著者
船山 和泉
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.17-31, 2008 (Released:2017-03-28)

本研究は日本のメディアにおける外国人の表象について分析・考察するものであり、特に犯罪報道において外国人がどのように表象されているかを検証する。本研究はコーパスの収集のために読売新聞とTHE DAILY YOMIURIを収録した新聞記事データベースである「ヨミダス文書館」を利用し、見出しにおける『窃盗団』という特定の単語の複合名詞に着目した。分析の結果、窃盗団のメンバーが日本人であるときは、その属性としての国籍や民族名は『窃盗団』の複合名詞を形成することはなくまた見出しに登場することもない一方で、日本人ではない者が窃盗団のメンバーである時には、「中国人窃盗団」などの例に顕著に見られる様に、彼等の国籍や民族名はほぼ必ずと言って良いほどの割合で『窃盗団』の複合名詞を形成し見出しに登場することが明らかとなった。つまり窃盗団に関する報道であるということは同じであっても、外国籍の者が窃盗団のメンバーである場合に彼等は必ずと言って良い程の割合で窃盗の行為者として表象され批判の対象となるが、窃盗団のメンバーが日本人である場合は、その限りではない。例え現実では行為者であっても、多くの場合彼等の窃盗団は「重機窃盗団」などといった、行為者のアイデンティティーを明らかにしない形で表象されるのである。本研究によって、メディア・テキストにおいて窃盗という犯罪行為の「行為者」として言及されその責任を問われるか否かは、当事者が当該社会・コミュニティーにおいてアウトサイダーであるか否か、そしてしばしば社会的マイノリティーであるか否かによって差がある、ということが示唆された。
著者
山本 志都
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.67-86, 2014 (Released:2017-03-28)

本研究は、文化間の差異性の認知、および、その位置付けや評価に関わる異文化感受性が、日本でどのような世界観により経験され体現化されているか明らかにすることを目的とする。そのために、Milton Bennettの異文化感受性発達モデル(A Developmental Model of Intercultural Sensitivity)を基にして、日本における異文化感受性を検討する。DMISには、文化の次元や種別に関わらず、同じ異文化感受性が適用されると見なす前提があるが、対象となる文化のカテゴリーが異なっていても、認知の構造は実際に同じであるか、日本の文脈から異文化感受性を明らかにする研究の流れの中で、この点についても検証する。調査では「国」、「地域」、「専門・組織」と複数の文化のカテゴリーを用いたが、本論文は一連の研究分析の最初の報告として「国」に焦点をあてる。予備調査として質的研究を行い、その結果を本調査で用いる質問紙の項目として使用して、5県に住む20歳以上の男女1000名を対象にインターネット調査を行った。探索的因子分析の結果、F1「違いの克服」(F1-1「曖昧化」、F1-2「積極性」)、F2「違いへの不関与」(F2-1「拒絶」、F2-2「逃避」)、F3「違いの容認」(F3-1「譲歩」、F3-2「尊重」)、F4「違いの内面化」、F5「違いの無効化」、F6「無所属感」、F7「違いへの憧れ」の因子を抽出した。サブカテゴリーまでを含めた因子間の関係を見るために確認的因子分析を行った。因子間の相関係数および概念的意味より、自文化中心的あるいは文化相対的な世界観を示す因子が特定された。また、その双方の世界観をつなぐ中継的役割と解釈できる因子のあることが明らかになった。これらの結果に基づき、抽出された因子とDMISとの関連性および日本での異文化感受性の表れ方の特徴が検討された。
著者
永井 智香子
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.3-20, 2015 (Released:2017-01-23)
参考文献数
15

日本における華僑は二つに分けられる。1980年ごろからの中国の改革開放後、留学などの目的で日本に来た中国人は新華僑と呼ばれ、1970年代以前から日本に暮らす老華僑とは区別されている。現在、新華僑はその数においても老華僑を上回り、社会のさまざまな分野で活躍している者もいる。新華僑の中には幼い子供を伴って来日する者もいる。21世紀になり、入国時幼かった新華僑二世も日本で成人している。本稿は幼い頃親に連れられて中国から日本に来て、日本で成人した新華僑二世のアイデンティティをインタビューという質的調査法により探ろうとしたものである。新華僑の来日時期から見ても、二十代の若者に成長した新華僑二世に関する研究はこれからの研究分野であると言える。インタビューの結果、本研究のインフォーマントらは中国と日本が融合した複合的なアイデンティティを持つことがわかったが、その中身は中国語と日本語を自由にあやつり、中国と日本の二つの国の文化を見事なまでに客観視できるものであった。そして、自らのアイデンティティをポジティブにとらえ、それを強みと考え、日本社会で活かしたいと考えていることがわかった。
著者
渡辺 京子
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.1-14, 2005-10-05

本稿の目的は、多国籍企業社内での意思決定のための会議において日本人とドイツ人の参加者がそれぞれどのようにコミュニケーションを行っており、そこにはどのようなスタイルの差が見受けられるかということを実際に行われた会議の音声収録データをフレーム分析の方法論で考察し、その背景を探ることである。両者の会議発言の構成やフレームの取り方には対照的な差が見られた。日本人は、「前置き-背景説明-短い主張」というフレームで発言しており、ドイツ人は「発言の題目表示-理由説明-まとめ及び行動への呼びかけ」という流れがほぼ一貫して見られた。更に日本人の場合にはそれぞれのフレームの境目が明確に浮かびあがらず、全体とした流れとなってそこに主張が埋め込まれていた。個人間の発話も同様の構造が見られ、積極的に主張を展開することはせず、合意はプロセス共有の果実であり当然の帰結として生じるという暗黙の意識が感じられた。ドイツ人は構成部分を明確に区分けしており、それぞれの区分が際立つ話し方をし、個人間でも同様に明確な領域を主張しながら意思決定に貢献しようとする姿が見られた。このような構造的なスタイルの差異は、意思決定の会議に対する異なる志向性によるものと考えられる。日本人は、思考のプロセスの共有に重きを置き、ドイツ人は明確な領域を主張しながらの意思決定への貢献を志向していると思われる。
著者
奴久妻 駿介 田中 真奈美 馬場 智子
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.3-18, 2016 (Released:2020-09-10)
参考文献数
24

本研究は、外国人児童・生徒および少数民族の教育を受ける権利を対象とし、多様な教育のアクセスの実態を日本とタイの事例を基にして明らかにした。国際比較の視点を導入することで、日本国内のマイノリティの就学の意味づけを問い直し、新たな研究と実践のアプローチに示唆を与えることを目的としている。日本の事例では、国内外国人学校4校を対象に、教員、児童・生徒を対象とした聞き取り調査を実施した。タイの少数民族の学校3校を対象にした現地調査は、教員・スタッフへのインタビューを実施した。結論として、中央政府が特定民族の草の根的教育場を公的に学校として認可したタイの事例は、日本のノンフォーマル教育としての地方学習室・日本語ボランティア教室の今後の展開や位置づけに重要な示唆を与えてくれるだろう。一方で、マクロ面(国および地方行政両面の社会システム、教育システム)での文化・言語保護や、ミクロ面(現場レベルの多様な教育方法)での人材確保、カリキュラム開発は両国の課題であることがわかった。
著者
伊藤 明美
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.1, pp.3-14, 2004

共感は、異文化コミュニケーション研究において一般的に使用される概念の1つとなったが、その理解については研究者の個人的判断にまかせられることが多い。本論では、これまで共感研究の中心であった心理学での発見と日本および英語文化圏での日常的理解を参考にしながら、異文化コミュニケーションで求められる共感について「互恵的関係構築を目的とし、他者の視点や立場からそれらが埋め込まれた文化文脈の中で他者感情や体験を共有する認知的・情緒的能力」と定義し、その上で、こうした共感には非二元論的な自己理解が重要となることについて論じる。共感には他者との同一性を求める感性や態度が少なからず必要と考えるが、このような意味で仏教における無我の概念は多くの洞察を与えてくれる。なぜなら、無我の根底には二元論を超えた自己理解が存在するからである。しかも、無我は無自己を意味するのではなく、むしろ自己追求のプロセスであり、共感が自己喪失を招くとする米国人的な不安もない。異文化コミュニケーションで目指されるべき建設的な人間関係の構築は、こうした東洋的自己理解を前提とした共感によって、大きな一歩を踏み出しうるのではないかと考える。
著者
吉田 昌弘
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.47-67, 2007

本研究の目的は、批判的談話分析という言語学的手法により、1918年の建国以来、多民族が共存してきた旧ユーゴスラヴィア連邦共和国の、1990年代における紛争の激化と民族浄化にまでいたった要因を解明し、将来的に類似の紛争防止に貢献することである。批判的談話分析とは、社会コンテクストや談話を分析して、その社会の共通認識やイデオロギーを考察するものである。本研究では、旧ユーゴスラヴィアの社会コンテクストを、クロアチア民族とセルビア民族の関係を歴史的に概観し、各民族指導者の他民族に対する言及を含んだ談話と紛争直前期のメディア報道の検証をおこなった。その結果、歴史的考察からは(1)第2次世界大戦以前までは、大規模な民族間の衝突は存在しなかったこと。(2)第2次世界大戦期には、旧ユーゴ紛争と類似の対立構造が存在し、同様に陰惨な民族浄化が行なわれたことが明らかとなった。また、第2次大戦期と旧ユーゴ紛争期の民族指導者の談話分析から、(1)他民族排斥イデオロギー(2)地政学的イデオロギー(3)優生学的人種イデオロギーを共有していたことが浮かび上がった。さらに、第2次世界大戦期の民族対立を利用したレトリックが、旧ユーゴ紛争に第2次世界大戦期の恐怖心を付与し、民族という枠組みで旧ユーゴ社会を「内集団・外集団」化してしまったことを検証した。以上の分析結果を総合し、(1)第2次世界大戦期からユーゴ紛争までの指導者層のイデオロギーと民族対立の構造が時間的連続性をもってこの地域に継続されていたこと。(2)連邦がひとたび崩壊すると、このイデオロギーや歴史的民族対立の記憶が表面化したこと。(3)レトリックにより生成された民族浄化国家のプロトタイプが、拡大再生産され、第3帝国と結合・巨大化し、そのプロトタイプこそが、紛争当事者に和平交渉の拒絶、他民族への憎悪の助長と排斥、徹底抗戦を促したのではないかと結論づけた。
著者
安本 博司
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.23-36, 2014-12

本稿では、在日コリアン(以下、「在日」と表記)の運営するNGO団体(Organization of United Korean Youth Japan、以下、KEYと表記)において、個々のメンバーがどのような居場所を形成してきたのか、あるいは形成しようとしているのか、を明らかにしようとするものである。また、居場所の意味づけの多様性を描き出すことを目的に、世代に着目し分析をおこなった。世代とは、第一世代を在日韓国青年連合の立ち上げ期に関わった者や立ち上げ後活動の中心にいた者、第二世代を名称変更後の在日コリアン青年連合において活動の中核を担っている者または、歴史人権講座や社会運動に継続して参加している者、第三世代を語学学習や交流会目的で参加している者とし、世代ごとの居場所への意味づけを検討した。調査は、元メンバーと現メンバーの計7名に対して半構造化インタビューをおこなった。その結果、明らかになったことは、第一世代・第二世代と第三世代の居場所の形成地点や居場所への意味づけが異なり、同じ空間内に居場所の棲み分けがされていることが明らかになった。しかしながら、それは固定したものではなく、それぞれが居場所を確保しようとする「居場所のせめぎ合い」とも言うべき動的な居場所の形成過程が明らかになった。
著者
伊藤 孝恵
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.129-139, 2006-12

今日日本において増加、多様化している国際結婚の約7割が、「夫日本人、妻外国人」で、その外国人妻の多くは、フィリピン、韓国・朝鮮、中国といったアジア諸国出身者である。その増加、多様化の背景には、国際的な人口の流動化とともに、送り出し側、受け入れ側の社会的・経済的事情がある。外国人妻は、国家間の経済格差上にある差別意識や、日本社会・文化への同化圧力の中で、言葉や価値観、習慣等の違いに戸惑うばかりでなく、家庭内や親子間でのコミュニケーション・ギャップやエスニック・アイデンティティの揺らぎ、日本において依然根強い性別役割分業にも直面している。このような外国人妻の抱える問題は、外国人妻個人や国際結婚家族のみならず、日本社会全体の問題でもあり取り組むべき課題でもある。本稿は、近年の国際結婚動向の特徴及び今日国際結婚の外国人女性が抱える問題点について整理し、これに家族社会学の見地を加え、日本社会が様々な価値観や習慣等を受け入れ共存する「多言語・多文化共生」社会へ向けて示唆することを目指す。
著者
岸 磨貴子 今野 貴之 久保田 賢一
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.105-121, 2010 (Released:2017-03-28)

本研究の目的は、インターネット上での異文化間の協働を実践共同体の枠組みで捉え、実践共同体が組織されるプロセスを明らかにすることで、異文化間の協働を実現する学習環境デザインのための要件を提示することである。日本とシリアの児童・生徒が、協働して物語を創作する実践を研究事例とし、実践共同体を構成する3つの次元である「共同の事業」「相互の従事」「共有されたレパートリー」が組織されるプロセスを明らかにする。本事例における「共同の事業」とは、絵本の共同制作である。また、絵本を完成するために、児童・生徒が協働し、相互に助け合うことを「相互の従事」とし、その中で、絵本を創作するために必要な計画の立て方、物語の書き方、表現などを「共有されたレパートリー」と捉える。日本とシリアの児童・生徒の学習記録とフィールド調査で得たデータをグラウンデッド・セオリー・アプローチに基づき分析した。その結果、児童・生徒は、協働が不可欠な状況において、物語制作に相互に従事し、物語の作り方、コミュニケーションの方法、協働で創作する意味などのレパートリーを共有した。3つの次元の組織化のプロセスから、インターネット上での異文化間の協働を促すためには、協働が不可欠な課題の設定、学習者間の相互従事を促すための支援のデザイン、学習者間の協同的学習を促す自由度と枠組みの設置という3つが学習環境デザインのための要件として提示できた。
著者
岩下 康子
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.69-77, 2018 (Released:2020-09-10)
参考文献数
21

本稿は、帰国技能実習生の調査活動をもとに、外国人技能実習制度(以下「技能実習制度」)が彼らに与えた影響についての一考察である。外国人労働者受け入れに関しては受け入れの是非を問う議論が1980年代に盛んに行われた後収束し、制度上の問題、実習生の人権問題や受け入れ企業の実態が議論の的となってきた。2010年度に法改正が行われ、実習生の労働者性が認められた後も、悪質な労働環境等がメディアに取り上げられ、人材育成は建前であるというイメージが定着したままである。一方、帰国した実習生たちのその後に関する研究は少ない。本稿は、帰国したインドネシア実習生を対象とし、技能実習経験がその後の彼らの人生にどのような影響をもたらしたかを考察する。方法としては、半構造化面接を用い、被調査者の了解を得てビデオに収め逐語記録を作成、分析を行った。技能実習によって、彼らは技能獲得以上に、日本語と日本人の勤勉さと追究心、仕事に対する情熱を学んだことがわかった。
著者
中野 祥子 田中 共子
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.59-77, 2017 (Released:2020-09-10)
参考文献数
23

本研究では、日本人とムスリム留学生との関係形成を、日本人側の視点から実証的に探索した。具体的には、ムスリム留学生と親しい関わりを持つ、日本人6名に半構造化面接を行い、交流時の葛藤や戸惑い、関係形成・維持のための工夫を尋ねた。その結果、交流時の葛藤及び戸惑いは、4つにまとめられた「: 宗教的な実践への戸惑い」、「宗教的価値観を用いた応答への戸惑い」、「宗教的な議論への戸惑い」、「宗教的な禁忌への不安」。また、関係形成・維持のための工夫は、5つにまとめられた「: 宗教的実践への配慮」、「宗教的実践への不干渉」、「共通点への注目」、「率直な自己表現」、「積極的な働きかけ」。本研究の日本人ホストは、文化差への戸惑いを抱きつつも、「適度な距離感」を保ちながら場の共有が可能になるよう努めて、交流を楽しんでいた。良好な関係形成・維持を可能にする鍵となる、双方にとっての「適度な距離感」は、最低限でさりげない配慮、過度に干渉しない姿勢、宗教的価値観を受け入れたうえで率直な意見を述べようとする態度のバランスによって創出されるものと考えられた。
著者
出口 朋美 八島 智子
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.33-47, 2008 (Released:2017-03-28)

本研究の目的は、大学学生寮の中で留学生と日本人学生が構築する対人関係を、留学生の語りを通して明らかにすることである。データ収集方法として、有志留学生8名それぞれに滞在期間3ヶ月目と8ヶ月目の時点で半構造化面接を行なった。面接では、寮での日本人学生との対人関係を中心に質問をした。逐語録の分析には、木下(2007)を参考に、グラウンディッド・セオリー・アプローチで用いられる方法を利用した。その結果、滞在期間3ヶ月目では、留学生は日本人学生との対人関係構築への期待を抱いていたのにも関わらず、8ヶ月目になると、留学生は日本人学生コミュニティへの不参加を表明していることが分かった。本稿では、その理由として、日本人学生の上下関係の文化的実践に注目し、寮における異文化間対人関係の様相を考察する。
著者
稲葉 光行
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.1-22, 2010 (Released:2017-03-28)

本論文では、人々が自発性に基づいて連携し、お互いのリソースを提供し合い、協同しながら様々な社会問題の解決に取り組むネットワーキングの時代において、新しい文化創造の役割を担う人々の「活動システム」(activity system)のあり方について議論する。まず、活動システムのつながりと文化創造の関係について理解するために、「文化歴史活動理論」(Cultural-Historical Activity Theory:CHAT)の背景とその系譜について整理する。次に、文化歴史活動理論の枠組みを取り入れた協同的な学習実践のうち、米国での「第五次元プロジェクト」の一拠点として運営されているLa Clase Mágicaと、日本の事例である八幡子ども会議について紹介する。そして、それらの事例を、エンゲストロームが提唱する「拡張的学習」(expansive learning)の枠組みを用いて分析する。最後に、これらの2つの事例を手がかりとして、文化創造のための活動システムのつながりと、文化創造の担い手を育む学習共同体のあり方について議論する。
著者
楊 禾 衣 犁
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.99-110, 2009 (Released:2017-03-28)

「中国音楽の生きた化石」といわれる納西古楽は、中国雲南省にある納西族の民間音楽である。経営会社化した「麗江大研納西古楽会」は、演奏会を観光客に向けて催し、また、国内外での公演や演説によって国際的認知度が高まっている。唐代の道教の読経音楽と宋元時代の儒家の細楽が納西族に伝承されてきたこと、中原で失われた工尺譜はまだ使われていることは、国内外の研究者や旅行者に注目されている。しかし、納西古楽は漢族の音楽学者の間では受け入れられず、様々な論争が起きている。 2003年10月に発行されたC研究院主催の『芸術評論』創刊号には、音楽理論家B氏が執筆した「『納西古楽』とは何ものだ」という文章が掲載された。文章に言及された納西古楽会長A氏は名誉毀損を理由にB氏と『芸術評論』雑誌社を訴えた。本論文は、納西古楽に関する当事者各自の主張と裁判所の判断について記述し、観光少数民族音楽が、商業的伝承活動の実践家や民族音楽学家によってどのようにみられているかを探る。そして、本案の考察により、多民族国家である中国において、少数民族と漢民族同士がいかに協力し、多文化の「共生」・「共栄」を構築していくのか、また消滅の危機に瀕している伝統芸能はどのような形で、どのような方法で残されていくのかなどの課題を提起する。
著者
八木 龍平 林 吉郎
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.1-15, 2006

本研究の目的は、林(1999, 2001)が提唱した6眼モデルの主体眼・客体眼マインドセットを測定する心理テストを開発し、その信頼性と妥当性を検証することである。まず異文化体験の豊富な13名が行ったブレーン・ストーミングの結果を基に、我々は129項目の質問項目候補を作成した。そして異文化コミュニケーション専門家グループが個々の項目内容を精査した結果に基づいて、我々は40項目から成る暫定版テストを作成した。暫定版テストを656名に実施して因子分析を行った結果、自己準拠性尺度6項目(a=.73)、自己主張性尺度3項目(a=.62)、客体依存性尺度3項目(a=.64)、グループ準拠性尺度6項目(a=.70)、主体境界柔軟性尺度6項目(a=.70)から成る5下位尺度24項目の主体・客体準拠性および主体・客体境界管理テストが構成された。本テスト及び類似する他の尺度を293名に実施し、相関分析を行った結果、本テストは構成概念妥当性と再検査信頼性があることを確認した。
著者
長谷川 典子
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.15-30, 2005

当研究は2003年12月から約10ヶ月間に亘って行われた質問紙調査の結果を基に韓国ドラマ「冬のソナタ」の視聴行動と視聴者の韓国人に対する態度変容の関係について質的・量的に分析を試みたものである。分析結果から、参加者たちの韓国人に対するイメージは概ねドラマ視聴により好転し、彼らの韓国人に対する関心も高まっていることが明らかになった。偏相関分析の結果、主演俳優に好感を抱いたり、感情移入しドラマ視聴をすることと韓国(人)に関心を持つことの間に何らかの関連性があることが示唆された。また、重回帰分析の結果から、「韓国(人)に対する関心」「『冬のソナタ』への好感」「主人公への感情移入」などは韓国人のイメージの変化に比較的強い関連があるということが明らかになった。自由記述回答に対する内容分析の結果から、回答者たちは韓国の人々の倫理観、人間関係のあり方、ものの考え方などの様々な価値観、すなわち隣国の深層文化の一端を見、文化に対する理解をも深めた者が多く存在したことが判明し、日本での韓国ドラマの放映は、両国間の異文化コミュニケーションの観点からは望ましい結果を生んでいることが窺えた。
著者
吉田 昌弘
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.47-67, 2007 (Released:2017-03-28)

本研究の目的は、批判的談話分析という言語学的手法により、1918年の建国以来、多民族が共存してきた旧ユーゴスラヴィア連邦共和国の、1990年代における紛争の激化と民族浄化にまでいたった要因を解明し、将来的に類似の紛争防止に貢献することである。批判的談話分析とは、社会コンテクストや談話を分析して、その社会の共通認識やイデオロギーを考察するものである。本研究では、旧ユーゴスラヴィアの社会コンテクストを、クロアチア民族とセルビア民族の関係を歴史的に概観し、各民族指導者の他民族に対する言及を含んだ談話と紛争直前期のメディア報道の検証をおこなった。その結果、歴史的考察からは(1)第2次世界大戦以前までは、大規模な民族間の衝突は存在しなかったこと。(2)第2次世界大戦期には、旧ユーゴ紛争と類似の対立構造が存在し、同様に陰惨な民族浄化が行なわれたことが明らかとなった。また、第2次大戦期と旧ユーゴ紛争期の民族指導者の談話分析から、(1)他民族排斥イデオロギー(2)地政学的イデオロギー(3)優生学的人種イデオロギーを共有していたことが浮かび上がった。さらに、第2次世界大戦期の民族対立を利用したレトリックが、旧ユーゴ紛争に第2次世界大戦期の恐怖心を付与し、民族という枠組みで旧ユーゴ社会を「内集団・外集団」化してしまったことを検証した。以上の分析結果を総合し、(1)第2次世界大戦期からユーゴ紛争までの指導者層のイデオロギーと民族対立の構造が時間的連続性をもってこの地域に継続されていたこと。(2)連邦がひとたび崩壊すると、このイデオロギーや歴史的民族対立の記憶が表面化したこと。(3)レトリックにより生成された民族浄化国家のプロトタイプが、拡大再生産され、第3帝国と結合・巨大化し、そのプロトタイプこそが、紛争当事者に和平交渉の拒絶、他民族への憎悪の助長と排斥、徹底抗戦を促したのではないかと結論づけた。
著者
水谷 俊亮 久保田 真弓
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.117-132, 2013

本研究では、ある目標に向けて協働すべき異文化の集団や組織をつなぎ、その目標達成に寄与する力、すなわち「文化媒介力」(松田, 2013)を参照し、バングラデシュでストリートチルドレンの支援活動を行うNGO・Eが、日本の支援団体NPO・Sを受け入れ実施した5日間の訪問ツアーを対象に、NGO・Eの日本人スタッフ2名に焦点をあて、媒介者としての働きを明らかにする。日本人スタッフの一人はNGO・Eで1年間インターンとして働き、5日間の訪問ツアーを参与観察しフィールドノートを取った。本研究では、このフィールドノートをデータとしKJ法(川喜田, 1967)で分類し、カテゴリー名をつけ分析した。その結果、最終的に19種類のカテゴリーが抽出された。それらを対日本人訪問者への項目と対バングラデシュ人スタッフや子どもへの項目に分けて解説した。次に特筆すべき3つのエピソードをカテゴリー項目を用いて再構成し提示した。これらの分析結果をもとに、NGO・Eの日本人スタッフ2名による媒介者としての働きを「文化媒介力」を援用して議論した。<br>本研究の意義は、「文化媒介力」について実際のデータを元に提示した点、イスラム文化を背景とするバングラデシュで活動する現地のNGOの視点から議論した点、特に農村における場面を扱っている点である。
著者
吉富 志津代
出版者
多文化関係学会
雑誌
多文化関係学 (ISSN:13495178)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.17-32, 2006 (Released:2017-03-28)

世界のグローバル化に伴い、日本社会を構成する住民がますます多様になっていく状況において、地域では対症療法的にさまざまな取り組みが行われている。本稿では、国籍などによって阻まれるものではない「人権」が守られ、すべての住民の伝統・文化を尊重し、その活力が生かされる多文化共生社会の実現に向けて、より有効な役割を果たす新渡日外国人自助組織に着目する。自助組織を、地域住民として暮らすための自助・互助の目的でさまざまな活動を展開するという明確な意識をもった組織と定義づけ、兵庫県で筆者が実際にその形成に深く関わった新渡日外国人自助組織である「関西ブラジル人コミュニティ」の形成プロセスを考察する。本稿の目的は、その形成を通して、外国人自助組織と市民団体や行政などの日本社会側それぞれについて、意識の共有、具体的な協働、制度における必要要素を分析し、自助組織の自立支援の必要性と具体的な方策を明らかにする。また、将来これを公的施策として実現可能な具体的な提案を試みるための基礎研究と位置づける。