著者
土屋 敦
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.13-29, 2020-05-31 (Released:2021-06-23)
参考文献数
22

本稿では,戦後日本の児童福祉法下における1940 年代後半から2000 年代までの社会的養護,中でも施設養護の議論における「愛着障害」概念興隆/盛衰の軌跡を, 「子どもの発達」をめぐる歴史社会学の視座から跡付ける.同時期は,社会的養護が戦後直後の戦災孤児の収容の場であった戦後直後期から, 児童福祉における家族政策の本格的開始時期である高度経済成長期,「子捨て,子殺し」などが社会問題化し社会的養護のあり方の変革が施設養護の場から 提起された1970 年代~80 年代をはさむかたちで,1990 年代以降の児童虐待時代に連なる時期に該当する. 「愛着障害」概念は,太古の昔からある脱歴史的な概念ではなく,近代的子ども観や近代家族規範の形成や流布などとの交錯関係の中で歴史的に特定の時 期に形成された政治的な概念である.また同概念の盛衰過程には,その時代の社会的養護の場における施設観や家族観が色濃く刻印されている.本稿では, 戦後日本の「愛着障害」をめぐる議論には,戦後直後と1990 年代以降の現在という,議論が特に活発化した2 つの時期があることを指摘するとともに, それぞれの時代の社会的養護の場に編み込まれた「子どもの発達」問題の諸相を跡付ける.
著者
小泉 義之
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.82-94, 2013-06-30 (Released:2019-10-10)
参考文献数
5

社会(科)学の使命の一つは,システムや構造の分析であろう.システ ムや構造は,個人の意見や行動の集積以上のものである.そして,システ ムや構造は,各種の問題を作り出しては,個人の意見や行動を掻き立てる ものでもある. しかも,システムや構造は,個人の意見や行動を「民主主 義」によって掻き立て「熟議」を通して特定の解決へと縮減させるもの でもある. 本論考は, このようなシステムや構造に目を向けている三つの文献,す なわち,開沼博『フクシマの正義』,松本三和夫『知の失敗と社会』,宇野 重規・田村哲樹・山崎望『デモクラシーの擁護』を検討する. 本論考は,それら三つの文献が,再帰的近代化論とリスク社会論のフレー ムによって規定されることを示す.そして,そこにテクノクラシーとデモ クラシーの相補性があることを確認し,それは何らかの閉じた回路をなし ていることを示唆する. ただし,本論考はその閉じた回路を十分に記述してはいない.そもそ も,十分に記述することで閉じた回路を想像的に再現するべきか,それと も,その回路は実は閉じていないことを別の仕方で示すことに期待するべ きか,それがまさに開かれた問いとして残されるからである.
著者
後藤 玲子
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.7, pp.24-40, 2010-03-31 (Released:2019-10-10)
参考文献数
20

社会の中に,生活に困っている人がおり,その人を援助する必要があるとして,私的な援助あるいは宗教的な慈善ではなく,なぜ, どのような根拠で,国の責任で扶助することが要請されるのだろうか。本報告の目的は,分配的正義の理論を参照しつつ,公的扶助の正当性をめぐる論拠を探り当てること,より具体的には,フライシャッカーの批判を手がかりに,ロールズ正義論とセンの潜在能力アプローチの射程を確認することにある。個々人の必要に応じた格差的な資源分配を,無条件に,十分になすことが,なぜ, どのような論拠で正当化されるのか, この間いに関する本稿の暫定的な結論は,ロールズの「何人も,他の人々の助けにならないかぎり・・・,本人の功績とは無関係な偶然性から便益を受けてはならない」という命題を,アリストテレスの拡大解釈に基づく「リスクの前での対称性」,「広義の責任概念」,「広義の貢献概念」などで補助した上で,センの福祉的自由への権利という考え方で補おうというものである。後者は,個人の利益(interest) と意思(will)の尊重というきわめてオーソドックスな,けれども両立困難な近代の概念を具体化しようという試みである。
著者
星野 信也
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.2004, no.1, pp.229-250, 2004-05-31 (Released:2012-09-24)
参考文献数
23

わが国の社会保障制度は,第1に,国民皆保険制皮を日標に,載削,載甲に成立していた年金保険と医療保険を全国に普及する形で形成されたから,年金,医療とも低負担・低福祉の地域保険と中負担・中福祉の職域保険に分立して成立した.第2に,給付水準のヨーロッパ水準への引き上げを目標に,地域保険に不公正に国庫負担金を投入することで給付水準のみ地域と職域の格差縮小が図られ,象徴的には一時期老人医療費無料化が行われた.こうした地域保険の低負担・準中福祉・高福祉化は,産業構造の変化で自営業層が減少したこと,医療保険の場合,定年退職すると職域保険から地域保険に移り地域保険の高齢者医療費負担を増大させる構造問題があることから,年金,医療の両者で地域保険を破綻の危機に直面させた.それに対応した改革は,医療保険では,原則70歳以上について地域保険と職域保険を統合し,年金保険では地域保険を全成人に拡大し,それぞれ「どんぶり勘定化」する改良に終わった.さらに介護保険制度でも改善されなかった医療保険で職域保険の給付水準が地域保険並みに引き下げられ,職域年金給付水準も引き下げのターゲットとなっている.こうした小刻みな改革の連続は制度への信頼感喪失を招きかねない.筆者は,イギリス,スエーデンの例にならって,選別的普遍主義に基づいて社会保障制度を抜本的に一元化し,保険料による制度と税による制度を整理再編することを提言する.
著者
中川 敦
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.217-239, 2018-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
34

遠距離介護におけるコミュニケーションは,離れて暮らす家族が親元に帰省した時の対面場面に限られず,彼らが普段暮らしている場所から行われる遠隔コミュニケーションもまた重要性を持っている.そこで,遠距離介護を行う離れて暮らす家族と,高齢の親に関わる介護の専門職者の間の遠隔コミュニケーションについて,カシオ計算機株式会社が開発したDaisy Circle というスマートフォン向けアプリによるSNS への実際の投稿をデータとする,会話分析的研究を行うことで,以下の知見を得た. 離れて暮らす家族は,介護の専門職者からの親についての報告に対して,第2 の報告という形で,自らが知識をすでに持っていることを主張することがあった.また離れて暮らす家族にとって,介護の専門職者から初めてもたらされる情報については,その詳細を介護の専門職に求めるのではなく,まずは家族の内部で直接に把握しようとする試みが行われることがあった.それらは,介護の専門職者から伝えられる情報が,本来的には家族があらかじめ持っているべき種類のものであることを示している.つまり遠距離介護に関わる離れて暮らす家族にとって,親の状況に関して介護の専門職者から報告を受けるということ自体が,親の安否とは異なる水準で,つまり知識の道徳性という次元で,ある種のジレンマを意味しているのである.結論として,こうしたジレンマを解消する一つの可能性が,SNS に高齢者本人を参加させることにあることを指摘した.
著者
吉武 理大
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.157-178, 2019-05-31 (Released:2019-10-10)
参考文献数
27
被引用文献数
3

日本では母子世帯の貧困の問題に対して利用可能な社会保障制度として,児童扶養手当や死別の場合の遺族年金のほか,生活保護制度があるが,母子世帯の貧困率の高さに比べ生活保護の受給率はきわめて低い.先行研究では,貧困であるにもかかわらず,生活保護を受給していない世帯が存在することが示唆されてきたが,受給を抑制する要因を計量的に分析した研究はほとんど存在しない. 本稿では,全国の中学3 年生及びその保護者を対象とした,内閣府による「親と子の生活意識に関する調査」を用い,母子世帯の生活保護の受給状況とその規定要因の検討を行った.分析の結果,相対的貧困層であるにもかかわらず生活保護を受給していないケースが多く存在した.相対的貧困層の母子世帯(貧困母子世帯)では,母親が高卒以上,就労している場合に加え,内的統制傾向が強い,すなわち物事の結果は自身の行動に起因し,自分の努力や行動次第であると考える人ほど,生活保護を受給していない傾向が示された.貧困母子世帯における内的統制傾向の強さと生活保護の非受給との関連から考えると,「自立や自助」に高い価値を置き,生活保護の受給を控えている可能性が示唆される.母子世帯において,貧困であるにもかかわらず生活保護を受けないことが貧困を持続させうるという点では,生活保護を受給しつつ長期的な「自立」をめざすことが現実的かつ子どもの貧困の問題に対しても有効であると考えられる.
著者
三島 亜紀子
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.31-48, 2018

<p>19 世紀末から20 世紀初頭にかけてのシカゴは,社会学とソーシャルワーク</p><p>が袂を分かった象徴的な場といえる.市内には,セツルメント「ハルハウス」</p><p>とシカゴ大学社会学部があった.ハルハウスのアダムスらは近代的な都市が抱</p><p>える社会問題の解決に取り組み,ソーシャルワークの源流の一つに位置付けら</p><p>れている。これに対し,シカゴ大学のパークは都市を実験室と位置付け,アダ</p><p>ムスらの調査方法を女性がするものとしジェンダー化することによって,社会</p><p>学を差異化していった.</p><p> しかしながら日本では,このジェンダー化は成立しなかった.20 世紀前半</p><p>の日本の「ソーシャルワーカー」の多くは男性で,ジェンダーロールの反転現</p><p>象がみられたのである.当時の日本の研究者や実践家は欧米のソーシャルワー</p><p>クを精力的に学んでいたにもかかわらず.</p><p> 本稿では,日本のソーシャルワークと社会学領域の間にある「社会的なもの」</p><p>の解釈の違いを踏まえたうえで,日本で初めてソーシャルワークを実践した方</p><p>面委員の多くが男性であったという事実を検証した.戦前は地域の有力者や素</p><p>封家の家長が名誉職として方面委員となることが多かったが,現在では,女性</p><p>の民生委員が6 割を超えるようになるなど,変化を遂げてきた.この変化は参</p><p>加の動機づけや地域社会,価値観等に変化があったことを示していると考えら</p><p>れるが,「社会的なもの」を自助と公助と共助(互助)と捉える観点は今も強</p><p>固である.</p>
著者
工藤 遥
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.115-138, 2018-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
24
被引用文献数
1

本稿では,「専業母」も利用できる保育・子育て支援として拡充が進められている「一時保育」に焦点を当て,都市部で乳幼児の親を対象に実施した質問紙調査から,母親規範意識との関連を中心に一時保育利用の規定要因を分析した. その結果,一時保育の利用経験群は,非利用群に比べて,親族に託児を頼れず,育児ストレスや夫の育児に対する不満が高く,高所得層が多いといった特徴に加えて,三歳児神話を支持しながらも,親の都合で子どもを預けることに肯定的な意識を持っているといった特徴が明らかになった. また,利用経験群の中でも,特に「リフレッシュ利用」で一時保育を利用している母親は,親都合の託児に抵抗感が少ない傾向がみられた.一方,非利用群の大多数は夫や親族による託児サポートや保育所等の利用を理由に一時保育の利用ニーズを持たないが,2 割未満ではあるものの制度利用に困難を抱えている層や,託児への強い抵抗感から利用していない層もみられた. 「子育ての社会化」として,三歳児神話の否定の上に「専業母」の一時保育利用が公に肯定され,制度の推進が図られている中で,三歳児神話は根強く支持されたまま,一方では親都合による託児を肯定する意識が広がっているという母親規範意識の複層性がみられた.「母親が子育て役割に専業すること」と「母親が自分の都合のために子どもを預けること」は,併存可能な論理として解釈されつつあることが示唆された.
著者
小泉 義之
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.82-94, 2013

社会(科)学の使命の一つは,システムや構造の分析であろう.システムや構造は,個人の意見や行動の集積以上のものである.そして,システムや構造は,各種の問題を作り出しては,個人の意見や行動を掻き立てるものでもある. しかも,システムや構造は,個人の意見や行動を「民主主義」によって掻き立て「熟議」を通して特定の解決へと縮減させるものでもある.本論考は, このようなシステムや構造に目を向けている三つの文献,すなわち,開沼博『フクシマの正義』,松本三和夫『知の失敗と社会』,宇野重規・田村哲樹・山崎望『デモクラシーの擁護』を検討する.本論考は,それら三つの文献が,再帰的近代化論とリスク社会論のフレームによって規定されることを示す.そして,そこにテクノクラシーとデモクラシーの相補性があることを確認し,それは何らかの閉じた回路をなしていることを示唆する.ただし,本論考はその閉じた回路を十分に記述してはいない.そもそも,十分に記述することで閉じた回路を想像的に再現するべきか,それとも,その回路は実は閉じていないことを別の仕方で示すことに期待するべきか,それがまさに開かれた問いとして残されるからである.
著者
仁平 典宏
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.98-118, 2012

今回,東日本大震災で活動するボランテイアの数は,阪神淡路大震災よりも少なかったことが指摘され,その理由を,政府による市民セクターの抑圧に求める議論が多い.この議論形式は阪神淡路大震災時に作られたものだが,今回,単純にそれを反復するわけにはいかない阪神淡路大震災時が行政の過剰統治によって特徴付けられる開発主義の果てに生じたのに対し,東日本大震災は規制緩和と再分配の放棄によって特徴づけられるネオリベラリズムの果てに生じたものだからだ.ベクトルは逆を向いている.以上を踏まえてボランティアの停滞の背景を考える.阪神淡路大震災のパラダイムでは, ①行政の抑制,及び,② NPOの低い経営力が原因とされるが,実際には, ①行政の損壊と地域の疲弊,及び,②市民セクターの二重構造化と国内NPOの活動基盤の不全という1995年以降に形成された要素が,有力な原因として浮かび上がる.ボランティア・NPOの活性化やそれによる当事者中心の活動は,公的領域の単純な削減ではなく,その適切な補完・支援のもとで実現するものである.ボランティアNPOのポテンシャルは小さな政府を志向する方向ではなく,人々の社会権を普遍主義的な形で公的に保障していく方向に接続していくべきであるそのために,震災の支援活動で社会の亀裂を目の当たりにしてきた市民セクターが果たす役割は小さくないと思われる.
著者
藤村 正之
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.2004, no.1, pp.84-97, 2004-05-31 (Released:2012-09-24)
参考文献数
39

21世紀初頭の現在,20世紀に浸透した福祉国家化の価値のとらえ直しが進行しつつあり,そこに福祉社会学がマクロ社会学あるいは社会理論として取り組むべき課題があると考えられ,本稿ではその論点を整理する.その際福祉に関わる価値を社会学的に対象化・相対化し,諸価値が錯綜し立体的に配置される福祉観としてとらえるべく,福祉の価値空間という視点をもちながら考察を進めていく.本稿では,そのような福祉の価値空間の変容をとらえるため,社会構想,社会制御・社会形成,問題把握という分析上の3点を設定し,各々について論点を整理していく.社会構想の視点としては,自由と拘束をめぐる福祉の規範理論が活発化しているが,それを関係性の4象限として整理しなおしつつ,社会学における共同性への強い関心の自覚化と相対化の必要性を論ずる.社会制御と社会形成の視点からは,福祉国家にひそむ国家中心主義の時代的困難が進みつつあり,再編の可能性としてある福祉社会論福祉政府論福祉世界論の論点を確認したうえで,近年福祉国家と福祉社会の架橋を期待される福祉ガヴァナンス論の動きについてふれる.最後に,問題把握の視点として,必要の議論が再浮上してきているが,同時にリスクや自己決定など新たな視点も錯綜しつつあり,福祉領域の独自性と領域間の連関を確認することが求められている.
著者
猪瀬 浩平
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.14, pp.37-49, 2017-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
16

福祉と農業が語られる時,そこで期待されるのはたとえば障害者や高齢者本人にとってリハビリテーションになること,あるいは稼ぎの仕事となることのいずれかであることが多い.重要なのは,新しい事業を如何に〈生産〉するかであり,障害者や高齢者はその事業を〈消費〉する存在として位置づけられる.この眼差し自体は,決して新しいものではない.裏側には,賃労働に適した存在を丁寧に取り込みながら,そこに適さない存在を同じように丁寧にケアの対象に振り分ける流れがある. それに対して,筆者自身の活動のフィールドである,見沼田んぼ福祉農園は,埼玉県の総合政策部土地政策課(現土地水政策課)が,見沼田んぼの治水機能の担保と荒地化対策の文脈で企画・立案した「見沼田圃公有地化推進事業」をうけて始まっている.福祉政策としても,農業政策としても,明確に位置づけられていない. 本稿は,見沼田んぼとその周辺の地域史と見沼田んぼ福祉農園に関わる人びとの個人史に留意しながら,高度経済成長期に周縁化された農業と周縁化された障害者の二つの問題系が交差する中で「見沼田んぼ福祉農園」が如何に生まれ,活動を変化させながらも持続していく,その〈分解〉の過程を描く.
著者
関水 徹平
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.15, pp.69-91, 2018-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
34

本稿は,上野千鶴子によるニーズ概念に基づく当事者論と,その批判として提起された「問題経験の主体」という当事者概念(関水 2011)を,上野の当事者論の源流のひとつであるポジショナリティ概念にさかのぼって再度検討し,そこから得られた新たな当事者論の視角から,ひきこもり経験者の当事者活動の現状を考察し,その課題・可能性を明らかにしようとするものである. 本稿は次の2 点を明らかにした.第1 に,ポジショナリティ概念を用いた当事者性の再定義から,当事者とは自己のポジショナリティに自覚的に向き合う主体であり,自己のポジショナリティに同一化する「位置的主体化を果たす主体」としての当事者性と自己のポジショナリティを模索する「問題経験の主体」としての当事者性という2 つの当事者性の水準を区別することができることを指摘した. 第2 に,ひきこもり経験者の当事者活動にセルフヘルプとセルフアドボカシーという2 側面があることを確認したうえで,「可能性への期待」に基づく当事者活動が,自己のポジショナリティの核心にある「動けなさ」の経験に向き合わない,もしくはそれを否認するものであり,「当事者による当事者のための活動」から遠ざかるものであることを指摘した.「動けなさ」の経験を尊重する,「不可能性への配慮」に基づいた当事者活動こそが,多様な当事者にとって「当事者による当事者ための」場のひとつになりうる.
著者
伊藤 理史 永吉 希久子
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.17, pp.203-222, 2020-05-31 (Released:2021-06-23)
参考文献数
38

本稿の目的は,なぜ生活保護厳格化が支持されるのかを,不正受給認識に着目した上で明らかにすることである.日本では,生活保護制度が「セイフティネット」として十分に機能していないにもかかわらず,生活保護厳格化への支持が高い.その理由として先行研究では,制度利用者との社会的・地理的近接性やメディア利用の効果が指摘されているが,どのようなメカニズムにより生活保護厳格化が支持されているのか明らかではない.そこで本稿では,制度利用者との社会的・地理的近接性およびメディア利用が不正受給認識に影響を与え,その認識が生活保護厳格化への支持につながるというメカニズムを想定し,2014 年に実施された全国対象・無作為抽出の社会調査である「国際化と政治に関する市民意識調査」を用いて,その分析枠組み(理論モデル)の有効性を明らかにする.ベイズ推定法によるマルチレベル構造方程式モデリングの結果,次の3 点が明らかになった.⑴近接性について,社会的近接性(本人・親族・友人の生活保護制度利用)は不正受給認識を低めるのに対して,地理的近接性(市区町村別の生活保護受給率)は不正受給認識を高める.⑵メディア利用について,新聞利用は不正受給認識を低めるのに対して,テレビ利用やインターネット利用は不正受給認識に影響しない.⑶不正受給認識は,自己利益を統制した上で生活保護厳格化への支持を高める.以上より,本稿で提示した理論モデルの有効性が示された.
著者
副田 義也
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.2004, no.1, pp.5-29, 2004-05-31 (Released:2012-09-24)

This paper discusses the following three matters.1) Welfare sociology is one of the hyphen sociologies, and is based on general sociology or theoretical sociology.2) Welfare sociology is the science of social welfare as social action by interpretation, or the science of understanding social welfare as the product of a total society by analysis.3) In Japan, welfare sociology was established as late as the beginning of the 21century.
著者
岡村 逸郎
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.132-153, 2016-05-31 (Released:2019-06-20)
参考文献数
53

本稿の目的は,小西聖子が犯罪被害者支援に携わる精神科医としての「専門性」をいかにして形成したのかを,精神的被害の管轄権とケアの非対称性に注目して明らかにすることである. 小西は,第1 に,法学者や法律の実務家というほかの領域の専門職が2 次被害を予防するために精神的被害を理解する必要があるとしたうえで,法的な枠組みにおいてとりこぼされる精神的被害を測定することによって,「専門性」を担保しようとした.第2 に,精神科医―クライエント間の関係の非対称性が露呈することによって生じる2 次被害を予防しながらも同時に治療効果のある,有効な治療法を洗練することによって,「専門性」を担保しようとした. 以上の2 つの「専門性」は,誰に対する「専門性」なのかという点と,精神科医の加害者性が問題になるか否かという点において,異なる水準のものだった.しかしそれらが組み合わさることによってこそ,カウンセリングの実務に従事しつつも法制定を求めるかたちで犯罪被害者支援に携わる,精神科医の「専門性」が形成された. 本稿は,これらの2 つの「専門性」に注目することで,犯罪被害者支援の基盤をつくった精神科医の活動がいかにして可能になったのか明らかにした.そのことによって,先行研究によって十分に検討されてこなかった,犯罪被害者を対象にする福祉実践の基盤の歴史的な形成過程を明らかにした.
著者
宮垣 元
出版者
福祉社会学会
雑誌
福祉社会学研究 (ISSN:13493337)
巻号頁・発行日
vol.16, pp.75-79, 2019-05-31 (Released:2019-10-10)
参考文献数
3