- 著者
-
小久保 康之
- 出版者
- 東洋英和女学院大学
- 雑誌
- 基盤研究(C)
- 巻号頁・発行日
- 2017-04-01
スイス国民党(SVP)が主導する大量移民規制を定める憲法改正案が2014年2月9日の国民投票で可決されたことに伴い、人の自由移動について合意した1999年のスイス・EU双務協定に祖語が生じ、スイスは対EU関係の悪化が懸念される事態に陥っていた。移民規制について新たに導入された憲法121a条とその関連条文では、3年以内に移民規制に関する法律を定めることや、121a条に抵触する国際条約を再交渉することが規定されていた。スイス政府は、EUとの双務条約の再交渉の余地を探るが、EU側は「人の自由移動」はEU市場の根幹を構成する要素であり、再交渉には応じられないとし、更に、英国が2016年6月の国民投票でEU離脱派が勝利を収めたことにより、非EU加盟国であるスイスとの再交渉が英国のEU離脱交渉に影響を与える事を恐れ、スイスとの正式な再交渉には一切応じないとの姿勢を崩さなかった。スイス政府は、2016年3月に移民規制に関する法案を提出するが、連邦議会はそれを否決し、同年12月16日に急進民主党と社会党が中心となって提出した「外国人に関する連邦法」が連邦議会で可決された。同法は、明確な形で移民規制を行うことを避け、スイス人の就労機会を優先させることに限定するものであり、憲法121a条は骨抜きにされた。同法に関する政令が2017年12月に発令され、2018年7月1日より、失業率が8%を超える業種について、スイス人失業者に優先的に雇用案内が提示されること、2020年1月からは失業率が5%を超える業種に適用されることなどが定められた。EU側は、スイスのこれらの一方的な措置がスイス・EU間の人の自由移動を妨げるものではないとして歓迎し、スイス・EU関係の悪化は回避された。この一連の動きから、非EU加盟国であるスイスがEUの基本原則に従わざるを得ない状況にある実態を明らかにすることができた。