武術研究稽古会 修武堂 (@shubudo21)

投稿一覧(最新100件)

RT @inuchochin: ストライクフォースさんに教えてもらった「弥生時代の戦闘技術」 先史時代は世界中どこでも死因における殺人の割合が高い事は知られてるけど、私は死因を調べたものを読んだのは初めてで面白かった。 背後から刺すのが多く、まあそうだよなと。 https://…
RT @DBo2750puu0hfu3: 『幕末剣術の変質過程に関する研究』 榎本鐘司氏(南山大学) https://t.co/4sflUmDYQl 幕末の講武所で、試合用竹刀の長さの規準が3尺8寸となった理由についても触れていて面白い また、田宮流窪田派を学んだ戸田家に伝…
RT @DBo2750puu0hfu3: 足立賢二先生 『竹内流における"最古の柔術""柔術の源流"言説の生成と前景化』 https://t.co/nmbGPt08Lq 竹内流が「最古の柔術」や「柔術の源流」であるという言説はどういう経緯で生まれたのか、古い史料ではどのように…
RT @tsukiokabunko: 拙稿「沼沢系林崎流の成立と展開」(『山形大学歴史・地理・人類学論集』24号)が公開されました。 近年進歩してきている居合のテキスト研究を踏まえ、近世の刀剣をめぐる論点や、居合という武芸を例に技術の伝播と変容過程を論じてみました。拙い文章です…
RT @onigiriyabuhei: 現代の木刀について論文です。 ↓文中の各業者 関東型の製作所 ・杉山武道具木刀製作所(茨城県つくば市/廃業) 都城型の製作所 ・堀之内登製作所(宮崎県都城市/廃業) ・荒牧武道具木工所 ・新留木刀製作所 ・松崎木刀製作所 武道用木刀…

19 0 0 0 OA 一瓢雑話

RT @ToyosakaLabo: 『私が曽て田宮流の居合を習つた折に、田宮師から授かつた口伝にも、刀を抜く前に先づ右の手の拇指の腹で、臍の下を一度押せ。それから刀の柄に手を掛けろ。さうすれば必ず誤なく刀が抜けるといふので』 今泉一瓢「一瓢雑話」 https://t.co/XE…

4 0 0 0 OA 宮本武蔵

RT @tougoku_kenki: こちらの講談では卜伝先生(1571年死去)は乗鞍岳に暮らしていて、宮本武蔵(1584年生)は岩柳(巌流)の天下無敵の秘術である燕返しを破るために教えを乞いにいくのか。 https://t.co/aMUv1siO3P https://t.c…
RT @ToyosakaLabo: 弘前藩四代藩主の津軽信政公のエピソード。居合刀の柄で扇子を抑え、抜き打ちして百発百中だった話。 修武堂の皆さんや有志がこのエピソードを元に扇子切りにチャレンジされてましたね。 https://t.co/UPF4HICmWV

28 0 0 0 OA 春日権現験記

RT @tougoku_kenki: 馬上で騎射と太刀打ちがどう切り替えられるかは鎌倉時代後期の『春日権現験記絵』で、青枠内の騎馬武者が左脇に弓を挟んで抜刀しようとしている描写で分かりやすいのではないかと思う。 https://t.co/oDn0eCMGxI https://…
RT @nanbubot2: ●アイヌの武器・武具 (特集 アイヌの考古学) -- (アイヌの物質文化)(2015) https://t.co/oMzRLQTpbX

6 0 0 0 OA 俳句絵はなし

RT @ToyosakaLabo: 意外な資料にトンボ画 「俳句絵はなし」久保田米斎 著 https://t.co/Kbgs9kVbFl https://t.co/ZvpFDpBq3j

21 0 0 0 OA 剣道集義

RT @ToyosakaLabo: 試切のやり方は窪田清音の「剣法規則 据物枢要」にも詳しく書いてあるゾイ。居合とは別物だけど、窪田の著書に時折見られる「気」が何を指しているのかが垣間見えて面白い。 https://t.co/RBAKFt52pH
RT @ToyosakaLabo: 旧宇都宮藩士で直心影流、林崎流の師範であった渡邊重綱の写真。三尺三寸かな? https://t.co/3H3MrNTkt5 https://t.co/iTLoQj5gTK
RT @inuchochin: サハリンのアイヌ鎧についての論文が面白かった。室町時代の蠣崎氏とアイヌの抗争を通じて影響を受けたのではないかと。 「北東アジアのチュクチ族などの前合わせ式鎧と共通していて、その伝統に倣った上で、日本式鎧の縄目縅、菱縫などの製作技法を取り入れて作…
RT @baritsu: 結構長い。冒頭の所の、何故百姓身分の物が剣術家になれたのか素朴な疑問がわくとか、これまでの研究では武術は武士だけのものとされてきたとかの辺りでちょっと引くが、後半の翻刻が貴重 https://t.co/f1zrNadoLd
RT @ToyosakaLabo: @tonogen0805さん制作の不動丸、ご存じない方もいると思うので説明をば。 こちらの剣は江戸時代、田宮流居合で鍛錬のために使用されていたという超重量の居合刀を模して造られています。詳しくはこちらの論文を。 https://t.co/bE…
RT @inuchochin: 正徳2年(1712年)序文の出版本「文武さざれ石」、室内で大小両刀を帯刀して正座でいる人物の絵がたくさん載ってる。出版物に描かれても不自然じゃ無い所作だったのかね?? 関口新心流柔や田宮流などに大小両刀帯刀で座っている想定の形があるけど、有り得る…
RT @tsukiokabunko: 拙稿「林崎居合神社参詣諸藩士の祈願 Prayers of Feudal Warriors who pilgerimage to Hayashizaki-Iai-Shrine」(『山形大学歴史・地理・人類学論集』17号、2016年3月)htt…
RT @nonsavoir: <「阿嘉直識遺言書」に見る 18世紀の琉球の諸武術> 「稽古すべきではない武術として『からむとう・やはら』の二つを挙げている」 琉球に禁武政策が布かれていたわけではなかったようだな。 https://t.co/K4DF6ekW4P
RT @tsukiokabunko: 拙稿「林崎居合神社参詣諸藩士の祈願 Prayers of Feudal Warriors who pilgerimage to Hayashizaki-Iai-Shrine」(『山形大学歴史・地理・人類学論集』17号、2016年3月)htt…
小山隆秀2017「伝統の希求と創出-青森県津軽地方のねぷた喧嘩習俗を事例として-」(『国立歴史民俗博物館研究報告第205集[共同研究]民俗儀礼の変容に関する資料論的研究』)https://t.co/RF8qMhzvRx
RT @baritsu: @DONAN_KAYO とりあえず下田雄次さんのとか、田邊 元さんのとかを読まれると面白いかと思います。比較的短い物なのでぜひw https://t.co/iR66lL8IKL https://t.co/DumFlPAT0C
ネプタ喧嘩の詳細は、小山隆秀拙稿2017「「伝統」の希求と創出 青森県津軽地方のねぷた喧嘩習俗を事例として」(『国立歴史民俗博物館研究報告 第205集』https://t.co/3pw4T2whiu
RT @tsukiokabunko: 拙稿「林崎居合神社参詣諸藩士の祈願 Prayers of Feudal Warriors who pilgerimage to Hayashizaki-Iai-Shrine」(『山形大学歴史・地理・人類学論集』17号、2016年3月)htt…

お気に入り一覧(最新100件)

ストライクフォースさんに教えてもらった「弥生時代の戦闘技術」 先史時代は世界中どこでも死因における殺人の割合が高い事は知られてるけど、私は死因を調べたものを読んだのは初めてで面白かった。 背後から刺すのが多く、まあそうだよなと。 https://t.co/71Adjj855l
『幕末剣術の変質過程に関する研究』 榎本鐘司氏(南山大学) https://t.co/4sflUmDYQl 幕末の講武所で、試合用竹刀の長さの規準が3尺8寸となった理由についても触れていて面白い また、田宮流窪田派を学んだ戸田家に伝わる「刃引居合練習刀」は、総長約140cm、総重(柄と刀身)6.3㎏もあり凄いな……
足立賢二先生 『竹内流における"最古の柔術""柔術の源流"言説の生成と前景化』 https://t.co/nmbGPt08Lq 竹内流が「最古の柔術」や「柔術の源流」であるという言説はどういう経緯で生まれたのか、古い史料ではどのように論じられていたのかを検証した論文

20 0 0 0 OA 「股立考」

これは武道だけでなく座敷での芸道でも股立が大きく蹴り回しが広く正座した時に広がる構造が忌避されているそうです。 なので大きく腰を落としたり胡座などを取る所作は消えつつあるのかもしれません。すでに股立の所作には影響が出ているようですね。 加藤寛『股立考』 https://t.co/egXBZNo1XY
拙稿「沼沢系林崎流の成立と展開」(『山形大学歴史・地理・人類学論集』24号)が公開されました。 近年進歩してきている居合のテキスト研究を踏まえ、近世の刀剣をめぐる論点や、居合という武芸を例に技術の伝播と変容過程を論じてみました。拙い文章ですがご笑覧ください。 https://t.co/jX1w1h0xAu
現代の木刀について論文です。 ↓文中の各業者 関東型の製作所 ・杉山武道具木刀製作所(茨城県つくば市/廃業) 都城型の製作所 ・堀之内登製作所(宮崎県都城市/廃業) ・荒牧武道具木工所 ・新留木刀製作所 ・松崎木刀製作所 武道用木刀の生産および流通の現状と課題 https://t.co/MnwTCbz5rs

19 0 0 0 OA 一瓢雑話

『私が曽て田宮流の居合を習つた折に、田宮師から授かつた口伝にも、刀を抜く前に先づ右の手の拇指の腹で、臍の下を一度押せ。それから刀の柄に手を掛けろ。さうすれば必ず誤なく刀が抜けるといふので』 今泉一瓢「一瓢雑話」 https://t.co/XEpTqKaF4U

4 0 0 0 OA 宮本武蔵

こちらの講談では卜伝先生(1571年死去)は乗鞍岳に暮らしていて、宮本武蔵(1584年生)は岩柳(巌流)の天下無敵の秘術である燕返しを破るために教えを乞いにいくのか。 https://t.co/aMUv1siO3P https://t.co/cMXzBIyPGz
弘前藩四代藩主の津軽信政公のエピソード。居合刀の柄で扇子を抑え、抜き打ちして百発百中だった話。 修武堂の皆さんや有志がこのエピソードを元に扇子切りにチャレンジされてましたね。 https://t.co/UPF4HICmWV

28 0 0 0 OA 春日権現験記

馬上で騎射と太刀打ちがどう切り替えられるかは鎌倉時代後期の『春日権現験記絵』で、青枠内の騎馬武者が左脇に弓を挟んで抜刀しようとしている描写で分かりやすいのではないかと思う。 https://t.co/oDn0eCMGxI https://t.co/4c93x0wd3U
●アイヌの武器・武具 (特集 アイヌの考古学) -- (アイヌの物質文化)(2015) https://t.co/oMzRLQTpbX

6 0 0 0 OA 俳句絵はなし

意外な資料にトンボ画 「俳句絵はなし」久保田米斎 著 https://t.co/Kbgs9kVbFl https://t.co/ZvpFDpBq3j
@shubudo21 菊池武徳が(かなり弟子や書生に任せたかもしれませんが)書いた『日本木材界人物伝』に父方の祖父が出ていたので、意外なところで弘前の文化人と繋がっているなぁ……などと思った次第です。 いや、それだけの話ですが…… https://t.co/hnsWfoooGS

21 0 0 0 OA 剣道集義

試切のやり方は窪田清音の「剣法規則 据物枢要」にも詳しく書いてあるゾイ。居合とは別物だけど、窪田の著書に時折見られる「気」が何を指しているのかが垣間見えて面白い。 https://t.co/RBAKFt52pH
旧宇都宮藩士で直心影流、林崎流の師範であった渡邊重綱の写真。三尺三寸かな? https://t.co/3H3MrNTkt5 https://t.co/iTLoQj5gTK
サハリンのアイヌ鎧についての論文が面白かった。室町時代の蠣崎氏とアイヌの抗争を通じて影響を受けたのではないかと。 「北東アジアのチュクチ族などの前合わせ式鎧と共通していて、その伝統に倣った上で、日本式鎧の縄目縅、菱縫などの製作技法を取り入れて作られた可能性 https://t.co/GqvlbCCrOU
結構長い。冒頭の所の、何故百姓身分の物が剣術家になれたのか素朴な疑問がわくとか、これまでの研究では武術は武士だけのものとされてきたとかの辺りでちょっと引くが、後半の翻刻が貴重 https://t.co/f1zrNadoLd
@tonogen0805さん制作の不動丸、ご存じない方もいると思うので説明をば。 こちらの剣は江戸時代、田宮流居合で鍛錬のために使用されていたという超重量の居合刀を模して造られています。詳しくはこちらの論文を。 https://t.co/bEVQlwFpNH https://t.co/nHFZfp89Do
正徳2年(1712年)序文の出版本「文武さざれ石」、室内で大小両刀を帯刀して正座でいる人物の絵がたくさん載ってる。出版物に描かれても不自然じゃ無い所作だったのかね?? 関口新心流柔や田宮流などに大小両刀帯刀で座っている想定の形があるけど、有り得る想定だったのかも https://t.co/QeCgTxnNvr https://t.co/tfC8hJevTS
@tonogen0805 江戸小唄 居合ひ抜き 細川 雀郎[作詞] 吉田 草紙庵[作曲] https://t.co/7fkITR11ES 戦前のレコード 国立国会図書館の歴史的音源から 地方では県立図書館くらいでしか聴けない泣
<「阿嘉直識遺言書」に見る 18世紀の琉球の諸武術> 「稽古すべきではない武術として『からむとう・やはら』の二つを挙げている」 琉球に禁武政策が布かれていたわけではなかったようだな。 https://t.co/K4DF6ekW4P
桜庭秀俊「箱館戦争と弘前藩」(『弘前大学國史研究会』68・69、1979年)は、弘前藩にとっての箱館戦争を分析。奥羽越列藩同盟を離脱した弘前藩は、箱館戦争で「顕著な功をたてることによって官軍側の疑惑を解き」たい意欲があったと指摘している。 https://t.co/pIN94z10ew
拙稿「林崎居合神社参詣諸藩士の祈願 Prayers of Feudal Warriors who pilgerimage to Hayashizaki-Iai-Shrine」(『山形大学歴史・地理・人類学論集』17号、2016年3月)https://t.co/6Wi0vm5Y63 academia接続不良につき、上記リンクからご覧ください。林崎居合神社の参詣史に関する拙論です。

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