著者
深田 耕一郎
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.82-102, 2009-06-01 (Released:2019-10-10)
参考文献数
12

本稿の目的は介護をコミュニケーション過程としてとらえ,そこでいかなる現実がかたちづくられているかを明らかにすることである. とくに介護者と被介護者の関係の非対称性に注目し従来の介護論とは別様の視点から,介護コミュニケーションのよりゆたかな相を記述する.これまで,介護における関係の非対称性は解消するべきものと考えられてきたというのは,非対称な関係性がパターナリズムを生み,被介護者を抑圧する状況を発生させることが危倶されてきたからである.介護に配慮は必要である一方,行き過ぎた配慮は介護者,被介護者双方に閉塞をもたらすと考えられたそれゆえ,非対称な関係を解消するために“対等な関係"の構築が理論的にも実践的にも模索されてきた.こうした認識と主張は事実を適切に把握しており妥当なものである.しかし,筆者が行っている参与観察による事実を参照すると,実際の介護現場ではこれとは異なる現実が見られた.配慮の諸相を観察してみても,そこには多様なあり方が存在していたーむしろ,関係が非対称であるからこそコミュニケーションが生成していく事態が確認された.たとえば,遊びのコミュニケーションや非対称性に直面することで生じる自己変容がそれである以上の議論から,介護の社会学的研究は関係を対等モデルに閉じ込めるのではなく,コミュニケーションが生成・反転・破局していく姿を繊細にとらえていくことが重要であると指摘する.
著者
平岡 公一
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.19, pp.5-23, 2022-05-31 (Released:2023-06-06)
参考文献数
33

本稿は,日本における福祉社会学研究の動向に関して,筆者の視点と問題意識に即して,若干の分析と考察を行い,今後の研究の展開を展望することをねらいとしている.前半部分では,1990 年代までに形成された研究潮流である①福武直の社会政策論,②社会計画論・社会指標論,③福祉国家論・比較社会政策研究,④副田義也の福祉社会学を取り上げ,それぞれについて,近年の政策動向と研究動向に即して,分析と考察を行った.まず①については,戦後日本の主流の社会学者,特に富永健一の社会政策論への筆者の問題関心を述べた.②に関しては,参加指向と業績管理指向の双方の方向性を有する近年の政策展開のなかでの社会福祉計画の性格変化について論じた.③に関しては,2000年前後からの特徴的な研究の内容を紹介した.④については,学会創設以降,副田の築き上げた基盤の上に連字符社会学としての福祉社会学が成立したことなどを論じた.後半部分では,まず第18 号までの学会誌の自由論文のテーマ別の分類結果を紹介し,大人・子どものケア関係の論文が過半数を占めるなどの特徴的な傾向に注目した.さらに,学会賞受賞作品を紹介し,非営利セクター/サードセクターと障害者運動に関連する作品がそれぞれ2 点あることを指摘した.最後に,今後の展望として,学際的研究交流のさらなる拡大の見通しと,国際的研究交流のさらなる拡大への期待について論じた.
著者
丸岡 稔典
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.106-131, 2016-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
33
被引用文献数
2

障害者の自立生活の理念は,自己決定権の行使と地域生活を重要な構成要素とするが,自己決定と比べて地域についての議論の蓄積は十分とは言えない.本研究では1970 年代から80 年代の世田谷における障害者運動の生成と展開の過程を文献分析により把握し,運動の中で構想された地域像を明らかし,自立生活の理念と地域の人間関係の相互作用を考察する. 結果,世田谷の障害者運動は,当初物理的障壁の除去を通して障害者の地域への参加を目指した.しかし,その過程で介助を家族に依存しているため障害者の行動や生活に制約があること,及び障害者の運動と一般市民の間に壁があることを認識した.その課題を解決するため,1)家族以外の他人よる介助を受けながらアパート暮らしをしつつ,介助の社会的労働化を求める自立生活運動と,2)障害者と地域住民が対等な立場で参加し,障害者への理解の促進を目指す,まちづくり運動が展開された.二つの運動では,単に親元や施設以外の場所ではなく,住民と障害者が出会い,関係が形成される空間として,さらに障害者と住民の自発的な参加や学習により,介助を必要とする障害者が他人の介助を受けて生活し,参加することが可能な空間として,新たな地域像が構想された.しかし,この理念としての地域は介助問題を中心として,多数の障害者の自立生活の生活課題へ対応する資源としては限界があり,そのために制度を媒介とした組織が必要とされることなった.
著者
西野 勇人
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.175-194, 2021-05-31 (Released:2022-07-02)
参考文献数
33

本研究の目的は,高齢の親に対する子世代からの実践的援助がどのようなパターンを形成しているかを明らかにすることである.特に,子世代の誰がケアを担いやすいのか,公的介護サービスの利用は子世代からのケアの内容とどう関連しているのか,という2 点を掘り下げる.分析には「全国高齢者パネル調査」(JAHEAD)のデータを用い,回答者と子世代からなるダイアドデータを作成した.分析においては,「援助なし」「身体的介護を提供」「家事・生活的援助のみ提供」という3 つのカテゴリをアウトカムとしたマルチレベル多項ロジスティック回帰モデルによる推定を行った.分析の結果,回答者からみた続柄では,娘によるケア提供の確率が高かった.また,親の性別の効果は,2 つのアウトカムで異なっていた.父親と比べ母親に対しては,子世代は身体的介護を提供する確率が低く,また家事・生活的援助のみを提供する確率が高いことが示された.次に,タスク別に分けると,身体的なケアの提供確率に対しては在宅の公的介護サービスの利用が正の相関を持っていたが,家事・生活的援助のみを提供する確率に対しては公的サービスは明確な効果が確認できなかった.
著者
池田 裕
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.247-266, 2020-05-31 (Released:2021-06-23)
参考文献数
24

福祉国家に対する態度は,一次元的に測定されることが多い.一次元性の仮定は,特定の福祉国家プログラムの支持者が,他のすべての福祉国家プログラムをより強く支持すると予測する.しかし,いくつかの研究は,福祉国家に対する態度が多次元的であることを示唆している.すなわち,特定の福祉国家プログラムをめぐる対立は,他の福祉国家プログラムをめぐる対立と質的に異なるかもしれない.本稿は,国際社会調査プログラム(ISSP)のデータを用いて,日本の福祉国家に対する態度の構造と規定要因を検討する.福祉国家に対する態度の構造を正確に表現し,福祉国家をめぐる対立にプログラム間の差異があるかどうかを明らかにするのが目的である. カテゴリカル確証的因子分析によれば,福祉国家に対する態度は完全に一次元的ではなく,プログラム間の差異を考慮する必要がある.構造方程式モデリングの結果は,疾病と老齢に関する政策をめぐる対立が,失業と貧困に関する政策をめぐる対立と質的に異なることを示している.たとえば,疾病と老齢の次元では等価所得の効果が統計的に有意でない一方で,失業と貧困の次元では等価所得が有意な負の効果を持つ.低所得者が福祉国家をより強く支持するのは,彼らが疾病と老齢に関する政策ではなく,失業と貧困に関する政策をより強く支持するからである.このように,本稿の知見は,個人が福祉国家を支持する理由を理解するのに役立つ.
著者
森山 千賀子
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.26-40, 2009-06-01 (Released:2019-10-10)
参考文献数
5

本稿の目的は,介護保険下における介護現場がかかえる課題の現状を把握し,介護労働のこれからの方向性の一端を検討することである.介護人材の資質向上策としては,介護の質の保障を目指して社会福祉士及び介護福祉士法が,約20年ぶり改正された.しかし,法改正の動向とは裏腹に介護保険法の改正以降の労働環境の変化は,労働条件の悪化や離職率の増加をもたらし,介護人材の量的確保が図れない事態をつくり出している.また,経済連携協定(以下, EPA) による外国人介護労働者の受け入れは,介護労働力として期待されている向きもあるが,一方で, EPAの配慮措置による准介護福祉士の創設が,新たな階層化や低賃金化を生み出すのではないかと危慎されている.介護労働がかかえる課題は,多岐にわたっている. しかし,介護の質の保障と人材の量的確保は重要な政策課題である.加えて,経済のグローバル化なかでは,外国人介護労働者の参入は避けて通れない道でもある.したがって,介護労働が社会的介護の役割を担い働きがいのある労働になるには,働き方の見直し,労働環境の整備と専門職性の醸成,そして,グローバル化に対応し得る国内での介護労働そのものの位置の確立が,必要かつ急務の課題であると考える.
著者
三井 さよ
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.118-139, 2010-03-31 (Released:2019-10-10)
参考文献数
13
被引用文献数
1

本稿は,多摩地域における知的障害当事者の自立生活への支援活動を通して,当事者の意思を中心にしようとするとき,支援者がどのような課題 に直面し,いかにして自らを支援者として問い直すかを明らかにしようとするものである. 知的障害の当事者による自立生活を支援しようとするとき生活をまわす」「生活を拡げる」というこつの課題が支援者にとって浮かび上がってくる.どちらも当事者自身がなすことだが,当事者の意思決定に支援者が深くかかわっている以上,支援者もまたそれらを課題とせざるを得ない.それは課題としながらその内実を問い直すような過程であり,現在二つの課題が対立するように見えるときも,長期的なかかわりを前提とすることで,将来の可能性をさまざまに想定し,現在を相対化するような営みである. 地域という第三者がかかわるとき支援者は二つの課題の対立をもっとも激しく感じるが,長期的なかかわりを持つことが「あたりまえ」だという「前提」を貫くことで,地域との間のコンフリクトにも将来的な変化の可能性を見出し,個別の地域住民に働きかけている.こうした支援者たちの取り組みは,知的障害の当事者への支援に限られることでもなければ, 自立生活の支援に限られることでもない. 自らと異なる(他者)が生きていくのを支援しようとするとき,普遍的に現れる課題である.
著者
米澤 旦
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.28-41, 2016-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
26

本論の目的は,サードセクター研究におけるサードセクター組織と規範性の関係性をたどることである.サードセクター研究は規範的なものとなりがちである.これは,サードセクター組織自体が何らかの規範的目的を追求し,研究もサードセクターの規範的立場に自らを重ねあわせてきたためである.多くの場合,サードセクターが体現する規範性は一元的なものと想定された.しかし,セクター境界の曖昧化とセクター内部の多元化により,そのような前提の揺らぎは顕在化している.本論では,サードセクター研究の変化をたどることで,柔軟な組織形態と規範性を分析する枠組みを検討する.本論の主張は,サードセクター研究における組織形態と規範性の結びつきは3 つのステージに分けることができるというものである.1990 年代までの研究は,セクター本質主義を前提とする考え方(本論では「第一ステージ」と呼ぶ),原理の媒介をサードセクターに見出す考え方(本論では「第二ステージ」と呼ぶ)に区分でき,さらに,近年では,制度ロジックという枠組みを用いた,サードセクター研究の「第三ステージ」とも呼べるような研究がみられている.組織形態と規範性を柔軟に分析することに,「第三ステージ」の研究の意義がある.これらの検討は,社会給付のサービス化が進行するなかで,福祉にかかわる組織のより良き理解に貢献するものであり,福祉社会学の規範的課題を解くうえでも重要な作業である.
著者
三輪 清子
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.31-50, 2020-05-31 (Released:2021-06-23)
参考文献数
16

社会的養護を受ける子どもたちの措置先の一つである里親家庭は,子どもたちの一時的な養育を行う.里親家庭に委託された子どもは,実家庭への復帰,あるいはその見込みがない場合は,18 歳での自立を目指すことになる.里親 家庭の養育期間は,子どもの実親の状況と児童相談所の決定に依る.児童相談所の決定によって,里親家庭から施設あるいは実親の家庭に復帰することを措置変更というが,本稿では,インタビュー調査によって得られた,ある措置変 更事例を検討する. 対象にするのは,里親子関係が良好である中で,実親との交流のために,突然,子どもが児童養護施設に措置変更された事例である.本稿の目的は,この同一の措置変更事例をめぐる,児童相談所職員,里親支援機関職員,養育里親の三者の視点を捉えることにある.そのうえで,児童相談所から措置以外の里親業務全般を受託している民間里親支援機関の介入が里親に与える影響を考察する.併せて,措置変更の際に生じた児童相談所と里親の立場の違いに着目する.
著者
麦倉 泰子
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.57-82, 2021-05-31 (Released:2022-07-02)
参考文献数
7

遷延性意識障害者と家族についての語りは,家族の回復の物語,制度の不十分さの指摘,医療における技術の革新,といったさまざまな文脈のもとに現れる.ナラティヴを,制度を形作る社会意識のあらわれとして捉えるならば,遷延性意識障害者とその家族の生を支えるための法制度はいまだ十分とは言い難い状況にある. 遷延性意識障害の人が「何もわかっていない」と考え,彼らへの働きかけを無意味なものとみなす意識は根深い.こうした意識は,彼らの生と尊厳をも脅かす脅威となって現れる. このような脅威にあらがうのは,遷延性意識障害者と「共にある」人たちの実践と,それをめぐるナラティヴである.家族や看護師,脳神経外科医といった人たちの実践とそれにまつわる語りからは,わずかでも反応を引き出し,身体の健康を保つという連続的な実践が「植物人間」という存在そのものを変化させていることを示している.実践のなかから制度を産み出し,遷延性意識障害者の新たな生の在り様をつくりだしているとも言えるだろう.ナラティヴは,制度を形作る社会意識の「あらわれ」であると同時に,制度を形作っていく「動因」でもあるという再帰的な実践としてある.
著者
蘭 由岐子
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.13-33, 2021-05-31 (Released:2022-07-02)
参考文献数
41

本稿は,島の療養所「大島青松園」で,長年自治会活動に役員として関わってきた中石俊夫の生活史を通してハンセン病療養所の戦後を素描する.論述のためのデータは,著者のライフストーリー・インタビューの逐語録,自治会誌に掲載された中石の文章,そして,中石の死後,後見人を通して筆者に託された遺品のノートからなる. 中石は,第二次大戦末期の1944 年末に17 歳で入所し,2001 年秋に74 歳で没した.彼の人生を,戦中から戦後,とりわけ,「思索会」という名の無宗教団体を作った時期,1953 年の「らい予防法闘争」期,「転換期」の自治会役員を勤めた時期,「らい予防法」廃止と国賠訴訟の起こった晩年期に区分して考察した. その結果,文芸活動をしていた若者たちが戦後の自治会を担い,「転換期」の療養所に生じた支給金,作業切替など数々の問題に対処してきたこと,にもかかわらず,一般入所者の自治会への不信と無関心が増大したこと,しかし,中石はあくまでも草創期の自治会の理念を堅持して運動を行うことを是としたことがあきらかとなった.そして,最晩年期,国賠訴訟期とその判決後の島の住民の状況変化に,中石は,あらためて自身の理念が壊れていくさまを見た。 なお,本稿は,中石と筆者との対話と応答の成果でもある.
著者
御旅屋 達
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.18, pp.151-173, 2021-05-31 (Released:2022-07-02)
参考文献数
30

子どもの発達障害への関心の高まりを追うような形で,大人の発達障害もまた社会的課題となっているが,その需要に比して大人の発達障害者向けの支援の整備は十分とはいえず,それを代替するような形で当事者活動へのニーズが高まっている.しかし,多様な特性を有した発達障害者同士が,困難を共有し,解決する方法については不明な点が多い.本稿は,発達障害者のコミュニティにおいて,利用者がいかなる方法で相互に「信頼」を担保し,互いのメンバーシップを確認しているのかについて検討を行った. 本稿で得られた知見は次のとおりである.第一に,当事者コミュニティのメンバーシップの確認において「発達障害」という診断があることそれ自体は大きな意味を持たない.第二に,発達障害の当事者であることが,専門家が支援者として信頼される条件となっている.第三に,当事者同士のコミュニティにおいては,同じような困難を経験しているという信頼に基づいて,儀礼的な行為が免責されている.第四に,コミュニティのメンバーは,メンバー同士の身体状況を参照しながら自身の身体の状況を確認していることがわかる.第五に,儀礼的行為が免責されることにより,対人関係上のリスクの無効化が図られている.
著者
堅田 香緒里
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.117-134, 2019-05-31 (Released:2019-10-10)
参考文献数
21

1980 年代以降,現代福祉国家の多くでは「新自由主義的な」再編が進められてきた.規制緩和と分権化を通して,様々な公的福祉サービスが民営化・市場化されていったが,福祉の論理は一般に市場の論理とは相容れないため,福祉サービスを市場経済のみにおいて十分に供給することは難しい.このため,次第に福祉サービス供給の場として「準市場」が形成され,その受け皿としてNPO 等の市民福祉が積極的に活用されるようになった.また近年では,市民福祉が,さらに「地域」の役割と利用者の「参加」を強調するような新たな政策的動向と結びつけられながら「制度化」されつつある. 生活困窮者支援の領域においても同様の傾向がみられる.その際,頻繁に用いられるキーワードが「自立支援」であり,そうした支援の担い手として市民福祉への期待がますます高まっているのである.本稿は,このことの含意に光を当てるものである.そこでは,「市民福祉」の活用が公的責任の縮減と表裏一体で進行していること,そして貧者への「再分配」(経済的給付)が切り縮められる一方で,「自立支援」の拡充とともに経済給付を伴わない「承認」が前景化しつつあり,両者が取引関係に置かれていることが論じられる.
著者
高木 寛之
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.61-81, 2009-06-01 (Released:2019-10-10)
参考文献数
32
被引用文献数
1

ボランティアをめぐる議論は,活動者の増加や関心の高まりの一方で,受け入れ側からは活動者の確保の困難性という見解が提示されている本稿では,ボランティアをめぐる楽観論と悲観論を読み解く上で,従来とは異なるボランティアが出現しつつあることに着目し「エピソディック・ボランティア」という概念を用いて整理した.そして,社会福祉協議会設置のボランティアセンターへの聞き取りを行い,このような外部環境の変化に対して, どのように認識し対応をしているのかを明らかにし,対応の妥当性について検討した.エピソディック・ボランティアは,①文化,②組織,活動分野,活動の選択,③参加の期間と量,④受益者との関係において,従来型のボランティアとは異なると指摘されている.そして,自己実現を目的に組織への短期的な参加を好むが,個人の中では連続性を持った活動となる.このような外部環境の変化に対しての支援は,その方向性は示されていても十分に確立されているとは言い難いことが確認された.特に,ボランティアの自由意志と継続の困難性には,継続性を意識した活動支援だけでなく連続性を意識した支援が求められる.そのため,今後は単独組織を基盤にするのではなく,地域社会を基盤に複数の組織とボランティアをも巻き込んだ協創の視点による支援が必要となる.そして,社協ボランティアセンターには協創の取り組みの中核組織としての役割が期待される.
著者
安里 和晃
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.10-25, 2009-06-01 (Released:2019-10-10)
参考文献数
43

アジア的な福祉政策といわれる家族ケアの活用は,残余的な福祉サービスの供給体制,性役割分業の維持,女性の労働力率の上昇や家族構成の変化によって困難を抱えているが,シンガポール,香港,台湾では,外国人家事労働者が家族ケアの重要な担い手となっている,台湾の例では「重度」以上の要介護者の半数以上が,外国人家事労働者によってケアを受けているーこれらの地域は高齢化率が10%に達した段階だが,残余的な福祉サービスと家庭内のインフォーマルケアを活用しようとしている点で共通している.家族によるケア供給の活用は,政府による各種の補助金制度や税の優遇制度,老親扶養の法制化,外国人家事労働の雇用許可,モラル教育といった「家族化政策」を通して支えられ,家族の福祉機能を維持・強化しようとしている.外国人家事労働者の導入は市場メカニズムを通じたサービスの供給形態の一つであり,国際労働市場を形成させ,女性の階層化を伴いながら性役割分業を固定化し,経済政策と福祉政策の見えない基礎となっている.ところが家事労働者のフレキシブルな労働力は,労働法令非適用と引き換えに成立していること,ニーズ、に合った人材育成がなく社会的地位が低いといった問題を抱えている目さらに「家族化政策」は家族形成を前提としてケアが確保されるものであり,単身者や結婚を選択しない者は,外国人家事労働者を雇用しない傾向にあることからケア確保の問題を解決することはできない, といった問題点を抱えている.
著者
大久保 将貴
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.147-167, 2017

<p>本稿の目的は,介護労働における早期離職率の規定要因を明らかにし,さらに,2009 年10 月より2 年半の時限措置として導入された「介護職員処遇改善交付金」が,早期離職率にいかなる影響を与えたのかを検証することである.</p><p>介護保険制度の創設以来,要介護高齢者が増加の一途をたどる一方で,介護労働者は慢性的に不足しているため,今日の介護労働をめぐる最も大きな問題は人材不足であるとも言われている.</p><p>こうした人材不足の背景には早期離職率の高さがある.今後のさらなる介護労働需要の高まりを考えると,早期離職率の規定要因を解明し,</p><p>「介護職員処遇改善交付金」という過去の政策介入がどれほどの効果をあげたのかを明らかにすることは,持続可能な介護保険制度を運営する上で喫緊の課題である.</p><p>本稿では上記の問題意識に基づき,全国の介護保険サービス事業所を対象とした大規模調査を用いた分析を行った結果,以下の3 点が明らかとなった.</p><p>第1 に,正規職と非正規職では早期離職率の規定要因が異なる.第2 に,早期離職率と離職率では正規・非正規ともに規定要因が異なる.</p><p>第3 に,介護労働者の離職を防ぎ定着を図る目的で2009 年に実施された「介護職員処遇改善交付金」が早期離職率に与えた効果は限定的である.</p>
著者
末廣 昭
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.11-28, 2014-05-31 (Released:2019-10-10)
参考文献数
25
被引用文献数
1

東アジア福祉システム論は,欧米型福祉システムとの大きな違いとして, 福祉国家の後進性を指摘し,逆に,家族と企業が福祉サービスの中で重要 かっ補完的な役割を果たしていると主張してきた.ただし,介護などに占 める家族の役割については,本格的な国際比較が開始されたものの,企業 福祉そのものについては,実証的な研究は皆無に近い.そこで,私たち共 同研究チームは,中国,韓国,台湾,タイ,シンガポール,インドネシア の6カ国・地域を取り上げ, 2006年に企業福祉に関する統一的な質問票 調査を実施し,計804社から回答を得た実施した調査項目は,経営側の 企業福祉観,企業内福利厚生の有無(社宅,食費補助,送迎バスなど24 項目),労働費の構成(法定福利費,法定外福利費,退職金の比率)など である. 企業調査の結果, 6カ国・地域の企業福祉に共通する特徴を見出すこと はできなかった「企業福祉を重視する」という見解は共通していたものの, 重視する理由や成果主義的な賃金とのトレードオフに関する意見は,国に よってばらつきが見られたからである.また,労働費の構成は,①日本・ 韓国・台湾,②シンガポール・マレーシア,③タイ・インドネシア,④中 国の4つのグループに分かれた.こうした労働費の構成の違いは,各国の 経路依存性, ILOなど国際機関の役割,企業の戦略の違いによるもので, 東アジア福祉システム論が主張する儒教主義や経営家族主義といった地域 固有の特徴は確認できないというのが,本稿の結論である.
著者
岡部 耕典
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.55-71, 2019-05-31 (Released:2019-10-10)
参考文献数
16

戦後の福祉国家において,障害者は施設収容というかたちで排除されるか,「二流市民」として周辺化された存在であった.このような障害者のシティズンシップは,障害者を「他の者との平等」とすることを求める国連障害者の権利条約によって,大きく前進しつつある.しかし,それによって,これまで周辺化/排除されていた障害者のシティズンシップが完全に確立したとは言い難い. 日本においては,脱施設ですら道半ばであり,福祉国家としてその「完全な成員」に対して生産と消費の義務を求めるがゆえに,地域で暮らす障害者たちの多くもまた周辺化された存在から抜け出すことはできず,「善き二級市民たれ」という自己責任論の圧力に晒されている.さらに今後懸念されることとして,差別解消政策と運動に対するバックラッシュ及び新型出生前診断に代表される「ソフトな優生」の広がりがある. とはいえ,「持たざる者」の権利獲得運動はつねにそうやって進んできた.楽観はできないが悲観するべきでもない.福祉社会学が貢献できることのひとつに,エイブリズムに裏打ちされたマジョリティのシティズンシップ概念の再構築がある.手がかりは,障害,ジェンダーとセクシュアリティ,貧困,エスニシティの領域を超えた多様なマイノリティの社会運動の交差・連携と学び合いにある.
著者
藤村 正之
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.5-24, 2017

<p> 本講演の主題は,福祉社会学の研究において,もう一度社会学や社会科学の</p><p>問題関心を意識しながら取り組んでみてはどうかということである.福祉社会</p><p>学の登場は,業績主義が浸透する社会において,1960 年代以降,性・年齢・</p><p>障害・エスニシティなどの属性要因に基づく問題が浮上してきたことと軌を一</p><p>にするといえよう.その際,人間の内なる自然への関心として福祉社会学が,</p><p>人間の外なる自然への関心として環境社会学が登場したと位置づけることがで</p><p>きる.福祉社会学が取り組むべき現代の社会変動として少子高齢化,リスク社</p><p>会化,グローバル化の3 つを考えることができる.それらの事象を分析するた</p><p>めの社会学的認識をあげるならば,中間集団の栄枯盛衰,経済と社会への複眼</p><p>的視座,資源配分様式(自助・互酬・再分配・市場交換),関係性の社会的配</p><p>置(親密性・協働性・公共性・市場性),社会科学の原点としての規範と欲望</p><p>の相克・相乗などの論点が考えられる.21 世紀に向けては,生とグローバル</p><p>の対比,福祉社会や共生社会などの理想モデルの探索,公共社会学との接点の</p><p>検討などが福祉社会学の課題となっていくであろう.</p>