著者
かりまた しげひさ
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.69-82, 2011-10-01

琉球方言にひろくみられる助辞=duをふくむ文は、=duに呼応して連体形と同音形式の述語が文末にあらわれることから、おおくの研究者が=duを古代日本語のゾとおなじ係助辞とよび、琉球方言に係り結びがあると主張してきた。琉球方言には=duとおなじ文法的な特徴をもつ=ga、=nu、=kuse:がある。内間(1985)は那覇方言の=gaを、仲宗根(1983)は今帰仁方言の=kuse:と=gaを、平澤(1985)は宮古方言の=nu、=gaを係助辞とみなした。本稿は那覇方言、今帰仁方言、宮古方言、八重山方言の=du、=ga、=kuse:、=nuをふくむ文の通達的なタイプと文末述語を検討し、当該助辞が特定の活用形と必ずしも呼応していないこと、当該助辞の機能が焦点化であることをのべる。
著者
新里 瑠美子 セラフィム レオン・A
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.83-98, 2011-10-01

本稿は、沖縄語と上代日本語との比較分析を通し構築した筆者らの係り結び仮説(日本祖語形再建、類型、成立、変遷など)の妥当性を琉球弧の方言群において検証することを目的とする。本稿で焦点を当てた|ga|の係り結び仮説では、その類型として、Type I(文中|ga|といわゆる未然形の呼応)、Type II(文中|ga|と通常連体形の呼応)、係助詞の終助詞用法を考え、各々、自問、他問、他問と特徴づけた。検証の結果、国頭久志(くにがみくし)方言でTypeIとTypeIIの類型と機能が仮説と合致、疑似終助詞用法がTypeIIの文法化と解釈できると述べた。徳之島井之川(とくのしまいのかわ)、国頭辺野喜(くにがみべのき)・漢那(かんな)、八重山鳩間(やえやまはとま)方言においては、終助詞用法の|ga|の清濁の異音に関し、見解を提示した。鳥島(とりしま)方言では、構文はType II、機能はType Iという用法について新たな音変化を提案し、反証とならないと論じた。宮古西里(みやこにしざと)方言の構文と機能のずれについても、仮説擁護を試みた。最後に、今帰仁(なきじん)方言の|kuse:|=コソの通説に異を唱え、その成立に|ga|が関わったとの仮説を述べた。
著者
Heinrich Patrick
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.112-118, 2011-10

日本語研究の一環ではない、独自の分野としての琉球言語学は、最近になって生まれたばかりだ。そのため、琉球社会言語学のスタートも遅れたことは否めない。これまでの研究対象は、主に言語危機度の測定、言語シフト、および琉球諸島の言語編制の変化に限られる。よって、未だに研究されていない重要な分野が多数あると言える。琉球諸語の維持と復興のためには、琉球社会言語学のさらなる展開が急務であり、そのためには記述言語学と言語維持運動が、より密接な協力体制を築いていくことが不可欠である。
著者
田窪 行則
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.7, no.4, pp.119-134, 2011-10

本稿は、沖縄県宮古島市西原地区の言語・文化を記述し、それを電子博物館として研究者および地区の住民たちが自由に見られる形で記録・展示し、この言語・文化の継承に資する試みを紹介する。宮古島西原地区は、池間島から明治7年に移住してきた住民が暮らしている。他地区から移住して自分たちの文化と言語を維持する努力をつづけてきたため、他地区より自己アイデンティティの確認作業を行わなければならず、母語と文化を維持してきた。この地区の住人たちは積極的に次世代に言語・文化を伝える努力を続けており、彼らの活動は他の地区の人々のモデルとなりえるものである。電子博物館というウェブ上の記録・展示装置がこのような地域住民の活動や、他の研究者との連携を助けるシステムとして機能し、琉球の言語と文化、ひいては消滅の危機にある言語・文化の記録と継承に貢献しうることを示す。
著者
林 青樺
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.2, pp.31-46, 2007-04-01

本論は,主体の意志性の有無及び事象のあり方と主体との関係に焦点を当て,無標の動詞文との比較を通して,実現可能文の意味機能を検討した。その結果,主体の意図的または期待する行為の実現を表わす構文として論じられてきた実現可能文は,「旅行中に思いがけず中田英寿選手に会えた」などのような,主体の意図の外での偶発的な行為の実現を表わす場合もあることを指摘した。そして,マイナス的な意味を表わす語句との共起が不可能であることと,成立の確率の高い事象を表わせないことから,実現可能文は< <事象が主体にとって好ましく,かつ得難い>というプラスの意味特徴を持ち,実現した行為をプラスの事象と捉えるか,ニュートラルな事象と捉えるかという点で無標の動詞文と対立することを明らかにした。また,実現可能文は,表わす事象の成立が不確かなため,「主体の行為がどうなったか」という事象の結果に焦点が当てられ,事象の《未成立》を表わせることが明らかとなった。
著者
井上 史雄
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.3, pp.17-32, 2009-07-01

本稿の目的は三つある。一つは(第1節)、方言の地域差と年齢差を同時に知るための便利な技法としてのグロットグラムの理論的位置づけである。そのために、言語地理学における時間が「非実時間」であり、年齢差の示す「見かけの時間」、過去の調査や文献資料の示す「実時間」と性格が異なることを論じる。もう一つは(第2、3節)、方言現象が地理的に広がる速さについての資料提示である。山形県庄内地方のキンカからガンポへの変化について、過去の方言集二つと方言地図を対比し、かつグロットグラムの年齢差を照合して、伝播の年速を推定する。最後は(第4節)、日本語の方言・共通語の地理的伝播を説明できる雨傘モデルの増補である。従来の雨傘モデルは現代の共通語化と新方言の説明のために作ったものだが、さらに過去の京都からの伝播も考慮に入れて、拡充する。本稿はまた、「言語年齢学」という発想のための一道程でもある。
著者
彦坂 佳宣
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.110-124, 2010-10-01

『方言文法全国地図』第38図「寒いけれども〜」を逆接確定条件の代表とし、言語地理学的、文献方言学的解釈を試みた。新古の点は、日本の外輪に(1)バッテ(ン)類と(2)ドモ類、中輪に(3)ガ類、中央に(4)ケレド(モ)類の分布から、(4)(3)(2)の新古順とした。(1)は、分布様態と、古く仮定条件でその後の確定化の経緯から(2)に遅れて局地的な発生と考えた。接続法では、もと已然形承接の(1)(2)が終止形承接となったが、この類は「旧・已然形+バ」の主要仮定条件類の周辺分布域とほぼ一致し、この承接法が仮定用法化した時期に承接法を変えたと考えた。伝播面では、古い(1)(2)(3)は近畿中央から全国に、新しい(4)は上方で盛行し江戸に伝播した2極放射で、圧迫されたガは東西ごとの周辺分布となり、中国地方では理由ケーニと同音衝突もあって残存したと見た。近世方言文献からは、今日への途上、ないしほぼ現況に近い模様が出来ていたと推測した。
著者
田中 牧郎 山元 啓史
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.16-31, 2014-01-01

『今昔物語集』と『宇治拾遺物語』の同文説話6話に対して、形態素解析を施し、パラレルコーパスを作成して、『今昔物語集』から『宇治拾遺物語』、『宇治拾遺物語』から『今昔物語集』の双方向で語の対応付けを行った。相互に対応付けられたデータから、異なる語が対応する比率の高い語彙を抽出することで、硬い文体的価値を持つ語彙と、軟らかい文体的価値を持つ語彙とが特定された。抽出された双方の語彙について、同文説話全体(83話)の語の対応状況を分析したところ、同語が対応するか異語が対応するかの違いが、語の意味・用法によって決まる傾向があることや、その傾向が、文体的価値の硬軟の段階差に応じて層をなすように変わっていくことが解明できた。また、異語対応の場合に、他方の説話集で対応する語が特定の語に定まる場合があり、これは文体的な対立関係にある類義語と考えられた。
著者
渋谷 勝己
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.3, pp.32-46, 2005-07-01

本稿では、日本語の可能形式の文法化のありかたについて、他の言語の場合も参照しつつ、その特徴を総合的に整理することを目的とする。分析によって、以下の点を明らかにする。(a)可能形式の起源となった形式には、完遂形式と自発形式がある。いずれも他の言語と共通するが、自発形式の種類が多様である点に日本語の特徴がある(第3節)。(b)日本語可能表現の内部では、状況可能>能力可能>心情可能といった変化の方向が観察され、通言語的に指摘されている能力>状況といった方向とは異なっている(第4節)。(c)日本語の可能形式は、さらに、行為指示形式や生起可能性を表すモダリティ形式に変化する場合があるが、前者はおもに禁止表現に、後者はわずかな形式に観察されるだけである(第5節)。まとめれば、日本語の可能形式の文法化は、可能形式以外の表現領域から可能形式化し、可能表現内部でさらに意味変化を起こすことはよくあるが、ときに禁止表現化する以外には可能形式の段階にとどまったまま、次の新たな可能形式に道を譲るといったケースが多い。
著者
市村 太郎
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.11, no.2, pp.33-49, 2015-04-01

国立国語研究所『太陽コーパス』・『明六雑誌コーパス』内に出現する主な程度副詞について調査すると、文末辞を基準とした文語記事・口語記事の別による文体的な出現傾向に、各語について明らかな違いが見られた。ただ文語的な傾向を示す語については口語記事でも多用されているなど、必ずしも文末辞による口語・文語の別と一致していたわけではない。このことは、文末辞だけでなく程度副詞類も、「文語」「口語」をさらに分類する上での、文体的な指標となりうることを示唆していると考えられる。また、「文語」から「口語」への大きな流れを背景として、文語的な語、あるいは古くからある語が継続して用いられながらも勢いが停滞しつつある傍ら、「ひじょうに」や「たいへん」といった、口語的で汎用性の高い副詞の使用が拡大しつつある様子が見られた。
著者
澤村 美幸
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.17-32, 2007-01-01

本稿では,いわゆる〈弟〉を表す伝統的方言の「シャテー(舎弟)」を事例とし,地方の文化,とりわけ社会構造が語の伝播にどのように関わってくるのかを考察した。「シャテー」は京畿地方を中心とした中央語史上では武士階級の位相語として定着するが,近世後期以降,東日本では庶民語化して広範囲に伝播するのに対し,西日本では武士階級の位相語としてとどまり続けるという東西差が生まれてくる。この背景には,社会構造の東西差があり,長子単独相続的傾向の強い東日本の社会構造が,「『イエ』にとっての序列関係」を反映した語を必要としたため,「シャテー」の庶民語化や伝播が起こったと考えられる。この事例から,語の伝播は,中央の文化的威光の高さのみが原動力となって起こるのではなく,地方側の文化にも中央語を受容する必然性が生じた際に起こる場合があることが明らかとなった。
著者
諸星 美智直
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.1, pp.173-159, 2008-01-01

函館市中央図書館蔵「蠣崎文書」は、松前藩家老将監流蠣崎氏の別家蠣崎伴茂(松涛)に始まる藩士の家に伝わった文書群で、『万古寄抜萃』(万延元年)、無題狂歌写本(『狂歌百人一首闇夜礫』の写本)、『鶏肋録』、『松涛自娯集』など方言音韻の特徴が強く認められる文書が多い。このうち、『万古哥抜萃』・無題狂歌写本には母音のエをイと表記する例が多いが語頭の混同例はまれで、現在の浜ことばとは異なる傾向が指摘できる。母音のイ段をウ段に表記する例が「し」を「す」とする例を中心に見られ、力行・タ行を濁音表記する例も語頭以外で多用されている。文書中には和漢洋に亙る古典籍から実用書に至る様々な文献からの抜書がなされており、『鶏肋録』所収の『徒然草』抄写本の本文にもイとエとの混同、力行・タ行に濁点を付した例が多く拾える。このような音韻表記は、意図的というよりは書写者たる松前藩士の学問が方言音韻の環境の中でなされたことによる無意識的な書記行為に起因する可能性がある。
著者
村上 謙
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.5, no.1, pp.1-14, 2009-01

現在西日本各地で尊敬語化形式として用いられる「テ+指定辞」は成立当初(18世紀初頭)、継続性表示機能と現在時表示機能を有していた。そうしたテンス・アスペクト機能はその後失われることになるが、本稿では絵入狂言本や浄瑠璃、洒落本、噺本を用いて近世前期から幕末までの用例を収集し、詳細に分析した上で、1780年代頃にはテンス・アスペクト機能が弱化していたことを明らかにする。さらにこうした変化に拍車をかけたのが、「テ+指定辞」と同様の表現性を持つテイナサルの出現であったことを述べる。また明治以降の「テ+指定辞」の動向についても、尊敬語化形式ハルとの関係などを踏まえつつ論じる。
著者
遠藤 佳那子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.9, no.4, pp.78-63, 2013-10-01

明治三十年代頃まで、日本語の文法研究では<命令形>を含めた六活用形を立てる立場は少数であった。本稿では、本居宣長、富士谷成章、本居春庭、鈴木朖、東条義門、富樫広蔭、鈴木重胤など、明治期の日本語の活用研究に影響を与えた近世後期テニヲハ論と活用研究における<命令形>に関する言説を辿り、なぜ活用表に加えられなかったのか、その背景を考察した。<命令形>の語形には、大別すれば(1)エ段音語尾をとるものと(2)語尾「よ」を伴う形式の二種類ある。宣長・成章頃までは両者を<テニヲハ>として論じることもあったが、春庭の活用研究によって、(1)は用言、(2)の語尾「よ」は切り離して<テニヲハ>に位置づけられた。このため、<命令形>は用言と<テニヲハ>両方の領域に跨ってしまい、活用表に入れることが出来ず、用言の一用法として活用表の外に記述され続ける。特に「国学風文典」において<命令形>の定着が遅れたのは、このような背景があったためと考えられる。
著者
佐藤 志帆子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.13-28, 2008-04-01

近世末期下級武士とその家族の日常会話における言語実態を知りうる『桑名日記』を対象として、日記の内容や桑名藩の分限帳からわかる人物の属性と関わらせながら「来ル」を意味する尊敬語の使用実態を考察し、近世の武家社会における待遇表現の一端を明らかにした。その結果、『桑名日記』にみられる日常的な会話場面における「来ル」を意味する尊敬語は、御出ナサル・ゴザラシル・ゴザル・来ナサル・来ナルの5形式であることがわかった。そのうち前者の3形式は(ア)相手との社会的関係によって使い分けられる尊敬語といえる。一方、後者の2形式は(イ)相手との社会的関係に関わらず使用される尊敬語といえ、身内や親しい間柄の打ち解けた場面で使用される。また、これらの尊敬語より待遇価値の低い語として基本形来ルがある。この基本形来ルは、上記の5形式が使用される人より下位の人に使用される。
著者
久保薗 愛
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.14-28, 2012-01-01

18世紀鹿児島方言を反映するロシア資料には,「テアル」「テオル」という「テ+存在動詞」形式が見られる。鹿児島方言とロシア語の対訳資料であるという資料の性質を踏まえた上で,「テアル」「テオル」の表す意味を,ゴンザが関わった日本語訳とロシア語文の両面から検討した。その結果,「テアル」は「主語が動作を受けて存在する」ことを表す形式であり,一方の「テオル」は既然態に類する「状態」を表す形式であることを述べた。また,「テオル」は,主語の有生/無生を問わず使用されていることを指摘し,この振る舞いは現代の西部日本方言の存在動詞の体系に通じるものであることについて言及した。
著者
邊 姫京
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.3, no.1, pp.33-48, 2007-01-01

全国の母音の無声化生起にかかわる要因を探るため,1986〜1989年にかけて収集された音声資料「全国高校録音調査」の41府県の話者,老若608名の音声の音響分析を行なった。無声化生起と音環境,及び地域差との関係,世代差との関係について調べた。その結果,従来無声化が目立つとされる地域の無声化生起率はおよそ60%以上であること,ほとんどの府県において後続する子音の種類(破裂音,摩擦音,破擦音),無声化拍の後続拍の母音の種類(狭母音,非狭母音)により無声化生起率に有意差があることがわかった。また無声化の生起には地域差に加え,世代差があり,東北地方において特に世代差が著しいことが確認された。これらは語中の無声化について得られた結果であり,語末では地域にかかわらず全体として無声化生起率が非常に低く,一般的な無声化の生起環境でないことが明らかになった。
著者
ナロック ハイコ
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.1, no.3, pp.108-122, 2005-07-01

自立語または統語構造が付属語化,接尾辞化していくという形態的過程が文法化論の出発点となっているが,現在行われている文法化論はむしろ意味・機能面に集中している。そして,特に形態変化が豊富な日本語においては,形態変化のあり方,とりわけ形態変化の規則性は明確に記述されているとは言えない。本稿は,日本語の文法化における形態的側面に焦点を当て,動詞活用・派生体系の形態変化に基づいて四つの原則,つまり(1)(自立語の)接尾辞化,(2)形態的統合,(3)音韻的短縮,(4)活用語尾化が働いていると指摘する。こうした原則を特定するために音韻的にも厳密な形態論を使用する必要があると論じる。また,最後に,原則に反する形態変化の例を取り上げ,そこに「外適応」と「類推」のプロセスが働いていることを示す。
著者
川野 靖子
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.2, no.1, pp.32-47, 2006-01-01

次のような〜ニ〜ヲ形と〜ヲ〜デ形の交替は壁塗り代換(場所格交替)と呼ばれている。グラスに水を満たす 〜ニ〜ヲ動詞グラスを水で満たす 〜ヲ〜デ動詞本稿はこの現象を次の観点から論じた。(1)〜ニ〜ヲ形と〜ヲ〜デ形の交替は、常に壁塗り代換のような形(ニ格句とヲ格句、ヲ格句とデ格句が対応するという形)で起こるのか。(2)格成分の対応の仕方はどのようにして決定されるのか。結論は次の通りである(上記(1)と(2)に対応させて示す)。(1)'〜ニ〜ヲ形と〜ヲ〜デ形の交替には壁塗り代換に加えて次のような交替がある。桜の葉に餅をくるむ 〜ニ〜ヲ動詞餅を桜の葉でくるむ 〜ヲ〜デ動詞(2)'上記(1)'は、〜ニ〜ヲ形と〜ヲ〜デ形の交替の場合、意味役割に着目しても、格成分の対応の仕方を予測できないことを示している。このことから当該現象の場合、格成分の対応の仕方は、意味役割には反映されない意味(動詞の個別的語義)によって決定されると考えられる。
著者
井上 史雄
出版者
日本語学会
雑誌
日本語の研究 (ISSN:13495119)
巻号頁・発行日
vol.6, no.4, pp.63-78, 2010-10-01

本論文では、いわゆる美化語の「お」の拡大過程について、アンケート調査に基づいて分析する。「お」に場面的使い分けがあるかを知るためのアンケート資料を分析し、性差の大きい語と、場面差・文体差の大きい語があることを確認した。さらに、使用者の世代差・性差と話し相手(上下・親疎)との2要素を組み合わせた散布図を分析することにより、調査語全体を言語変化の連続体としてとらえた。「お」の使用率の低い語から高い語に向けて連続的に分布することを手がかりに、「お」の付く語が増える歴史的過程を、共時態として反映すると見なした。男性が本来の「尊敬語」としての「お」を使い分けるのに対し、女性は身辺の語に「お」を「付けすぎ」として付けはじめ、使用率を徐々に高めて「女性語」として広げ、ついには男性まで抱き込んで、「美化語」として確立する。これは、性差・文体差が再び薄れる過程である。この過程を考えることにより、ある語に「お・ご」が付くのが当たり前になると、二重に(過剰に)付けるという変化も説明できる。以上、「お」の増加について循環的過程を考えた。また変化の途中で変異が増える過程は「レンズモデル」で説明できる。