著者
小林 正行
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.4, pp.1-16, 2006-10-01

本稿は、「強調」や「例示」の意を表すとされる助詞バシについて、狂言台本における使用実態を明らかにし、その用法の変遷を考察するものである。この調査で以下の事実を明らかにした。・上接語は、名詞を直接上接するものが大半を占める。そのうち、目的格相当は全期通じて用いられ、主格相当は近世中期以降の台本で新たに多用される。デ・ニテを上接するものも近世中期以降多用される。・共起する句末表現は、疑問表現が大勢を占める。禁止表現は謡など定型的な用例に限られ、新しいバシはほぼすべて「ゴザルカ/オリャルカ」という丁寧な疑問表現と共起する。これらの事実から、用法の変遷についての考察を行い、以下の結論を得た。・本来上接語を際立たせる「強調」の働きを持っていたバシは、その代表的な用例の性質から、「例えばこのようなもの」と上接語の同類の集合を想定させる「例示」の働きとして解釈され、さらに、新たに上接語の同類の集合を仮想的に表して、「品位」を持って疑問を表す用法が近世中期以降の台本に見られるようになる。
著者
高田 三枝子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.4, pp.48-62, 2008-10-01

本研究では日本語の語頭の有声閉鎖音/b,d,g/のVOT(Voice Onset Time)について,全国的に収集された音声資料を分析し,この音響的特徴の全国的な地理的,世代的分布パタンを明らかにするものである。分析の結果,祖父母世代の地理的分布から,北関東を移行地帯として間に挟み,大きく東北と関東以西という東西対立型の分布が見られることを指摘し,さらに関東以西の地域では近畿を中心とした周圏分布が見られることを提案した。すなわち古くは,東北は語頭有声閉鎖音のVOTがプラスの値となる音声すなわち半有声音として発音される地域,関東以西は逆にVOTがマイナスの値となる音声すなわち完全有声音として発音される地域として明確な地域差があったといえる。しかし同時に,世代的分布からこの地理的分布パタンが現在消えつつあることも指摘した。完全有声音が発音されていた地域では,現在全域的にVOTがより大きい値(プラス寄り)の音声に変わりつつあると言える。すなわち日本語の語頭有声閉鎖音は全国的に半有声音に統一される方向の音声変化の過程にあると考えられる。
著者
李 芝賢
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.32-46, 2010-10-01

[便]を対象に個別語の使用増加が複数の字音を持つ漢字の字音と意味の関係に与える影響について考察する。現代日本語における[便]はビンが<通信手段>に,ベンが<都合>に集中した用例を持つ。<都合>はビン/ベンに共通するが,ベンに傾いている。このような使用様相は明治期における「郵便」「便利」などの個別語の使用拡大により形成されたと思われる。<たより>に連なる<通信手段>は「郵便」のような「-ビン」構造の語が通信・運輸において使用されたことにより定着する。<都合>は「便利」「不便」「便」のような<都合>に近い語義を持つベンの例の使用拡大によりベンに傾く。
著者
真田 信治 簡 月真
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.69-76, 2008-04-01

日本語と台湾のアタヤル語との接触によって生まれた日本語クレオールが台湾東部の宜蘭県大同郷と南澳郷に住む一部のアタヤル人(のすべての世代)によって用いられていることが観察される。が,その日本語クレオールの存在はほとんど知られておらず,今日までこれに関する学術的な研究は皆無である。本稿では,日本語クレオールの存在を指摘し,その運用状況を紹介するとともに,その言語構造について,公表された教科書3冊を主たる対象として,語順,語彙,名詞の語形,動詞(ヴォイス,アスペクト,テンス等)などに関する分析を行った。これまでのクレオール研究では主に欧米諸語を基盤としたクレオールが取り上げられ,日本語が視野に入れられたことはほとんどなかった。その意味で,本研究は斯界に貴重な事例を提供するものである。
著者
尾形 佳助
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, 2001-09-29

「高起式」と「低起式」の2種を区別するいわゆる「京阪式アクセント」が,近畿地方とその近隣各地に広く分布しているが,特に動詞類の場合,ピッチの下降が起こるか否かが活用形次第で決まるということもあって,ピッチの下降は,従来,活用語尾に内在するアクセント情報(例えば「アクセント核」など)がそれを原因づけているものと考えられてきた。しかし,そういう前提で話を進めたのでは,とりわけ低起式の動詞形がしばしば低く始まらないという事実がうまく説明できないということで,本発表では発想を転換し,動詞類の音調はピッチが下降するのがむしろ普通の状態(unmarked)であると仮定し,その前提で,概略以下のような議論を提示した。アクセント体系の普遍的な類型論からして,京阪式動詞類はまちがいなく,高低2種を区別する声調タイプに類別されるものである。同じ声調言語でも,日本語タイプの形態論にしたがう言語なら,声調が実現する範囲,すなわち「声調領域」を定めるルールが必ずや実在するはずである。そのルールは,最も単純なパターン分析が可能な完了条件形(「タラ形」)や否定形(「〜へん」の形)の音調パターンからして,次のようなものと考えられる。(1)動詞語幹末子音をさかいにして,そのまえの部分を声調領域とせよ。声調領域に照らして現実のピッチ形をよく観察すれば,ピッチの下降を原因づけるもう一つの可能性が見えてくる。従来,無造作に語尾のせいにされてきたピッチの下降は,実際には次のような言語本能がその真の要因となっているものと考えられる。(2)声調境界明示の原理:声調領域と声調領域外を隔てる境界は,それに隣接する2モーラに境界信号音調HLを付与することによって,これを明示せよ。
著者
堀畑 正臣
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.52, no.3, 2001-09-29

「(さ)せらる」(尊敬)の例は,文禄元年(1592)成立の『天草版平家物語』において多用されている。室町期の尊敬の「(さ)せらる」については,先学によりいくつかの用例が指摘されているが,それらは後世の写本段階の用例や,解釈の誤りによるもので,未だキリシタン資料以前の中世文献での「(さ)せらる」(尊敬)の指摘はない。「(さ)せらる」(使役+尊敬)は古記録とその影響のある文献に多くの用例が見られるが,室町期の軍記・説話・物語・抄物等には,「(さ)せらる」(使役+尊敬)はあるが,「(さ)せらる」(尊敬)の例はない。今回,記録年代の長い,仮名交じりの古記録文献で調査を行った。『言国卿記』(1474〜1502)の一部,『お湯殿の上の日記』(1477〜1625)の一部,『北野天満宮目代日記』(1488〜1613)の全体,『家忠日記』(1577〜1594)の全体である。調査から,『言国卿記』の「(さ)せらる」は「御庭ノ者ニウヘナヲサせラル」(文明六〔1474〕年3・8)のように(使役+尊敬)の例である。一方,『北野天満宮目代日記』では「八嶋屋ノ井のモトヱネスミ(鼠)ヲいぬ(犬)かオイ(追)入候,ネスミモいぬ井ヘヲチ候間,ネスミハ井内ニテシヌル,いぬハヤカテ取上候,井の水を早々御かへさせられ候へのよしうけ給候,則御門跡さまへ申」(延徳二〔1490〕年12・25)のような例が多く見える。この例は,御門跡に対して「水を御かへさせられ候へ」と頼んでいる。この時「水をかえる」行為は配下の者達が行うが,その行為全体は御門跡の行為として相手には意識される。このように上位者の行為に収斂されるような「(さ)せらる」の例を経て,尊敬用法が成立する。自動詞についた尊敬の「(さ)せらる」は,『お湯殿の上の日記』「御かくらにならせられまし。」(永禄六〔1563〕年3・29〔写本〕)が早い例である。自筆本では「こよひの月またせらるる」(元亀三年〔1572〕3・23),「こよひの月おかませられ候」(同年4・23)の例等がある。
著者
伊豆山 敦子
出版者
日本語学会
雑誌
國語學 (ISSN:04913337)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.169-170, 2000-09-30

I.先行研究では,日本語文語の「未然形+ば」対応形(仮定「たら,なら」)の-a:-ab(w)a等と,日本語文語の「已然形+ば」対応形(既定・必然「ば,と」)の-e:-ja:等がある。その他,各方言独特の接辞(宮良-ki「から」および-Ka「たら」)がある。II.宮良方言の条件を表す形・用法を報告する。終止形kakuN「書く」utiruN「落ちる」 (1)動詞活用形 已然形 kakja:・utirja: 未然形+ba kakaba・utuba (2)接尾辞後接 テ形+ki kakiki・utiki 連体形+Ka kakuKa・utiruKa III.已然形対応形と未然形対応形+baの用法 (1)両者類似例 (a)tigami kakja:muci harja 手紙書くから持って行って (交換可) (b)tigami kakaba muci harja 手紙書いたら持って行って (2)アスペクト面の差異。行為が実現する(始まる)か,まるごと起きるか。 (a)ba:NboN hwaija:madagiri 私ご飯 食べるから退け(X hwa:ba) (b)ba:NboN hwa:ba makarI sjizjimiri 私ご飯食べたらお椀片づけろ(X hwaija:) (c)NboN hwaiki NboN iri ku: ご飯食べるのだからご飯入れて来い(理由) (a-1)ki:nu utirja:madagiri 木が落ちるから退け(X utuba) (b)ki:nu nara:utuba putsui 木の実は落ちたら 拾え(X utirja:) (3)モダリティ面の差異 話し手にとって,希望的事態なのか,事実判定なのか。 (a-1)ami nu huija:hate:ge:haNna 雨が降るから畑へ行くな(X hwo:ba) (a-2)ami nu huija:jasai du ibiru 雨が降るから野菜植える(X hwo:ba) (b)ami nu hwo:ba:yasai du ibiru 雨が降ったら野菜を植える(X huija:) (a)kazji nu hukja:hate:ge:haNna 風(台風)が吹くから畑へ行くな(X hukaba) (b)kazji nu hukabaは不可。台風を望む人はいないから,あり得ない。「屋根が壊れる」「船が出ない」など,一般的条件では,接辞hukuKa:(吹くなら)を用いる。同様にsInaba(死ぬ)jamaba(痛む)等望まない行為には不可で,一般的条件-Kaのみ可。同様例 (c)uigara utiruKa:sInuNdara 上から落ちたら死ぬよ(X utirja:X utuba)
著者
遠藤 佳那子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.12, no.2, pp.67-52, 2016 (Released:2017-03-03)
参考文献数
12

本稿は、未発表資料である黒川真頼の草稿「語学雑図」を紹介するものである。当該資料はおもに用言やテニヲハの活用表からなり、これによって、用言の活用研究とテニヲハ類の研究が連動して行われていたことなど、真頼の構想過程をうかがい知ることができる。また本稿では、術語「終止言」の使用と、「良行四段一格」の配置を手がかりにして、当該資料の成立時期が明治四年頃までであると推定した。こうしたことから、文部省編輯寮『語彙別記』『語彙活語指掌』の編纂に際して、真頼の文法学説が重要な位置を占めていたことが示唆された。
著者
金澤 裕之
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.47-53, 2007-04-01 (Released:2017-07-28)

近年、主に話しことばで、例えば「多くの方が来ていただき…」というような、「○○(=相手)が△△していただく」という表現をよく耳にする。授受を表わす部分が「てくださる」ではないこの表現は、現在一般に「誤用」と考えられているが、使用場面の急速な広がりの背景には、これまでの言語ルールを超えた何らかの理由があるように感じられる。本稿では、話しことばの実際の用例において、「てくださる」と「ていただく」の両者が入り得る場面でも「ていただく」の方が遥かに高い割合で選択されていることを確認しつつ、そうした現象の背景にあるものとして、現代人の敬語意識における一つの心理的な傾向について考察し、併せて、複雑な体系を持つ日本語の授受表現における単純化の方向への一つの兆しが、こうした現象に現われているかもしれない可能性について言及する。
著者
大川 孔明
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.16, no.2, pp.133-151, 2020-08-01 (Released:2020-08-14)
参考文献数
22
被引用文献数
1

本稿では、文連接法(接続詞、指示詞、接続助詞、無形式)を指標に、クラスター分析を用いて平安鎌倉時代の文学作品を比較し、それらがどのような文体類型として位置づけられるのかを考察した。その結果、平安鎌倉時代の文学作品は、相対的に[1]接続助詞率が高い接続助詞型(『竹取物語』『源氏物語』など)、[2]接続詞率・指示詞率が高い接続詞指示詞型(『大鏡』『宇治拾遺物語』など)、[3]無形式率以外の数値が低い無形式型(『蜻蛉日記』『徒然草』など)に分けられることを明らかにした。また、和漢の対立と文連接法が文体的に関係していることを指摘し、さらには、典型的和文の文体的特徴が接続助詞に現れることから、典型的和文の実態の一端を明らかにした。
著者
張 明
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.51-67, 2020-04-01 (Released:2020-06-01)
参考文献数
8

本稿は不定機能を持つ前接要素「某(ボウ)」を考察対象とし,類義関係にある「ある」と比較しながら,「某」が独自に持つ統語的特徴,「某」の不定機能がどこから生じるのかという意味論的位置付け,「某」の使用によってもたらされた語用論的効果といった課題を詳しく検討するものである。「某」の指示対象は固有名を持ち,「某」とはその固有名の部分を何らかの理由によって明かさないという表現である。「某」の不定機能は固有名の部分を明かさないことから生じるものであり,語として本来的に不定機能を持つものではない。また,「某」が独自に持つ統語的特徴として,同じ形式が再度出現できること,主題に現れること,「ある」と共起することが挙げられる。これらの統語的特徴は「某」の意味論的位置付けの根拠にもなる。最後に,「某」の使用によってどのような語用論的効果が生じるのかについて検討する。
著者
笹井 香
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.13, no.4, pp.18-34, 2017-10-01 (Released:2018-04-01)
参考文献数
13

「ばか者!」「恥知らず!」「嘘つき!」などの文は、先行研究において文として適切に位置づけられてきたとは言いがたい。本稿では、これらの文が、同じく体言を骨子とする文である感動文や呼び掛け文などとは異なる形式や機能をもつことを明らかにし、これらを新たに「レッテル貼り文」と位置づけることを試みた。レッテル貼り文は「性質、特徴、属性などを示す要素+人や物を示す要素」という構造をもつ名詞(=レッテル)から成り立つ体言骨子の文で、対象への価値評価にともなう怒りや呆れ、嘲り、蔑み、嫌悪、侮蔑などの情意を表出することを専らとする文、即ち悪態をつく文である。このような文は、その言語場において話し手が対象に下した価値評価が名詞の形式(=レッテル)で表され、文が構成されていると考えられる。このような文を発話することによって、対象に下した価値評価、即ちレッテルを貼り付けているのである。
著者
江口 正
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.34-50, 2018-04-01 (Released:2018-10-01)
参考文献数
17

九州各地の方言は動詞活用の組織に特徴があり,二段活用(特に下二段)が残存して古い特徴を保つ一方,一段動詞がラ行五段化するという新しい変化の方向を併せ持つ。このふたつの特徴は方向性が逆であるため,別個の説明が与えられることが多かった。本稿では,大分方言に見られる動詞終止形の撥音化現象を手掛かりに,それらの特徴はいずれも「同音衝突の回避」が関係するという仮説を提出する。