著者
森 芳功
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.379-390, 2010

「感動」とは,情動が動くことであり,複数の感情が関わって喚起される。本稿では,美術鑑賞における「感動」の働きに注目し,まず,鑑賞過程における「感動」について,美術史上の「感動」の記録や,鑑賞支援活動の実践を材料として試論的に整理を試みた。そして,「感動」に至るには,鑑賞者のもつ予備的な経験や知識,期待感や緊張感が条件として必要であることや,鑑賞者の経験や知識を鑑賞に結びつける主体的な活動が必要であることを示すとともに,鑑賞過程のなかの「感動」を基点とすることで,鑑賞の手がかりの少ない子どもや,鑑賞を深めたり表現につなげようとしたりする子どもたちに対する支援の視点が得られることを指摘した。
著者
辻 大地
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.237-248, 2020 (Released:2022-04-01)
参考文献数
12

本研究では,認定こども園の3・4歳児クラスを対象にした「楽しかった思い出の絵」の保育実践を参与観察して,その実態を明らかにした。その結果,仮説で提示した幼児期前半期にあたる3歳~4歳ころまでは表象能力が目の前の事物に依存しているため,目の前にある形や色,素材などに直接関わることでイメージをふくらませる内容や,今・ここの目の前の出来事として遊べる内容を楽しむ傾向があることが確認された。また幼児期後半期以降にあたる4歳ころ以降は,表象活動が目の前の事物や出来事だけに依存しない言葉で考えることを楽しむ内容や,今・ここの自分とは異なる他者や過去の自分の立場になって考えて描くことを楽しむことが徐々にできることが確認された。
著者
山崎 明子
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.373-382, 2007-03-31 (Released:2017-06-12)

近代日本における女子に対する美術教育は,男子の美術教育とは異なる枠組みを持ち,女子美術教育のあり方を特徴づけるのは,「手芸」という概念で表される女性の手仕事に関わる領域を包含する点にある。近代手芸論と美術家たちによるデイスクールから明らかになるように,「手芸」と「美術」は女子教育下において親和性を持ち,両者は「女子の美術」という特化した枠組みの中に位置づけられるものである。美術/工芸に対する女子の美術/手芸の関係は,美術領域からの「手芸」の除外だけではなく,女子の総合的な創造活動の育成システムそのものを美術教育の枠組みから除外した可能性を持つ。「手芸」概念を照射することにより,美術教育に内在するジェンダー・システムが明確になるとともに,本論は現代のファイバー・アートの受容に関する問題提起も行なっている。
著者
大平 修也 松本 健義
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.93-112, 2019 (Released:2020-04-28)
参考文献数
92

本研究は,生活と芸術との関係をつくる協働的な芸術的行為を,現代芸術におけるアート実 践の性質と特性から定義し,芸術的行為に媒介された共感的対話の生成過程を社会的相互行為 の創造過程と位置づけ明らかにすることを目的とした。まず,社会的相互行為を創造するア ート実践に関連した現代芸術の11の様式の概観に基づき協働的な芸術的行為を定義した。次 に,これを事例分析の視点として,砂浜をつくり変える協働的な芸術的行為において,掘った 穴から現れた幼虫を契機に,人間と幼虫が共生する共感的対話が生成され,行為者たちの社会 的相互行為として創造されたことを,事例の相互行為分析と記録断片の記述分析により明らか にした。
著者
中平 千尋
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.369-381, 2014-03-20 (Released:2017-06-12)

本稿は,中学校3年間で115時間となった美術必修授業の限界を感じた筆者が,必修授業を補完し,「美術をより身近なものにしたい」という願いのもと行った学校アート・プロジェクトの10年の歴史を振り返る。本稿では,第1期の「借り物アート期」(2001年〜2004年)について成果と課題を検証する。第1回のとがびアート・プロジェクトの参加生徒の半数が「つまらなかった」と感想に記入している。その原因の探求から,その後,どのように「生徒が主体的に取り組む」プロジェクトにしていったかのプロセスを分析する。
著者
高橋 愛
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.27, pp.219-231, 2006-03-31 (Released:2017-06-12)

本研究では,中国文献を基にし,先行研究と兼ね合わせて,未だ日本では広く認識されていない連環画の変遷とその描写方法について考察している。連環画の特徴には,主に文学の発展とともに発達してきたため,描写よりも文が先行する場合があることが挙げられる。それは,国語的な要素が強く,教育性が高いと言えるが,そこに描写された挿絵は,白黒のものも彩色が施されたものも,挿絵の技法として非常に美しい。そういった挿絵は,美術的な流れを汲んでいるため,美的なものとして捉えることができる。こういった流れは,現代の中国の絵本にも共通点として見出せた。そして,このことは今後,中国の絵本を見ていく際の貴重な手がかりとなり得よう。
著者
新井 哲夫
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.15-33, 2019

本研究の目的は,欧米視察旅行(以下,欧米旅行)が久保貞次郎の批評家としてのキャリア形成に与えた影響と欧米旅行実現に至った背景を明らかにすることである。研究は,貞次郎が戦前・戦中に執筆した雑誌記事,同時期における貞次郎の実生活上の経験に関わる文献,戦後の回想記等を対象に文献研究法によって行った。その結果,欧米旅行が貞次郎の美術及び児童美術の批評家としてのキャリア形成に決定的影響を与えたこと,欧米旅行に至る背景については,エスペラント運動の経験と婚家の経済的支援が必須の前提条件となり,社会教育研究生の経験が自らの将来像を見直す機会を与え,それが大学院進学に繋がり,大学院時代に参加した日米学生会議における北米体験が欧米旅行実現の直接的な動因となったことを実証的に明らかにした。
著者
新井 哲夫
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.15-33, 2019 (Released:2020-04-28)
参考文献数
56

本研究の目的は,欧米視察旅行(以下,欧米旅行)が久保貞次郎の批評家としてのキャリア形成に与えた影響と欧米旅行実現に至った背景を明らかにすることである。研究は,貞次郎が戦前・戦中に執筆した雑誌記事,同時期における貞次郎の実生活上の経験に関わる文献,戦後の回想記等を対象に文献研究法によって行った。その結果,欧米旅行が貞次郎の美術及び児童美術の批評家としてのキャリア形成に決定的影響を与えたこと,欧米旅行に至る背景については,エスペラント運動の経験と婚家の経済的支援が必須の前提条件となり,社会教育研究生の経験が自らの将来像を見直す機会を与え,それが大学院進学に繋がり,大学院時代に参加した日米学生会議における北米体験が欧米旅行実現の直接的な動因となったことを実証的に明らかにした。
著者
金子 宜正
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.29, pp.179-194, 2008-03-27 (Released:2017-06-12)

戦後のザールブリュッケン国立美術工芸学校における芸術教育に,バウハウス第二世代(バウハウスやイッテン・シューレの関係者を含む)が貢献していたことを,現地における文献・資料調査や卒業生への聞き取り調査等をもとに明らかにした。特に,オットー・シュタイナートとハネス・ノイナーによるバウハウス教育の影響や,ボリス・クライントとオスカー・ホルベックが行なった基礎課程にイッテンの芸術教育が活かされていたことが具体的にわかった。また,同校における専門的な芸術教育家養成や展覧会活動等について述べた。さらに,戦後の芸術教育や芸術活動に貢献したバウハウス第二世代の中心的な人々が1930年頃のベルリンに集まっていたことを指摘し,その重要性について論じた。
著者
立原 慶一
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.153-163, 1997

At present, there are numerous students revealing that they "don't know what (they) should express." This condition is very grave. Expression entails pain and effort. Growth a s a human being cannot be expected if students do not deepen what they see, feel and think daily through activities of expression and if they do not discover themselves from within. One approach to solve this pending question might be trying to learn from progressive educational theories on young and teenage children's pictorial expression. The subject established in this research is the examination of what is the desirable form of expression for children and how to foster its development. I would like to elucidate the way in which this subject opened up with time and societal development. I will also examine the theory from the point of view of its validity in modern education. This historical genealogy and its structural characteristics have not been realized theoretically to date. This research, based on actual circumstances, surveys serious problem conditions in fine arts departments as mentioned above, and attempts to open a new phase of fine arts education theory. The extracts of the theoretical results featured in this research were highly valid. In order to increase educational effectiveness, contemporary school education based on tried theories, must work anew towards the structural grasp of establishing subject and theme contents.
著者
吉川 登
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.32, pp.441-452, 2011

鑑賞学の基礎理論として筆者が提示した研究論文「行為としての鑑賞-鑑賞学の序章としての鑑賞行為の分析-」(平成4年度)の内容を再検討することによって,鑑賞学の基礎理論の充実・補強を図る。特に,第5章鑑賞の思考レベル:「考えること」では,具体的な画像読解の手法を提案した。また,平成4年から平成22年までに公表された「鑑賞学実践研究」の成果を背景にして,鑑賞学の特色および有効性について論究した。
著者
烏賀陽 梨沙
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.99-112, 2010

本稿の目的は,総合大学と美術館という二つの学際的な機関が連携して実現した「福岡道雄プロジェクト(2007年度)」の中で,学生とアーティスト(すなわちダイアローグ),学生と美術館のコミュニケーションが実際どのように行われたかを描出すると同時に,アート,特に同時代性のある「現代美術」の関与が,学習者の思考態度にどのような影響を及ぼすかという認知的視点からも事象を描出し,その教育的な意味や現代美術への教育的アプローチを考察することである。「福岡道雄プロジェクト」とは,龍谷大学・国際文化学部と滋賀県立近代美術館との連携により,「『福岡道雄展』での教育プログラムを企画・立案する」ことを目標に組まれた一連のプロジェクトである。本稿はその活動の実践報告のみならず,「現代美術」を思想の伝達視覚媒体として捉えた時の鑑賞教育のあり方と発展性を検証する。
著者
増田 金吾
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.471-483, 2014

本研究は,東京府青山師範学校教諭・赤津隆助と彼の教え子たちとの関連について検討したものである。教え子たちの中でも,特に武井勝雄と倉田三郎の美術教育者としての存在意義は大きい。赤津の指導,並びにそれが彼らに及ぼした影響関係を赤津隆助や教え子たちの執筆した文献等を読み解き,考察した。その結果,赤津は「感じとらせるという方法」により,教え子たちに対し幅広い人格の育成を行い,労苦を惜しまず美術教育界や教育界そして社会に貢献する態度を身をもって教えたこと,また美術教育における思想や方法論として,創造主義を基本としながらも,造形主義と生活主義の美術教育を伝えていたこと,が明らかとなった。
著者
笠原 広一
出版者
美術科教育学会
雑誌
美術教育学:美術科教育学会誌 (ISSN:0917771X)
巻号頁・発行日
vol.40, pp.113-128, 2019 (Released:2020-04-28)
参考文献数
51

本研究は近年,国際的な美術教育研究において注目されるArts-BasedResearch(ABR)に基づく日本での美術教育研究の可能性について検討を行ったものである。 その結果,ABRの海外での研究動向を調査すると,近年の国際学会やABRを専門とする学会や部会が成立するなど,一つの重要な研究動向となっていることが分かった。次に国内での研究動向の調査から,日本では教育学や社会学における質的研究において2000年代初頭に紹介され,演劇や社会学での実践が先行していることが分かった。近年の国際的な教育政策の連動性の中では,こうした国際的な研究動向の検討も不可欠であり,美術教育ではここ数年に研究が始まった状況であり,今後の研究が求められる。また,海外での成立の背景と歴史を整理すると,人文科学や社会科学における質的研究の発展と,そうした質的研究が芸術の特性に着目することでABRの理論化と実践化が進み発展してきたことがわかった。新しい美術教育の実践理論としての可能性も示唆され,今後は日本の美術教育研究においても理論的,実践的に検討を進める必要性がある。