著者
石田 聖子
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.3-16, 2017 (Released:2018-01-13)

二十世紀初頭ヨーロッパに興ったアヴァンギャルドでは悉く笑いが称揚された。笑いは転換期に相応しい表現を創造する格好の契機と考えられたためだ。イタリアでは未来主義者アルド・パラッツェスキが宣言「反苦悩」を執筆し、笑いと創造の関係を鋭く照射した。本稿では、諸アヴァンギャルドのうち、ダダ、シュルレアリスム、未来派の宣言と理念の検討を通じて笑い認識を創造性との関連で探る。ダダ、シュルレアリスムにおいて笑いは主に伝統的な価値を揺るがせ無効化する手段として注目された。他方、未来派宣言「反苦悩」では、伝統的価値観が一掃された後、新たな価値を白紙状態から創造する手法が説かれた。アヴァンギャルドの時代に「反苦悩」が訴えたのは笑いの有用性に加え、人間と身体、そしてその笑いとの関係においてもひとつの転換点を迎えた事実であった。本稿ではまた「反苦悩」の一部を本邦初訳して紹介 する。
著者
石田 万実
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.45-57, 2021 (Released:2022-03-31)

男性が中心となってきた日本の笑いにおいて、女性の感覚が取り入れられ、女性の「本音」が語られたとき、どのようなことが表現されているのか、「女のホンネ」をテーマにしたNHK総合の番組『祝女』を事例に、放送当時の意識調査を参照しながら分析、考察を行った。 分析の結果、様々な状況や立場にある女性の恋愛や結婚に対する「本音」が笑いとともに表現されていることがわかった。家事役割や尽くすことなど従来の「女らしさ」への抵抗が見られる一方で、男性には従来の「男らしさ」を求めるといった女性の矛盾した「本音」が表れていた。しかし恋愛や結婚にテーマが集中しており、当時の調査で「男性の方が優遇されている」と感じている人が多かった職場をはじめとする社会の様々な場における女性の境遇に対する「本音」はほとんど語られていなかった。
著者
野村 亮太
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.5-15, 2021 (Released:2022-03-31)

本研究の目的は、落語家の師弟関係の系譜に対して、ネットワーク分析を適用することで、職業落語家が出現して以降の約230年に渡り続いてきた落語の師弟関係ネットワーク(i.e., 落語家ネットワーク)の特徴を定量的に明らかにすることであった。古今東西落語家系図を基礎資料としてネットワーク分析を行った結果、落語家ネットワークは平均次数2.00を示す木構造であり、かつ、スケールフリー性を有することが明らかになった。この結果から、新たな入門者が弟子になって落語家ネットワークが拡大する際に、優先的選択(Barabasi & Albert, 1999)というメカニズムが関与する可能性が示唆された。また平均次数が2.00であることからは、この状況が続けば、落語ネットワークが頂点(落語家)数を維持しながら、拡大し続けることが示唆された。最後に、今後の研究の展望として、落語家ネットワークをテンポラル・ネットワークとして分析する重要性について議論した。
著者
野村 亮太 石田 聖子 福島 裕人 森田 亜矢子 松阪 崇久 白井 真理子
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.111-114, 2022 (Released:2023-02-27)

笑いに関する研究は世界中でおこなわれています。本欄では、英語で発表された笑い学の最近の研究成果を紹介しています。笑いに関する研究は、医学、心理学、社会学、哲学、文学、言語学、動物行動学など、多様な学問領域の専門雑誌に掲載されています。幅広い分野で展開されている世界の研究動向について共有することで、国内での笑い学の研究がさらに発展することにつながればと考えています。 本号では計6本の研究論文についての紹介記事を掲載することになりました。記事の執筆には、6名の研究者にご協力いただきました。どうもありがとうございました。
著者
やまだ りよこ
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.91-101, 2022 (Released:2023-02-27)

日本笑い学会の研究企画の一環として取り組んでいる「聞き書き」。長く「笑い」に携わり表からは見えない側面や裏面を知る、そんな現場にいた方の体験談を記録に残す<拾遺録>第二弾です。 今回は、上方漫才のレジェンドー夢路いとし・喜味こいしのマネージャーとしてお二人を長く支え続け、それ以前からも裏方として関西の笑芸界を間近で見つめてきた津田愼一さんの歩みを一人語りの形でまとめました。コロナ禍のため長い休止をはさんで2回計7時間におよんだインタビューは昭和の上方笑芸史を物語る貴重な回想録ともなり、そのため特別に「その1」「その2」にわけて構成。「その2」は次号に掲載します。
著者
鵜子 修司 成瀬 翔
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.53-69, 2022 (Released:2023-02-27)

現状、研究者たちがユーモアを明晰に定義できていないことは、批判されるべきである。この事実は、研究者たちが「ユーモアとは何か」について、非専門家の期待に応える知識を示せないというだけでなく、ユーモアを研究するための基本的な道具を持たないことをも意味している。これは約四半世紀前にWillibald Ruchが既に提起していた問題である(Ruch, 1998)。彼はこの問題を二つに改めている。すなわち、「これまで我々はどのようにユーモアを用いてきたか」および「我々はどのような科学概念としてユーモアを理解したいか」である。本稿では、これらを「Ruchの問題」と総称し、特に後者の問題に答えるため必要な議論のロード・マップを提示した。これはユーモアを定義するために、「どのような型を採るべきか」および「どのような要素を含めるべきか」という、二つの問いに大別された。これらは問題に対処するトップ・ダウン/ボトム・アップな方針に、それぞれ対応する。
著者
藍木 大地
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.37-52, 2022 (Released:2023-02-27)

本論文は、戦前に活躍したユーモア作家・辰野九紫が『新青年』に発表した「青バスの女」を取り上げて、それが受容された理由と、その作品の面白さ・斬新さについて考察した。辰野が『新青年』に初登場した1929年は、文壇としても読者としても「ユーモア小説」を希求していた時期だった。特に出版社は多くの読者を獲得するため、新たなユーモア作家の発掘が急務だった。講談社系の雑誌に多くの作品を発表していた佐々木邦の対抗馬として、『新青年』を発行する博文館が見出したのが辰野九紫であった。「青バスの女」に描かれた〈ユーモア〉は、風刺や登場人物のおかしさだけでなく、地の文に見られる様々な技巧により生み出されていた。「青バスの女」以降、辰野九紫は博文館の大衆向け雑誌『朝日』に作品を発表するなどして、戦前の「ユーモア小説」界で、佐々木邦・獅子文六とともにその普及に努めていくのだった。
著者
ハリト ムズラックル
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.17-35, 2022 (Released:2023-02-27)

トルコには、「メッダーフルック」(Meddahlık)という、一人の語り手が仕草や声色で複数の人物を造形し、聴き手の興を誘う話芸があった。語り手であるメッダーフ(Meddah)は、「人々の暮らしの中の滑稽な場面を鋭い観察眼とともに再現しリアルな場面を表現」していた(Jacob 1904:13)。メッダーフルックは会話を中心とした表現方法で物語を進め、聴き手を想像の世界へ導いていた。宗教や聖人伝説を語ることからスタートしたメッダーフルックであったが、次第に宗教色が薄れ、人々の実生活にかかわる噺が増えた。しかし、20世紀に入ってから、娯楽の多様化や西洋演劇の受容によってほんのわずかに演じられる程度にまで衰退し、メッダーフルックを職業とする語り手が現在ではほとんどいなくなった。 本研究では、落語の口演形式との比較の上で、メッダーフルックの構造分析を行い、落語とメッダーフルックには共通する要素が多くあることを明らかにした。また、歴史的な背景の分析も行った結果、メッダーフルックと落語の成立に「宗教性」が関与しているという点においても共通していることを検証した。
著者
青砥 弘幸
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.3-16, 2022 (Released:2023-02-27)

本稿では、学級におけるクラスクラウンの意味や役割について、まず、海外における先行研究を確認した。そこでは、クラスクラウンとは、継続的に学級に笑いをもたらす児童生徒であり、さらに「反抗的クラウン」と「遊戯的クラウン」という区別の必要な2つのタイプが存在していることが明らかにされていた。特にこのうちの「遊戯的クラウン」は文化人類学における「トリックスター」概念との関連性が非常に高いと考えられる。そこで、共同体におけるトリックスターの社会的役割に関する知見を援用して検討することで、クラスクラウンが、学級に内在する学校教育的な秩序や規範である「教室秩序」からの逸脱行為により、それを相対化し、共同体としての学級に変化をもたらす存在である可能性が指摘された。その変化として「教室秩序の破壊」「教室秩序の維持・強化」「教室秩序の創造」の3パターンを示した。
著者
影山 貴彦
出版者
日本笑い学会
雑誌
笑い学研究 (ISSN:21894132)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.91-99, 2010-07-10 (Released:2017-07-21)

映画「ディア・ドクター」。昨年、2009年に劇場公開されたこの作品は極めて高い評価を各界より受け、多くの賞を受賞している。本論文においては、「ディア・ドクター」を題材として取り上げ、作品がより優れたものになった大きな理由として「笑い」を掲げ、その仮説提起によって論を進めたものである。作品の原作・脚本・監督を手がけた西川美和、そして本作品で主演を務めた老若男女を問わず人気を博している芸人・笑福亭鶴瓶という二人をキーワードに据え、互いを具に考察するなかで、両者の出会い、キャラクターの絡み合いが、映画に独特の化学反応とも呼ぶべき相乗効果を生み出したと唱えている。また、作品における「脚本・演出の笑い」と「演者のアドリブの笑い」についても言及し、それぞれの「笑い」の存在が反発することなく融合したことにより、作品に極めて効果的な深みを生み出す結果となった、と展開させている。