著者
宮田 保
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.103-109, 1976

日本産ヤママユガ科SaturniidaeのオオミズアオActias artemis Bremer et GreyとオナガミズアオActias selene Hubner は,成虫や幼虫期の形態が酷似する近縁な種である.分類学上,両種には北海道亜種と本土亜種が存在するが,それらの分布のようすを各地方の採集報告例をもとにみると,北海道亜種は両種いずれも道内全域にわたって記録され,種間の分布に相違が認められない.一方,本土亜種はオオミズアオが本州,四国,九州さらに南方域の屋久島に至る広い範囲に分布しているのに対して,オナガミズアオは本州と四国のごく一部(愛媛,香川具)に生息し,九州以南からは記録されていない.筆者はこのような両種間の分布上の相違を解明する手段のーつとして,光感受期および発育零点と有効積算温量を調査し,既報(1974)の休眠誘起の日長条件の結果と合わせて,生理的特性の差異を検討した.その結果,分布の要因を完全に解明するには至らなかったが,日本列島の各地方における両種の発生回数について,少々の知見を加えることができたのでここにとりまとめて発表しておく.
著者
Takahashi Mayumi
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.108-116, 1981-09-20

筆者は,"第1次静岡大学コロンビア・アンデス学術調査,1967"(静岡大学理学部・静岡大学山岳会)および"第1次奥アマゾン調査"(日本アンデス会議・共同通信社)に参加したが,そのときに採集したジャノメチョウ科のスカシジャノメ亜科Haeterinae(11種)とオナガコノマチョウ亜科Biinae(2種)の記録を報告する.この中には,コロンビア在住のレオポルド・リヒター博士(Dr. L. RICHTER).が1972年にコロンビア南端部のコトウエ川(Rio Cotuhe)で採集された数頭の標本のデータも含まれている.調査した場所は,ペルーのディンゴ・マリア(Tingo Maria)を除いては,いずれもコロンビア領に属し,コロンビア北部のサンタ・マルタ山地(Sierra Nevada de Santa Marta),大平洋岸のキブド市(Quibdo)に近いラ・トゥロへ(La Troje),その南側のサバレタス(Zabaletas),カリマ川の下流(Bajo Calima)付近などブエナヴェントゥーラ(Buenaventura)市の周辺,カウカ川に沿うラ・ピンターダ(La Pintada),東コルディエラ山脈(Cordillera Oriehtal)の山麓の小都市フロレンシア(Florencia)に近いサン・ホセ(San Jose),コロンビア南端部のアマゾン河に沿うレティシア(Leticia),それにペルーのウアジャガ川(Rio Huallaga)に沿うティンゴ・マリアである.これらのうち,すくなくとも,サンタ・マルタ山地,ラ・トゥロへ,サン・ホセなどのスカシジャノメ亜科とオナガコノマチョウ亜科に関しては,まだ発表されたことがないので,ここに発表されたこれらの地域に関するデータは,分布上の新知見といえよう.上記の地域の中で,これらの蝶がもっとも豊富に見られたのは,サン・ホセ付近の熱帯降雨林である.このサン・ホセというところは,ちょうどアンデスの一部・東コルディエラ山脈がアマゾンの大平原と接する位置にあり,大部分は牧場になっているが,ところどころに残されている熱帯降雨林には,おどろくほどのスカシジャノメ亜科の蝶が見られることがある.ここでは1973年8月26日から27日かけて,計6種21頭の個体を採集することができた.同地ではさらにオナガコノマチョウ亜科に属するもの1種1頭を採集した,この両亜科の蝶は,いずれも南米の熱帯降雨林の林床にすむもっとも代表的なものである.スカシジャノメ類は,林床の地表すれすれの低いところを活発に飛びまわり,ときどき地表や下生えの葉上に翅を半ば開いた状態で静止するが,感覚は鋭敏で,人の気配を感じるとすぐ飛びたち,下生えの内部をくぐるようにして飛び去る習性がある.CithaeriasやHaeteraに属するものは,翅の大部分が透明で,うす暗い熱帯降雨林の内部では,後翅の赤色斑や黄色斑のみがよく目立つ.食草は未知であるが,おそらくイネ科の草本ではなく,ヤシ科そのほかの林床性の単子葉植物ではないかと思われる.このリストに含まれる13種の中でもっとも注目されるものは,Pierella hortona HEWITSONである,この種は属Pierellaの中でも比較的まれな種であり,エクアドルのアマゾン地域から原名亜種hortona HEWITSONが,ブラジル北西部のネグロ川Rio Negro流域から亜種hortansia C. et. R. FELDERが知られている.このリストの中に含まれているものは,筆者がサンホセで採集した1♂1♀と,リヒター博士がコトウエ川で採集された1♂であるが,これらは原名亜種hortonaに比べて,雌雄ともに前翅中室端の青紫色斑が小さく,またその外縁部が直線的になり,その青紫色斑は原名亜種のように楕円形にならずに半月形となる.また,後翅の青紫色斑の位置は,亜種hortensiaのように内側にずれることがなく,原名亜種と大差がない.おそらくコロンビア南部に分布する新亜種に相当するものと思われるが,材料が十分でなく,変異の傾向も明らかでないので,ここでは新亜種としての記載を保留する.
著者
宮崎 俊一 石井 実
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.55, no.2, pp.88-96, 2004-03-20 (Released:2017-08-10)
参考文献数
17
被引用文献数
1

2000年5月から2002年5月にかけて,京都府西南部の西山公園予定地(以下,西山)および大原野森林公園(以下,大原野)の2調査地において,トランセクト法によりテングチョウLibythea celtis celtoides Fruhstorfer成虫の季節消長を調査した.西山は海抜約90mの丘陵地で,谷あいには畑,水田,ため池,屋敷,社寺があり,その周辺はコナラ,アカマツなどを主体とする雑木林とモウソウチク林に囲まれていた.大原野は海抜約600mの稜線と海抜400-450mの渓谷を含む山地で,コナラやアカマツを主体とする雑木林,ケヤキ林,スギ・ヒノキの植林などで被われていた.本調査の結果,本種成虫の季節消長には,羽化直後の活動期(I期),越夏期(II期),秋期の活動期(III期),越冬期(IV期),越冬後の活動期(V期)という5期が認められた.羽化直後の活動期(I期):5月下旬から6月中旬.成虫の密度は他の期と比べて最も高く,成虫密度(ルート1kmあたりの目撃個体数)は,西山では2000年が10,2001年が40,大原野では両年とも30-40個体であった.成虫は田畑や雑木林の周辺で群がって吸水するなどの行動が顕著であった.また,ナタネの花から吸蜜する個体が見られた.越夏期(II期):6月下旬から9月下旬.夏眠期と考えられ,ごく少数の成虫しか観察されなかった.7月にクリから吸蜜する個体が見られた.秋の活動期(III期):10月上旬から11月上旬.成虫密度はI期の数%から20%程度であった.田畑や雑木林の周辺に少数が集合したり,ノコンギク,セイタカアワダチソウから吸蜜するのが観察された.越冬後の活動(V期):3月中旬から6月上旬.このうち4月下旬までは密度が高く,I期の1-30割程度のピークを示した.5月上旬以降は密度が低下し,一部は6月上旬まで確認された.両調査地ともに2001年の成虫密度が高く,周辺地域と連動した発生密度の高まりが考えられた.しかし,2000年は両調査地で成虫密度に差があったことから,密度変動の様相は隣接地域でも異なることがわかった.本種の生息には食樹ばかりでなく,新成虫の集合する田畑や雑木林の周辺などの明るいオープンスペース,越夏と越冬のための樹林などが必要であることがわかった.本種は,それらの要素を含む里地里山のような適度な撹乱がくりかえし加わる環境を放浪する性質をもつものと考えられる.
著者
高橋 真弓
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1-2, pp.17-37, 1970-04-30 (Released:2017-08-10)
被引用文献数
1

1.キマダラヒカゲNeope goschkevitschii (MENETRIES,1855)の中には,"平地型"と"山地型"とが知られているが,両者は,たがいに別種としてあつかわれるべきであり,前者をサトキマダラヒカゲ,後者をヤマキマダラヒカゲとよぶことにしたい.学名については,さらに慎重な検討が必要である.2.両種とも,日本列島に広く分布し,サトキマダラヒカゲは北海道中部から九州南部にいたる地域の平地および山地に,ヤマキマダラヒカゲはサハリンから九州南方の屋久島にいたる地域の,おもに山岳地帯に分布している.3.両種の成虫の差異は,翅形,縁毛の分岐数,および斑紋などにあらわれるが,たがいにきわめて近似であるために,同定のさいには,多くの特徴から総合的に判断する必要がある.これらの特徴は,山地種指数I(♀♂に共通)および山地種指数II(♂のみ)によって,かなりよくあらわすことができる.裏面の黒化の状態を黒化指数で示すと,一般にヤマキマダラヒカゲでは黒化がすすみ,また両種とも春型では夏型よりも黒化する傾向がみられる.黒化指数は,山地種指数にくらべて環境の影響をうけやすい.4.幼虫はおもに5令,一部は6令に達してから蛹化するが,各令期において両種の差がみとめられ,ことに2令幼虫においていちじるしい.両種の差は,形態のみでなく,習性にもみとめられる.5.両種とも落葉中で蛹化し,懸垂器によって尾端を枯葉に付着させる.蛹の形態には,両種間に大きな差はみられない.6.両種とも低地では年2回,高地では年1回の発生となるが,ヤマキマダラヒカゲでは,年2回発生の上限(標高)が高くなる傾向がある.サトキマダラヒカゲは,各種のタケ・ササ類の群落に発生するが,ヤマキマダラヒカゲの発生地はササ属Sasaの群落に限られる.成虫の習性にも,両種のちがいがみとめられる.
著者
高橋 昭 石田 昇三
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3-4, pp.61-65, 1969-12-30 (Released:2017-08-10)

ナガサキアゲハPapilio memnonは東南アジアに広く分布し,幾つかの地理的亜種や型が記載されている.本種の♀は無尾型と有尾型の2型があるが,その斑紋の多形態性の規模の大きさと擬態のために,変異に基づく分類学あるいは動物地理学,遺伝学の研究対象として報告が多い.わが国は本種の棲息分布域の最北端に相当し,九州本島や奄美大島,沖縄本島に産することは古くから知られており,九州本島産はsubsp. thunbergii SIEBOLD, 1824として,奄美群島や沖縄本島産はsubsp. pryeri ROTHSCHILD, 1895としてそれぞれ別亜種とされ,この両地域の♀は例外的な記録を除きすべて無尾型である.一方台湾産は♀は有尾と無尾の2型をもち,また♂は翅表の青白色鱗がよく発達することからsubsp. heronus FRUHSTORFER, 1903と命名されているが,沖縄本島と台湾との間に点在する先島諸島からは本種の採集記録が乏しく,特に♀の明確な採集記録がなく,従って分類学的な検討も石垣島産の1♂についてなされたのみであった.筆者の一人石田は大林延夫氏とともに1964年先島諸島を訪れ,西表島で本種1♂2♀♀を採集することができたので報告する.ここに発表する♂は先島諸島産としては4頭目のものであるが,♀は最初の記録である.
著者
Mironov V. GALSWORTHY A. C. 薛 大勇 矢崎 克己
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.55, no.1, pp.39-57, 2004-01-20
被引用文献数
5

中国のEupithecia属に関しては,Vojnitsによる多数の論文(過去30年間に114新種4新亜種が記載されている)があるが,その全容については未解明の部分が多く残されている.筆者らはAlexander Koenig博物館(ボン)のHoneコレクション,およびロンドン自然史博物館,中国科学院動物研究所などに所蔵されている本属の標本を調査し,多数の新種を見い出した.本報ではそれらのうち以下の12新種を記載した.E.amicula Mironov&Galsworthy(四川,雲南,陜西),E.honestaMironov&Galsworthy(雲南),E.albimedia Mironov&Galsworthy(四川,雲南),E.salubris Mironov&Galsworthy(山西,陜西),E.antiqua Mironov&Galsworthy(雲南),E.tibetana Mironov&Galsworthy(チベット),E.citraria Mironov&Galsworthy(雲南),E.russula Mironov&Galsworthy(チベット),E.brunneilutea Mironov&Galsworthy(雲南,ネパール),E.luctuosa Mironov&Galsworthy(福建),E.apta Mironov&Galsworthy(雲南),E.fortis Mironov&Galsworthy(雲南).
著者
長崎 二三夫 山本 毅也 北方 健作 脇坂 昇
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.5-16, 2014-04-25 (Released:2017-08-10)

はじめに オオムラサキは,最も大きなタテハチョウの1種であり,日本,朝鮮,中国,台湾等に分布している.通常年1化で,幼虫越冬をする.翅表は黒褐色を基調に,♂は翅表の基部を広く紫色が被い,♀では紫色を欠く.日本のオオムラサキの♂の翅表については,紫色が少し薄い北海道から黒みを帯びる九州まで,微妙な地方変異が知られている.海外に目を転じると,台湾において青く輝くオオムラサキが知られており,また最近,長野県産の輝きの強い個体が提示されており(小舘,2009),これも青いオオムラサキの1型である可能性が高い.著者の一人は大分県北部から1頭の青みを帯びた輝きの強い♂を飼育により得ている.そんななかで滋賀県の同好者の間で(ブルー)と呼ばれているオオムラサキの存在を聞くに及んだ.同産地の越冬幼虫をたまたま累代飼育していたところ,青いオオムラサキの出現を記録し,遺伝形式を解明すべく累代実験を行うこととした.最初の越冬幼虫は,2005年に滋賀県の鈴鹿山地より得たものである.飼育はそれぞれの著者の庭に植えてあるエノキを用い,ナイロンネットの袋掛けを行い,越冬幼虫を4月のエノキの芽吹きに合わせて放ち行った.成虫の羽化後♂は約10日経ち成熟してから,♀は羽化後2日目から7日目までを交配に用いた.交配はハンドペアリング法で行った.採卵はエノキの袋掛けネット内で行った.12月上旬に越冬幼虫が木を降りる頃を見計らい回収し,土を入れた植木鉢に保管した.2005年12月に野外採集で得られた越冬幼虫からF2世代まで3世代累代して青い異常個体を得,その後出現した青い異常型個体から世代を重ねて純系作成を試みた.内交配を繰り返し,得られる翅色彩についてすべての組み合わせによるペアリングをして,純系の作成を目指した.一腹から得られた次世代の全個体が青色異常型となった後には,純系であることの確認のために純系個体同士の交配を行った.青い異常型が出現する遺伝形式を見極めるために,青純系と新たに野外から得た幼虫より羽化した正常型との間で交配実験を計画した.2010年原産地より5km離れた地点から得た30頭の正常型と青純系の2頭の♂,2頭の♀との間で4組の交配を行った.飼育結果 1.青い異常型個体の出現 Table 1の通り,2005年12月採集の同一産地に由来する正常型の1♂1♀を交配し,内交配による累代飼育の結果,2008年6月に3世代目として羽化した3頭の♂のうち2頭が青く輝く異常型であった.2.青の純系の作成の試み 累代を続けた結果,3世代後の組み合わせの一つから羽化した♂は,30頭すべてが青で,F5世代で青の純系が誕生したことが示唆された.これらが本当に純系であるかどうかの確認を行うため,純系と思われる2家族同士の交配を2011年6月から7月にかけて行った.翌年2012年6月から7月にかけて,Cross11#1,#2それぞれから38頭と91頭の青の♂のみが羽化し青の純系であることが確認された.3.青純系と野外の正常型との交配実験 前節で得られた青の純系♂と♀を,野外の正常型と交配させた.これらの4組の組み合わせから,翌年2012年6月から7月にかけて,正常型の紫の♂46頭のみが羽化した.青が1頭も羽化しなかったことより青は劣性であることが強く示唆され,羽化した♂,♀ともすべて青の遺伝子をヘテロの状態で保持していると考えられた.最後に2012年7月に上記のF6-3,4,5,6同士の間で交配を行った.すなわち青のヘテロ同士で交配を行ったことになる.2013年6月から7月にかけてCross12#1-4のそれぞれから青と紫の両方が羽化した.上記の交配に用いた両親は,いずれも青に関してはヘテロでありまた青の遺伝子は劣性と想定していたので理論的に導かれる交配の結果は次のようになるはずである.♂Aa x ♀Aa→AA+2Aa+aa→3紫+1青 ここでA:優性の紫の遺伝子 a:劣性の青の遺伝子 AA:ホモの紫 Aa:ヘテロの紫 aa:ホモの青 すなわち理論的には青対紫の分離比は1:3であり,青出現率は0.25(1/4)のはずである.そこで実験結果につき統計学的検討を行うこととした.Cross12#1-4それぞれについて理論的な分離比から仮定される青出現率(p_0)に対し実験で得られた比率(p)が有意に異なるかを正規近似を用いて検定したところ,4組ともメンデル遺伝の理論分離比で劣性遺伝すると判断された(Z検定:Cross12#1-4それぞれ|Z_0|=0.425,p=0.67;|Z_0|=0.994,p=0.32;|Z_0|=0.478,p=0.63;|Z_0|=0.266,p=0.79).考察 以上の飼育実験より青い異常型はメンデルの劣性遺伝をすることが確かめられた.飼育実験を重ねるうちに集積された標本を検討すると,青の青さにスカイブルーから比較的暗いダークブルーまで,連続した微妙なバラツキのあることに気付いた.青と正常型の決定的な違いは,青は斜めに傾けて翅表を観察すると強く金属的に輝くことである.この金属色は構造色とよばれ鱗粉の微細構造に由来するものである.正常型オオムラサキの鱗粉は大きく2種類に分けられ,そのうちの1種類が櫛状構造に外皮様のヒダが何層にも重なってついており,これが構造色を生み出しているという(Matejkov-Plskova et al.,2009).鱗粉の櫛状構造の櫛についている多数のヒダの間隔が正常型では103nmに比し青では169nmと広く,この広いことが光学的研究により,青く輝く原因となっていることが突き止められている(永井ら,2009).この間隔が169nmより少し狭いと,濃い青へ,広くなるとスカイブルーの方ヘバラツクのではないかと想像される(吉岡,私信).スギタニ型にも青い遺伝型が出現し,スギタニ型での青はギラツキ感がやや弱く,また青みが暗い傾向がある.これらの微妙な変異をまとめてFig.7からFig.38まで提示してみた.連続した変異が理解されるものと思う.青い異常型の存在は,各地でささやかれてきた.先に示した大分県をはじめとして,福岡,京都,山梨からは報告は無いものの知られており,栃木,北海道からは最近報告されている.栃木県の報告では,同一のエノキから得られた8頭の越冬幼虫より青が2頭出現しており,遺伝の関与を示唆している(瀬在,2012).北海道では2011年と2012年のオオムラサキの大発生の年に,計6頭の青い異常型が採集されたと報告しており(上野・高木,2013),それぞれの年に,500〜600頭のオオムラサキが容易に捕獲できたとのことである(高木,私信).そうであればおおざっぱであるが,青の出現率は約0.5%(6頭/600×2年)となり極めて稀であることが理解される.オオムラサキは、蝶の愛好家の間では最も人気ある蝶の一つであり,過去半世紀以上数知れぬ越冬幼虫が飼育されてきた蝶である.にもかかわらず青い異常型の報告は,上記のように最近の数例しかない.それほど稀な型ということであろう.この青い異常型は極めて稀で,分布が限られており,保護が計られねばならない.その理由で詳しい産地の公表は控えさせていただいた.その一方で保護の目的で著者たちは累代の努力を継続中である.
著者
吉本 浩
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.45, no.1, pp.27-30, 1994-03-30

Nagadeba indecoralis Walker, [1866], is recorded from Japan for the first time based on a female specimen secured at Ishigaki-jima I., the Ryukyus. The male and female genitalia of this species are figured and described, and type specimens of N. indecoralis and N. ianthina Swinhoe, 1890, a junior synonym of indecoralis, are illustrated.
著者
津吹 卓
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.43, no.4, pp.245-248, 1993-03-30

Characters of wing pattern, veins and flight motion in aberrant form were described in Idea leuconoe clara (Butler) from Okinawa Island.
著者
福田 宏樹
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.54, no.2, pp.116-119, 2003-03-30

キイロスズメTheretra nessus(Drury,1773)は,インドからニューカレドニアにかけて広域分布するが,亜種は知られていない.筆者は今まで記録の無かったフィジー産の本種を入手し,インド北部,タイ,日本,フィリピン,ボルネオ,ニューギニア,ビスマーク諸島,ソロモン諸島の個体と比較した.その結果,前翅が広く白味がかった褐色になる,後翅の中央にある黒色紋の発達が悪いため,白味がかった褐色の地色は広く明瞭になる,裏面は前後翅とも黄色味がかった褐色に覆われ,前翅の基部から中央部にかけてある黒褐色の紋を欠く,などの点から新亜種と認め,Theretra nessus albata ssp.n.として記載した.亜種名albataはラテン語で白衣の意.
著者
中村 正直
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.49, no.2, pp.85-92, 1998-04-10

The eversible cervical glands of 90 species of Japanese noctuid larvae were examined and their existence was confirmed for all the species examined except Rivula. Chemical substances found in the glands are formic acid and C_<13> ketone.
著者
パースンズ マイクル 柴田 篤弘
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.37, no.3, pp.103-177, 1986-09-20

ここに記載・図示するのはイリアンジャヤないしパプアニューギニア産のタテハチョウ科(ジャノメチョウ亜科)の新属Altiapaと,26新種,その内訳はセセリチョウ科17種,シジミチョウ科7種,タテハチョウ科2種である.これらの分類学的位置はつぎのとおり:セセリチョウ科(アカセセリ亜科)-Prada maria, Pastria grinpela, Kobrona sebana, K. zadma, K. lexa, K. sota, Sabera madrella, Mimene celiaba, M. saribana, M. ozada, M. verda, M. wara, Ocybadistes zelda, Telicota bulwa, T. sadrella, T. brandti, T. mimena;シジミチョウ科(アリノスシジミ亜科)-Spalgis asmus;(シジミチョウ亜科)-Arhopala doreena, Candalides afretta, Ionolyce selkon, Catopyrops zyx, C. holtra, Ubara davenporti;タテハチョウ科(ジャノメチョウ亜科)-Mycalesis giamana, Platypthima antapa.このうち,I. selkonとC. zyxはブーゲンビル島,C. holtraはニューブリテン島(ともにパプアニューギニアの地域)に産する.M.celiaba, T. sadrella, S. asmus, A. doreena, M. giamanaの5種は,パプアニューギニアとイリアンジャヤの両方に産する.のこりの種は,今日までのところ,パプアニューギニアだけから知られている.なお,Udara kodama ELIOT & KAWAZOE,1983(シジミチョウ科:シジミチョウ亜科),Playpthima septentrionalis NIEUWENHUIS & HOWARTH, 1969(タテハチョウ科:ジャノメチョウ亜科)の2既知種の分類学的地位を改めた.
著者
水川 瞳 広渡 俊哉 坂本 佳子 橋本 里志
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.61, no.4, pp.241-255, 2010-12-30

スイコバネガ科Eriocraniidaeはほとんどの種がカバノキ科とブナ科の植物を寄主として利用しており,カバノキ科植物に注目すると,日本ではオオスイコバネEriocrania semipurpurellaなどがシラカバBetula platyphylla,ハンノキスイコバネE.sakhalinellaがケヤマハンノキAlnus hirsutaを寄主とすることが知られている.最近の著者らの研究により,カバノキ科のアカシデCarpinus laxifloraを利用するスイコバネガが東海地方と紀伊半島に生息することが明らかとなった.成虫の形態を比較した結果,アカシデを利用するスイコバネガは,後翅の鱗粉が細長いなどの派生形質をオオスイコバネと共有し,オオスイコバネにもっとも近縁であるが,明らかに小型で,♀交尾器のバジナルスクレライトの形態にも差が認められることからEriocrania属の未記載種であろうと考えられた.さらに,大阪府和泉葛城山でアカシデの他にイヌシデC.tschonoskiiから,愛知県段戸高原でサワシバC.cordataといった同属のシデ類からも,スイコバネガ科の幼虫が採集された.これらの幼虫と成虫の対応やオオスイコバネとの関係を明らかにするために,ミトコンドリアDNAの解析(COIおよびND5領域)を行った.その結果,イヌシデ,サワシバなどのシデ類を利用するスイコバネガ類はアカシデを寄主とするものと同一種であり,シラカバを利用するオオスイコバネとは姉妹群関係にある可能性が高いことが推定された.また,両種の分岐点までの遺伝的距離(D)は,ND5およびCOI領域でそれぞれD=0.028,D=0.036であった.Eriocrania carpinella Mizukawa,Hirowatari&Hashimoto sp.nov.アカシデスイコバネ(新称)寄主植物:アカシデ,イヌシデ,サワシバ分布:本州(愛知県,三重県,奈良県,大阪府)成虫は日本産スイコバネガ科の中でも小型(開張6-8mm)で,オオスイコバネ(開張10-14mm)と比較すると前翅の青みが強い.成虫は4月中〜下旬に出現し,幼虫は5月上旬にアカシデ等のシデ類の葉に潜孔する.幼虫は成熟すると葉から脱出して地表へ落下し土繭を作ってほぼ1年を通じて翌春まで地中で過ごす.そのため,一般的にはスイコバネガ類では飼育による幼虫と成虫の対応が困難である.しかし,一部の幼虫については飼育によってアカシデを寄主とすることが明らかになり,さらに分子データによる解析からサワシバとイヌシデを寄主植物として利用しているものと同一種と考えられた。シデ属Carpinusの植物を寄主とする種としてはヨーロッパ産のEriocrania chrysolepidellaが知られているが,極東地域においてシデ属植物を利用する種が見つかったのは初めてである.本種は,カバノキ類を寄主とするオオスイコバネの極東における分布南限である中部山岳地帯のさらに南部の限られた地域(東海地方と紀伊半島)に,オオスイコバネとは異所的に分布している.形態と分子データから両者は姉妹群関係にある可能性が高いことと遺伝的距離に基づく年代推定から,鮮新世の寒冷な時期に共通祖先から寄主転換によって分化し,その後,東海地方や紀伊半島に分布が限定されたと想定された.この仮説については,今後ヨーロッパやロシア沿海州などの材料を含めてさらに検証する必要がある.
著者
水川 瞳 広渡 俊哉 橋本 里志
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.149-155, 2006-06-30
被引用文献数
1

1989年と2002年の4月下旬に,大阪府和泉葛城山において特異な斑紋をもつスイコバネガ科の成虫が採集された.翅脈の特徴から,この種がスイコバネガEricrania属に含まれること,また,雌雄交尾器などから新種であることが明らかになったので記載した. Eriocrania komaii sp. nov. ムラサキマダラスイコバネ(新称) 本種は,前翅に金色の条線が融合し網目状となる(暗紫色の小斑点を多数もつ)こと,ビンクルムから前方に伸びる一組の突起が幅広いこと,雌交尾器の産卵管が幅広いことなどで同属の他種と区別できる.また,本種成虫の採集からおよそ3週間後,採集地点付近でバラ科のウラジロノキに潜葉しているスイコバネガ科の幼虫が採集された.筆者らは和泉葛城山には本種の他にアカシデに潜る種(Eriocrania sp.)とブナに潜る種(イッシキスイコバネIssikiocrania japonicella Moriuti)が同所的に生息することを確認しているが,これら2種の成虫は4月上中旬に出現するのに対して,本種成虫は4月下旬にミドリヒゲナガやムラサキツヤマガリガなどとともにコナラの花に果ていたところを採集されており,幼虫の出現時期もずれていた.これらのことから,ウラジロノキに潜る本科の幼虫は本種の可能性が高いと推測された.スイコバネガ科はブナ科とカバノキ科の植物を主に利用することが知られている.これまでにもDavis (1987)と黒子(1990)がバラ科植物に潜るスイコバネガ科の幼虫について報告しているが成虫の記録はない.本種成虫と潜葉していた幼虫の関連が明らかになれば,スイコバネガ科の寄主植物について重要な情報となる.
著者
宮田 彬
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.51, no.3, pp.215-228, 2000-06-30
被引用文献数
3

'Sleep' behavior of butterflies at night was observed in 46 individuals belonging to 13 species in 1999 at my house garden. The main sleeping place of Papilio xuthus receives little sunshine, having a high humidity, and is windless compared with the other areas. This species slept hanging from a twig of the tree or at the top of a grass stem 60-150cm high, and usually kept its wings closed. I observed two cases that seemed to be the same individual spending two nights on the same spot. Argyreus hyperbius slept with its wings closed and selected a twig 150-200cm high. This species probably spent two nights at the same spot like P. xuthus. Therefore, I believe that those species had an exact memory of the sleeping place of the previous night, hence they came back to sleep the next evening. Eurema hecabe always slept with its wings closed and hanging from the underside of a leaf of short grass. They preferred a rather dry and open place. Zizeeria maha always slept with both wings closed at the top of a short grass stem 40-50cm high.
著者
有田 豊 佐藤 一喜
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.26-30, 1995-03-30

スカシバガ類の成虫の羽化(Fig.1)は天候の良いときには朝はやく,曇りや雨の日には昼間一日中行なわれること,また羽化が長期間にわたって行なわれることなどが知られている.著者の一人佐藤は名古屋市北区の神社の境内のシラカシQuercus myrsinaefoliaの1本の大木の幹から数10頭のコシアカスカシバSesia scribaiが発生しているのを見つけた(Figs 3-4).そこで1993年8月10日から9月30日までの間に,コシアカスカシバの羽化日とその日の天候,羽化場所,羽化時刻,羽化時の気温,照度,湿度などを朝7時から夕方4時まで毎日調査した.調査した1993年の夏(7-9月)は,例年と異なり気温が低く,雨の多い年であった.最初の羽化が見られたのは8月27日(♀)で,最後は9月25日(♀)で,30日間のあいだに20♂25♀の45頭であった.羽化場所(羽化口(Fig.2))は45個のうち,北に9個,北東に0,東に1個,南東に4個,南に1個,南西に8個で,西に6個,北西に16個で,北西に一番多かった(Figs 3-5).また多くの羽化口は幹の150cm以下の所にあった.羽化時刻は,記録の取れた38個体の内,午前中に25個体,午後に13個体が羽化した.また晴れの日は午前8-10時までの羽化が多く,曇りや雨の日は午前7時から午後3時までの昼間一日中羽化が見られた(Table 1).羽化時の気温は23.5°-26.5℃の間に多く見られ,26個体がこの範囲で羽化していた(Fig.6).羽化時の照度は大部分が5,000lux以下の明るさの時であった(Fig.7).また,羽化時の湿度は60-92%までとばらつきが大きく,羽化と湿度との関係は見られなかった(Fig.8).コシアカスカシバの羽化場所は食草の木の幹の北と北西の部分に多く,また幹の150cm以下の所にあった.これらのデータは,成虫の羽化は気温が上昇しはじめて23℃頃が刺激になって,羽化が始まることを伺わせる.
著者
若林 守男 田中 蕃 菅井 忠雄
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.9, no.2, pp.27-29, 1958-02-20

Aberrant forms of Antigius attilia BREMER hitherto recorded from Japan are as follows: ab. neoattilia SUGITANI (Figs. 10〜14) ab. sayamaensis WATARI (Figs. 5〜6) ab. sagamiensis KYUZAKI (Fig. 17) Based on an examination of many specimens, we have considered these are some of transition forms which vary from whitish to blackish. So on this occasion we have designated the series of Figs. 5〜6 as forma sayamae, Figs. 7〜16,29,30 as f. neoattilia and Figs. 17〜28 as f.sagamii.
著者
吉尾 政信 石井 実
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.55, no.4, pp.275-279, 2004-09-30

温帯および亜熱帯産のPapilio属アゲハチョウ類では,幼虫期の光周期によって蛹休眠が誘導されることが知られている.一方,熱帯産のアゲハチョウ類の休眠性に関する研究は少なく,休眠の誘導条件などについては不明な点が多い.Ishii(1987)は,オナシアゲハPapilio demoleus L.のサバ個体群(マレーシア,サバ州)の幼虫を20℃,10時間日長で飼育することにより,蛹休眠を誘導しているが,長日区を設けていないため日長の役割については明確ではない.そこで本研究では,熱帯産アゲハチョウ類の休眠性における光周期の役割を明らかにするために実験を行った.1995年2月にサバ州でナガサキアゲハP.memnon L.とシロオビアゲハP.polytes L.の幼虫を採集し,柑橘類Citrus spp.の生葉で飼育した.羽化した成虫をハンドペアリング法によって交尾させた後に採卵し,孵化した幼虫を20℃の12時間および14時間日長で飼育し,幼虫および蛹期間を記録した.その結果,両種とも幼虫期間は約1ヶ月で日長による差はなかったが,蛹期間については日長条件で差が認められた.ナガサキアゲハの蛹期間は,14時間日長で23-24日,12時間日長では23-27日で,わずかではあるが短日で有意に長かった.シロオビアゲハについては,14時間日長では19-21日であったが,12時間日長では蛹化後20-22日に羽化したグループと,羽化までに29-92日を要したグループに分かれた.すなわち,シロオビアゲハでは20℃の短日条件下では休眠する個体が存在した.シロオビアゲハのサバ個体群は25℃では短日条件下(10時間日長)でも休眠に入らなかったが(Ishii,1987),20℃という熱帯では冷涼な気温と短日の組み合わせによって蛹休眠が誘導されることが明らかになった.Denlinger(1986)は,1年を通じて日長の変化の小さい赤道付近では,光周期は休眠誘導の季節信号として機能しないことを示唆しているが,少なくともシロオビアゲハのサバ個体群においては光周期は重要な季節信号であることが示された.
著者
宮田 彬
出版者
日本鱗翅学会
雑誌
蝶と蛾 (ISSN:00240974)
巻号頁・発行日
vol.51, no.4, pp.281-286, 2000-09-30

1995年9月16日と17日の2日間にわたって,ドミニカ共和国サント・ドミンゴ市でシロチョウ科のクリコゴニアシロチョウ,Kricogonia lysideの西から東へ向かう大移動に遭遇した.その規模は実際に確認しただけでも南北に幅3.7kmにわたる蝶の帯が,2日間にわたって少なくとも合計10時間以上東へ向かって動いていた.初日はゆっくり観察する時間を取ることが出来なかったが,午前9時にはすでに移動が始まっており,午後遅くまで続いていた.蝶の大移動は海岸と平行して走っているワシントン通りを東へ約4km先の旧市街(Ciudad Colonial)までたどることが出来た.その先まで行くことが出来なかったが,もっと先まで続いていたことは間違いない.2日目の9月17日午前9時,3階の自宅の窓から南側を見ると白い蝶がまた西から東へ次々と飛んで行った.幸い3階の窓から見ると南側約100m先のショッピング・センター"プラザ・セントラル"の建物までは2階建てのビルの屋上になっておりまったく障害物がなかった.それでその間を通過する蝶の数を数えたところ1分間に25個体であった.南北の幅を調べるために歩いて出かけ,少なくともほぼ東西に走っているケネディ通りとワシントン通りの間(約3.7km)は蝶が続々と移動していることが分かった.ケネディ通りより先へは行かず引き返した.途中で捕らえた蝶は5種でいずれも移動に参加しており,どの蝶も狂ったように東へ東へ向かっていた.白い蝶はシロチョウ科のクリコゴニアシロチョウ,Kricogonia lysideで,この蝶は上述のように100m幅を1分間25個体通過した.2日目だけでも幅3.7kmの移動が5時間継続したとすると,移動した蝶の数は277,500に達する,この状態が2日間で合計10時間続いたと仮定すると蝶の数は約55万頭という膨大な数である.しかも飛来が続いた時間は実際にはもっと長く,個体数も初日の方がはるかに多かった.またケネディ通りのさらに北まで蝶が広がっていたことは間違いないので,実際に移動したクリコゴニアシロチョウの個体数は,百万あるいは二百万という驚くべき数に達したことになる.なお初日の移動は,JICA事務所の中島伸克所長によれば120km離れたアスアでも見られたという.その時も蝶は東方向へ向かって飛び続けていたという.もしその移動とサント・ドミンゴ市で2日間続いた移動が同一グループの蝶であったとすると,参加した蝶の数は数百万に達することになる.なお移動が続いた2日間は晴天で,ほとんど無風であった.2番目に個体数が多かったのはシロチョウ科のフォエビス・センナエ,Phoebis sennaeで,大ざっぱな見積もりであるが,クリコゴニアシロチョウの数の5%程度の個体数が移動したと推定された.また個体数は多くなかったが,時々タテハチョウ科のオイプトイエタ・クラウディア,Euptoieta claudiaやオイプトイエタ・ヘゲシア,Euptoieta hegesiaや,ドクチョウ科のヴァニラエウラギンドクチョウ,Agraulis vanillaeも,やはりクリコゴニアシロチョウと同じく東へ向かって飛んでいた.以上3種は市街地でも緑地があれば見られる蝶ではあるが,ふだんは道路上を東へ東へ飛んで行くようなことはないので,やはり移動していたとしか考えようがない.なおフォエビス・センナエは9-10月に郊外の道を車で走ると多数の個体が,次々と車の窓にぶつかって来るので,あたかも移動しているように見える.しかしこの現象は郊外から市街地へ入ると急に蝶が姿を消すので,真の移動とは考えられない.しかし私はドミニカ産のフォエビス・センナエの場合は,確かに移動している場合もあるのではないかと考えている.なぜなら昼食に都会の真ん中のわが家へ帰って窓の外を見ていると,この蝶も時々,東へ向かって次々と飛び去って行くのが見られるからだ,田舎で道路に沿って飛んでくるこの蝶に出会うのはよくあることなのだが,我が家から眺められる移動はいつも見られるわけではなく,またこの蝶の生息環境とはあまり関係がなさそうな市街地での現象であり,移動性の蝶であることは間違いないと思う.しかしその場合も多い目に見積もっても,この蝶の個体数は1分間に5頭以下であった.