著者
有竹 清夏
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2007

一部の不眠症患者は、実際の睡眠時間は質・量ともに正常であるにもかかわらず、主観的には眠れないと苦痛を訴える(主観的および客観的睡眠時間の乖離)という睡眠状態誤認に陥っている。本研究では、健常成人を対象に、主観的及び客観的睡眠時間の乖離メカニズムに関する基盤データを取得することを目的に、主に客観的睡眠パラメータが睡眠中の主観的経過時間にどのように影響するか、6ブロック評価プロトコルを用いて明らかにした。睡眠中の主観的経過時間は一日の中で睡眠をとる時間帯には関係せず、睡眠構造とくに先行する徐波睡眠量に依存することを明らかにした。
著者
川野 健治 余語 琢磨
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2001

本研究では、高齢者介護において社会資源を導入する際の、利用者と家族による情報編集の過程の検討を通して、生活者の側から介護保険制度を吟味する。栃木県の伝統的城下町をフィールドした聞き取り調査を行なってきた。最終年度にあたる本年は、補足情報の収集、および理論的欠損事例を加え、ナラティブ・アナリシスを用いて全体的な考察を行なった。後者については、主に介護サービス提供者からより多くの支援を必要としていると思われる介護家庭の情報収集を含む。結果として、利用者と介護者による情報編集は、以下の3つのフェイズによって理解することが適切と解釈された。すなわち、(1)社会資源との相互作用、(2)個人資源との相互作用、(3)介護への意味づけ、が相互に連関しながら情報編集が進行する。例えば介護初期には、高齢者の体調の変化に応じて、まず家庭における状態の見立てと家庭の諸事情(e.g.田植え、連休など)など個人資源が考慮される。次に、社会資源としての役場、ホームドクターとの接触が起こり、そこから介護保険情報が収集され、医療措置が施される。家族は医療施設と家庭との「対比」によって要介護者の新たな側面に気づき、リハビリの様子を「観察」することで適切な介護への考え方を得る。また、病院の利用制限情報が提供され、「家庭介護信念」、また受療と帰宅の『交換性概念』(治らないと家に帰れない)を生成する。これらの介護への意味づけがさらに、社会資源、個人資源との接触に影響する。この3つのフェイズを支える資源分布は同一行政区域内においても偏りがあり、利用可能なサービス内容を限定するだけでなく、生活者の利用を動機づけるものであると考察された。したがって、生活者の介護サービス利用状況を理解し、また必要に応じて促進するためには、地域特性を考慮しつつ3つのフェイズの連鎖から情報編集過程を検討することが有効であると示唆された。
著者
葛原 茂樹 小久保 康昌 佐々木 良元 桑野 良三 伊藤 伸朗 冨山 弘幸 服部 信孝 辻 省次 原 賢寿 村山 繁雄 齊藤 裕子 長谷川 成人 岩坪 威 森本 悟 赤塚 尚美
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2007

紀伊半島の一部集落に多発する神経風土病の筋萎縮性側索硬化症・パーキンソン認知症複合(ALS/PDC)類似疾患で知られているほぼ全ての原因遺伝子を調べ、異常変異は認められなかった。病態と発症に関して、脳のアルツハイマー神経原線維変化の分布様式はALSとPDCでほぼ同じであった。脳と脊髄にはTDP-43の蓄積が認められ、生化学的にはタウ/TDP-43異常蓄積症と考えられた。尿中の酸化ストレスマーカーが有意に上昇しており、神経変性に参加ストレスの関与が推定された。タウとTDP-43の蓄積を起こして神経変性が進行する仕組みと、遺伝子の関与の解明が今後の課題である。
著者
福井 裕輝
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
若手研究(スタートアップ)
巻号頁・発行日
2008

サイコパス群、比較対照群に対して、拡散テンソル画像;DTI)を撮像し、tract-based spatial statics(TBSS)を用いて全脳におけるfranctional anisotrophy(FA)値を調べた。サイコパス群では、前頭葉眼窩領域においてFA値の有意な低下を認めた。
著者
山村 隆 国下 龍英 大橋 高志 近藤 誉之
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1995

1.SSCP法によるT細胞抗原受容体レパトアの解析:T細胞レパトア解析の新しい方法論(RT-PCR-SSCP 法)を導入し、多発性硬化症(MS)の脳病変部位、末梢血の病変部位におけるT細胞を解析した。その結果、1)MSの病変ではかなり限られたクローンの増殖がみられることがわかったが、特定のVベータ鎖の優先使用はなく、Vベータ特異的治療の可能性に疑問を投げかけた。2)MS患者末梢血から樹立したMBP82-102特異的、PLP95-116特異的T細胞クローンを対照において患者末梢血をSSCPで解析したところ、同クローンが体内で持続的に活性化状態にあり、増殖していることがはじめて明らかになった。3)慢性炎症性脱髄性ポリニューロパチーの末梢神経においてVB11陽性細胞の特異的な浸潤のあることを明らかにした。2.脳炎惹起性T細胞抗原認識機構の解析:ミエリン塩基性蛋白(MBP)特異的脳炎惹起性T細胞の中に、プロテオリピッド蛋白(PLP)を共認識するものをはじめて見いだした。アナログ・ペプチドによる解析の結果、共認識されるMBP89-101およびPLP136-150ペプチドは、I-A^S結合部位を共有するが、T細胞抗原受容体結合残基はそれぞれ異なることがわかった。すなわちTCRは複数のセットの接触残基を利用して活性化されることがわかった。同クローンはPLP95-116、PLP118-135などにも反応し、polyreactive T細胞と命名されるべきである。polyreactive T細胞の各ペプチド・リガンドに対する反応性は異なり、活性化の結果脳炎を誘導できるペプチドはMBP89-101とPLP136-150に限られていた。
著者
内藤 陽子 (駒田 陽子)
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2003

健康成人20名(21.7±0.92歳)を対象として,認知機能に関する実験を実施した.これまで報告者が蓄積してきた実験手続きやスケジュールを駆使し,剰余変数の混入を防ぎ,厳密な統制条件下で行った。実験被験者には本研究の実験内容および手続きを十分に説明し,インフォームドコンセントを得た。各被験者に対し,実験3日前より生活統制を行った。通常の就床時刻をCircadian time 0時とし,規則正しい生活を送るよう指示した。非利き腕にアクチグラフを装着させ,生体リズムの統制を厳密に確認した。実験前日は自宅にて通常の睡眠をとらせるControl条件と,睡眠不足状態をシミュレートすることを目的とし90分間の部分断眠を課すDeprivation条件をカウンターバランスで配置した。翌CT9時に実験室に来室させ,脳波等を装着した上で以下のテストバッテリーを使用し,前頭連合野機能への影響を測定した。テストバッテリーは,(1)visual analog scaleを用いた眠気や意欲に関する主観調査,(2)安静時開眼および閉眼時脳波測定,(3)事象関連電位P300測定,(4)psychomotor vigilance task(数字加算課題,作業記憶課題,記憶操作課題(セマンティックプライム),英数字検出課題,go/no-go課題)とした。部分的睡眠遮断がどの前頭連合野機能へより強く影響を及ぼしているか,回復過程を用いて確認するため,CT10時より20分間安静仰臥位を保たせた後,再度テストバッテリーを施行した。その結果,主観的眠気(KSS)は,通常睡眠後の午前セッションでは,通常睡眠午後・部分断眠後午前・午後のセッションに比べて,有意にKSS得点が低く,眠気が弱かった。生理的眠気(AAT)は,通常睡眠後ならびに部分断眠負荷後どちらにおいても,午後のセッションは午前のセッションに比べて,有意に生理的眠気が強かった。事象関連電位については,午前の測定では部分断眠を負荷した場合,P300頂点潜時は延長し,振幅が低下したが,午後の測定では部分断眠の影響は見られなかった。若年者を対象とした今回の実験の結果,午前の時間帯では,部分断眠の影響で,脳内情報処理速度は遅延し,処理能力が悪化した。午後の時間帯では,通常睡眠の場合も部分断眠負荷条件と同様に,主観的・生理的眠気の増強と,脳内情報処理の悪化が認められた。部分断眠によって,ワーキングメモリの機能が低下する傾向がみられた。日常よく経験するような90分程度の部分断眠(睡眠不足)であっても,記憶の引き出しの妨害が生じている可能性がある。継続的な部分断眠(慢性的な睡眠不足)がワーキングメモリに及ぼす影響について今後検討する必要がある。部分断眠の負荷およびサーカディアンリズムによって生じる眠気は,記憶・学習能力や注意集中力に影響を及ぼし,判断ミスや事故を引き起こす原因となる。日常生活においては,眠気を軽視しがちであるが,脳機能の観点から睡眠の役割を再認識する必要がある。
著者
和田 圭司
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
1998

ボンベシンは多彩な生理作用を持つ生理活性ペプチドであり、その作用を介達する受容体については哺乳類でGRP受容体、NMB受容体、BRS-3の3種が知られている。ボンベシンシステムは内外分泌、代謝の調節や行動の制御などに関係することが示唆されているが各受容体の脳機能における生理的役割をより詳細に個体レベルで検討するためGRPおよびNMB受容体並びにBRS-3欠損マウスの作製を行った。これら遺伝子欠損マウスを用い研究期間中に行動科学的研究を推進し、GRP受容体欠損マウスが非攻撃性の社会相互作用の亢進及び活動期(夜間)の運動量の増加を示すこと、さらに、社会的探索行動の亢進を認め、それが嗅覚情報処理の障害から来る可能性の高いことを見いだした。また、BRS-3欠損マウスでは中枢性の肥満、高血圧、糖代謝障害を呈するとともに、野生型に比して甘味をより嗜好し苦味をより嫌悪する傾向にあって味覚学習も障害されていることを見い出した。さらに、社会的刺激の剥奪がBRS-3欠損マウスの体重増をより促進すること、同じく野生型で認められる社会的刺激の剥奪による自発運動量の亢進がBRS-3欠損マウスでは認められないことを見出した。これらの結果はBRS-3欠損マウスでは情動反応性、社会的反応性が障害されていることを示唆する。行動科学的解析を中心にした本研究は、ボンベシンシステムの脳機能における役割が情動の多面的調節であることが示すものである。なお、未知であるBRS-3の内在性リガンドの分子生物学的同定を試みたが候補となる分子の同定にはいたらなかった。
著者
伊藤 雅之
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1997

研究は研究実施計画に沿って行い、ヒト中枢神経系の発達異常におけるアポトーシス発現を検索した。検索した対象は、周産期に多くみられる低酸素性虚血性脳症(HIE)と橋鈎状回壊死(PSN)とし、標本材料は我々の施設にある脳バンクを利用した。HIEあるいはPSNと診断された在胎21週から生後3ヶ月の小脳および脳幹部を用い、ヘマトキシリン・エオシン染色、in situ tailing reaction法により、アポトーシスの組織形態学的評価を行った。また、Bcl-2、Bcl-x、Bak、CPP32、GFAPの各抗体による組織学的検索およびWestern blotによる評価を行った。その結果、HIEでは、アポトーシスの変化は在胎21週から30週の未熟かつ重症仮死例かつ受傷後1日から2日の症例に多く観察された。また、Bcl-2とCPP32の過剰発現が観察された。PSNでは、アポトーシスの変化は在胎21週から25週の未熟児出生で、生存期間が1日から4日以内の症例に多く観察された。また、Bcl-xとBak、CPP32の過剰発現をみとめたが、BCl-2の発現には変化がなかった。これらの結果から以下のことが考察された。1.HIEやPSNの病態形成にアポトーシスが関与し、bcl-2familyやcaspaseがその役割を担っていること。2.未熟脳ほどアポトーシスに陥りやすいこと。3.病態の違いによってアポトーシスに関わる因子が異なっていること。前年度の研究から、ヒト脳の発達過程においてアポトーシスが関与していることがわかっている。発達期脳循環障害においてもアポトーシスが関与をしていることが推察された。今後、これらの違いを明らかにし、分子遺伝学的解析を加え、周産期脳循環障害におけるアポトーシスの機構を明らかにすることが、病態解明とその予防に重要である。
著者
伊藤 雅之
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
1999

脳形成過程において、周産期にうける物理的あるいは循環動態的変化は、その後の発達に重要な影響を与える。本研究では、周産期脳循環障害におけるアポトーシスの関与を調べ、その病態解明を検討し、その予防および治療の可能性を探ることを目的とした。昨年度の結果から、周産期脳循環障害にアポトーシスがみられたが、caspase3(CPP32)のmRNAの発現には対照群と差がなかった。今年度では、成熟児と未熟児の7ポトーシスのメカニズムの違いを調べた。周産期脳循環障害に多くみられる橋鈎状回壊死(PSN)について、成熟児と未熟児とに分けて分子病理学的に検討した。1.臨床病理学的検索:神経病理学的にPSNと診断された症例と正常対照を、臨床的に低血糖を伴う群と在胎21週から30週の未熟児群、31週から40週の成熟児群にわけて、ヘマトキシリン・エオシン染色、in situ taillng reaction(TUNEL)法により、アポトーシスの形態学的および量的評価を臨床病理学的に調べた。その結果、未熟児群で優位にアポトーシス細胞が多く観察された。未熟神経細胞ほどアポトーシスによる変化をきたしやすいものと思われた。2.遺伝子病理学的検索:PSNの未熟児群と成熟児群および正常対照の橋核のサンプルを用いてcDNAを合成し、RT-PCR法により細胞内シグナルトランスダクションに働く遺伝子群の発現を比較検討した。その結果、PSN症例ではFADD(FASassociateddeathdomainprotein)が優位に高発現していた。特に、未熟児群で高発現であり、Fasを介するシグナルが発達期の神経細胞死に重要な役割をしている。これらの結果から、ヒト発達期の脳障害にFasを介したアポトーシス発現が関与し、脳の未熟性が危険因子であることがわかった。
著者
田ヶ谷 浩邦
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2002

慢性不眠症における睡眠状態誤認のメカニズムを明らかにするため、睡眠圧の高い条件(高睡眠圧)と睡眠圧の低い条件(低睡眠圧)において、主観的睡眠時間について検討した。被験者は若年健常男性7人(21-23歳)で、実験は室温・湿度・照度・騒音レベルを厳密に統制して4日間に渡って行った。被験者は、第1日目の夕刻に来所し、0時より7時まで適応睡眠をとったあと、第2日朝から第3日昼にかけて28時間の断眠を行った。断眠中は室内の照度は150luxに保ち、運動は控えさせた。第3日の12時より21時まで、高睡眠圧条件での睡眠をとり、第4日の12時より21時まで低睡眠圧条件での睡眠をとった。高睡眠圧および低睡眠圧条件における9時間の睡眠ポリグラフ記録(PSG)を90分ごとの6睡眠区間に分割し、それぞれの区間で睡眠段階2の時に覚醒させ、構造化面接を行い、主観的睡眠時間、主観的時刻、主観的入眠潜時を聴取した。それぞれの面接は照度5lux以下で行い、2分以内に終了させ、直ちに消灯した。PSGは国際判定基準に従って判定し、客観的睡眠時間、入眠潜時を求めた。統計解析には分散分析、Spearman順位相関を用いた。合計84の睡眠区間のうち、高睡眠圧条件の41区間、低睡眠圧条件の38区間で、1エポック以上の睡眠が記録され、この79区間を解析した。主観的睡眠時間は両条件下で客観的睡眠時間より有意に長かった。その他の客観的睡眠指標は条件による違いがなかった.主観的睡眠時間は低睡眠圧条件で高睡眠圧条件より有意に短かかった。主観的睡眠時間は客観的覚醒時間(分)、客観的覚醒時間(%)、面接施行時刻と有意な負の相関を示した。しかし、客観的睡眠時間(分)とは相関を示さなかった。主観的睡眠時間は低睡眠圧条件において高睡眠圧条件より短く、客観的睡眠時間ではなく、客観的覚醒時間と相関を示した。
著者
竹内 保
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
1995

胸腺内T細胞分化に関与する胸腺上皮細胞表面蛋白質、HS9を過剰発現するトランスジェニックマウス3系統を作出した。HS9は生理的には胸腺外側皮質に発現する。これに対して、いずれの系統のトランスジェニックマウスでもHS9は胸腺上皮全般に発現していた。トランスジェニックマウスには外見上の奇形および病変は認められなかったが、胸腺細胞数は1.2-1.8倍に増加していた。主にCD4CD8陽性でTCR陽性の分画が増加していた。この結果はHS9がCD4-CD8-(DN)からCD4+CD8+(DP)への胸腺T細胞分化を促すという従来の知見を裏付けるものである。さらに、これらトランスジェニックマウスはsplenomegalyを呈しており末梢の免疫異常を伴うことが示唆される。ConAによるT細胞刺激による反応性が低下していることが明らかになった。また、本年度はノックアウトマウスの為にベクターを構成した。129マウス用にHS9をコードするgenomicDNAを単離してエクソン1-3の置換型タイプのベクターを開発した。
著者
畠山 英之
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2008

ミトコンドリア病の一次的病因となりうるミトコンドリア機能傷害を患者組織由来の培養細胞レベルで検出しうる新規な生化学診断技術の創出を目指した。本研究にて確立された網羅的かつ体系的な機能診断技術は、多様なミトコンドリア機能(エネルギー代謝系、酸化ストレス、各種シグナル伝達、アポトーシスの制御)の全体像を分子・タンパク・オルガネラ・細胞レベルで解析可能とし、未知の変異に対する病原性の同定やミトコンドリア病の病態発生機構の解明などにおいて極めて有用であることが示唆された。
著者
大隅 典子
出版者
国立精神・神経センター
雑誌
特定領域研究(A)
巻号頁・発行日
1998

脊椎動物の脳形成はまず外胚葉に神経上皮が誘導され、その後背側で癒合して神経管が形成されるとともに、前後軸に沿ったいくつかのコンパートメント(分節)に分がれることによりなされる。近年、多数の形態形成遺伝子やシグナル分子がこの脳分節に特異的に発現することが報告されており、脳の分節構造は形態的な単位であるばかりでなく、その後の領域特異的な神経細胞の分化やネットワーク形成の基本単位として極めて重要な役割を果たしていると推定される。ショウジョウバエの形態形成遺伝子であるpairedのホモログの一つとして同定されたPax-6遺伝子は転写因子をコードし、発生中の前脳や菱脳・脊髄で領域特異的に発現する。本研究では実験発生学的手法と分子形態学的手法を駆使することにより、脳分節形成の細胞系譜的解析および脳のパターニングにおけるPax-6の役割について解析することを目的としている。今年度は、Pax-6陽性領域である前脳コンパートメントの成立とその運命地図の作成について、培養マウス胚を用いて詳細な解析を行った。さらに昨年度確立した電気穿孔法による培養哺乳類胚への遺伝子導入系を用いて、前脳コンパートメントの維持にカドヘリン群が果たす役割を解析した。また、ラット胚菱脳部において、Pax-6の下流の分子カスケードについて解析し、Wnt遺伝子によってコードされる分泌因子がlslet2などの遺伝子発現を調節することにより、神経細胞の多様性獲得に役割を果たしていることが示唆された。