著者
沈 箕載
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.79, no.6, pp.881-912, 1996-11

個人情報保護のため削除部分あり本稿は、幕府から明治政府への政権交替による朝鮮との国交再調整問題に注目し、版籍奉還を前後にした時期においての明治政府(外務省) ・対馬藩(倭館) ・朝鮮政府(東莱府) 三者間の認識と対応、対朝鮮外交・貿易一元化への動きの一環として計画され、実際に派遣された佐田調査団の全貌(計画から帰国報告まで) 、そしてそれが以後の対朝鮮外交政策の樹立に与えた影響について検討したものである。これらの点を明らかにすることは、明治初期における日本の朝鮮政策の原型を理解する上で役に立つだろう。
著者
和田 萃
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.52, no.5, pp.646-704, 1969-09

殯とは、人の死後、埋葬するまでの間、遺体を小屋内に安置したりさらには仮埋葬し、遺族や近親のものが小屋に籠って、諸儀礼を尽して奉仕するわが国古代において普遍的に行なわれた葬制であるが、この殯について従来ほとんど研究されておらず、わずかに民俗学からの研究があるにすぎない。それも甚だ不十分であり、まだまだ考察の余地があるように思われる。それで本稿はまず殯に関する基礎的事実を文献史料から抽出し、そのあと特に天皇を対象とする殯をとりあげ、殯宮儀礼を手がかりにして、皇位継承に焦点を絞りながら、殯を政治史的視角から考察した。Mogari 殯 is the common funeral form in our ancient times that a dead man's body should be ensconced in a hut after his death till burial, or it be provisionally buried with his relatives confined to the hut and serve various rites in behalf of the dead. This form has hardly been investigated except for few unsatisfactory folklore studies. This article is to observe Mogari in the political view-point where succession to the throne should be considered throungh the forms of Mogari especially for the emperors by means of the fundamental facts from some historical resources.
著者
今谷 明
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.63, no.6, pp.p976-992, 1980-11

個人情報保護のため削除部分あり
著者
小葉田 淳
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.58, no.2, pp.153-212, 1975-03-01

個人情報保護のため削除部分あり
著者
高橋 克寿
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.p259-294, 1988-03

個人情報保護のため削除部分あり形象埴輪研究のもっとも重要な意義は古墳祭祀の実態とその変遷を明らかにすることにある。本稿はその対象として古墳の墳頂に置かれる四種の代表的な器財埴輪を選び、その変化の中に古墳祭祀の変容を見ようとしたものである。基礎作業としてまず各器財埴輪にたいして型式分類を試み、靱形埴輪を二類四型式、盾形埴輪を二類二型式、甲冑形埴輪を三類四型式、蓋形埴輪を三類四型式にわけ、それぞれの型式変化を明らかにした。次に器財埴輪の各型式の古墳におけるセット関係と古墳の年代から器財埴輪の変遷を五期にわけて論じ、その消長を見た。その結果、器財埴輪は本来被葬者の眠る墳頂を厳重に隔絶し守護することを目的に鰭付円筒埴輪との強い関連のもとで四世紀後半に誕生したことが明らかになった。そして、製作技法の能率化、簡略化を進めながら発展した器財埴輪が五世紀後半から顕著に見せる衰退は、横穴式石室の導入などにかかわる新しい葬送観念の浸透によって引き起こされたことが考えられた。Haniwa figures are significant for illustrating the rites performed on tumuluses and for reflecting the concept of funerals of the Kofun 古墳 era. I have chosen four kinds of typical Haniwa figures called Kizai-Haniwa mainly of the Kinai 畿内 district and have tried to make a typological classification and a chronology for each one. Then I examined several instances of their assemblages on tumuluses and set up a five-stage chronology. Consequently, it was revealed that Kizai-Haniwa figures developed in the last half of the 4th century A. D. in order to defend the dead chieftain inside who was buried on top of the tumulus, with a special relation to Haniwa cylinders that had fins 鰭付円筒埴輪. In the 5th century Kizai-Haniwa figures prevailed over most of Japan, but their wane from the last half of the century was brought about by a new concept of funerals that came from the continent.
著者
寺山 恭輔
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.74, no.4, pp.522-555, 1991-07-01

個人情報保護のため削除部分あり
著者
藤田 恒春
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.69, no.1, pp.111-138, 1986-01-01

個人情報保護のため削除部分あり
著者
狩野 直禎
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.86-106, 1976-01-01

個人情報保護のため削除部分あり
著者
河西 秀哉
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.88, no.4, pp.477-510, 2005-07-01

サンフランシスコ講和条約期になると、天皇退位論が再浮上した。その議論の特徴は二つある。第一に、敗戦後一貫して主張されてきた天皇の「道徳」的責任論を引き継いでいたことである。天皇は日本という国家の「道徳」を示す存在と考えられ、天皇が退位という「道徳」的行為を行えば人々はその姿に感動し、象徴天皇制はより強力な支持を得ると考えられた。それは「一君万民」「君民一体」を目指す動きだったと言える。 第二に、「新生日本」の国家像と適合的な皇太子が戦争イメージを持つ天皇よりも選択され、その結果退位が主張されたことである。マスコミが清新な若いイメージで皇太子を捉えて大々的に報道したことが背景にあった。「新生日本」の目指す国家像と象徴天皇像は接合され、国家としての再出発の時期に天皇制も再出発すべきであるとして退位が主張された。結局退位は実現しなかったものの、講和条約期の退位論は、象徴天皇制/像の展開の中で皇太子の存在が浮上するきっかけとなった。
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, 1952-05-01
著者
元木 泰雄
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.67, no.6, pp.827-857, 1984-11-01

個人情報保護のため削除部分あり
著者
庄子 大亮
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.85, no.2, pp.125-156, 2002-03-01

個人情報保護のため削除部分あり
著者
ミラー ファーガス 井上 文則
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.83, no.3, pp.499-517, 2000-05-01

個人情報保護のため削除部分あり
著者
大西 陸子
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.60, no.5, pp.690-720, 1977-09-01

個人情報保護のため削除部分あり
著者
東村 純子
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.87, no.5, pp.603-641, 2004-09

律令制成立期の紡織体制について、特に平織の布や絹の生産の仕組みは史料の制約からほとんど明らかでない。本稿では、七世紀後葉以降に宮都や地方の官衙遺跡から多く出土する綛かけ・糸枠について、機能上必要な加工と装飾を目的とした加工を識別し、形態上の特徴を整理した。さらに、製糸具の[カセ]、製織具の綛かけ・糸枠の組成を検討した結果、紡織工程が製糸と製織とに分かれ、糸が綛の形で流通することを明らかにした。平城宮・京では、製糸は行わず、高級絹織物を含む絹の製織を行った。地方では、七世紀後葉に郡衙工房で布や絹の製織、周辺の集落で麻の製糸を分担する伊場遺跡型が成立する。その一方、七世紀中葉から有力豪族の本拠地で製糸から製織までを一連に行う屋代遺跡型が認められる。前者は生産の効率化を図ったもので、後者は、調庸制成立の素地ともなったと評価した。
著者
太田 浩司
出版者
史学研究会 (京都大学文学部内)
雑誌
史林 (ISSN:03869369)
巻号頁・発行日
vol.70, no.4, pp.620-655, 1987-07-01

個人情報保護のため削除部分あり