著者
渡辺 茂
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.89-95, 2011 (Released:2017-04-12)

共感は社会的認知の基礎的な機能であると考えられる。他者の情動とそれによって 惹起された自己の情動状態によって共感は4 つに分類できる。他者の不快が自分の不快にな る場合を負の共感、他者の快が自分の快になる場合を正の共感、他者の快が自分の不快にな る場合を逆共感、そして他者の快が自分の不快になる場合は慣習的にSchadenfreude と言わ れる。主としてマウスの研究から動物での共感を調べると負の共感、正の共感、逆共感は一 定に見られるもののSchadenfreude は認められない。Schadenfreude はかなり複雑な長期持続 的社会において形成された情動の形態であると考えられる。
著者
杉下 守弘 逸見 功 竹内 具子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.18, no.3+4, pp.168-183, 2016 (Released:2017-03-25)
参考文献数
17
被引用文献数
4

【要旨】精神状態短時間検査-日本版(MMSE-J)(杉下2006)の基準関連妥当性について、日本の「アルツハイマー病神経画像戦略」(「Japanese Altzheimer’s Disease Neuroimaging Initiative (J-ADNI)」)に参加した被験者313例のデータに基づき2010年に予備的に評価した。また、再検査信頼性もJ-ADNIに参加し、2度検査した145例について予備的に評価した。再検査は最初の検査の6カ月後に検査された(杉下、逸見、JADNI研究2010)。しかし、2012年3月、製薬会社社員によってJ-ADNIデータの改ざんが報告された。そして、2014年3月には杉下守弘と朝田隆が改ざん、研究実施計画(プロトコル)違反およびそれらの疑いのある問題例合計105例(杉下による68例、朝田による37例)を東京大学特別調査委員会に報告した。2014年6月20日に東京大学特別委員会は「データが不適切に人によって不適切に修正されたこと」を承認した。このため、2010年の論文の著者ら(杉下、逸見)は、論文の掲載取り下げと論文の再検討を申し出、認知神経科学編集委員会はこれを2014年6月3日に受諾した。その後、2014年10月に第三者委員会に問題例として129例が報告された。第三者委員会報告書はこれらの問題例を調べ、問題ないとした。しかしながら、筆者(杉下)による4回にわたる第三者委員会に対する反論により、第三者委員会の問題がないという判断は誤りであることが明らかにされた(http://www.geocities.jp/shinjitunodentatu/daisannsyaiin.html 参照)。従って、データの適切な是正が必要となった。しかし、J-ADNIの研究代表者岩坪威氏は2016年1月末にJ-ADNIのデータを是正することなく日本科学技術振興機構から研究者に制限公開した(http://humandbs.biosciencedbc.jp/hum0043-v1)。そこで、本研究は、杉下、逸見、JADNI研究(2010)のデータのうち改ざん、研究実施計画(プロトコル)違反およびそれらの疑いのある問題例などを除き、MMSE-Jの妥当性と信頼性を再検討することを目的とした。我々の以前の研究(杉下、逸見、JADNI研究2010)では、313名を対象としてMMSE-Jの23/24カットオフ得点(23点以下認知症の疑い。24点以上認知症の疑いなし。)の基準関連妥当性を医師による分類(健常者/MCI群とアルツハイマー病患者群に分類)と比較して評価した。医師による分類はNational Institute of Neurological and Communicative Disorders and Stroke and the Alzheimer’s Disease and Related Disorders Association (NINCDS/ADRDA) およびthe Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders, Fourth Edition (DSM-IV)に基づいて行われた。本研究では313名から改ざん、研究実施計画違反あるいはそれらの疑いのある54例を除いた。また、その他の理由により8例(頭部MRI異常の4例、教育水準の低い3例およびうつ尺度で異常な高得点を示した1例)を除き、基準関連妥当性は251例で評価された。MMSE-Jの23/24カットオフ得点の基準関連妥当性は高く、また、以前の研究とほぼ同じであることがわかった(100-7版で、感度0.86、特異度0.89であり、逆唱版では、感度0.80、特異度0.94)。本研究の解析では、新たに、認知障害の可能性のある群と可能性の無い群を分ける最適のMMSE-Jカットオフ値を外的基準すなわち医師による分類(健常者/MCI群とAD群)に対して評価した。医師の分類はNINCDS/ADRDA基準及びDSM IV.に基づいて行った。しかし、MMSE-Jは時々、医師の分類の前に行われた。医師はMMSE-J得点を分類前に知っており、MMSE-Jの得点が医師の分類に影響を及ぼしたかもしれない。ROC分析は最適のカットオフ値が100-7版では23/24、逆唱版では23/24あるいは24/25であることを示した。2010年の研究では、スクリーニング時の検査と6カ月後の再検査を受けた142例を対象として再検査信頼性を検討した。本論文では142例から改ざん、研究実施計画違反あるいはそれらの疑いのある23例などを除いた。また、その他の理由により4例(教育水準の低い2例および脳腫瘍の疑いのある1例およびデータ不備の1例)を除き、115名で再検査信頼性を評価した。MMSE-Jの信頼性を算出するため、MMSE-Jのスクリーニング時の合計得点と、6カ月後の再検査時の合計得点の相関係数を算出した。再検査信頼性は優れており、以前の研究と大体同じであることが分かった(100-7版で0.80、逆唱版で 0.74)。本研究のMMSE-Jの基準関連妥当性と再検査信頼性は優れており、MMSE-Jが認知症のスクリーニング検査として十分に使用可能であることを示した。また、本研究の結果は、逆唱課題の方が100-7課題より得点が高く、逆唱課題が100-7課題よりやさしいことが示された。以前の研究と本研究において、基準関連妥当性と認知症の最適カットオフ値はMMSE-J得点から完全には独立していない外的基準に対して評価された。今後、妥当性と最適カットオフ値はMMSE-J得点の影響を受けない独立性の高い外的基準を用いて評価されるべきである。米国のADNIデータでは健忘性MCIからADへの変換率は1年後で16.5%である(Petersen et al. 2010)。ところが日本のADNIデータの変換率は1年後29.0%(64/221)であり(朝田2013)、変換率が異常に高く、米国のデータと比べると2倍に近い。この結果は、日本のADNIデータに問題があることを示唆している。この異常値を改ざん、プロトコル違反、あるいは他の原因によるのかを明らかにすることは今後の問題である。この問題が明らかにされない限り、日本のADNIデータを、研究目的で使用すべきでないようだ。

6 0 0 0 OA 記憶障害

著者
長田 乾 小松 広美 渡邊 真由美
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.118-132, 2011 (Released:2017-04-12)

記憶は、過去を回想するときの把持時間から、短期記憶と長期記憶に分類され、短期記憶は数十秒程度の記憶、長期記憶は数分から数十年前の記憶とされる。短期記憶には、電話番号を即座に憶えるなどの一時的な情報保持機能である作動記憶が相当する。長期記憶は、記憶内容を言葉で表現できる陳述記憶と技術や無意識の経験など言葉で表現できない非陳述記憶に分類される。陳述記憶には、出来事記憶と意味記憶が含まれる。出来事記憶は、個人的な体験やイベントの思い出に相当し、意味記憶は客観的な事実・知識・情報など学習によって習得される一般的な知識や教養に相当する。出来事記憶は加齢の影響を受け易いが、意味記憶は加齢の影響を受け難い特徴がある。非陳述記憶には、水泳や自転車の運転など必ずしも意図せずに習得した技量や技術に係わる記憶に相当する手続き記憶が含まれる。手続き記憶も加齢の影響を受け難く、認知症でも若い頃に修得した手続き記憶は相対的に保たれることが多い。記憶障害を時間軸で捉えると、脳損傷を受けた時点以降の記憶が欠落する状態を前向性健忘、一方受傷以前の出来事を思い出すことができない状態を逆行性健忘と呼ぶ。逆行性健忘では、新しい出来事から古い出来事へ、複雑なことから単純なことへ、慣れないことから習熟したことへ記憶の解体が進む。
著者
大須 理英子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.217-222, 2005 (Released:2011-07-05)
参考文献数
14

脳が手足を制御するときに解決すべき問題は、制御プログラムが手足のあるロボットを制御するとき解決すべき問題と類似している。計算論的神経科学では、このような視点から、脳に実装されていると思われる機構を同定する。これまでの研究により、例えば速くて正確な腕の運動を実現するためには、フィードフォワード制御が必要であることがわかってきた。このためには、制御対象(例えば腕)のダイナミクスを表現する内部モデルが脳内に獲得されていなければならない。リハビリテーションが必要な状態というのは、このような脳内の制御機構に何らかの異常を来したか、その制御対象である手足に異常を来したのかどちらかであることが多い。いずれの場合にも、速くて正確な運動を取り戻すには、内部モデルの再構築が必要である。これまでのリハビリテーション訓練は、フィードバック制御を必要とする運動が多く、内部モデルを再構築するには最適ではない可能性がある。このような視点からリハビリテーション手法を見直すことでよりよい機能回復がはかれる可能性がある。
著者
宮岡 剛
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3+4, pp.180-185, 2010 (Released:2012-01-01)
参考文献数
24

【要旨】 抑肝散は古くから小児の癇癪、夜泣きや不眠症に対する効果が認められてきた生薬である。近年、認知症に伴う精神・行動障害に対する有効性に関する報告が増えている。我々は、境界性人格障害および遅発性ジスキネジアの症状改善にも有効であることや、治療抵抗性の統合失調症の増強療法にも有用であることを報告した。本稿ではこれらの臨床試験を総説するとともに様々な精神疾患への応用についての考察を加えたい。
著者
松尾 香弥子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.22-29, 2006 (Released:2011-07-05)
参考文献数
26
被引用文献数
3

【要旨】fMRIは高磁場MRI装置を用いた非侵襲的計測法であり、比較方法の工夫によって読み書きの認知処理過程の仮説検証に活用できる。読み書きに固有な脳部位は存在しないかもしれず、むしろ「読む」「書く」といった目的達成のために必要な多くの脳部位が統合的に働いているのであろう。とはいえ読み書きに特徴的な脳活動パターンは存在する。その多くは従来の臨床的知見と重なるが、不一致もある。例えば左角回の損傷により文字処理の障害が起こることはよく知られるが、fMRIでは予想ほどには強い脳活動は計測されない。反対に、紡錘状回中程に読みを含むfMRI計測で活動する部位があり、visual wordform areaと呼ばれるが、この部位の損傷によって文字処理障害が発生することはあまりない。この部位の活動が他の課題でも計測されるなどの理由から、本当に文字処理への特化があるのかどうか議論されている。ところで漢字と仮名の処理は、それぞれ全く異なる脳部位が使われるというよりは、むしろ諸文字全体のために用意されている「仕組み」があり、各文字の特性に応じて、それぞれの脳部位の活動強度が異なるように発達するのかもしれない。またエクスナーの部位(Exner's area)は従来、書字中枢と考えられてきたが、読みにも関連があることが示されている。文字視覚表象と音韻情報との間の変換作業に関与しているのではないかと解釈できる。
著者
戸田 達史
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.21-31, 2019 (Released:2020-05-22)
参考文献数
20

【要旨】認知能力に個人差があるのは自明である。このような個人差を生じさせる因子として、環境的なものばかりでなく遺伝的な要因も大いにあることが、行動遺伝学の研究などにより明らかになってきた。認知機能のその遺伝学的な影響を明らかにしようと、分子遺伝学的、神経科学的、認知科学的な様々な分野が融合し協力して、関連遺伝子の同定を目指した研究が、行われている。本稿では、多くの認知機能に関わる知能についての遺伝子の研究について概説する。
著者
千葉 惠
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3+4, pp.193-202, 2009 (Released:2011-06-30)
参考文献数
14

有機体は自らをとりまく環境のなかで、免疫反応に見られるように、自己と非自己を何らかの仕方で識別しつつ生きているということ、そしその自己というシステム全体は部分の総和としての「集積的全体(pân)」ではなく、諸部分に還元されることのない一なる原理のもとに「統合的全体(holon)」として生きているということ、この考えに賛同できるなら、アリストテレスの生命観を一つの現実的な可能性として受け止めうるのではないか。さらに、生命事象の物理生理的説明と目的論的説明は単に両立可能であるというだけではなく、生体の諸事象は現実に目的的なものであるという主張を一つの挑戦として掲げてみたい。
著者
大六 一志
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.3+4, pp.239-243, 2009 (Released:2011-06-30)
参考文献数
20

今日の知能検査が何を測定しようとしており、今後どのような方向に発展しようとしているのかについて検討した。21世紀に入ってウェクスラー知能検査は言語性IQ、動作性IQを廃止し、知能因子理論に準拠するようになった。また、数値だけでなく質的情報も考慮したり、課題条件間の比較をしたりすることにより、入力から出力に至る情報処理プロセスのどこに障害があるかを明らかにし、個の状態像を精密に把握するようになっている。現在は、高齢者の知的能力の測定に対するニーズがかつてないほど高まっていることから、今後は高齢者の要素的知的能力の測定に特化した簡便な知能検査が開発されるとよいと考えられる。
著者
小嶋 知幸
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.59-67, 2009 (Released:2010-03-10)
参考文献数
20
被引用文献数
1

認知リハビリテーションという観点から、失語症セラピーについて、筆者の臨床経験にもとづいて概説した。まず、失語症セラピーに関する歴史的変遷を概観した後に、失語セラピーにおけるシュールの刺激法の位置付けについて述べた。続いて、認知神経心理学的モデルに基づく言語情報処理過程の障害について、臨床例との対応という観点から概説した。最後に、100年以上前の大脳病理学時代に提唱された失語図式の今日的意義について考察した。局在ベースの大脳病理学と機能ベースの認知神経心理学は相反する考え方ではなく、登頂ルートが異なるものの、最終的には失語症という同じ山の頂に通じているはずであると述べた。
著者
伊澤 栄一
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.10, no.3-4, pp.248-254, 2008 (Released:2011-07-05)
参考文献数
21
被引用文献数
1

【要旨】我々ヒトの知性は、大きな大脳皮質を条件とした霊長類固有の進化の産物だろうか。近年のカラスの認知研究は、知性が進化の中で独立に現れる可能性を示している。霊長類学から生まれた“マキャベリ的知性仮説”が挙げる「大きな大脳」「複雑な社会」は、カラスにも見られる。鳥の大脳には層構造がなく、一見大脳皮質をもたないが、それと相同な「外套」が発達しており、中でもカラスは連合野の発達が著しい。また、カラスは競合と協力が入り混じった社会を形成し、複雑な社会交渉の下地を備えている。これらは、霊長類に限らず、社会的知性は進化の中で独立して現れ、それは必ずしも大脳“皮質”を必要としない可能性を示唆している。
著者
廣中 直行 高野 裕治 髙橋 伸彰 田中 智子 板坂 典郎 小泉 美和子
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.13, no.1, pp.96-102, 2011 (Released:2017-04-12)

ヒト以外の動物を用いて快情動を研究することは難しく、客観的に計測可能な行動を対象にする必要がある。このような観点から、我々は報酬探索の神経機構について検討した。一連の実験によって、1)内因性のノシセプチンが高脂肪食に対する選好を調節していること、2)海馬のシータ波が報酬の予期に関係しているらしいこと、3)報酬記憶の形成に伴って海馬のドパミン受容体が増加すること、4)扁桃体のドパミン受容体が選好行動の発現に重要な役割を果たしていることなどが示された。これらの結果は報酬探索における学習や記憶の重要性を示すものであった。報酬探索は生存に必須な生理機能であるが、嗜癖や依存といった病態につながるおそれもある。今後の研究では、正常な報酬探索とその病態を統合的にとらえる視点が必要である。そのような研究の中から快情動の構造と機能について新たな洞察が得られることが期待される。
著者
鈴木 圭輔 宮本 雅之 平田 幸一 宮本 智之
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.1-7, 2015 (Released:2016-12-06)
参考文献数
20

【要旨】レム睡眠行動異常症(RBD)はレム睡眠中の異常行動を特徴とする睡眠時随伴症で、悪夢を誘因とした激しい行動により、自分自身またはベッドパートナーに外傷をきたす。本症は通常、覚醒を促すと夢と行動の内容を想起できることが特徴である。特発性RBDは50歳以降の男性に多く、有病率は一般人口の約0.5%と報告されている。病態機序としてはREM睡眠を調節する脳幹神経核(青斑核、脚橋被蓋核、背外側被蓋核、下外側背側核、巨大細胞性網様核など)およびその関連部位、扁桃体、線条体、辺縁系、新皮質などの障害が推定されている。RBDの診断は睡眠ポリグラフ検査(PSG)にて筋緊張抑制の障害の検出が必須であるが、PSG前のスクリーニングにRBDスクリーニング問診票が有用である。RBDの治療はクロナゼパムの就寝前投与が有効である。RBDの追跡研究ではパーキンソン病(PD)、多系統萎縮症あるいはレビー小体型認知症(DLB)などのシヌクレイノパチーに移行する症例が多くみられる。さらにRBDは嗅覚障害、色覚識別能障害、高次脳機能障害、MIBG心筋シンチグラフィーの集積低下、経頭蓋超音波にて中脳の黒質高輝度所見などのレビー小体関連疾患(PD、DLB)と共通する所見がみられる。このように、特発性RBDは神経変性疾患とくにレビー小体関連疾患の前駆病態である可能性が高く、神経変性疾患に移行する前の治療介入の可能性に関して注目されている。本稿ではPD、RBDでみられる認知機能障害についても概説する。
著者
福井 俊哉
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3+4, pp.156-164, 2010 (Released:2012-01-01)
参考文献数
8
被引用文献数
2

【要旨】遂行(実行)機能とは、「将来の目標達成のために適切な構えを維持する能力」と定義され、具体的には、1) 目標設定、2) 計画立案、3) 計画実行、4) 効果的遂行などの要素から成り立っている。換言すると、1) 意図的に構想を立て、2) 採るべき手順を考案・選択し、3) 目的に方向性を定めた作業を開始・維持しながら必要に応じて修正し、4) 目標まで到達度を推測することにより遂行の効率化を図る、という一連の行為を指す。 遂行機能の総合検査法には、簡便なものとしてFrontal Assessment Battery (FAB)、詳細なものとしてBehavioural Assessment of the Dysexecutive Syndrome (BADS)などがある。さらに、遂行機能を包括的な機能と捉えた場合、その一部を構成する下位脳機能(とその検査法)として、分割注意、複数課題の処理能力(かなひろいテスト、Trail Making Test)、思考セットの変換(Stroop Test)、思考スピード(語想起)、帰納的推測(Wisconsin Card Sorting Test、Tower of Hanoi)などがある。遂行機能障害は前頭葉または線条体前頭葉投射系の障害で生じる。遂行実行機能障害の発現に直接関与する投射系は背外側前頭前野投射系であるが、外側眼窩前頭葉投射系の障害は脱抑制的・無軌道な行動を生じ、また、前部帯状回投射系の障害は無為・無関心を生じ、いずれも遂行機能を間接的に障害する可能性がある。
著者
村井 俊哉 生方 志浦
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3+4, pp.164-170, 2017 (Released:2018-04-12)
参考文献数
11

【要旨】脳損傷後には、依存性、感情コントロール低下、対人技能拙劣、固執性、引きこもりなど、社会的場面における行動に様々な問題が生じてくる。前頭葉は社会的行動と関連する重要な脳領域であるが、その損傷の直接の結果として生じる行動障害は、アパシー、脱抑制、遂行機能障害という3つの症候群として考えることが可能である。アパシーは内側前頭前皮質、脱抑制は眼窩前頭皮質、遂行機能障害は背外側前頭前皮質の損傷とそれぞれ特異的に関連しているとの主張も見られるが、実際には病変と症候の対応関係はそれほど明解ではない。個々の症例における評価と対応においては、実生活の中で問題となる社会的行動障害がどのようなきっかけで生じるかを分析し、必要とされる具体的な能力の獲得を目指すことが必要である。
著者
神作 憲司
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.14, no.3, pp.185-192, 2013 (Released:2017-04-12)

我々は、非侵襲型ブレイン−マシン・インターフェイス(Brain-Machine Interface :BMI)研究を行い、特定の視覚刺激を注視した際に生じるP300様脳波を利用した環境制御システム(Environmental Control System : ECS)を開発している。このBMI-ECSに用いる視覚刺激の強調表示の手法として、これまでの輝度変化に加えて色変化(緑/ 青)を用いることで、使用感および正答率を有意に向上させることに成功した。また、当該課題遂行中のEEG-fMRI 信号を計測したところ、右の頭頂後頭部を中心として、輝度変化に加えて色変化(緑/ 青)を用いたことによる特徴的な脳活動が見いだされた。さらに、これらのBMI 技術と拡張現実(AugmentedReality : AR)技術を統合させ、AR-BMI 技術を開発した。これにより、操作者の環境を脳からの信号で制御するこれまでのBMI に加えて、代理ロボットを介してリモート環境を制御することをも可能とした。我々は、このBMI-ECSの実用化に向けて、着脱容易で長時間使用可能な脳波電極、独自の脳波計およびシステム(ソフトウェア)等を開発し、これらを用いて臨床研究をすすめている。こうしたBMI 技術をさらに研究開発していくことで、脳からの信号で操作できるインテリジェントハウスへと繋げることも可能であり、麻痺を伴う患者・障害者の活動領域拡張へと貢献していくことが期待できる。
著者
岡ノ谷 一夫
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.1-8, 2010 (Released:2011-07-14)
参考文献数
20

言語はヒトに特有な行動だが、言語の起源を生物学的に理解するためには、「言語を構成する下位機能は動物とヒトで共通であり共通の神経解剖学的基盤を持つ」と仮定する必要がある。この考え方を、「言語起源の前適応説」と言う。発声可塑性、音列分節化、状況分節化の3つの下位機能(言語への前適応)について、動物実験から得られた知見にもとづき、これらの機能の進化的獲得過程と神経科学的基盤を考察する。得られた結果を総合して、言語に先立ち歌がうまれ、歌の一部と状況の一部が対応を持つことで単語と文法が同時に創発し、言語が始まったとする考え方を「音列と状況の相互分節化仮説」として提案する。
著者
井上 雄一
出版者
認知神経科学会
雑誌
認知神経科学 (ISSN:13444298)
巻号頁・発行日
vol.17, no.1, pp.26-31, 2015 (Released:2016-12-06)
参考文献数
21

【要旨】高齢者層においては、睡眠障害の頻度があり高いが、認知症性疾患ではその頻度はさらに一層高くなる。各認知症性疾患で、睡眠の浅化・分断が認められる点は共通しているが、アルツハイマー型認知症では睡眠覚醒リズムが不規則化しやすい点、レビー小体型認知症ではREM睡眠期の筋緊張抑制が失われて夜間REM睡眠期に行動異常を生じやすくなる点が異なっている。不眠症状の抑制は、認知症の発症予防・進行抑制に貢献すると考えられるが、安易な睡眠薬の使用はせん妄発現、転倒による骨折リスクの増加に加えて認知症状を顕在化させることもあるので、慎重を期したい。高齢者は高頻度に閉塞性睡眠時無呼吸症候群を有するが、本症候群重症例では脳血管障害リスクを高めるだけでなく、前頭前野の機能低下、および認知症状進行リスク要因になりうるので、治療的な対応を図ることが必要である。