著者
駒走 昭二
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.13, no.4, pp.35-50, 2017-10-01 (Released:2018-04-01)
参考文献数
15

18世紀の薩隅方言が記されているゴンザ資料には、多数のカス型動詞の使用例が見られる。本稿では、それらの形態的特徴、表現価値を、派生元になったと考えられる動詞との関係性、対応するロシア語の意味、資料中における語形の齟齬等に着目することによって考察した。その結果、形態的には、ラ行の動詞に接続し「-ラカス」という形をとるものが最多であること、音節数が4音節のものが最多であることなどが明らかとなった。また、表現価値としては、基本的に他動性を有すること、他動詞よりも完全さや過度さを表示すること、また、動作主をより強く表出することなどが明らかとなった。
著者
ローレンス ウェイン
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.1-16, 2011-07-01 (Released:2017-07-28)

本稿では13,610の姓からなる苗字アクセントデータベースに基づいで、複合語構造の姓はアクセントの付与の仕方によって三つのタイプに分かれることを提案する。無標のタイプ(姓の三分の二以上)ではアクセント型が姓の後部成素の長さによって決定される。二つ目のタイプ(姓の約四分の一)では、特定の音環境に適用する規則が姓を有標のアクセントにする。残りの姓(六パーセント程度)は例外的に語形の一部としてその不規則的なアクセントを習得せざるを得ない。
著者
中沢 紀子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.93-107, 2006-04-01 (Released:2017-07-28)

江戸語の特徴として言及されることの多い連接母音aiの長母音化(e:)は、形容詞、名詞、助動詞などさまざまな語に実現した幅広い音変化である。しかし、『浮世風呂』『浮世床』をみると、否定助動詞ナイにおいては、その変化が実現された場合に想定される対立ナイ対ネエとは異なり、ヌとネエの使用が際立っている。本稿は、連接母音の長母音化という音変化の枠から外れた、否定助動詞の非対称的対立の成立に至る過程とその要因について考察する。まず、『浮世風呂』『浮世床』を資料として、ヌとネエの対立がai形式とe:形式の対立と並行的な関係であることを指摘する。次に、『浮世風呂』『浮世床』以前に成立した洒落本における否定助動詞の様相を示し、ヌ対ネエ以前の姿(ヌ対ナイ)を推測する手掛かりとする。最後に、否定助動詞における変則的な対立が生じた要因には「ヌが有する上方の威信」の関与があることを指摘する。
著者
小川 晋史
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.99-111, 2011-10-01 (Released:2017-07-28)

琉球(諸)語には、一般に受け入れられていて規格の定まった表記法と言えるものは存在せず、方言によって、あるいは一つの方言の中でも様々な表記が提案されたり、個人によって書き方が違ったりしている。これは、現代において危機言語が生き残っていく上で不利な状況である。本稿では、琉球語がこのような状況になった歴史的背景を概観するとともに、表記の現状に関して具体的な問題点を複数とりあげる。その上で、それらの背後に存在するより大きな問題について考える。具体的には、方言の多様性に起因する問題と、言語研究者に起因する問題について考える。その後で、筆者が考えるこれからの琉球語に必要な表記法のかたちについて述べる。本稿全体を通じて、琉球語の表記を整えることは研究者にしかできないことであり、研究者が協力して取り組むべき課題であるということを論じる。
著者
加藤 良徳
出版者
日本語学会
雑誌
国語学 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.31-41, 2001-03

藤原定家以前の仮名文書記史について,「システムの変遷」という視点から考察した。「システムの変遷」の面から見ると,定家と定家以前とでは大きな違いが認められる。定家以前には「文節」を示すために連綿を使っていたのを,定家が連綿と「異体文字遣」とによって示す方式に「改新」した点である。定家による仮名文書記システム「改新」の目的を,書記システム内,およびシステム外的条件を洗い出すなかで明らかにした。当時の歌壇では,歌書などの一字一句が重要視されていたので,一字一字をしっかりと表記することが必要となった(システム外的条件)。そこで定家は,平安末頃までに連綿の続き方がほぼ固定していた異体仮名について,例外をなくし,厳密に連綿の仕方を統一した上で,「異体文字遣」に利用した(システム内的条件)。連綿の使用を減らしながらも語句の境界を標示できる方法として,「異体文字遣」が選ばれたのである(「改新」の目的)。
著者
田籠 博
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, 2001-09-29

元文元年(1736)作成の出雲国郡別絵図註書帳六冊は,郡役所の註書原案と松江藩の改定案を備える。本資料に現れた物の大きさを表す語彙を調べると,次のような特色が見られる。なお,(原)は原案,(改)は改定案を表す。相対的な〈大〉を表す語は「大きなり」3例,「ふとし」9例である。(原)川に居申候。長さ四五寸位より大キ成ハ無御座候。(大なきり,魚)(改)羽色は青黒く,足は黄色,大サ雀より少ふとく御座候。(嶋のせんとう,鳥)(原)磯辺に居申候。長さ四五寸位よりふとくは相成不申候。(ひこちや,魚)本資料の「ふとし」は〈大〉だけでなくより上位の意味概念も表し,現代語「大きい」に該当する。漢字表記「大さ・大く」も「ふとさ・ふとく」と訓むべきものである。相対的な〈小〉は「ちいさし・ほそし・こまかなり」で表され,用例も多い。(改)惣身の色薄黒く,雀より少ちいさき鳥ニて御座候。(むさゝび,鳥)(改)冬より春の頃迄,森木の内ニ住。雀よりも細く御座候。(ぬか鳥,鳥類)(原)茶の木に似て,(略)茶の葉より細かなり。尤細か成る白き花付。(しぶき,木類)(改)九月の頃深山ニ生し,大キ成分ハ,笠の廻り六七寸(略)細き分ハ,笠の廻り壱寸弐三歩(略)(萩茸,菌)最後例は「ほそし」が「大キ成分」と対比的に使用された端的な例である。「こまかなり」は用例から見て,〈小〉の下位の意味領域を担っていたと思われる。本資料の大きさを表す語彙は,〈大〉を表す「ふとし」,および〈小〉を表す「ほそし」の存在を特色として指摘できる。これを『日本言語地図』と比較すると,「ふとし」はオーケナ・オッケナに駆逐されて消え,「ほそい」はホシェとして残っている。郡別絵図註書帳における大きさを表す語彙は,言語地図の解釈に寄与するだけでなく,「細し」の語史解明の必要性も考えさせる。
著者
小西 いずみ
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, pp.30-44, 86, 2001-09-29

富山県笹川方言における形容動詞述語形式には,名詞述語と同形の「〜ジャ/ジャッタ/ジャロー」等とともに,名詞述語とは異なる「〜ナ/ナカッタ/ナカロー」等がある。「〜ナ」は連体用法のほかに終止用法も持ち,また「カ」(疑問の「か」)や「ミタイナ」(みたいだ)が後続する場合にも使われるが,「〜ジャ」は終止用法しか持たない。また,終止用法では,「〜ナ」は詠嘆文で,「〜ジャ」は真偽判断文で用いられやすいという違いがある。そこで,「〜ナ」は,形容詞の「〜イ」形と同じように,テンス・モダリティに関して無標の形式であり,「〜ジャ」は〈断定〉を表す有標の形式であると考えられる。「〜ナカッタ/ナカロー」などの形式は「〜ナ+付属的用言カッタ/カロー/…」,名詞述語と同形の形式は「語幹形+付属的用言ジャ/ジャッタ/…」と分析できる。以上から,この方言の形容動詞は,名詞とは異なる述語形式もとるものの,類型論的には名詞的性格が強いと言える。
著者
酒井 雅史 野間 純平
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.1-17, 2018-01-01 (Released:2018-07-01)
参考文献数
16

大阪府を中心とする近畿方言には,「親愛の情を表す」とされるヤルという素材待遇形式がある。本稿では,待遇表現が話し手による関係把握の表現であるという立場に立ち,大阪府八尾市方言話者のデータをもとに,ヤルの〈機能〉を明らかにした。すなわち,ヤルは,話題の人物が話し手と〈ウチ〉の関係にあり,聞き手もまたその〈ウチ〉の関係にあるという話し手の認識を表す。このような,素材に言及することで聞き手との〈ウチ〉の関係を示すヤルの〈機能〉は,ハルをはじめ,対象を遠隔化する〈機能〉のみを持つ日本語の敬語の中において注目に値する。
著者
松森 晶子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.1-17, 2019-04-01 (Released:2019-10-01)
参考文献数
19

諸鈍方言における「k'uˑp(首), Ɂusaˑk(兎)」の語末の閉音節、「kutuːba(言葉), waɾaːbï(子供)」の語中の長音節、「ɸuk'ɾu(袋), Ɂapɾa(油)」の語中の閉音節に代表されるように、奄美大島南部の瀬戸内町の諸方言には、重音節が頻出する。本稿では、これら重音節構造の発生の原因についての通時的考察を行い、その考察を通して、この地域に生じたいくつかの音変化の相対年代についての提案を行う。まず本稿では、これら重音節の生起は、この地域に過去に生じたアクセントの変化と切り離して説明することはできないことを論じる。また、どのような条件のもとでこれらの重音節構造が生じたのかの理解には、半狭母音の狭母音化(*o>u, *e>ï)との相対年代をも考慮に入れる必要があることも論じる。本稿では、瀬戸内町を中心とする奄美大島南部の諸方言では、これら重音節の発生を動機づけた変化よりも、狭母音化のほうが後に起こったと想定されることを論じる。
著者
尾崎 奈津
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.65-79, 2007-01-01 (Released:2017-07-28)

本稿は否定命令文の機能と特異性,さらに命令文と否定の関わりについて記述したものである。従来,叙述の否定文は先に肯定的想定があってはじめて使用されることが知られているが,否定命令文も叙述の文と同様,肯定的な事態,すなわち命令文の対象となる行為が先にあって使用される。そしてその行為の成立する時間および意志性という二つの要因により,文の機能が,事態の実現を要求する《命令》から,〈不満の表明〉・〈当為的判断〉・対象となる行為に対する〈評価〉・〈願望〉に変化する。実例では後者の《命令》以外のもののうち,叙述文的な機能を担う〈不満の表明〉〈当為的判断〉〈評価〉の例が非常に多く出現する。しかもその中で〈評価〉は否定命令文に特有のものである。こうしたことから,否定命令文は肯定命令文に比べて叙述文に傾く傾向が強いといえる。