著者
山川 路代 JIVACATE Therdchai 藤井 一幸 飛松 好子
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療
巻号頁・発行日
vol.23, no.4, pp.281-290, 2008

<b>目的</b><br>&nbsp;開発途上国では感染症など緊急性の高い疾患ばかりが注目され、その対応に追われているため、リハビリテーションを積極的に展開するまでには至っておらず、障害者がリハビリテーションを受けにくい現状にある。リハビリテーションのアプローチのうち、アウトリーチ型は都市部の施設で働くリハビリテーション専門職が施設から出向いて障害者の家を訪問したり、設備のない村を巡回してサービスを提供するものであり、医療基盤の乏しい国や地域では有効な方法の一つとされる。タイでは足部切断を含めて下肢切断者は約 5、6万人おり、障害者全体の 8%を占めている。義足製作は病院や医療施設のワークショップで主に行われているが、ワークショップやそこに勤務するテクニシャンの数が少ないため、国内では幅広く義足を提供するために、アウトリーチ型アプローチであるモバイルユニットが実施されている。そこで、義足提供モバイルユニットのフィールド調査により現状把握を行い、その活動の有効性について検討することを目的とした。<br><b>方法</b><br>&nbsp;2006年 10月、タイ北部の都市チェンライで開催されたタイ義肢財団による義足提供モバイルユニットに同行し、活動の参与観察を行った。また、活動に参加したスタッフから財団の概要や活動内容、参加スタッフ数やその所属などについてヒアリングを実施した。参加した切断患者の受付台帳からは職業や切断原因、製作する義足の種類、義足使用状況などに関する情報を入手した。<br><b>結果</b><br>&nbsp;調査した義足提供モバイルユニットは、医師やテクニシャンを含む総勢 75人のスタッフが現地に赴き、義足製作機材を全て現地に持ち込んで実施された大規模な活動だった。活動中にテクニシャン 54人が製作した義足総数は製作期間 4日間で 177人分 204本だった。参加した切断患者に農民など安定収入のない者や無職者が 8割、地雷を切断原因とする者が 2割含まれていた。また、全体の 3割が義足を初めて製作し、その 2割は切断してから義足を入手するまでに 6年以上を要していた。この結果、義足が地方の貧しい切断患者に提供されていることが分かった。また、テクニシャンはタイ国内各地から集結し、都市部の専門家から義足製作技術を学んでいた。<br><b>結論</b><br>&nbsp;義足提供モバイルユニットはタイの現状を考慮し、地方の技術者を養成し、切断患者に義足を幅広く提供するために有効なアプローチであると思われた。
著者
マルティネス 真喜子 畑下 博世 鈴木 ひとみ Denise M. Saint Arnault 西出 りつ子 谷村 晋 石本 恭子
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.69-81, 2017-06-20 (Released:2017-07-14)
参考文献数
27

本研究では、ブラジル人妊産褥婦がデカセギ移民として生活する中で、どのような心身の健康状態を体験しているのか、それに相互に影響を及ぼす社会文化的要因を明らかにすることを目的とした。研究対象は、ブラジル人人口が多い2県に在住するブラジル人妊産褥婦18名であった。日本人研究者と、ポルトガル語通訳者が2人1組となり、対象者の自宅で、半構成的インタビューを行った。研究期間は2013年~2014年であった。インタビューは「ヘルプシーキングの文化的要因理論」を用いて実施した。データのコーディングとテーマ抽出は分析的エスノグラフィーを用い、コア・テーマを抽出した。  その結果、心身の症状は、「心配」と「背・肩の痛み」が最も多く、続いて「頭痛」、「いらいらする・怒りっぽい」、「不眠症・眠れない」、「不安」が多かった。それらの原因の説明として、妊娠・子育てによるもの、仕事や収入の不安、外国人であるがゆえのわずらわしさ、頼れる人がいないということを挙げていた。それらに影響を及ぼす社会文化的要因として、【対等で深く結びつく家族の存在】、【労働力でありつづける逞しさ】、【条件の良さを選んで定住】、【保健医療制度への低い満足度】、【宗教によりもたらされる恵み】の5つのコアカテゴリーが抽出された。  日本で生活するブラジル人妊産褥婦は様々な心身症状を体験しており、日本とは異なる家族のあり方や宗教が大きく影響していると考えられた。これらのことが健康に影響するということを理解し、ブラジル人妊産褥婦の適切な保健行動に導けるよう介入しなければならない。
著者
橋村 愛 大西 真由美
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.323-332, 2016

<p><b>目的</b></p><p>  長崎県内で生殖年齢にある外国人女性が多く居住する長崎市および佐世保市の周産期ケアに携わる看護職が考える「外国人への周産期ケアコミュニケーション能力」として必要な要素を抽出することを目的とした。</p><p><b>方法</b></p><p>  長崎市および佐世保市の分娩取扱い医療機関全25施設のうち、調査協力への承諾が得られた長崎市6施設、佐世保市4施設の計10施設に勤務する、周産期ケアに携わる看護職207人を対象に、郵送法による無記名自記式質問紙調査を実施した。質問紙は個人属性、海外・外国人関連項目(英会話能力、海外滞在・渡航経験、異文化学習経験、外国人患者ケア経験、外国人妊産褥婦ケア経験)、および独自に作成した38項目から成る「外国人への周産期ケアコミュニケーション能力」に関する質問から構成した。38項目は「全く必要でない」「あまり必要でない」「やや必要」「とても必要」の4件法で回答を求め、順に1点から4点と点数化した上で因子分析を行った。</p><p><b>結果</b></p><p>  10施設207人の看護職を本研究対象とし、141人から回答済み質問紙が返送され(返送率68.1%)、そのうち有効回答が得られた120人を分析対象とした(有効回答率58.0%)。外国人妊産褥婦ケア経験のある者は120人中111人(92.5%)であった。長崎市内施設看護職では中国出身、佐世保市内施設看護職では中国または米国出身の外国人妊産褥婦へのケア経験があると回答した者がそれぞれ8割を超えた。「外国人への周産期ケアコミュニケーション能力」に対する必要性の認識では38項目中36項目の平均得点が3.0以上であった。平均得点が3.0を下回った2項目を除く36項目で因子分析を行い、さらに因子負荷量の絶対値の基準0.4以下であった3項目を除外した上で再度因子分析を行った。その結果、「異文化理解」「資源活用」「問題解決」「異文化尊重」「情報伝達」「非言語コミュニケーション」「自文化理解」「分娩期対応準備」の8要素が抽出された。</p><p><b>結論</b></p><p>  長崎市および佐世保市の周産期ケアに携わる看護職は、「外国人への周産期ケアコミュニケーション能力」として、「異文化理解」「資源活用」「問題解決」「異文化尊重」「情報伝達」「非言語コミュニケーション」「自文化理解」「分娩期対応準備」の8の要素の必要性を認識していた。</p>
著者
村上 仁 石川 尚子 宮本 英樹 野中 大輔
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療
巻号頁・発行日
vol.24, no.4, pp.299-308, 2009

<b>目的</b><br>&nbsp;本稿は、2009年3月、日本国際保健医療学会東日本地方会にて実施した、「感染症対策と保健システム」ワークショップと、それに続くオープンフォーラムの討議内容を報告する。<br><b>方法</b><br>&nbsp;ワークショップではまず、1)ラオスの村落ベースのマラリア対策の現状と今後、2)ラオスの母児ユニットへの妊娠期から乳児期までの継続ケアアセスメント、3)タイとザンビアの地域ベースでのHIVに対する抗レトロウイルス治療展開と保健システム強化、4)カンボジアのワクチンと予防接種のための世界連合(GAVI)による保健システム強化支援の4つの話題提供が行われた。その後、1)疾病対策プログラム(主に感染症)を進める際に認識される保健システムの問題点、2)保健システム強化の視点から見た疾病対策プログラムの問題点、3)疾病対策プログラムは保健システム強化にどのように貢献しうるかの3点を討論した。合計30の論点や経験が表出された。しかし、限られた時間内では、実効的な論理構築が困難であるため、2009年5月末日までの枠組みで、著者4名とワークショップ参加者のうち希望者を主体とする謝辞に記された22名が、インターネットを通じたオープンフォーラムにてさらなる論点を収集し、それを取りまとめた。その結果、23の追加的論点や経験が表出された。<br><b>結果</b><br>&nbsp;第一に、感染症対策などの疾病対策プログラムを進める際に認識される保健システムの問題点として、1)保健医療人材の量と質の圧倒的な不足、2)保健インフラや物資の不足、3)地域レベルで実施可能な技術内容の制限(感染症の場合、特に検査技術)の3点が認識された。第二に、保健システム強化の視点から見た疾病対策プログラムの問題点として、1)複数の疾病対策プログラム間ならびにそれを支援するドナー間の協調の欠如、2)地域レベルの保健ワーカーの多重・過重業務(特に保健情報の記録、報告業務)、3)疾病対策プログラムの対象と地域保健ニーズの乖離、4)疾病対策プログラムが行政能力強化に十分貢献していないこと、5)疾病対策プログラムの推進に伴う保健資源やサービス便益の偏在化、6)プログラム間の物的資源の共用が阻害されていることの6点が挙げられた。第三に、疾病対策プログラムを通じた保健システム強化の具体策として、1)保健システム強化のための資源創出、2)セクターワイドな事業管理モデルの提示や、基本的な骨組みの提供、3)プログラムの実施、特にトレーニング機会を利用した行政能力強化、4)末端保健スタッフの給与補てん、5)資機材(ハードウェア)ならびにソフトコンポーネント成果物の提供の5点が挙げられた。<br><b>結論</b><br>&nbsp;上記に述べられたような、現実的な保健システム強化策を模索しつつ、保健システムの全体像とその政策的妥当性を、途上国側のステークホルダーとともに模索する巨視的な視点を合わせ持ち、議論と実践を進める必要がある。
著者
松井 三明 池田 憲昭
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.69-78, 2010 (Released:2010-09-06)
参考文献数
32

目的 母性保健の分野では、妊産婦死亡率が課題の把握や対策策定に用いられる。しかし、その算出は推計によることが大半であり、誤差範囲が広いことなどから、比較的小規模の人口集団を対象としたプログラムのモニタリングや地域間の比較に用いることはできないことも知られている。本研究では、セネガル国タンバクンダ州において、De Brouwereによって提唱された“unmet obstetric need”指標を用い、重症産科合併症に起因する妊産婦死亡の推計を行い、同指標の妊産婦死亡削減対策における利用可能性について考察することを目的とした。方法 2005年にタンバクンダ州および隣接するカオラック州の7医療施設で実施された帝王切開について、その適応と患者居住地を調査し、タンバクンダ州居住者に対して実施された帝王切開数および率を求めた。また帝王切開を実施しなくては死亡に至る可能性が高い「絶対的母体適応」という重症産科合併症群を定義し、それに対して必要な手術数をタンバクンダ州内各保健管区について推計し、実際に提供された手術数との差を求めた。この差が、重症産科合併症を発症したにもかかわらず病院で適切な医療サービスを受けることなしに妊産婦死亡に至った症例数と仮定し、各保健管区ごとに絶対的母体適応に起因する妊産婦死亡率を推計した。結果 タンバクンダ州内の6保健管区における帝王切開率は、全適応に対しては0.3-2.0%、絶対的母体適応に対しては0.1-0.9%に分布した。タンバクンダ州の絶対的母体適応に起因する妊産婦死亡率は651(95%CI 554-761)、また保健管区ごとでは、クンペントゥム 966(741-1239)、グディリ 877(588-1260)に対し、ケドゥグ 249(119-457)、バケル 296(128-584)と、統計学的有意差がみられた。結語 本調査から、“unmet obstetric need”指標を用いて、州内保健管区の絶対的母体適応に起因する妊産婦死亡の違いを明らかにすることが可能であった。この手法を適用することで、妊産婦死亡の現状を把握し対策策定に用いることができるだけでなく、地域間の比較、トレンドのモニタリング、プログラムの評価に用いることができる可能性が示唆された。
著者
一盛 和世 矢島 綾 肥田野 新
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.107-112, 2010 (Released:2010-09-06)
参考文献数
7

近年、病気を媒介する蚊などの生物〈ベクター〉が注目され、その対策の重要性が認識されてきている。その背景には、地球温暖化や貧困など、地球規模の健康問題が国連のミレニアム開発目標(MDG)などでクローズアップされ、世界の関心がアフリカや熱帯、感染症などに向いてきたことがあると思われる。 世界保健機関(WHO)は2004年に「総合的ベクター対策管理に関する世界戦略枠組み(Global Strategic Framework on Integrated Vector Management)」として総合的ベクター対策管理(IVM)の基本概念を提唱した。また、2008年には「総合的ベクター対策管理に関するWHO声明(WHO Position statement on integrated vector management)」を発表し、IVMの概念とそれに関する世界の動きについて概説した。本稿ではWHOのイニチアチブで発表されたこの声明を紹介する目的でこれを翻訳する。 IVMとは、『与えられた資源を最大限に利用してベクター対策を行うための合理的政策決定プロセス』であり、「ベクター伝播疾病の予防と対策に対して大きく貢献すること」を目標とする。「総合的管理」の概念は、もともと農業部門における「総合的害虫対策 (Integrated Pest Control)」に端を発している。IVMの実施には、制度を整備し、規制の枠組みや決定基準を確立し、そしてコミュニティーレベルにも適用可能な手順を構築することが必要となる。また、異なる部門間の横断的な協働体制を支え、ベクター対策活動を可能とする政策決定能力と技術を確立することも不可欠である。 2009年11月に、WHOジュネーブ本部において第1回IVMステークホルダー(利害関係者)会議が開催され、世界各国のベクター伝播疾病対策プログラムや政府・国際機関、ドナー機関、研究者その他多くのステークホルダーが出席した。そこで、科学的根拠に基づいたIVMの政策決定をさらに強化するためのロードマップが策定され、その実施を支援するパートナーシップメカニズムの構築が約束された。
著者
木村 暁 中村 安秀
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.81-90, 2014-06-20 (Released:2014-07-17)
参考文献数
29

目的  途上国では処方箋を必要とする薬剤の販売規制が不十分であり、薬剤耐性の発現という視点からも、抗生物質による自己治療は世界の公衆衛生の大きな問題である。インドネシアにおいては処方箋薬による自己治療は一般的であるうえに危険な偽造医薬品の流通も社会問題となっている。インドネシア首都圏において抗生物質を買い求める顧客の行動様式とそれに対する薬剤師の対応を明らかにし、抗生物質を用いた自己治療に係る要因を考察することを目的とした。方法  南タンゲラン市チプタ地区における地域薬局6店で抗生物質を求めた200名の顧客に出口調査を行った。調査項目は健康保険加入・非加入を含めた一般属性のほか、来店時の処方箋の有無、購入にあたっての薬剤師の指示の有無など構造化質問表を用いた。また薬局に勤務する薬剤師、薬局経営者ら8名に半構造化インタビューを行った。調査項目は一日に抗生物質を買い求める顧客数、そのうち処方箋を持たない顧客の割合、薬剤師の顧客対応、経験した健康被害の有無などとした。調査は2012年5月下旬から7月初めにかけて実施した。結果  薬局に抗生物質を買い求めに来た顧客の48.5% (97/200)が処方箋を持っていなかった。医師の受診か自己治療か、という選択は健康保険の加入の有無と有意に関連していなかった。処方箋を持たない患者が抗生物質を購入するときは飲み残しサンプルを薬局で提示するケースが51.9% (54/104)を占め、家族・友人あるいは薬剤師の推薦などに従うケースに比べて有意に多かった。薬剤師は薬剤耐性とアレルギー発現に留意して問診を行い,処方箋を持たない顧客に抗生物質を交付することは慎重であった。薬剤師は自己治療の問題を軽減するために顧客や地域への働きかけと患者教育が重要であると考えていた。結論  健康保険の加入状況が処方箋の有無及び医師の受診頻度と有意に相関しなかったことは自己治療の選択が経済的要因だけではないことを示すものと考えられた。顧客の自信過剰な態度、飲み残しサンプルでの購入、家族・友人の勧めを薬剤師の勧めに優先させる傾向などから自己治療は限られた経験や情報に基づくヒューリスティックな選択であると同時に限られた選択肢の中でのリスクマネジメントであると考えらえた。  抗生物質は治療効果が短期間で明白となることから高い学習効果と成功体験をもたらして自己治療に好都合である。この成功体験が自己治療の選択行動を強化していることが考えられた。行動変容を促す患者教育は薬剤師の新たな役割と期待される。
著者
橋本 千代子 松本 安代
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.87-92, 2012-03-20 (Released:2012-04-10)
参考文献数
16

バングラデシュにおいて、看護・助産教育のカリキュラム作成や看護・助産師の認可はBangladesh Nursing Council (BNC)が行うと法的に定められている。BNCは看護・助産師教育カリキュラムの改訂を行い、2006年よりDiploma Nursing Courseとして新カリキュラムで教育を行っている。新カリキュラムでは、患者中心のケア、クリティカルシンキングのできる看護・助産人材の養成、コミュニティ中心の看護・助産のニーズに合わせて、看護・助産人材の能力強化を行うことを目標としている。しかしながら、Diploma Nursing Courseのみでは保健人材不足を補えず、民間の行う看護・助産教育もCertificate Nursing Courseとして存続している。看護・助産教育の移行期にあるバングラデシュでは、今後看護・助産の質向上のための教育の強化とともに、保健人材の量的不足へどのように対処していくかが課題である。
著者
宮﨑 一起 宮城 あゆみ 唐木 瞳 守山 有由美 藤本 雅史 江上 由里子 藤谷 順子 原 徹男
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.38, no.4, pp.193-201, 2023 (Released:2023-12-21)
参考文献数
8

背景と目的  2015年度からNCGMが実施している医療技術等国際展開推進事業では、現地研修および本邦研修による人材育成を行ってきたが、2020年度からはCOVID-19の影響によりオンライン研修が主流となった。本事業においてNCGMとベトナムバクマイ病院のリハビリテーション科は、2022年度、手指の機能障害がある患者のリハビリテーションを用途とするスプリント装具製作のための技術指導を目的とした、双方向性オンラインハンズオンセミナーをベトナム人作業療法士等に対して実施した。本稿では、セミナーの準備および実施過程とその成果を報告する。セミナー準備と実施過程  セミナーの準備はNCGMとバクマイ病院の定期オンライン会議を通じて行った。プログラム作成、必要物品の確認、セミナー参加者の選定、ベトナム保健省への承認手続きなどを通して、研修受講側のバクマイ病院のオーナーシップの醸成も図った。セミナーでは技術指導の質を担保するため、指導側のNCGMと実習を行うバクマイ病院双方の会場をZoomで接続し、スプリント装具製作の手技のライブ撮影と共に説明と質疑応答も含めた演習を行った。研修評価は事後アンケートによるセミナー参加者の知識、技術習得の自己評価とした。成果と考察  参加者の96%(27/28)が「臨床に役立たせることができる」と回答し、また双方向性オンラインハンズオンセミナーは、スプリント装具製作の技術指導で、現地研修と同等またはそれ以上の成果が示唆された。それら成果は、①定期的なオンライン会議体制が確立された中で準備段階から研修受講側のオーナーシップが醸成されたこと、②双方のライブ撮影により詳細な技術指導が可能となり研修の質が担保されたこと、③より綿密な準備で研修提供側のスキルアップに繋がったことで得られ、更にオンラインハンズオンセミナーは現地および本邦研修と比較し、④費用対効果が高かったこと、⑤研修資料および動画が教材として活用でき、現地への裨益と持続可能性で優位性が示唆された。オンライン研修における技術指導の創意工夫から得られた知見は、対面研修と併せた活用で、より効果的な研修実施が可能であり、同様の活動を他国で展開する際の有用な方法として応用可能であると考えられる。
著者
松本 佳久 高山 義浩 後藤 伸 橋川 拓郎 長田 優衣 吉武 秀展 坂井 英生 中川 摂子 高橋 研二
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.13-18, 2019-03-20 (Released:2019-04-05)
参考文献数
18
被引用文献数
3

目的  日本を訪れる外国人旅行者は、2018年度で3000万人超が予想されており、増加傾向にある。この訪日外国人旅行者の1.5%が訪日旅行中に怪我・病気になり、医療機関を受診する必要性を感じている。しかし、訪日外国人旅行者の27%が保険に未加入とされる。我々は、保険未加入の外国人旅行者が脳梗塞を発症し、経済的な問題が診療に影響を与えた事例を経験したので、報告を行う。症例  40代男性、東南アジアより、日本在住の親族を訪問中であった。突然の片麻痺を主体とする症状が発生し、病院受診となった。診察の結果、急性期脳梗塞と考えられ、対応を行った。その後、患者が保険未加入であること、親族も医療費支払は難しい状況であることが判明した。また、経済的な援助も見込めない状況であった。医療費を含めて診療内容について相談を行い、外来診療を継続して早期帰国を目指した。考察  保険未加入の外国人が日本滞在中に外傷や疾病に見舞われることがある。支払い能力の有無によらず適切な医療を提供すべきであるが、その結果として高額の医療費負担が生じ、患者本人や家族を困窮させることがないように配慮すべきである。利用できる制度がないか検索することや、医療費を含め診療内容について検討を行う必要がある。また、母国での医療につなげられるように長期的で継続的な診療をめざす必要がある。結論  保険未加入の外国人旅行者に脳梗塞に伴う症状が認められた。医療費や長期的な方向性を含め、相談を行いながら診療を行った。医療機関ごとの対応には限界があり、全国的な事例集積や具体的な対応方法についての相談先の整備が必要と考えられる。
著者
齋藤 昭子 巣内 秀太郎
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.37, no.3, pp.101-112, 2022 (Released:2022-10-06)
参考文献数
38

HIV感染に対するMen who have sex with men (MSM)の脆弱性は、広く知られるようになったが、社会的立場の弱さから必要なサービスへのアクセスが制限されている。そこで、青年海外協力隊(当時)2名で、MSMを対象とした性感染症予防のためのコンドーム使用を促進するワークショップを立案した。ヘルスビリーフモデルを参考に、コンドーム使用のメリット(感染予防)がデメリットを上回れるよう、性感染症の脅威やコンドーム使用の有効性を認識し、正しい使用方法の習得を促す内容とした。肛門性交などMSMの性行動を考慮した内容にし、ファシリテータはMSMの自助グループのメンバーが担った。  ケニア共和国キリフィ郡で2013年11月から2014年2月にかけて、2時間の1回完結型のワークショップを全13回実施した。会場は、MSM自助グループの活動拠点である公立病院を使用した。スノ—ボールサンプリング法でリクルートし、合計170名が参加した。介入前後で実施した自記式の質問紙調査の結果(有効回答数139)、参加者の平均年齢は26.6歳(SD±6.69)、性自認は男性133名、女性6名で、性指向はゲイ33名、バイセクシャル90名、その他15名、未回答が1名だった。ワークショップの実施前後で、対象者の自尊心、安全な性行為への意思と知識の各平均点が、それぞれ0.83点(p=0.0123)、0.75点(p=0.0006)、0.33点(p=0.0024)上昇した。参加者の感想からは、単に研修内容が身になった、知識を得たというものばかりでなく、MSM向けに用意されたワークショップであることを理解し、「私たち」のコミュニティにとって利益のあるものと受け取った参加者も確認できた。  今回の介入では、170名と多くのMSM参加者を得ることができ、参加者の自尊心・安全な性行為の意思・知識を高めることができた。本介入で多くの参加者を得るために行った工夫は、1)MSMにとって安心安全な環境づくりをすること、2)ピアファシリテータの協力を得ること、3)MSM同士で声を掛け合うスノーボールサンプリング法で参加者をリクルートすること、4)参加日程の選択肢を多く作ること、そして5)MSMの特徴的な性行動(肛門性交など)を踏まえた内容にすること、である。本介入で得られた知見が、他地域においても参加者獲得の一助になると考える。
著者
神馬 征峰
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.36, no.2, pp.25-34, 2021 (Released:2021-07-22)
参考文献数
28
著者
地引 英理子 杉下 智彦
出版者
日本国際保健医療学会
雑誌
国際保健医療 (ISSN:09176543)
巻号頁・発行日
vol.36, no.4, pp.153-168, 2021

<p><b>目的</b></p><p>  本研究では日本人の医療及び非医療従事者が保健関連の国際機関へ就職を考慮するに当たり、いかなる勤務条件が揃えば望ましい選択肢として選択するかを「離散選択実験(Discrete Choice Experiment)」の手法を用いて明らかにするために、その第一段階として質的調査により対象者が重視する「属性(Attributes)」を分析するとともに、選択属性に合致した就職支援策を提言する。</p><p><b>方法</b></p><p>  日本人の医師、看護職、公衆衛生大学院卒業者、非医療従事者、学生等で①保健関連の国際機関への就職を希望する人(以下、希望者グループ)、②現在就職している人(以下、現職者グループ)、③過去に就職していて離職した人(以下、離職者グループ)の合計20人を対象に、予め用意した11の属性から、国際機関勤務に当たって重視する属性を全て選び順位付けしてもらった上で、半構造化インタビュー調査を実施した。逐語録を作成し属性に関する内容を抽出後、グループ毎にコード化・カテゴリー化し、他のグループの回答と比較、分析した。</p><p><b>結果</b></p><p>  対象者が重視する属性を点数化した結果、全グループで国際機関勤務に当たって重視する属性として「仕事の内容」、「自己実現の機会」、「能力向上の機会」が上位3位を占め、次いで「勤務地」が同率2位(現職者グループ)と4位(希望者・離職者グループ)だった。しかし、希望者・現職者グループを通じて「ワーク・ライフ・バランス」、「給与額」、「福利厚生の充実度」、「仕事の安定性(長期契約)」といった勤務条件面への重視は全11属性中5位~8位と中位から下位を占めた。また、両グループで「帰国した時の所属先の有無」は9位、「子供の教育の機会」と「配偶者の仕事の機会」は同率10位だった。離職者グループでは「ワーク・ライフ・バランス」と「仕事の安定性(長期契約)」は同率5位を占め、その他の属性は選択されなかった。</p><p><b>結論</b></p><p>  保健関連の国際機関勤務を目指す日本人は、より良い待遇や職場・生活環境よりも、経験や専門性を活かし、能力向上や自己実現を求めて国際機関を受ける傾向があることが分かった。より多くの人材を国際機関に送り出すための支援策として、属性の選択順位に従い、第一義的には国際機関勤務のやりがいに関するキャリア・ディベロップメント・セミナーの開催が有効と考えるが、国際機関におけるワーク・ライフ・バランス、女性の働きやすさ、給与とセットにした福利厚生制度に関する広報も有効と考える。また、インタビューを通じて明らかとなった国際機関の雇用契約の不安定さと「帰国後、国際機関での経験を正当に評価し受け入れてくれる組織・病院が少ない」という課題に関して、中長期的には帰国者の受入機関の増加のための働きかけが必要と考える。</p>