著者
川畑 秀明
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.8, no.3, pp.184-189, 2006 (Released:2011-07-05)
参考文献数
22
被引用文献数
2

【要旨】我々は、絵画を見るときに様々な印象評価を行う。特に、芸術における美しさの問題は、哲学史上、重要な問題であり、その脳メカニズムが明らかになることは哲学や美学と脳科学とをつなげる知見となる。本論文では、筆者らの研究において、美しさの脳内基盤として眼窩前頭葉の活動を見出し、また美しさの対極にある醜さが左感覚運動野の活動を引き起こすことを示した研究を紹介するとともに、絵画を含めた画像認知における印象評価研究について紹介する。特に美的判断は、顔に魅力を感じることとの一貫性のみならず経済的判断などの脳メカニズムとも重なり合い、その報酬系と呼ばれる神経システムに位置づけられることが明らかになっている。同時に、違和感という絵画認知における印象評価に関する脳内基盤についても紹介する。
著者
相原 正男
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.3, pp.233-240, 2012 (Released:2017-04-12)

発達障害は神経心理学的に前頭葉の機能障害であることが明らかになるにつれて、行動抑制やワーキングメモリモデルに基づく認知神経科学的研究が近年活発に行われてきている。発達障害の脱抑制が、サッケード、NoGo 電位、情動性自律反応などの神経生理学的手法から明らかとなってきた。さらに、将来に向けた文脈を形成するためには、適切な行動(抑制・促進)を随時意思決定する必要があり、その際情動性自律反応がbiasとして作用している。
著者
鈴木 匡子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.33-37, 2018 (Released:2018-06-26)
参考文献数
14

【要旨】視覚情報は側頭葉に向かう腹側経路と頭頂葉に向かう背側経路で処理される。腹側経路は形態・色・質感などから対象を認知する際に働き,背側路は視覚情報を行為へ結びつける際に働く。両者はばらばらに機能しているわけではなく,相互に連携しながら働いているものの,その一部が損傷された場合には部位毎に特徴的な症状が出現する。腹側路の損傷では,形態,色,質感が独立して障害される場合があり,それぞれを処理する神経基盤は異なっている。背側路の損傷では,対象を見つけ,到達し、操作する各過程に障害が生じうる。代表的な症状としては,視覚性注意障害,道具の使用障害などがあり,視覚情報を行為に結びつける動的な過程の変容として捉えられる。このように,脳損傷患者の症状の観察から,視覚情報を意味や行為に結びつける過程を垣間見ることができるとともに,個々人における障害の本質を知って適切な対応につなげることができる。
著者
福山 秀直
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3+4, pp.149-155, 2010 (Released:2012-01-01)
参考文献数
10

【要旨】脳機能画像の解析において、問題となることを中心に、間違いやすい点や、初期からの進展について、まとめてみた。問題は、いろいろあるが、多くの場合、初期のころと異なり、コンピュータが速くなったため、簡単に結果を得ることができ、その解析のプロセスを理解しない研究が散見される。解析方法、統計学は、統計画像の基礎であり、それらについて概説し、画像解析法の問題点について述べた。最近の話題として、default mode networkについても触れた。
著者
安梅 勅江
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.1-6, 2017 (Released:2017-08-09)
参考文献数
6

【要旨】エンパワメント(湧活)とは、人びとに夢や希望を与え、勇気づけ、人が本来持っているすばらしい、生きる力を湧き出させることである。 人は誰もが、すばらしい力を持って生まれてくる。そして生涯、すばらしい力を発揮し続けることができる。そのすばらしい力を引きだすことがエンパワメント、ちょうど清水が泉からこんこんと湧き出るように、一人ひとりに潜んでいる活力や可能性を湧き出させることが湧活である。 保健医療福祉などの実践では、一人ひとりが本来持っているすばらしい潜在力を湧きあがらせ、顕在化させて、活動を通して人々の生活、社会の発展のために生かしていく。また、企業などの集団では、社員一人ひとりに潜んでいる活力や能力を上手に引き出し、この力を社員の成長や会社の発展に結び付けるエネルギーとする。これが組織、集団そして人に求められるエンパワメント(湧活)である。
著者
大六 一志
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3, pp.239-243, 2009

今日の知能検査が何を測定しようとしており、今後どのような方向に発展しようとしているのかについて検討した。21世紀に入ってウェクスラー知能検査は言語性IQ、動作性IQを廃止し、知能因子理論に準拠するようになった。また、数値だけでなく質的情報も考慮したり、課題条件間の比較をしたりすることにより、入力から出力に至る情報処理プロセスのどこに障害があるかを明らかにし、個の状態像を精密に把握するようになっている。現在は、高齢者の知的能力の測定に対するニーズがかつてないほど高まっていることから、今後は高齢者の要素的知的能力の測定に特化した簡便な知能検査が開発されるとよいと考えられる。
著者
飯干 紀代子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.18-25, 2015 (Released:2016-12-06)
参考文献数
20

【要旨】言語聴覚士の立場から、アルツハイマー型認知症患者(以下、AD)のコミュニケーション障害について、「解明されていること・いないこと」を主軸に、自験例を通して報告した。ADのコミュニケーション障害は、基本的には認知および言語レベルの障害だが、加齢による聴覚および視覚レベルの障害も高頻度で伴う。コミュニケーションに活用できる残存機能を明らかにする目的で類型化を行い、5つのクラスターを抽出した。ほぼ全ての機能が低下した全体低下タイプは4%に過ぎず、大多数に何らかの残存機能のあることが明らかになった。次に、支援の具体例として、聴覚障害のある例に対する補聴器装用と、残存する自伝的記憶を活かしたメモリーブックを用いた集団介入を紹介し、その効果と限界を述べた。これらの手法を、AD以外の認知症、あるいはMCIなどに広げることによって、疾患特異的・疾患横断的、双方のコミュニケーション支援に寄与していきたいと考える。
著者
長谷川 眞理子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3, pp.108-114, 2016

<p>【要旨】ヒトの心理や行動生成の仕組みも、ヒトの形態や生理学的形質と同様に進化の産物である。ヒトの持つ技術や文明は、この1万年の間に急速に発展し、とくに最近の100年ほどの間には、指数関数的速度で変化している。しかし、ヒトの脳の基本的な機能が生物学的に獲得されたのは、霊長類の6,500万年にわたる進化の中で、ホモ属の200万年、そして私たちホモ・サピエンスの20万年の進化史においてである。進化心理学は、ヒトの進化史に基づいて、ヒトの心理や行動生成の仕組みの基盤を解き明かそうとする学問分野である。</p><p>近年の行動生態学や自然人類学の知識を総合すると、ヒトという種は、他の動物には見られないほど高度に社会的な動物である。ヒトの社会性や共感性の進化的基盤は、もちろん、類人猿が持っている社会的能力にあるのだが、ヒトのこの超向社会性の進化的起源を解明するには、ヒトが類人猿の系統と分岐したあと、ヒト固有の進化環境で獲得されたと考えられる。</p><p>ヒトには、他者の情動に同調して同じ感情を持ってしまう情動的共感と、他者の状態を理解しつつも、自己と他者とを分離した上で、他者に共感する認知的共感の2つを備えている。これらは、ヒトの超向社会性の基盤である。</p><p>人類が他の類人猿と分岐したのは、およそ600万年前である。そのころから、地球の環境は徐々に寒冷化に向かい、とくにアフリカでは乾燥化が始まった。その後、およそ250万年前からさらに寒冷化、乾燥化が進む中、人類はますます広がっていく草原、サバンナに進出した。そこにはたくさんの捕食者がおり、食料獲得は困難で、食料獲得のための道具の発明と、密接な社会関係の集団生活が必須となった。この環境で生き延びていくためには、他者を理解するための社会的知能が有利となったに違いない。しかし、ヒトは、「私があなたを理解していることを、あなたは理解している、ということを私は理解している」というように、他者の理解を互いに共有する、つまり、「こころ」を共有するすべを見いだした。それが言語や文化の発達をうながし、現在のヒトの繁栄をもたらしたもとになったと考えられる。</p>
著者
関 あゆみ
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.54-58, 2009 (Released:2010-03-10)
参考文献数
15

アルファベット言語圏においては発達性読字障害の主たる原因は音韻認識・処理障害であると考えられ、機能的MRIなどの脳機能画像研究により、音韻処理に関わる左頭頂側頭部と文字形態認識に関わる左下後頭側頭回の活動不良が共通する所見として報告されている。この2つの領域の読みの習熟に伴う変化や言語による違いが注目されており、縦断的な機能的MRI研究や言語間比較研究が開始されている。 日本語においても仮名の習得に困難を認めた発達性ディスレクシア児では音韻認識障害が認められた。さらに仮名の母音比較課題を用いた機能的MRI研究では、日本語の発達性ディスレクシア児にも同様の障害メカニズムが存在することが示唆された。
著者
杉下 守弘 逸見 功 JADNI研究
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3+4, pp.186-190, 2010 (Released:2012-01-01)
参考文献数
2

【要旨】 Mini Mental State Examination (MMSE)(精神状態短時間検査)は最も広く使用されている認知症スクリーニング検査のひとつである。2006年、新たにMMSEの日本版(MMSE-J)(翻訳、翻案、杉下守弘、2006)を作成した。MMSE-Jの妥当性を、JADNIに参加した健常者107名、MCI 154名、AD 52名の合計313名を対象として検討した。38医療施設の認知症を専門とする医師が被験者313名を健常者、MCI(軽度認知障害患者)およびAD(アルツハイマー病患者)に分類した結果と、その後、MMSE-Jの検査を行い、MMSE-Jの得点による2分類(23点以下を認知症の疑いありとし、24点以上を認知症の疑いなしとして2群を作る分類)を比較して、予測的妥当性を検討した。100-7版の予測的妥当性は、感度0.86、特異度0.89であった。逆唱版の予測的妥当性は、感度0.88、特異度0.94であった。 MMSE-Jのスクリーニング時の検査成績と、6カ月後の再検査成績のある、142名(健常者71名、MCI 47名、AD 24名)について、MMSE-Jのスクリーニング時の検査成績と、6カ月後の再検査成績の相関係数を算出した。相関係数は、100-7版で0.81、逆唱版で0.77であった。JADNIおよびADNIがおこなっている4つの心理テスト(MMSE、CDR、Logical MemoryおよびGDS)をもとにした分類(健常者、MCI、ADの3群に分類。健常者とMCIをまとめて1群とし、ADを1群として2群とする。)とMMSE-Jの得点による2分類(23点以下を認知症の疑いありとし、24点以上を認知症の疑いなしとして2群を作る。)を比較し、予測的妥当性を検討した。100-7版の予測的妥当性は、感度0.83、特異度0.92であった。逆唱版の予測的妥当性は、感度0.83、特異度1.00であった。信頼性を検討するため、MMSE-Jの内部一貫性をみるため、アルファー係数を計算した。100-7版0.58、逆唱版0.47であった。100-7版と逆唱版の相関係数は高く、スクリーニング時に0.89であり、6か月後の再検査時には0.92であった。以上のデータはMMSE-Jが認知症のスクリーニング検査として十分に使用可能であることを示している。
著者
髙尾 昌樹 美原 盤 新井 康通 広瀨 信義 三村 將
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3+4, pp.158-163, 2017 (Released:2018-04-12)
参考文献数
8
被引用文献数
1

【要旨】110歳以上(超百寿者)4例の脳病理所見を検討した。アルツハイマー病の変化は、3例ではintermediateレベルにとどまり、十分な老人斑と神経原線維変化の存在を認めた症例はなかった。1例はprimary age-related tauopathyであり、老人斑はほとんど無く、神経原線維変化が優位であった。パーキンソン病やレビー小体型認知症病理は認めなかった。高齢者認知症の原因疾患として注目されている海馬硬化症は認めなかったが、一部の海馬でTDP-43沈着を認め、“cerebral age-related TDP-43 pathology and arteriolosclerosis” (CARTS)の初期ともいえる状態であった。近年注目される、aging-related tau astrogliopathy (ARTAG)という、加齢に関するアストロサイトのタウ沈着が全例でみられた。脳血管疾患は軽度であった。加齢とともにアルツハイマー病は増加するとされているが、超百寿者まで検討すると、そういった予想は当てはまらないかもしれない。また、アルツハイマー病以外の加齢に関する病理学的変化も目立たず、脳における加齢変化を検討する上で、超百寿者の脳を解析することは重要である。
著者
東山 雄一
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.20, no.1, pp.8-17, 2018 (Released:2018-06-26)
参考文献数
34

【要旨】 神経心理学とは、損傷された神経過程の観察を通して人間の心理現象の構造・機能を解明し、さらに患者の治療貢献を目指す学問である。症状が比較的安定した亜急性期以降に詳細な神経心理学的評価を行うことは、治療方針の決定や家族の介護を考える上で極めて重要であり、さらに脳卒中診療における神経心理学的診察・評価は、新たな仮説の提唱・検証に大きく貢献することが可能である。 また、近年大きく発展を遂げている脳画像解析や生理学的手法と組み合わせることで、脳卒中研究は、特定病期の病巣-機能という枠組みを超え、発症から慢性期に至るまでのダイナミックな機能ネットワークの変化を的確に捉え、さらにそれを治療へ結びつけるという新たな段階へ移行しつつある。多種多様な研究手法を組み合わせることで、今後も神経心理が脳科学を推進させていくことが期待される。
著者
久保 健一郎
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.4-9, 2020 (Released:2020-06-25)
参考文献数
17

【要旨】環境要因が神経発達症のリスクを高めるメカニズムとして、母体の免疫活性化が注目されている。最近、動物モデルを用いた研究で、母体の免疫活性化の結果、サイトカインの一種であるIL-17a が上昇してマウスの大脳皮質に構造変化を生じる知見が報告されて注目を集めた。さらに、ごく最近、成体の動物モデルの脳へのIL-17a の直接投与が自閉スペクトラム症様行動への治療効果を持つという知見が発表されて反響を呼んでいる。一方で、臨床的に神経発達症のリスクを高める環境要因として筆者らが注目しているのは、在胎28週未満の超早産での出生である。超早産児において神経発達症のリスクが高まる要因として、虚血性の脳障害が想定されている。虚血性の脳障害が発達段階の脳に与える影響を明らかにするため、筆者らは、マウスにおける胎児期虚血モデルマウスを作成して脳への影響を解析した。すると、胎児期虚血によって、神経細胞の移動が遅れ、大脳皮質の白質にとどまる神経細胞が増加した。このモデルマウスには、成体になった後に認知機能障害が生じたが、その認知機能障害は前頭葉の機能低下によって生じること、また前頭葉の表層に存在する神経細胞の活性化によって認知機能障害が改善する可能性があることが示された。これらの動物モデルを用いた研究において得られた新たな知見が、いずれ人における神経発達症等の病態理解や新規治療法の開発に結びつくことが期待される。