察が詳細に行われるという特徴が浮かび上がった。一方,海外の中等日本語教育の独自性を追求し,国・地域や政策の枠組みを超えて多様な実践を理論的・包括的に捉える研究は極めて少なく,1970年代から理論構築の必要性は論じられてきたが,実際には進んでいないことが明らかになった。海外の中等日本語教育のよりよい実践を生み出していくために理論構築が必要なことを示した。