著者
澤田 幸展
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.257-271, 2006-12-31 (Released:2012-11-27)
参考文献数
58
被引用文献数
3 1

ストレス負荷時心臓血管系血行動態の中心的指標が血圧 (BP) 反応性であるとの考え方 (澤田, 1990) を, 再び取り上げる。この考え方は, BP目標値仮説によって根拠づけられ, また, 血行力学的反応パターン仮説によって補足されるものである。最近の知見に従って, 本評論では, 恐らくもっとも影響力の強い要因であるアドレナリン作動性受容体感度に焦点を当てる。本要因は, BP目標値と実際のBP制御量との乖離を生じさせるものである。この認識から, BP反応性は個人内で比較可能である, との考え方が得られる。というのも, アドレナリン作動性受容体感度が, 比較的短期の観察では一定なためである。同様に, それらの平均がほぼ等しければ, 群間での比較も可能である。これらの考察を踏まえ, 上記の諸仮説が, 心理生理学的に興味深い二つのテーマへ適用される。すなわち, 心理生理学的虚偽検出 (被疑者内でアドレナリン作動性受容体感度が一定), 並びに, 失感情症 (失感情のある者とない者のあいだで平均アドレナリン作動性受容体感度が近似), である。
著者
白川 由佳 北 洋輔 鈴木 浩太 加賀 佳美 北村 柚葵 奥住 秀之 稲垣 真澄
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
pp.2302si, (Released:2023-06-24)
参考文献数
59
被引用文献数
1

発達性協調運動障害(DCD)は,協調運動技能の獲得や遂行に著しい困難を示す神経発達症である。本研究では,DCDにおける協調運動障害の神経学的な機序の解明を目指し,遺伝子多型に基づく脳内DA濃度と,運動反応抑制に関わる神経活動の両者が,協調運動機能に及ぼす影響を検討した。成人97名を対象に,DA関連遺伝子多型,運動反応抑制にかかわる事象関連電位および協調運動機能を評価した。その結果,脳内DA濃度の高い場合には,協調運動機能の低下が認められなかった。一方で,脳内DA濃度の低さと運動反応抑制にかかる神経活動の低下が重畳する場合に,バランス機能の低下が認められた。これらの結果は,複数の要因が重畳した場合に,協調運動障害が顕在化する可能性を示唆するものである。
著者
玉置 應子
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
pp.2108si, (Released:2021-12-17)
参考文献数
109

人はなぜ眠るのか?この疑問は何世紀にも渡り問われ続けてきたものの,未だに統一見解に至っていない。ノンレム睡眠が学習・記憶に貢献することが報告され,システムコンソリデーション仮説やシナプス恒常性仮説など,複数の仮説が提案された。しかし,レム睡眠については,未だ議論の余地がある。本項では,視覚学習を中心として,ヒトの学習における睡眠の役割について,これまでに蓄積されてきた知見に加えて,新しい脳機能計測技術を用いて明らかにされてきた研究成果を述べる。特に,MRスペクトロスコピーと睡眠ポリグラフの同時計測により,ヒトの睡眠中の興奮抑制バランスを計測することも可能になった。この技術を用いることで,ノンレム睡眠とレム睡眠中には,視覚システムにおいて脳の変化のしやすさ(脳の可塑性)が変動し,オフラインゲインと干渉に対する頑健さという,学習の異なる側面に,それぞれの睡眠が貢献することが明らかになってきた。
著者
林 光緒 荻野 裕史
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.52-64, 2021-04-30 (Released:2022-03-23)
参考文献数
61

入眠困難は,生理的覚醒だけでなく不安や懸念などの認知的覚醒によっても生じると考えられている。しかし認知的覚醒によって入眠過程のどの部分が妨害されるのかについては明らになっていない。本研究は,9つの脳波段階を用いて入眠努力が入眠過程に及ぼす影響を検討した。睡眠愁訴をもたない健常な男子大学生(9名,21―23歳)が2夜の実験に参加した。彼らは眠くなったら眠る(中性条件)か,できるだけ早く眠る(努力条件)よう教示された。その結果,努力条件において,脳波段階1(α波連続期)と4(平坦期)の出現時間延長した。これらの結果から,入眠努力は覚醒系の活動が低下する入眠期初期にのみ影響を及ぼす可能性が示唆された。
著者
榊原 雅人
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
pp.2209si, (Released:2022-10-29)
参考文献数
120
被引用文献数
1

生理心理学や関連領域において心拍変動は自律神経活動を検討する目的でひろく利用されている。本稿は心拍変動の分析を用いた心理生理学的状態の評価と心拍変動の増大に関わる臨床的応用(心拍変動バイオフィードバック)について解説した。はじめに,心拍変動の高周波成分(呼吸性洞性不整脈)は統制された条件のもとで信頼性の高い迷走神経活動の指標となり,これを利用してさまざまな行動的課題(すなわち,ストレスやリラクセーション)に対する心理生理学的反応性を評価できることを示した。一方,迷走神経制御の特徴から呼吸性洞性不整脈は迷走神経活動の指標というよりはむしろ心肺系の休息機能を反映する内因性指標であると考えられ,これを利用して日常場面に関わる心理生理的状態を評価できることを示した。次に,心拍変動の増大に関わる臨床的応用の文脈から,心拍変動バイオフィードバック研究の起源,臨床的な有用性,作用機序について解説した。心臓血管系の調節に重要な役割を果たしている圧受容体反射には共鳴特性があり,共鳴周波数(おおむね0.1Hz)の呼吸コントロールは著しい心拍変動を生み出す。このような共鳴のメカニズムを通して心拍変動バイオフィードバックは圧受容体反射に関わる自律系のホメオスタシス機能を高め,ストレス症状の緩和や情動制御の効果をもたらしている。総じて,心拍変動の分析は心理生理学的状態を評価する有用なツールとなり,心拍変動の増大は心身の健康やウェルビーイングにとって重要な要因であると考えられる。
著者
長野 祐一郎 永田 悠人 宮西 祐香子 長濱 澄 森田 裕介
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1, pp.17-27, 2019-03-30 (Released:2020-04-28)
参考文献数
38
被引用文献数
3

48人の大学生の皮膚コンダクタンスと主観評価を,従来型の講義,授業内実験,およびディスカッションを含む授業中に測定した。講義中は,皮膚コンダクタンスの概要を解説し,授業内実験では射的ゲームを行い,ディスカッションは,精神生理学的測定の社会的応用について行った。参加者の皮膚コンダクタンスは,講義が進むにつれて徐々に低下したが,ディスカッション中に著しく高くなった。授業に関する学生の主観的評価は,講義を除き概ね肯定的であった。学生の生理的反応と主観評価は,授業内実験でのみ相関し,講義とディスカッションでは失われた。自己の覚醒水準の認識が難しいため,相関が講義中に減少したと考えられた。また,対人状況によって生じる不安により,ディスカッション中の相関が弱められた可能性があった。教育環境において,精神生理学的活動の多人数測定を適用することの可能性と問題について議論を行った。
著者
浅岡 章一 福田 一彦 山崎 勝男
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.35-43, 2007-04-30 (Released:2012-11-27)
参考文献数
46
被引用文献数
4 2

日本人の平均睡眠時間はこの40年間で約1時間短くなっている。この傾向は児童・学生においても認められ, 児童・学生の日中における眠気の訴えは成人よりも強いことが明らかにされている。このような睡眠時間短縮に代表される睡眠習慣の悪化は, 児童・学生の様々な問題と関連している。そこで, 本稿では乳幼児期から大学生までの睡眠の発達について概観するとともに, その年代における睡眠習慣の悪化が, 日中の活動に対してどのような悪影響を与えるかについて先行研究の結果を紹介する。さらに児童・学生の睡眠習慣を悪化させる社会的要因についても紹介する。
著者
田村 聖 松浦 倫子 北村 航輝 山仲 勇二郎
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
pp.2110si, (Released:2022-01-15)
参考文献数
45
被引用文献数
1

眠気の日内変動には,起床6から8時間後に高まる眠気(午後の眠気)と夜間就寝前にむけて高まる眠気(夜間の眠気)が存在する。夜間の眠気は,脳内の生物時計中枢の制御を受ける深部体温の概日リズムに起因する。一方,午後の眠気の発生機序については不明である。本研究では,眠気に関わる生理的要因として末梢皮膚温,深部体温,自律神経活動に注目し,眠気と生理的要因との関係性を明らかにすることを目的とした。その結果,5名中4名の実験参加者において,起床3時間後以降に2から5時間毎の眠気の変動が観察された。起床後0–2時間および就寝時刻付近の眠気は深部体温,皮膚温,自律神経活動と有意な相関が認められた。一方,午後の眠気については個人差が大きく,体温,自律神経活動と一貫した相関関係は認められなかった。これらの結果から,眠気の日内変動に存在するウルトラディアンリズムは体温と自律神経活動の概日リズムに依存しないが,起床後および就寝前の眠気は,主に概日リズムを発振する生物時計中枢の制御を受けることが推測された。
著者
越野 英哉 苧阪 満里子 苧阪 直行
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.27-40, 2013
被引用文献数
1

デフォルトモードネットワーク(Default Mode Network: DMN)は脳内ネットワークのひとつであるが,様々な認知課題遂行中に活動の低下を示すため,近年神経科学の分野で注目を集めている。ブレインイメージングにおいては,認知機能の神経基盤を探るにあたって,従来の構造と機能のマッピングから,最近はネットワーク間の競合や協調に注目するように観点が変化してきていると思われる。その際にネットワークを構成する領域がどのような状況で同じ活動を示し,またどのような状況では異なったネットワークの一部として活動するかという機能的異質性の問題は近年重要性を増している。これは大きな領域や,大規模ネットワークに関して特に問題になる。脳の領域と機能の間の関係は,特に連合野は,単一の領域が複数の機能に関係しまた単一の機能はそれが高次機能になればなるほど複数の領域の協調によって遂行されるという多対多の関係にある。また脳内ネットワークと機能の間の関係も一対一とは限らず,したがってある課題において同一のネットワークに属する領域も課題の状況によっては異なったネットワークに属することも考えられる。本稿ではこの機能的異質性の問題についてDMNを中心に検討する。
著者
堀 忠雄
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.45-52, 2012 (Released:2013-01-25)
参考文献数
34
被引用文献数
2 4

睡眠心理学の最近30 年のトピックスとして,三つの実験研究を取り上げた。 1. 夢理論の実験的検証 夢理論の中からHobson-McCarley(1977)の“ 活性化-合成仮説” とOkuma(1992)の“ 感覚映像-自由連想仮説”について,レム睡眠中の急速眼球運動の開始点と停止点で求めた事象関連電位を用いた検証作業が進められている。 2. 睡眠依存性の記憶向上現象の検証 新たに獲得された視覚・運動学習はその後の睡眠により成績が向上する。この記憶向上には睡眠紡錘波活動が緊密に関連していることが指摘されている。 3. 予防仮眠の開発 午後にはしばしば強い眠気が起こり,産業事故や交通事故を引き起こす原因となっている。これを防ぐ方法として20 分以下の短時間仮眠法が開発されている。
著者
入戸野 宏
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.5-18, 2006-04-30 (Released:2012-11-27)
参考文献数
63
被引用文献数
16 12

二次課題に含まれるプローブ刺激に対する事象関連電位 (event-related brain potential : ERP) の後期陽性波 (P3またはP300) の振幅は, 主課題に配分される知覚-中枢処理資源の量と負の相関関係にある。この理論が生まれた経緯について述べ, ERPを用いたプローブ刺激法の簡単なレビューを行う。次に, Suzuki, Nittono, & Hori (2005,International Journalof Psychophysiology, 55, 35-43) を補足する実験を報告し, 聴覚プローブ刺激に対するP300の振幅が映像 (ビデオクリップ) への関心度に応じて変化すること, それは映像の知覚的複雑さが同等であっても生じることを示す。具体的には, 実験参加者がビデオクリップを最初に見るときの方が, 同じ映像を5回目に見るときよりも, プローブ刺激に対するP300の振幅が小さかった。また, 知覚的に逸脱した非標的プローブ刺激に対するP300の方が, 同じ低確率で呈示される標的プローブ刺激に対するP300よりも, 振幅の減衰が顕著であった。労働以外の場面におけるERPを用いたプローブ刺激法の利点について論じる。
著者
本間 由佳子 石原 金由 三宅 進
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.35-43, 1992-06-30 (Released:2012-11-27)
参考文献数
22
被引用文献数
1

本研究はヒトの活動の概日リズムを朝型-夜型において比較した.朝型13名, 夜型14名の女子大学生を対象とし, ACTIGRAPHによって連続5-7日間の活動数が計測され, 同時に被験者によって睡眠表に就床・起床時刻も記録された.就床・起床時刻の判定は睡眠表と活動計から行われた.その結果, 睡眠時間を除いて就床・起床時刻に朝型-夜型で有意差が認められた.活動数においては, 総活動数, 日中の活動数, 夜間睡眠中の活動数, 起床時刻からの活動数の変動において差は認められなかった.しかしながら時刻に伴う活動数の変動において両型を比較すると, 早朝では朝型の方が, 深夜では夜型の方が活動数が有意に多かった.またコサイナ分析の結果において, 朝型の活動数の頂点位相は夜型より1時間前進していた.これらの結果から朝型-夜型の活動数の違いは就床・起床時刻の違いだけでなく, 睡眠習慣の不規則性を反映していることが示唆された.さらにこれらのデータを平日と休日に分けて再分析した結果, 休日では朝型一夜型で起床時刻のみに有意差が認められ, 平日では朝型-夜型の起床時刻, 活動数の違いに加え, それらの分散にも差が認められた.また平日と休日において夜型では起床後30分間の活動数に差は認められなかったが, 朝型では休日の活動数が平日より多かった.
著者
黒原 彰 梅沢 章男
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.35-44, 2009-04-30 (Released:2010-12-28)
参考文献数
33
被引用文献数
3 2

本論文では,法科学領域のポリグラフ検査,とりわけ裁決と非裁決質問に対する反応の違いをみるポリグラフ検査(concealed information test: CIT)において出現する呼吸活動が,ふたつの主要な成分から構成されることを,これまでの実験結果に基づき考察した。第1の成分は,CIT検査事態を通して誘発される吸気流速(呼吸ドライブ機構)の変化であり,安静時に比べて有意な増加を示す。第2の成分は,CIT事態で呈示される裁決質問に対する一過性の抑制性呼吸であり,呼吸流速の低下や呼気後ポーズ時間の延長という特徴を持つ。本稿では,ストレスや情動に伴う呼吸代謝活動に関する我々の実験結果をもとに,第1の変化成分は,ストレス,情動に伴う促進性呼吸と同じ性質を持つ呼吸変化であり,呼吸中枢の状態を反映したものと考察した。一方,後者の成分である一過性の呼吸抑制は,注意に伴う呼吸変化に関する先行研究の結果から,裁決質問に対する注意レベルの上昇に起因した,呼吸中枢から上位中枢へと制御が切り替わって出現する変化であろうとの見解を示した。
著者
小野田 慶一
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.28, no.1, pp.29-44, 2010
被引用文献数
1

人間は社会的動物であり, 望ましい関係性から排斥されたときに悲痛な感情を経験する。このネガティブな感情は社会的痛みと呼ばれる。多くの動物実験及び画像研究の知見から, 身体的痛みと社会的痛みはその機能と神経機序を共有していることが示されてきた。本稿では, 背側前帯状回が身体的痛みと社会的痛みの共有システムに重要な役割を果たし, 鎮痛作用のあるオピオイドは社会的痛みをも減弱または消失させることを示した知見を紹介する。さらに, 社会的痛みの進化, 発達, 個人差に関しても概説する。社会的痛みの個人差に関しては先天的 (遺伝的)・後天的 (社会的) な要因の双方に言及している。また, 社会的排斥に対するサポートの効果に関しても議論する。最後に社会神経科学における排斥研究の展望を述べる。
著者
道広 和美 竹森 利和 稲森 義雄
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.205-217, 2000-12-31 (Released:2012-11-27)
参考文献数
9
被引用文献数
4 1

近畿圏で行った入浴に関するアンケート調査 (19-34歳の男女200名を対象) で, 70%以上の人が1年を通して毎日お風呂に入ると回答している位, われわれにとって入浴は日常の生活行為の一つとなっている.ところで, 日本は急速な高齢化が進み, 高齢者の事故災害死亡率では住宅内の事故によるものがここ10年間に急激に増え, 特に冬季の浴室での事故死が指摘されている.われわれは, 安全な入浴の指針作りに向けて入浴に伴う様々な身体的変化および心理的反応の計測を行ってきた.まず, 一連の入浴行為の様々な時点で, 血圧計測を行ってみたところ, 入湯時と出湯時に血圧が大きく変化することを見出した.そこで, 10名の健康な男子 (19-25歳) を被験者として, 入湯時および出湯時に見られる血圧変化を, フィナプレスを用いて詳細に計測した.湯温は38℃と40℃ (いずれも10分間の入浴) であり, 湯船に素早く出入りする動作とゆっくりと出入りする動作の違いを検討した.今回は入湯および出湯動作に注目したため, 寒さによる血圧変動が起こらないように脱衣室および浴室の温度は25℃にした.入湯時, 動作開始直後に血圧は上昇し, その後下降した.脈拍数は増大した後, ゆっくりと元のレベルに回復した.入湯時には湯温や動作速度による血圧変化や脈拍変化の違いはなかった.出湯時, 血圧は大きく下降し, 脈拍数は増大した.血圧の低下量は, 速い出湯動作の方が大きかった.また, 収縮期血圧の低下は, 湯温の高い方が大きかった.脈拍数の増大量は, 湯温の低い方が大きかったが, それは40℃・10分間の入浴によって出湯時にはすでに脈拍数が増大していたためであり, その分, 入浴で低下していた収縮期血圧の下降が出湯時に更に大きくなったと考えられた.1拍毎の血圧を計測することによって, 入湯時・出湯時に急激な血圧低下が生じていることを確認した.特に, 出湯時の血圧低下は大きく, 一気に立ち上がると危険であることが示され, ゆっくりと動作するだけで血圧低下は改善されることを確認した.
著者
入戸野 宏 小野田 慶一
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.237-246, 2008-12-31 (Released:2012-11-27)
参考文献数
13
被引用文献数
3

アナログフィルタやディジタルフィルタは, 事象関連電位 (event-related potential : ERP) の測定・分析によく使われる。しかし, 不用意にフィルタをかけるとERP波形が大きく歪んでしまうこともある。本稿では, フィルタがどのように作用し, 時間領域に表現された信号にどう影響するかについての基礎知識を提供する。アナログフィルタとディジタルフィルタの簡単な紹介に続き, フィルタについての3つのよくある誤解について述べる。 (1) フィルタを適用した波形には遮断した周波数の信号は含まれない。 (2) ハイパスフィルタはいつも時定数として表現できる。 (3) ゼロフェーズフィルタは波形を歪めない。これら3つの命題はどれも正しくない。最後に, ERP研究におけるフィルタの使用についていくつか提案する
著者
大湾 麻衣 入戸野 宏
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
pp.2003br, (Released:2020-07-04)
参考文献数
25

ハイレゾリューション音源はCDより時間方向あるいは振幅方向の解像度が高く,その高周波成分が生理状態に影響を及ぼすという報告がある。本研究では192 kHz/24bitで録音された自然環境音(オリジナル音源)にフィルタをかけ,高周波成分(>22 kHz)をカットした2種類の音源(サンプリング周波数192 kHzと44.1 kHz)を作成した。24名の大学生が3種類の音刺激をランダムな順で聴取した。脳波のシータ帯域(4.0–8.0 Hz)とスローアルファ帯域(8.0–10.5 Hz)のトータルパワーは,サンプリング周波数が高い音を聴取しているときの方が高くなった。主観的気分や音質評価には明瞭な条件差が認められなかった。この結果は,CDよりもサンプリング周波数が高い音源は,意識的に違いに気づかなくても生理状態に影響を及ぼすことを示唆している。
著者
堅田 明義
出版者
日本生理心理学会
雑誌
生理心理学と精神生理学 (ISSN:02892405)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.25-38, 2012 (Released:2013-01-25)
参考文献数
61

知的障害児に関する生理心理学的研究は知的障害児の脳波基礎律動の分析的研究から始めた。当時の知的障害児脳波の特徴として,(a)α 波の低周波数化,(b)θ 波の顕著な出現,(c)不規則・不安定な脳波の出現,(d)顕著な個人差が指摘されていた。知的障害児や健常児の脳波を横断的及び縦断的研究から脳波の発達のschema を国内外で提案した。このschema は,従来のα 波周波数の連続的増加に対して,特定成分の交替を特徴とし,また特定成分を生起させるgenerator をそれぞれ有することになる。そこで,特にθ 成分とα 成分の特性の違いを明らかにすることにした。脳波のパワの変動性からθ 波とα 波のgenerator は異なり,かつθ 波のgeneratorはα 波に比べ頭皮上から一層深い位置に関連すると推測した。またθ 及びα 成分の出現の時間的相互関係,光刺激に対する応答性や部位間関係からも両成分の違いを明らかにした。これらから知的障害児脳波の特徴とされた所見のいずれも脳波の発達との関連でみられる特徴であることが指摘できた。結論的には,α 成分が低い周波数成分に対する抑制的役割をしていると想定した。