著者
山本 真理
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.148, pp.99-113, 2011 (Released:2017-02-17)
参考文献数
15

本稿では「~が『~』と言ってくる」という同じ構造をもち,引用句だけが異なる次のような例を扱う。次の例はいずれも「言ってくる」を使用し,引用句のみが異なる文であるが,自然さには違いがある。しかし,「言う」や「(テ)クル」の先行研究からだけではその違いを説明できない。 ○ 先生が「ちょっと手伝ってくれない」と言ってきた。 ? 先生が「富士山は日本で一番高い」と言ってきた。 本稿では,これらの自然さの違いを語用論的観点から分析した。その結果,「言う」が持つ性質の「発語行為を表現することはあっても,発語内行為を示すことはない」こととは異なる性質が「言ってくる」の使用に観察された。本稿ではその性質を「策動性」と呼び,その発話の結果である「聞き手への効果まで意図しているという発話の性質」と定義した。また,「言ってくる」で示される「策動性」は伝達者の表現意図であることについても述べた。
著者
松田 文子 白石 知代
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.150, pp.86-100, 2011 (Released:2017-02-17)
参考文献数
9

L2学習者は複合動詞の意味を理解しようとするとき,前項動詞(V1)の意味と後項動詞(V2)の意味を組み合わせて理解する方略(「V1+V2ストラテジー」)を用いる傾向が強いが,それは必ずしもうまくいかないとする指摘(松田,2004)を踏まえ,本稿ではL2学習者の使用する「V1+V2ストラテジー」に働きかけられるような複合動詞の意味記述を試みた。事例として多義動詞「かける」を後項とする複合動詞「V-かける」(V=前項動詞)を取り上げた。「V-かける」は,「壁に絵を立てかける」のようにどこかに何かを斜めに依拠させる用法,「相手に水を浴びせかける」のように覆うようなイメージが強調される用法,また「赤ちゃんに語りかける」のように相手に向けてというニュアンスが強い用法などがあるが,本稿ではすべての「V-かける」の意味に本動詞「かける」の意味が反映していると捉え,それがどのように反映しているかを考察した。
著者
大澤 公一
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.150, pp.71-85, 2011 (Released:2017-02-17)
参考文献数
10

大学修学能力試験(CSAT),日本留学試験(改定前EJU),日本語能力試験(改定前JLPT)に出題された非音声領域の既出757項目,および日本語Can-do-statements(CDS)尺度60項目によるモニター試験を韓国内で実施した(N=4,647)。項目反応理論の2母数ロジスティックモデルを適用して3試験に共通する一次元の日本語能力を尺度化した結果,各試験の項目困難度の分布の中央値を基準としてCSAT,JLPT4級,3級,2級,1級,EJUのように難易度の序列が付与された。次にCDSの達成困難度と3試験の難易度との対応付けを一般化部分得点モデルによって行った。その結果,韓国語母語話者においては「話す,聴く」課題より「読む,書く」課題の方が達成困難であると考えられていることが判明した。これに加え,3試験の難易度を質的に解釈するための言語4技能別のCDS達成困難度パラメタが付与された。
著者
ファン サウクエン
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.150, pp.42-55, 2011 (Released:2017-02-17)
参考文献数
42
被引用文献数
1

本稿では,グローバリゼーションの浸透とともに進展していく多言語化・多文化化の流れの中で,現代日本社会における日本語学習者の言語使用の一面を紹介し,日本語教育との関連性を考察する。まずポストモダニズムから生まれてきた接触場面の概念を整理したあと,次に積極的な接触場面への参加によって豊かな言語生活,ひいては生活全体の計画を実現しようとする日本語学習者の事例を紹介する。特に彼らの日本での言語生活を支えるのに重要な役割をもつ外国人同士による日本語使用の場面に注目し,そこからポストモダン社会としての日本における日本語教育の意義と可能性を考える。
著者
砂川 有里子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.150, pp.4-18, 2011 (Released:2017-02-17)
参考文献数
33
被引用文献数
2

日本語教育でのコーパスの活用は,英語教育に比べると遅れてはいるが,昨今のパソコン性能の向上や大規模コーパスの構築といった動きに伴って,ここ数年で飛躍的に研究が進展し,応用への試みも数多くなされるようになった。本稿ではコーパスとは何かを概観し,コーパスを活用することの意義を日本語学と日本語教育において確認した上で,日本語教育にコーパスを活用した事例について,①シラバス・デザインに役立つ語彙や文型の研究,②学習辞書や参考書に役立つコロケーション研究,③日本語学習者コーパスを利用したレベル判定指標の研究,④コーパスを活用した学習者支援のためのツールや参考書の4つに分けて紹介し日本語教育でのコーパス活用に関する可能性と課題について述べる。
著者
舩橋 瑞貴
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.155, pp.126-141, 2013 (Released:2017-02-17)
参考文献数
15

本稿では,注釈挿入における発話構造の有標化を,言語形式以外のリソース(音声特徴,非言語行動,人工物)の使用から考察する。有標化にかかわるリソースとして,ポーズをはじめとする複数の音声特徴,ジェスチャーや姿勢といった非言語行動,スライド等の人工物をみとめ,リソースが互いに関与し有標化がなされる様子をみる。注釈挿入において,リソースの複合的使用,それらが一体となって発話構造の有標化が実現されていることを明らかにし,日本語教育のための文法研究では,言語形式だけを記述の対象とするのではなく,言語形式と言語形式以外のリソースを等価なものとして扱い,総体として分析する視点が必要であることを示す。
著者
関崎 博紀
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.155, pp.111-125, 2013 (Released:2017-02-17)
参考文献数
13

本研究では,日本人大学生同士の雑談の中で否定的評価として機能した発話を取り上げ,その言語的な表現方法を分析した。分析は,各発話が,評価の内容(「価値づけ」),評価の対象となる「事柄」,対象を評価する「基準」のいずれに言及したものかという観点から行い,次のことを明らかにした。「価値づけ」の表現方法には,語義として評価の意味を含んだ単語を利用する方法と比喩表現から価値づけを示唆する方法があった。また,「事柄」を表現する方法には,価値づける対象となる事柄を言語化する方法と,その事柄の結果として生じた事態を言語化する方法が見られた。価値づけの基準への言及方法には,モダリティ表現を用いた方法と基準を言語化する方法が見られた。最後に,本研究が日本語教育に示唆することについて考察した。
著者
市瀬 智紀 田所 希衣子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.155, pp.20-34, 2013 (Released:2017-02-17)
参考文献数
17

本稿は,学会誌『日本語教育』の特集「エンパワーメントとしての日本語支援」の主旨を踏まえ,東北地方の国際結婚による移住者を中心とする外国出身者に焦点をあてて,3.11東日本大震災から2年について,エンパワーメントの具体的なアクションとしての日本語支援と母語支援の側面から記述した。今回の震災の被害は広範囲にわたったため,都市部に居住する留学生を中心とする短期滞在型の外国人と,農村部や沿岸部に居住する国際結婚配偶者とでは,情報の入手方法や震災後の行動が異なった。また,津波浸水被害や原子力災害を含む複合的な大規模災害であったため,専門的な用語を含んだ情報を提供することや,生活上の基本書類の再発行や「罹災証明書」申請など,生活再建に密着した難解な日本語を支援することに難点があった。地域の日本語教室のネットワークは,災害時のセイフティーネットとしての役割を果たした。母語で被災体験を振り返る機会を提供することは,外国出身者の心のケアにつながった。数か月を経過して,外国出身者の間で,子どもへ母語や母文化を伝えていきたいという意識が芽生え,危機に直面して外国出身者による自発的なネットワークづくりが始まった。今回の震災において,外国出身者は情報弱者や災害弱者であった反面,ボランティア活動に参加し,災害弱者の強力な支援者となった。支援者としての外国出身者は,それが外国出身者であることは意識されず地域の内部にごく自然に受け入れられたが,このことは「エンパワーメント理論」における「既存の社会関係の変容」があったことを示している。
著者
上野 美香
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.156, pp.1-15, 2013 (Released:2017-03-21)
参考文献数
19

EPA(経済連携協定)に基づく介護福祉士候補者の日本語をめぐる問題は,日本語研修の成果と課題,国家試験に関する調査や分析等を中心に議論が重ねられてきた。一方,受入れ現場や就労場面に焦点を当てた研究は数が限られており,成果が待たれる状況にあると言える。 そこで筆者は,介護現場でフィールドワークを行い,日本人介護職員の視点からインドネシア人候補者の日本語をめぐる諸問題を明らかにすることとした。参与観察とインタビュー調査によって得られたデータを分析した結果,専門用語,リフレーズ,介護場面での日本語運用という側面から日本人介護職員の問題意識が浮き彫りにされた。本稿では,これらの問題についてデータを引用しながら実証的に論じ,受入れ現場からの知見に照らして,候補者を対象とした日本語教育および日本人介護職員への働きかけの方途を探り,課題を提起した。
著者
小宮 千鶴子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.157, pp.47-62, 2014 (Released:2017-03-21)
参考文献数
31
被引用文献数
1

本研究は,高校卒業程度の「経済の基礎的専門語」318語の専門学習における有効性の検討を目的として,経済関係学部の専門基礎科目の教科書3種を資料に,その使用状況を調査した。使用された184語は全体の6割強で,その半数強(異なり)を中学「公民」用語が占めた。「公民」用語は,延べでは全体の8割以上を占め,高校「現代社会」「政治経済」で初出の用語に比べて頻出し,基礎的専門語の中でも優先して学習すべき用語であることが判明した。 「経済の基礎的専門語」を分野別に分けると,経済学用語が6割弱を占め,20以上の専門科目に対応した。専門基礎科目は専門科目群の一部で,資料に使用されるか否かは内容との関連で決まるので,他科目の資料に変えれば,不使用の用語が使用される可能性がある。 それらの結果から,「経済の基礎的専門語」は,経済のさまざまな専門科目に対応し,「公民」用語を中心に使用され,経済分野の専門学習に有効といえる。
著者
山本 富美子 二通 信子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.160, pp.94-109, 2015 (Released:2017-06-21)
参考文献数
9

人文・社会科学系に多い「資料分析型」論文で,論文筆者が資料をどのように引用・解釈して結論へと導いているのか,論理展開のための解釈構造を分析した。その結果,引用・解釈に関わる文には「A中立的引用文」,「B解釈的引用文」,「C引用解釈的叙述文」,「D解釈文」の4種があり,それぞれ独自の機能を果たしていることが判明した。Aは資料の着目点を中立的立場から引用・提示し,Bは資料を論文筆者の立場から引用して解釈構造の軌道に乗せる。Cは資料との内容的関連性を持たせつつ論文の解釈構造の中で引用叙述し,Dは資料には一定の距離を置いて読み手を論文の解釈構造の中に巻き込み,主張・結論へと導く。論理展開パターンにはDの論点提示からA,B,Cの引用・解釈,Dの論文筆者独自の議論を経て,重要な論理展開要素の認定または内容の小括で締めくくられる。量的特徴からもB,C,Dの効果的指導が求められる。
著者
森山 仁美
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.161, pp.2-14, 2015 (Released:2017-08-26)
参考文献数
36

中国語母語話者を対象に,文脈の中で和語動詞を正確に使用できるかについて検討する。研究課題は(Ⅰ)日本語習熟度によって文脈の中で和語動詞を使用する正確さに違いがあるか,(Ⅱ)「知っている」語であるにも関わらず文脈で和語動詞の産出が正しくできなかった場合,既知語からの検索ができないためか,(Ⅲ)和語動詞産出の過程で,どのような誤用が見られるかである。調査方法として中級レベルの学習者72名を対象に2種類のテストとフォローアップ調査を実施した。調査の結果,(Ⅰ)日本語習熟度が高くなるにつれて文脈の中で和語動詞を正確に使用できる傾向にある,(Ⅱ)和語動詞に関しては理解の知識に比べ産出の知識は遅れて発達する,(Ⅲ)和語動詞産出の過程で(1)母語や意味からの連想による誤り,(2)日本語の漢語を経由した誤り,(3)弱い共起関係による誤り,(4)送り仮名が同じことであることによる誤り,(5)助詞を正しく理解できなかったことによる誤りが見られることが示唆された。
著者
池田 香菜子 長坂 水晶
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.215-229, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
14

本稿では,非母語話者日本語教師を対象にした訪日研修における異文化理解能力育成を目指したプロジェクトワークの実践を報告する。まず,深層文化と異文化理解能力,及び教師の役割に言及した上で,プロジェクトワークに関するこれまでの実践報告を概観する。対象者の言語レベルや先行実践で得られた課題を踏まえ,①協働活動の生まれやすい環境づくり,②文化の観察眼を養う議論の場,③言語的な手当ての3点に重点を置いた段階的アプローチのもと,本実践におけるプロジェクトワークの手順と経過を報告する。アンケート,異文化理解能力に関する自己評価,発表成果物の分析結果から,研修参加者は,授業及びそれに伴う自己の変化を高く評価していることがわかり,発表からは,異文化理解に対する気づきが多く観察された。以上のことから,本実践における段階的アプローチによる活動デザインが有効に機能していたことが示された。
著者
櫻井 直子 奥村 三菜子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.154-169, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
7

Common European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment Companion Volume with New Descriptors(CEFR-CV)が2018年に欧州評議会から公開された。そこでは,仲介の概念が2001年のCEFRより幅広い観点から示され,取り上げる活動範囲の拡大と,それに沿った新たなグリッドの加筆が行われている。本稿では,まず,CEFR-CVの「仲介(mediation)」に関する先行研究から,仲介が受容・産出・相互行為を結びつけ学習と社会の橋渡しをする活動であることを確認し,次に,CEFR-CVの「仲介」の例示的能力記述文の形態素解析を行いA1~C2の仲介者像を描き出した。最後に,CEFR-CVが示す「仲介」が,日本語教育の実践において,学習段階に応じたアフォーダンスの創出,および,協働的な活動の促進に貢献するものであることを示した。
著者
御舘 久里恵
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.124-138, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
6

本稿では,初級日本語学習者の教室におけるプライベートスピーチを分析した。プライベートスピーチの機能は,代理応答,目標言語の操作,思考の媒介,選択的注意,モニタリング,コメント,言葉遊びの7 つに分類されたが,機能を特定できないものもあった。出現率が高くなる教室活動の特徴として,言語的難易度が高い,読み書きが必要である,全ての学習者に理解と産出が要求される,教室内が静かすぎないという点が挙げられる。学習者によって,プライベートスピーチをほとんど発しない者,プライベートスピーチで仮説検証や分析を行う者,メタ認知と心理的負担の軽減にプライベートスピーチを使用する者,楽しむために使用する者といった異なりが見られ,プライベートスピーチによって各自のニーズに合わせた学習空間を作り出している様子が明らかになった。また,プライベートスピーチの現れ方と使用言語から,社会的発話との連続性も明らかになった。
著者
松下 達彦 佐藤 尚子 笹尾 洋介 田島 ますみ 橋本 美香
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.139-153, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
33

本研究では「漢字変換テスト」(KCT)を開発し,「日本語を読むための語彙サイズテスト」(VSTRJ-50K)(田島ほか,2015;佐藤ほか,2017)と合わせて日本語L2学生を対象に実施した。日本国内の3大学における日本語L2学生では,中国語L1学生の推定理解語彙量が平均3万語以上なのに対し,非漢字圏出身学生は2万語に満たなかった。二つのテストの相関は高かったが,ラッシュ分析でVSTRJ-50Kの一次元性が低かったためL1グループ別にDIF分析したところ,各グループ内ではモデルへの適合度が増し,L1によって難度の異なる語が多く存在した。特に語種による違いは顕著であった。1語・1漢字あたりの平均学習時間を検証したところ,初級から中上級にかけて短くなっていき,上級から超上級にかけて再び長くなることが明らかになった。L1/L2の語彙力・漢字力を包括的に見たカリキュラム開発が必要である。
著者
市江 愛
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.94-108, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
18

日本語の条件文は従属節末に接続形式が置かれるため,従属節末になって初めて条件文だと分かる。一方で,モシという語句は条件文の成立に関係がなく,あってもなくてもよいが,必ず従属節末の接続形式に先行して置かれ,仮定的な条件文であることを明示する。そのモシの性質に着目し,本研究では日本語の仮説条件文の文処理過程において,モシの有無と位置が影響を与えるのか明らかにすべく,日本語話者と,四つの異なる言語をL1にもつ日本語学習者を対象に,自己ペース読文実験を行った。その結果,日本語話者にはモシの有無と位置で差はないが,日本語学習者はそのL1 に関係なく,モシがあることで文処理が促進され,読み時間を短くし正答率を高くすることが明らかとなった。この結果は,第二言語習得研究における理解過程の解明に貢献するだけでなく,やさしい日本語への応用も考えられ,多文化共生が進む日本社会への有用な知見となり得るだろう。
著者
渡辺 誠治
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.109-123, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
6

日本語には,ヒトやモノの存在を表す動詞として「アル/イル」がある。しかし,「V テイル」を用いてヒトやモノの存在を表す場合も多く見られる。両者の間には使い分けが見られるケースがあるが,使い分けの実態とその規則性にはまだ明確でない点が残されている。 本稿では有情物の存在を表す種々の「V テイル」を俯瞰したうえで,存在動詞「イル」との使い分けが特に問題となる,移動を表す動詞の「V テイル」について考察する。本稿では,用例の分析を通して,存在主体の意図が有情物の存在を表す「V テイル」と「イル」との使い分けに関与していることを明らかにする。同時に,この意図をはじめとする複数の要因が相互に作用しあって有情物の存在を表す「V テイル」と「イル」の間の選択がなされていることを示す。
著者
衣川 隆生
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.36-50, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
3

本報告では「日本語教育の推進に関する法律」の公布,施行に先行する形で地域日本語教育の体制づくりに取り組んできた豊田市の事例を紹介する。豊田市は最低限の日本語能力を習得するための日本語教育の機会を提供することと,わが国に関する基礎的知識を身につけるための導入教育を行うことが地方公共団体の責務であるという方針を定め,その方針に基づいて豊田市国際化推進計画を策定し,その計画に沿って「とよた日本語学習支援システム」の構築,運営,「導入教育」の仕組みづくりに取り組んできた。報告の最後では,地域日本語教育の構築,運営に際しては,地域の状況を把握するための調査及び理念を具体化するための持続的な対話が重要であることを提言する。
著者
櫻井 直子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.178, pp.51-65, 2021-04-25 (Released:2023-04-26)
参考文献数
19

ヨーロッパでは,各国がその国の言語教育政策に沿って日本語教育を実践している。したがって,ヨーロッパにおいて日本語教育がこれまでに構築してきたことを整理するには,ヨーロッパ各国をつなぐ横軸となる視点が必要である。そこで本稿では,2001 年にヨーロッパ評議会が公開したCommon European Framework of Reference for Languages: Learning, teaching, assessment(以降,CEFR)を横軸に据える。まず,横軸となるCEFRの理念と言語教育観を概括する。次に,ヨーロッパにおける日本語教育ではどのようにCEFR が受容され,日本語教育の実践に参照されることで浸透していったのかを,公的機関の動向と日本語教師の実践からまとめる。最後に,CEFR の浸透が日本語教育にもたらした意義と,今後の日本語教育へ示唆する点を2020 年に出版されたCEFR 補遺版も絡め考察する。