著者
西岡 敏
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.55-68, 2011-10-01

竹富方言の敬語は、他の八重山語諸方言と同様、話題の人物(第三者あるいは聞き手)を立てる素材敬語が敬語動詞ないしは敬語補助動詞によって表され、聞き手に対して丁寧さを示す対者敬語が終助詞(文末詞)によって表される。本稿では、前者のうち、尊敬の補助動詞「トールン」(to:runN、くださる)、謙譲の補助動詞「オイスン」(oisuN、差し上げる)・「ッシャリルン」(Q∫eriruN、申し上げる)に焦点を当て、どのような文脈において使用可となるか、どのような意味の漂白化(すなわち、文法化)の過程にあるかについて論じた。補助動詞「トールン」は恩恵の意味が逓減、補助動詞「ッシャリルン」は発言の意味が残存している。また、後者の対者敬語的終助詞のうち、「ユー」(ju:)と「ナーラ」(na:ra)の使い分けについて示した。いずれも聞き手への丁寧さを示すが、「ユー」は話し手が聞き手との距離を置く表現であり、「ナーラ」は話し手が聞き手と共通の基盤に立っていることを積極的に示す表現である。
著者
高田 祥司
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.4, pp.32-47, 2008-10-01 (Released:2017-07-28)

日本語東北方言と韓国語には,過去形として,「〜タ」/-ess-ta(過去形1)の他に,「〜タッタ」/-essess-ta(過去形2)という形式が存在する。後者は前者と異なり,(1)現在との断絶性,(2)直接体験・認識の解釈,(3)トキ節/ttay節で<限界達成後>を表さない,(4)反事実条件文への使用という特徴を持つ。これは,<過去>の<継続性>を表す「〜テアッタ」/-e iss-ess-taを出自とし,その文脈的意味を受け継ぐためだと説明される。-essess-taは,より原形に近い古い用法を保ち,<継続性>やその派生的意味<過去パーフェクト><発見>を表し,存在動詞への使用は難しい。一方,「〜タッタ」は形容詞・名詞述語に用いにくい。また,両言語の回想表現「ケ」/-te-も(1),(2)を持つが,話し手の行為の体験は表さず,過去形2とは逆に(2)(認識)に基づき,文脈的に<過去>や<継続性>を表す。両言語では,過去形1が現在の状態を表すことと関わり,(1)を持つ過去形2や回想表現が<過去>を現在から明確に区別している。
著者
野田 大志
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.1-16, 2011-04-01

本稿は,現代日本語の[他動詞連用形+具体名詞]型の複合名詞を,構文理論(construction grammar)における構文であると位置づけ,その構文的意味形成について包括的,体系的に分析した。まず,考察対象とする複合名詞の多様な構成要素間の関係性を構文的な多義性と位置づけ,個々の複合名詞の意味の検討を踏まえてボトムアップ的に抽出した7つの構文的意味を認定した。次に意味形成における2つのレベルの比喩の関与について検討した。1つ目として,個々の複合名詞の意味形成への比喩の関与について明らかにした。2つ目として,構文的意味拡張(構文的多義ネットワークの形成)の動機づけとしての比喩の関与について明らかにした。
著者
笹井 香
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.16-31, 2006-01-01

現代語の感動文の研究において感動文とされるのは,感動喚体句の形式をもっと考えられている文(本稿ではA型と呼ぶ)であり,「なんと〜だろう!」の形式による文は,多くの先行研究で疑問文の周辺にあるものと扱われてきた。しかし,本稿では「なんと〜だろう!」の形式による文の特徴として,(1)「なんと」は不定語としては機能していない,(2)「なんと」は属性概念を持つ語と体言の両方を要求するため,「なんと〜だろう!」の形式による文は必ず文中にコトを構成する, (3)「なんと」と共起する「だろう」等の判断辞は,判断辞としての意味の対立をもたず,その意味の変質に伴い接続形態も変化している,以上のことを明らかにした。さらに,「なんと」形式による文は,形式,表現ともにA型と対応していることを指摘し,感動文であることを述べた。
著者
辻本 桜介
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.35-51, 2016 (Released:2017-03-03)
参考文献数
18

本稿では、中古語において主節主体の動きを表す動詞終止形に接続するトテが、引用とは異なる意味を持つことに注目し、このようなトテを特殊用法のトテと称して分析した。まず、「と言ひて」などのト+引用動詞テ形は主節主体の動きを表す動詞終止形を受けないこと、特殊用法のトテは敬語動詞を受けやすいことから、特殊用法のトテの前接要素は引用された表現の文末でないと考えられる。特殊用法のトテの前件は主に意志動詞と2つ以内の成分という単純な構造を取り、前件事態と後件事態は空間的・時間的に近接するが前件事態は後件事態の後に完遂されるという先後関係がある。文の主体が有情物に限定され前件動詞の例が意志動詞に偏ることも踏まえると、特殊用法のトテを用いる文は、前件では主体が何らかの動作の実現に自ら向かっていることを大まかに示し、後件では前件動作に向かう中で主体が引き起こす事態を詳細に述べる、という構造を持つものと言える。
著者
高山 善行
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.4, pp.1-15, 2005-10-01 (Released:2017-07-28)

助動詞「む」は連体用法で≪仮定≫≪婉曲≫を表すと言われているが,実際にはよくわかっていない点が多い。本稿では,このテーマをモダリティ論の視点から捉え直し,新しい分析方法を提案する。まず,Aタイプ(「〜φ人」),Bタイプ(「〜む人」)という名詞句の対立を設定し,それらの用例を平安中期文学作品から抽出する。そして,述語の性質,時間・場所表現との共起,「人」の数量の観点から,両名詞句の性質を比較してみた。その結果,Aタイプには制約が見られないが,Bタイプにはいくつかの点で制約が認められた。Bタイプでは「人」が非現実世界(想像の世界)に位置づけられているのである。この事実をもとに,本稿では,連体用法「む」は非現実性を標示する機能(「非現実標示」)をもち,名詞句の標識として働いていると結論づける。
著者
丹羽 哲也
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.95-109, 2010-10-01

相対補充連体修飾関係は、修飾節と主名詞との意味関係においては様々であるが、主名詞が相対名詞で、それを修飾節が補充する関係にあるという点で共通し、「名詞+助詞」が相対名詞を補充する関係と並行的である。相対修飾の修飾節はモノ(人・具体物など)を表す「モノ相対節」と事柄を表す「コト相対節」とに分けられるが、モノ相対節の中に、現代語では成り立たずに中古語では成り立つという一つのタイプがある。中古語には準体節が存在し、それが相対節と対応することにおいて、現代語では表し得ない種類の相対節を可能にしていたと推測される。
著者
金澤 裕之
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.47-53, 2007

近年、主に話しことばで、例えば「多くの方が来ていただき…」というような、「○○(=相手)が△△していただく」という表現をよく耳にする。授受を表わす部分が「てくださる」ではないこの表現は、現在一般に「誤用」と考えられているが、使用場面の急速な広がりの背景には、これまでの言語ルールを超えた何らかの理由があるように感じられる。本稿では、話しことばの実際の用例において、「てくださる」と「ていただく」の両者が入り得る場面でも「ていただく」の方が遥かに高い割合で選択されていることを確認しつつ、そうした現象の背景にあるものとして、現代人の敬語意識における一つの心理的な傾向について考察し、併せて、複雑な体系を持つ日本語の授受表現における単純化の方向への一つの兆しが、こうした現象に現われているかもしれない可能性について言及する。
著者
高田 三枝子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.34-45, 2006-04-01

本研究は語頭有声破裂音のVOTに注目し東北から関東にかけての地域,また話者の生年との関係を分析した。資料は1986〜88にかけて全国統一的に収集された録音資料を用いた。その結果東北と関東の間で大きな地域差が見られ,東北では話者の世代(生年)に関わらずほとんどの場合VOT値がプラスの値をとること,一方関東では世代差がみられ,生年の遅い話者ほどプラスの値をとる割合が高いことを明らかにし,さらに北関東(茨城・栃木)内を詳細に検討することによりここに見られる東北・関東間の境界が,先行研究で指摘されてきた東北的な音声音韻に関する現象の境界とほぼ一致することを指摘した。
著者
又吉 里美
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.49-64, 2007-01-01

本稿は、沖縄津堅島方言の手段表示機能を有する格助詞を取り上げ、構文論的な分析を行い、助詞の意味機能を見出そうとするものである。本稿の結論は以下の三点である。1.津堅島方言の手段表示機能を有する助詞には〓i、〓ka、karaの三つの助詞があることを見出した。2.三つの助詞は承接する名詞、結合する動詞によって使い分けられる。動詞の性質との関わりに注目すると、特に「動作行為、変化、移動」の性質を持つ動詞と結合し、これらの動詞の性質によって取りうる助詞が異なる。その対応関係は次の通りである。〓iは動作行為/状態変化の動詞と対応する。〓kaは位置移動/形質(状態)変化/状態変化の動詞と対応する。karaは移動動作/情報発信/情報獲得/生成の動詞と対応する。3.〓ka、karaと結合する動詞は動作行為、状態変化の中でもより限定された性質を持つ。その結果、承接する名詞も自ずから限定される。しかし、〓iはこのような限定の制約がない。その結果、〓kaやkaraの意味機能を獲得しつつあり、使用範囲を拡張しつつある。
著者
竹田 晃子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.101-117, 2015-04-01

国語調査委員会による「音韻口語取調」は明治末期に実施されたが,第二次取調は関東大震災で焼失したとされ,全国的に集約して学問的かつ学史的に検討されることがなかった。本論では,2回にわたって実施された「音韻口語法取調」を取り上げ,調査の全体像を把握し,残された第二次取調の報告類があることを明らかにした。また,岩手県の第二次取調の稿本を取り上げ,現代的視点から後代の研究成果と比較し,近代方言の資料としての価値があることを明らかにした。さらに,過去の方言調査資料を言語研究に有効に利用するために,調査目的や資料の成立背景などを方言学的・社会言語学的に把握する必要があることを指摘した。
著者
山本 佐和子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.29-44, 2012-01

助動詞「ベシ」は本来ク活用だが,中世室町期にはシク活用化したものが見られる。本稿では,シク活用化が「ツ+ベシ」である「ツベイ」でのみ起きることに注目し,「ベシ」の意味の二面性とモダリティ体系の史的変遷との関わりから,その要因を考察する。「ベシ」の意味は,状態・性質を表す〈事態的意味〉と,話し手の判断作用を表す〈認識的意味〉とに大別される。「ツベシ」「ヌベシ」は,中古から〈事態的意味〉専用の形式として存しており,「ツベシ」が「可能」,相補的に「ヌベシ」は「潜勢状態」を表す。室町期に,「ツベイ」から「ツベシイ」が生じたのは状態を評価的に表すためで,当期にク活用形容詞からシク活用形容詞が派生した現象と一連のものと捉えられる。また,当期には「ウズ」が,「ベシ」の〈認識的意味〉を担って,「ベシ」は文語化する。〈事態的意味〉を表す「ツベイ」は,「ベシ」より長く口語に残り,後代,「サウナ」等が発達するまで命脈を保ったものと考えられる。
著者
伊藤 雅光
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.112-129, 2008-01

小稿の目的はフロッピー版『古典対照語い表』を資料にして,語彙の量的構造史モデルを提案することにある。見出し語の使用頻度と時代的使用範囲を基準にした量的語彙構造分析法により,上代,中古,中世の各時代の語彙構造の二次元モデルと,それをさらに抽象化した語彙構造の一次元モデルとを構築する。各レベルの共時態を時系列順に並べることにより,各レベルごとに語彙の量的構造史が構築されることになる。それにより,語彙の量的構造史自体が抽象レベルの違いによる多層構造になると解釈した。
著者
劉 志偉
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.1-16, 2009-07-01

中世のテニヲハ研究の専門書を代表するものに「姉小路式」と呼ばれる一群の秘伝書が挙げられる。本稿では「姉小路式」の「かなをやすむる事」の巻を取り上げ、テニヲハ意識の展開を促したとされる「休めの類」について考察を行った。その結果、「姉小路式」を中心とする中世の「休めの類」は中古のそれを拠り所としながらも、完全に一致するものではないことが分かった。そして、それはその背後に進行していた当時の日本人の歌に対する接し方の変化やテニヲハ意識の深化によるものと考えられる。つまり、「休めの類」は、中古では歌語や古語解釈の一原理として用いられたのに対し、中世になると和歌の作法の修辞表現法として認識されるようになったのである。
著者
衣畑 智秀 岩田 美穂
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.1-15, 2010-10-01

本稿では,現代日本語に見られる,カの名詞句位置の用法のうち,特に選言,不定の成立過程を明らかにした。カは中古まではほぼ疑問の助詞として用いられていたが,覚一本平家物語に文末で選言と意識される用法が見られ,その後15世紀以降名詞句の位置で選言の用法を発達させていく。不定は従来江戸後期から見られるとされていたが,本稿ではその前段階として副詞的な不定の用法が見られることを示した。従来の歴史変化の記述は,ある特定の用法が特定の時代にあるかないかを問題にするものが多かった。それに対し本稿では,用法は突然発生するものではなく,漸次的に成立していくものであることを,構文的観点から再現性の高いデータを提示することで示した。また,以上と間接疑問を含めたカの歴史は,名詞性の獲得と疑問詞との共起性という点から記述できることを論じた。
著者
山田 昇平
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.10, no.4, pp.33-47, 2014-10-01

本稿では「言便(ごんびん)」を扱う。「言便」は中世中期の義源撰『法華経音義』で発音に関する事柄を広く指すのに用いられる。しかし中世後期には口語的資料の上で発音の良し悪しに関する用法に多く使用される。この用法は「音便」にもみられるが,「音便」は言語事象を説明する文脈に多用され,両者には用法による棲み分けが確認される。また「言便」は,「ゴンビンザワヤカ」の形で多用されるが,近世初期にはこの形が「ゴンビザワヤカ」へと変化した。これにより「言便」は使用の場を狭める。一方で近世中期になると学術的文脈で「言便」が確認されるが,これは先の事情により従来の「言便」が使用されにくくなったため,新たに生じたものと考える。本稿では特に「言便」と「音便」との用法による棲み分けに注目し,学術用語「音便」の成立には,この語の俗語的な側面を「言便」が担っていた背景があると考える。
著者
上野 和昭
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.4, pp.16-30, 2009-10-01

中世後期から近世前期の複合名詞(和語{2+3構造})アクセントを、『平家正節』と「近松世話物浄瑠璃譜本」をもとに調査し、その結果を分析してみたところ、古代からの伝統をひくHHHHL(H4)型とHHLLL(H2)型とを基本とする体系から、近世前期にはH2型に統合しつつあったことがわかった。この段階では、複合名詞と前部成素との間の「式一致」はほとんどあらわれておらず、後部成素による複合名詞アクセントへの関与も認められない。このような同時代的要素が複合名詞アクセントに明確になるのは、史的変遷の過程としてみれば、「近松」の段階よりも後のことである。それ以後については、近畿中央式諸方言とも関連づけて、中世後期以降現代京都にいたる複合名詞アクセントの史的変遷を追ってみた。
著者
神永 正史
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.4, pp.52-68, 2016-10-01 (Released:2017-04-03)
参考文献数
21

中古中期の仮名散文における「~てあり」の例文には,変化の結果状態を表すものとして,「(変化)主体+自動詞+てあり」と,「(動作)対象+他動詞+てあり」の形態を示す二つの構文がみられる。この「~てあり」の二つの構文と,「~たり」のもつ同じ二つの構文との比較を試みた。その結果,「~たり」には,主体の自発的変化,動作的変化,因果的変化の結果と,対象変化の結果を表す用法があるが,「~てあり」には,主体の因果的変化の結果を表す用法がないことを明らかにした。「~たり(たる)」は中世後期には衰退していき,その各用法は「~てある」や「~てゐる」に継承されていくが,その継承において,「~てある」や「~てゐる」構文の主語が,動詞「ある(在る)」「ゐる(居る)」の主語の性情による制限と関わるかどうかによって,京阪と東国では異なっていることも示した。この異なりの結果は,現代共通語のテアル,テイルの振る舞いの違いに結びつくのではないかと思われる。