著者
山田 紀彦
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アジア経済 (ISSN:00022942)
巻号頁・発行日
vol.54, no.4, pp.47-84, 2013-12

近年の比較政治学では,議会,選挙,政党等の民主制度が権威主義体制の持続にどのような役割を果たしているのか,そのメカニズムの解明に関心が集まっている。権威主義体制下の民主制度は単なる飾りではなく,体制存続のための道具として機能しているのである。しかし先行研究の多くが,「複数政党制」や「競争」を前提としてきたため,閉鎖的権威主義である一党独裁体制はほとんど分析対象となってこなかった。本稿は一党独裁体制であるラオスを事例に,明示的/潜在的脅威がほとんど存在しないラオスにおいても,支配政党が国会と選挙を体制維持の一手段として活用していることを明らかするものである。人民革命党は国家や社会への強固な管理体制を確立しながらも,2000年代以降の経済・社会問題の多様化にともなって,国民の政治参加を拡大し,国民の声を国会に反映させることで支持獲得を図ってきた。そして党は国会がそのような機能を果たせるよう,選挙を戦略的に活用している。このような国会と選挙の連関は,過去5回の国会議員選挙を分析することで裏付けられる。党は国会の位置づけの変化にともない候補者の属性を変化させ,「ほぼ」意図通りの国会を形成しているのである。国会と選挙が体制維持に果たす役割は,これまでの権威主義体制研究が示してきた知見とは異なっているが,一党独裁体制でも「名目的民主制度」が体制維持にとって重要な役割を果たしていることには違いないのである。
著者
杉本 喜美子
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アフリカレポート (ISSN:21883238)
巻号頁・発行日
2014

本稿では、アフリカにおいて発展しつつある株式市場が、アフリカの各国経済に与える影響を分析する。最初に、アフリカの株式市場が、世界と比較すれば金額では小さいものの、アフリカの中ですでに活用されており、国際投資家からも注目されているという現実を明らかにする。次に、Sugimoto, Matsuki and Yoshida[2014]を概説し、アフリカ主要7カ国の株式市場のリターン(収益率)は、2004年以降、グローバル市場の動きから最も影響を受けており、世界金融危機などの際には平時よりも大きなグローバルショックを受けていたことを示す。最後に、アフリカ16カ国における株式市場の域内相互依存度を、固定相関係数(CCC-GARCH)モデルを用いて比較し、2012年以降、各地域共通の証券取引所創設にむけて積極的に連携姿勢を示すアフリカ諸国の間で、株式市場の地域的な連動性が高まってきていることを確認する。
著者
中村 正志
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アジア経済 (ISSN:00022942)
巻号頁・発行日
vol.52, no.9, pp.2-32, 2011-09

マレーシアでは,市民的自由の制限と競争性の高い選挙が併存する競争的権威主義が40年にわたり続いてきた。なぜ民主化が果たされないのか。あるいは逆に,より強い政治的権利の抑圧と露骨な選挙不正を伴う体制へと転じないのはなぜか。この問いに答えるには,自由の制限が,統治者が権力を維持するうえで必要にして十分な効果をあげる理由と条件を示す必要がある。本稿は,コミュニケーション研究の知見と投票の空間理論を援用して次のような仮説を提示する。マレーシアでは,民族問題だけが重要争点と認識される,あるいは民族問題の相対的重要性が非常に高いと認識されるなら与党連合が選挙で優位に立てる。メディアの報道は,争点の重要性に関する人々の認識に影響を与える。したがって政府統制下のメディアは,統治者に有利な争点の顕出性を高め,不利な争点の顕出性を抑えるという操作のための道具になりうる。2008年選挙では,インターネットの影響でメディア統制の効果が薄れ,それが野党躍進の一因になったと考えられる。州を単位とするパネルデータ分析でも,プロバイダー契約者数の増加に与党得票率を引き下げる効果があったことが認められた。
著者
清水 学
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
中東レビュー (ISSN:21884595)
巻号頁・発行日
no.6, pp.99-119, 2018-03

Azerbaijan, a land locked country in South Caucasia, gained independence in 1991 after the break-up of the USSR. It is surrounded by Russia, Iran, Armenia, Georgia, and Turkey and is compelled to depend on a balancing act in its diplomacy to protect its sovereignty and survive. In April 2018, it reiterated its intention to host the 2019 Summit of the Non-Aligned Movement (NAM) in Baku and take on the position of chairmanship of NAM for a 3-year term. It is to be noted that Azerbaijan took this decision at a time of heightened tensions in the region when the US unilaterally withdrew from the Joint Comprehensive Plan of Action, popularly known as the Iran nuclear deal. Azerbaijan has a border with northwestern Iran and has had a complicated relationship with it based on historical, ethnic, and religious ties. At the same time, Azerbaijan is the major supplier of oil to Israel, which is increasingly antagonistic to Iran. For the last decade, Israel and Iran have tried to gain Azerbaijan's favor by offering arms or adjusting their diplomatic stance to take into account the geopolitical importance of Azerbaijan. Iran switched from its tacit support to Armenia on the Nagorno Karabakh conflict to a more sympathetic understanding of Azerbaijan's position.The Nagorno Karabakh issue has been the focal point of security and sovereignty for Azerbaijan, which claims that Nagorno Karabakh and its neighboring areas have been occupied illegally by Armenia. Since the latter half of 2018, Israel has raised the level of military cooperation with Azerbaijan by supplying more advanced arms, such as drones, while Iran strengthened its military links with Azerbaijan by enhancing its military contacts and cooperation. For Azerbaijan, the simultaneous deepening of military cooperation with the two influential and mutually antagonistic regional powers—Israel and Iran—is not inconsistent because it seeks to upgrade its own military capacity.The NAM has not been given serious attention in the world politics since the end of the cold war. At the same time, the objective reality that the number of member states has increased cannot be denied. The purpose and definition of the NAM is still vague and allows member states to arrive at different versions of its objectives. The mediating capacity of the NAM to solve conflicts among the member states is, at best, marginal. However, the NAM is a forum where the participants—most of whom experienced colonial rule—can express strong or mild dissatisfaction with the present world regime, dominated by the West. In this sense, the role of NAM could be still flexible and effective under certain conditions in the fluid world political system. Azerbaijan utilizes the NAM to achieve a balance in its diplomatic relations in the present turbulent situation and strengthen its political position on the Nagorno Karabakh issue.
著者
網中 昭世
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アフリカレポート (ISSN:09115552)
巻号頁・発行日
vol.55, pp.62-73, 2017

<p>本稿の目的は、近年モザンビークで発生している野党第一党モザンビーク民族抵抗(RENAMO)の武装勢力と国軍・警察の衝突のメカニズムを明らかにすることである。考察の際の着目点は、当事者であるRENAMOの除隊兵士の処遇の変化と、RENAMOの弱体化の関係である。モザンビークでは1992年に内戦を国際社会の仲介によって終結させ、紛争当事者を政党として複数政党制を導入して以来、モザンビーク解放戦線(FRELIMO)が政権与党を担っている。しかし、FRELIMOは選挙において必ずしも圧倒的な勝利を収めてきたわけではない。だからこそFRELIMOは一方で支持基盤を固めるために自らの陣営の退役軍人・除隊兵士を厚遇し、他方でRENAMOの弱体化を図り、結果的にRENAMO側の除隊兵士は排除されてきた。近年のRENAMOの再武装化は、紛争当事者の処遇に格差をつけた当然の結果であり、それを国軍・警察が鎮圧する構図となっている。</p>
著者
Yakov M Rabkin
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
中東レビュー (ISSN:21884595)
巻号頁・発行日
vol.4, pp.23-34, 2017-03

本稿は2年間の交渉の末昨年7月に漸く合意に至ったイラン核交渉について、その背景にあって強力に交渉の帰趨を支配してきた国際政治の構造的な要因に着目し、それがイラン問題に留まらず広く現在の国際関係を歴史的に規定してきたことに注意を喚起しようとするものである。2013年以降のイラン核開発疑惑をめぐる交渉の実質的な主役である米国は、この交渉について国家安全保障上の「深刻な懸念」を表明するイスラエルの説得に腐心してきた。だがここでイスラエルの懸念の主な根拠がアフマディネジャード大統領(当時)の「イスラエルを地図上から消す」発言であること、この発言の真意についてあいまいな部分が残るにもかかわらず、イスラエル側がネタニエフ首相を中心にこれに固執し続けてきたことはきわめて特異なことであると言わなければならない。その背景にはオスロ合意の空洞化と軌を一にするイスラエルの国内政治の極端な右傾化、1979年の革命以後のイランを全否定して「反近代化(De-modernization)」のサイクルに落とし込もうとする一部の根強い潮流(それは皮肉にも隣国のイラクにおいて実現した)、さらに旧来からの「西欧VSアジア」の差別的構造を維持しようとする強力な力が否定しようもなく働いていると見るべきであろう。この最後の点について筆者は第二次大戦中のマンハッタン計画に言及し、当時のルーズベルト米大統領がいずれにしても西欧側にあったナチス・ドイツへの原爆の投下を躊躇する一方で、これを引継いだトルーマン大統領はその外部にあった日本に対して2度の原爆投下をためらわなかったという事実を指摘する。こうした事例に象徴される不平等な関係が現在でも絶えず繰り返されている事実は、イラン核合意の性格を公平に理解し今後の展開を見通すうえで不可欠な前提である。
著者
佐藤 幸人
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アジア経済 = Quarterly journal of Institute of Developing Economies Japan External Trade Organization (ISSN:00022942)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.2-29, 2017-12

1990 年代以降,台湾の電子部品部門の成長は著しく,台湾電子産業において4 分の3 を占めるに至っている。このような電子産業の電子部品部門への傾斜という構造変化をもたらした要因には,電子製品部門の中国等へのシフトと,半導体のファウンドリ部門のような一部の電子部品のグローバルな発展という2 つのダイナミズムがあることが,先行研究によって明らかになっている。本稿ではレンズ・メーカーの大立光電と,液晶パネル駆動IC を開発する半導体ファブレスの聯詠科技のケーススタディをおこない,後者のダイナミズム,すなわち電子部品のグローバルな発展がどのような企業活動から生み出されたのかについて,より深く検討を加えた。その結果として,両社はともに内外の市場に早い段階からアプローチしていること,台湾企業とのリンケージへの依存からグローバルな発展への移行がみられること,移行は自主的な技術の形成に支えられていたことを示した。
著者
Darwisheh Housam
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
中東レビュー (ISSN:21884595)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.43-64, 2015

エジプトではムバーラク大統領の国内政策と域内におけるエジプトの影響力低迷が引き金となって、2011年1月25日に抗議運動起こった。抗議運動はエジプト全土に拡がり、18日間の民衆的な反体制運動によってムバーラクは軍に見捨てられ、失脚に追い込まれた。この民衆蜂起によって警察は街頭から撤退し、シナイ半島の警察署は焼き放たれ、ムバーラクが率いていた国民民主党の建物や国内治安機関の本部は襲撃され、国家機関が数ヶ月にもわたって機能不全となり、ムバーラク体制の崩壊は国内的な混乱を招くこととなった。振り返れば、エジプトでの政治的大変動は社会的な革命へと展開することはできなかった。その理由は独裁体制からの移行を先導できる組織化された反体制勢力が存在しなかったためである。民衆による抗議運動は一時的に体制を転覆できても旧体制のエリートを分裂させることはできず、軍の影響下にある体制の復活を防ぐこともできなかった。2011年以降のエジプトは現在まで混乱状態に陥ったままであるが、1カ月に及ぶエジプト軍最高評議会(SCAF)の暫定統治、エジプト史上初の自由な大統領選挙によって選出された文民大統領のムルスィーによる一年余りの統治、そして2013年7月の軍事クーデターによって権力の座に就いたスィースィーの統治といった過程で、民衆蜂起がエジプトの外交関係に及ぼした影響はごく僅かであった。本稿は、現在のエジプトの外交政策が2011年の革命にほとんど影響を受けていないのはなぜか、またエジプトの統治者たちが政権の正統性、体制の強化および政治的な安定性を確保し、国内的な課題に対処するための戦略をいかに策定しているのかを説明することを試みる。本稿での主張は、ムバーラク以降のエジプトが体制の強化と保全のために外交政策を進めており、国内的な混乱によって地域内アクターへの依存度が高まっていることである。
著者
佐藤 章 Sato Akira
出版者
日本貿易振興機構アジア経済研究所
雑誌
アフリカレポート
巻号頁・発行日
vol.51, pp.1-15, 2013

本稿は、アフリカ開発にとって不可避の課題として認識されている紛争解決と平和構築の問題に関して、とくに国連や欧米諸国などのアフリカ域外の主体によって行われてきた軍事的取り組みの歴史と現状を考察しようとするものである。紛争解決・平和構築を目的として域外主体によって行われてきた軍事的取り組みは、1990年代のソマリアとルワンダでの経験を踏まえて試行錯誤が積み重ねられてきた。これを経て近年では、域外主体がアフリカ諸国の平和構築能力の強化を支援しつつ、国連PKOに代表される域外の軍事要員がアフリカ側と連携する体制が確立されてきている。本稿ではこのような歴史を整理したのち、アフリカの紛争解決・平和構築に深く関わる新しい考え方として注目されている「保護する責任」をめぐる問題を論ずる。具体的には、「保護する責任」に依拠して2011年4月にコートジボワールで行われた国連PKOによる軍事行動を取り上げ、「保護する責任」をめぐり提起されてきた諸論点が、この現実の軍事行動においてどのように現れていたかを検討したい。