著者
西嶋 傑
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2014-04-25

私はこの1年間の研究において前年度までの研究を発展させ、日本人腸内細菌叢のメタゲノム解析を大規模に行い(106人、約350Gbp)、それらと外国人のデータ(11カ国、757人)の比較を行うことで日本人腸内細菌叢の特徴を明らかにした。この研究成果は学術論文としてまとめられ、DNA Research誌へ掲載された。具体的な成果は以下の通りである。まず、私は各被験者のメタゲノムデータをリファレンスとなる細菌ゲノムへマッピングすることで、各サンプルの菌種組成を計算した。それらの菌種組成を国間で比較した結果、同じ国の被験者同士の方が異なる国の被験者同士よりも、菌種組成が統計的有意に類似していることが判明した。この結果はヒト腸内細菌叢の菌種組成が国により異なることを示す。特に日本人の腸内細菌叢にはBifidobacteriumとBlautiaが優占する一方、古細菌のMethanobrevibacter smithiiが少ないことが明らかとなった。また、メタゲノムデータのアセンブル、遺伝子予測を行った結果、日本人の腸内細菌叢から約490万の非重複遺伝子配列が得られた。この遺伝子配列と先行研究において外国人被験者から得られた遺伝子セットとの比較を行った結果、約230万の遺伝子配列は日本人のデータのみに存在することが明らかとなった(<95% 相同性)。次いで、それらの遺伝子セットにメタゲノムデータをマッピングし各遺伝子の定量を行い、国間での比較を行った結果、特に日本人の腸内細菌叢には炭水化物やアミノ酸の代謝系機能が豊富である一方、細胞走化性や複製・修復機能が少ないことが明らかとなった。これらの結果は日本人の腸内細菌叢の特徴を初めて明らかにしたものであり、今後腸内細菌叢が関与する病気の治療や予防、健康促進のための重要な基盤データとなることが期待されると考えられる。
著者
唐沢 かおり 山口 裕幸 戸田山 和久
出版者
東京大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2015-04-01

本年とは次の2点に関する検討を行った。1)集団心の認知、集団への道徳的判断の関係の検討:これまでの検討により、集団心の知覚が集団実体性や凝集性の認知に影響されることが示唆される。この知見を踏まえ、集団心と道徳的判断との関係をさらに明らかにするための実験的検討を行った。具体的には、多様な組織や集団を対象とした調査と企業組織の不祥事場面での反応に関する実験である。そのなかで集団とそこに所属するメンバーの心の知覚のトレードオフ関係、また心の知覚がそれぞれに対する道徳的判断(責任帰属や処罰意図)に与える影響を検討した。心の知覚のトレードオフ関係については、一部の集団において、①実体性が高いほど関係の知覚が弱くなること ②集団実体性が高い場合には、集団だけではなく所属メンバーにもより大きな責任が帰属されることが示された。これらの関係は当初の予測とは異なっており、またそれが安定した結果であるかどうか、質問項目の改変も行いながら再検討が必要である。2)他者の態度推論が自らの判断に与える影響:他者の態度推論は自らの態度や行動に影響する。このことは従来の枠組みでは規範的影響という概念を持ちいて検討されてきたが、内集団の「心」の推論の影響という視座からも分析可能である。この点を踏まえ、他者の心的状態(態度)を内集団の「心」として認知し、それが他メンバーの行動に影響するという素朴理解過程に焦点を当て、自らの判断との関係を以下の3点から検討した。①同じ言語と概念理解を共有する文化としての集団を対象とした素朴理解の共有への影響、②企業組織におけるチーム学習活動や企業内福祉制度の利用への影響、③内集団における他者の態度推論と、裁判員制度の理解や認知の相互影響過程が参加意図に与える影響。その結果、上記1)と同様、対象とする集団や判断領域により関係が異なることが示された。
著者
國分 功一郎
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

とかく神話的なものとの親近性が強い「発生」という観念を、スピノザがどのようにして合理的に認識しようとしていたのか。それを次の二つの観点から明らかにすることが本研究の目的であった。1.旧約聖書における世界および人類の発生の神話に対するスピノザの批判。これを、マイモニデス(1135-1204)およびラ・ペイレール(1596-1676)の思想との比較において考察すること。2.事物がその原因からいかに発生するのかを描写することに重きを置いたスピノザの認識論。その内実と可能性を検討すること。15年度の研究は、特に2の点について行われた。その成果は、公表された二本の論文に現れている。「総合的方法の諸問題-ドゥルーズとスピノザ」では、20世紀のスピノザ研究をリードしたフランスの哲学者、ジル・ドゥルーズの『エチカ』読解を参考にしながら、『エチカ』の体系が発生するその源であるところの神の観念がいかなる手続きを以て析出されているのかを詳細に検討し、その手続きを「総合的方法」と命名した。では、この方法は、どのような経緯で、どのような理由から開発されたのか。上の論文が提起したこの新たな問題を、スピノザの著書『デカルトの哲学原理』から検討したのが、「スピノザのデカルト読解をどう読解すべきか?-『デカルトの哲学原理』におけるコギト」である。同論文は、スピノザの総合的方法がデカルトに対する批判から生み出されたものであるという仮説の下、スピノザによるデカルトの解説書である『デカルトの哲学原理』という書物を、特にコギトの問題に絞って論じたものである。本研究により、スピノザは、神話的思考に対する批判とデカルト哲学に対する批判から、発生の合理的認識を可能にする哲学体系を練り上げ、それを『エチカ』という書物に結実させたのだという事実が明らかになった。
著者
中川 裕志 佐藤 一誠
出版者
東京大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2012-04-01

プライバシー保護データマイニングのひとつである差分プライバシーは有望な方法であるが、データベースのレコード間に相関がある場合の分析があまり進んでいなかった。本研究では、相関がある場合に従来の差分プライバシーを適用した場合、データ入手を狙う攻撃者が相関に関する背景知識を少なく持っているほうが、流出する情報が大きいという直感に反する状況を明らかにし、この状況を改善するために背景知識も考慮したベイズ型差分プライバシーの数理モデルを確立した。この数理モデルにおいて情報漏洩の確率を与えられた閾値以下にする加算すべきラプラス雑音のパラメタを求める近似的アルゴリズムを示した。
著者
新妻 実保子
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2007

知能化空間における人と環境(場所やモノ)とのインタラクションを観測し,「人がある場所やモノをどのような目的で使用しているのか」を示す人に対する「場所やモノに対する意味づけ」を推定することにより,人の活動内容に応じた柔軟にサービス設計を実現しようとするものである.場所やモノの機能や意味づけを設計者が一意的に紐付けてしまうことは,実際にサービスを提供されるコンテキストと紐付け内容(サービス)との不一致を引き起こし,知能化空間にとって根本的な問題となる.本研究はこれを解決するものである.場所やモノヘの意味づけを推定するためには人の活動履歴を獲得する必要かおる.本研究では,"Spatial-Knowledge-Tag(SKT)"と名づけた仮想的なタグを用いて,実空間内の3次元座標と情報とを紐付け,人の活動履歴を実空間へ記述する「空間メモリ」を使用する.空間メモリシステムは,利用者が自らの手先や胴体の位置を用いて実空間における情報の蓄積と取り出しを実現するものであり,従来のコンピュータに比べて直感的かつ瞬時な情報の取り扱いが実現する.そのため,SKTは空間内に配置された利用者にとって活動を遂行するうえで必要な情報とみなすことができ,またその配置の構成は利用者の活動目的や情報整理のポリシーの現れであると考えることができる.すなわち,利用者によって主体的に作成されたSKTはその利用者の活動履歴そのものであるといえる,これより,利用者がある環境を使用する中で作成されたSKTを(事前知識を用いずに)分類すること,人の活動内容を表現する表現形式を検討する(パラメータを選定する)こと,分類されたSKTの構成と表現形式に基づいて活動内容を記述すること,活動内容による場所とモノの意味づけを推定(マッピング)することが課題となる.空間メモリを用いた活動内容の記述において,観測される活動は空間メモリを用いている場合のみであるというける問題点あつた.人の活動は,空間と人,人と物の動的な相互作用とみることができることから,物を観測対象として含めることによって,記述対象を広げ,かつ記述精度を向上させることにつながると考えられる.人とモノの動的な関係を記述するため,いつ(when),だれが(who),なにを(what),どこで(where),どのように(how)使用したか,という人とモノの物理的なインタラクションに着目し,モノ情報として記述するシステムを構築した.物理的インタラクションの発生を検出するため,人の手とモノに3軸加速度センサを有するアクティブ型RFIDタグを取り付けた.操作者を特定することにより,(when,who,what)が取得される.それぞれのモノの位置を計測することは困難であるため,人の手の位置を観測し,モノの操作者が特定されたときモノの位置として与える手法を提案した(where).そして,人の手には慣性センサを取りつけ,腕の加速度や姿勢を計測し,モノの使用動作とした,これをクラスタリングすることにより,主要な使用動作パタンを抽出する(how),という手順で4W1Hとしてのモノ情報の獲得を実現した.
著者
大森 房吉
出版者
東京大学
雑誌
震災豫防調査會報告
巻号頁・発行日
vol.3, pp.27-"35-7", 1895-06-06

付録7頁
著者
平井 悠久
出版者
東京大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2015-04-24

本研究は、電力の制御に関わる技術体系であるパワーエレクトロニクスにおける、要素素子の高性能化に関する研究である。シリコンカーバイド(SiC)は、次世代パワーエレクトロニクス材料として要素素子の性能を向上可能な物性を有しているが、SiCと絶縁膜を積層して形成するMOS界面に導入されてしまう界面欠陥の除去が技術的課題である。本研究は、SiC/SiO2からなるMOS界面の材料学的な構造を、電子デバイスにおいて重要となるナノメートル領域に対して調査し、電子デバイスの性能を向上させる手法を獲得することを目的として行った。本年度は、昨年度に着目したウェット雰囲気を応用した実験により、4H-SiCのSi面上に形成したMOS界面の電気特性の評価を行った。ウェット雰囲気を用いて、MOS界面の特性を表す重要な指標であるチャネル移動度およびしきい電圧に注目して評価を行った。現状の技術では、これらはトレードオフ関係にあるが、本研究では両者を独立に制御する手法について検討した。その結果、界面近傍の領域のみを選択的に処理する低温(800度程度)ウェット処理を用いることで、チャネル移動度を現状の標準プロセスと同等以上に向上させつつ、しきい電圧を構成する一つの成分であるフラットバンド電圧の変動を独立に制御できることを明らかにした。これは、低温を用いることで界面にのみ選択的にウェット処理の効果を適用し、フラットバンド電圧変動の原因となる電荷の形成を抑制することが可能になったためと考えられる。本研究の成果の一部について、当該分野最大の国際会議であるICSCRM2017において口頭発表を行った。このように、チャネル移動度向上のためのSiC上のMOS界面形成に対するプロセス指針を提示した。