著者
安藤 温子 安藤 正規 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
日本生態学会誌 (ISSN:00215007)
巻号頁・発行日
vol.70, no.1, pp.77-89, 2020 (Released:2020-05-21)
参考文献数
36

DNAメタバーコーディングは、複数の生物由来のDNAが混在するサンプルについて、特定のDNA領域の塩基配列を次世代シーケンスによって大量並列的に解読し、データベースと照合することでサンプルに含まれる分類群を同定する手法である。糞のDNAメタバーコーディングによる食性研究は、対象種の詳細な食性を非侵襲的に評価する手法として注目されており、植食性動物については哺乳類を中心に研究が蓄積されつつある。本稿では、本手法に興味を持つ研究者に実践的な技術提供を行うことを目的とし、著者らが実際に行った分析手法を紹介する。本稿では農地で採食する水鳥と森林で採食するニホンジカ、カモシカを対象とし、糞のサンプリング、DNA抽出、糞を排泄した動物種の判別、次世シーケンサーを用いた食物DNAの塩基配列解読と分類群同定、食物の候補となる植物のデータベース作成までの各工程について、詳細なプロトコルを公表する。これらのプロトコルを多くの研究者に実践していただくことで、本手法の精度が向上し、多様な研究テーマに活用されることを期待したい。
著者
島村 咲衣 安藤 正規 鶴田 燃海 永田 純子 淺野 玄 大橋 正孝 鈴木 正嗣 小泉 透
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.55-65, 2020 (Released:2020-02-14)
参考文献数
47

近年,日本各地でニホンジカ(Cervus nippon)による林業被害や森林生態系への影響が報告されている.狩猟者の減少や高齢化によって捕獲努力量が伸び悩む中でも森林への被害を軽減させるために,例えば北米において考案されている,オジロジカ(Odocoileus virginianus)母系集団の強い定住性を利用したLocalized Management法のような,被害防除に効果的な個体数調整手法の適用を検討していく必要がある.しかし,ニホンジカ地域集団内の母系集団の規模がオジロジカと同様であるかは不明であり,本手法の適用の可否は不明である.さらに,既存のマイクロサテライトマーカーによってニホンジカの母系集団を検出できるか否かも明らかになっていない.そこで本研究では,ニホンジカ母系集団の検出を目指してマイクロサテライトマーカーの解析能力を検討し,空間的な遺伝構造の検出可能スケールについて検討した.国内4地域(北海道,静岡,岐阜,宮崎)で捕獲された計251個体(胎子63個体を含む)を解析に用い,マイクロサテライトマーカー17座の遺伝子型を決定した.遺伝子座ごとの対立遺伝子数(Na)は3~18となり,オジロジカの値と比較して少ない傾向にあった.個体識別能力の指標PID-siblingを算出した結果,本研究では多型性の高い上位4座を用いて個体識別が可能であった.地域集団間および地域集団内の遺伝的多様性を評価するため,全集団平均の遺伝子分化係数(G’ST),各集団のNa,対立遺伝子数の期待値およびヘテロ接合度の期待値を算出した.地域集団間および地域集団内の遺伝的多様性はどちらも低い傾向がみられた.地域集団間および地域集団内において,STRUCTUREを用いた遺伝構造解析では,北海道および宮崎の集団は明瞭にそれぞれ独立のクラスターが構成されるものの,中部(静岡・岐阜間)の遺伝構造は不明瞭になるケースが確認された.一方で,地域集団内の遺伝構造(母系集団)は検出されなかった.胎子63個体を使っておこなった母性解析では,胎子を妊娠していた真の母親を推定できた確率は約20%にとどまった.本研究では,北海道,中部および宮崎の地域集団間の遺伝構造を明瞭に検出できたが,地域集団内の母系集団は検出できなかった.そのため,サンプル数のもっとも多かった静岡集団においても,Localized Managementの適用が可能な個体群であるとは断定できなかった.それは,各マイクロサテライトマーカーの多型が少ないことが原因であり,日本国内のニホンジカが過去に経験した個体数の減少によるボトルネック効果を反映していると考えられた.
著者
安藤 正規 安藤 温子 井鷺 裕司 高柳 敦
出版者
岐阜大学
雑誌
若手研究(B)
巻号頁・発行日
2015-04-01

日本国内に生息する大型の草食動物であるニホンジカ(以下、シカ)とカモシカとの生息域や餌資源を巡る種間競争について、 (1)自動撮影装置を用いた両種の土地利用傾向調査、(2)次世代シーケンサーを用いたDNAバーコーディングによる両種の餌植物構成調査、を実施した。(1)の結果より、森林内の利用傾向は両種間で季節的、空間的に異なることが明らかとなった。また(2)の結果より、特定の餌植物種は種間で出現頻度に偏りが見られたものの、餌植物の種構成自体はほぼ差がないため、シカによる下層植生の衰退は両種の餌資源の競合をより強める可能性があることが示唆された。
著者
角田 裕志 和田 敏 安藤 正規
出版者
Association of Wildlife and Human Society
雑誌
野生生物と社会 (ISSN:24240877)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.39-46, 2017 (Released:2017-06-17)
参考文献数
23
被引用文献数
2

It is concerned that intensive browsing by sika deer (Cervus nippon) has caused declines and disappearances of vegetations in forest floor, resulting in degradations of forest ecosystems across Japan. To determine the effects of deer browsing on forest ecosystems in Gifu Prefecture, we surveyed the decline of understory vegetation in deciduous hardwood forests in 376 forest stands using the shrub-layer decline rank (SDR), which was assessed by combining the coverage of the shrub-layer vegetation and the presence of signs of browsing by sika deer in each forest stand. We found that remarkable declines of vegetations (i.e., shrub-layer vegetation coverage was less than 38%) due to deer browsing were observed in 31.1% of the surveyed stands. We then estimated the spatial distribution of SDR in deciduous hardwood forests, based on sampled data, using a spatial interpolation method in the Geographic Information System. The results of the spatial estimation indicated that remarkable vegetation declines due to deer browsing could be occurred in 22.2% of the forests (1,133.5 km2), mainly distributed western and central areas of the prefecture. Moreover, our findings indicated that effects of deer browsing on forest ecosystem have started to expand northward and eastward of the prefecture. For conservation of forest ecosystem, we suggest reinforcing sika deer culling in the northern and eastern areas of Gifu Prefecture, where numbers of deer caught were relatively smaller than those in the western and central areas.
著者
安藤 正規 鍵本 忠幸 加藤 正吾 小見山 章
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会誌 (ISSN:13498509)
巻号頁・発行日
vol.98, no.6, pp.286-294, 2016-12-01 (Released:2017-02-23)
参考文献数
43

落葉樹林に生育する樹上性の半寄生植物であるヤドリギ (Viscum album L. subsp. coloratum Kom.) の分布に,林冠構造が与える影響を検討した。落葉樹林に170×190m のプロットを設置し,各立木 (胸高直径≧20cm) のヤドリギの有無を記録した。立木位置,樹冠投影面積,樹高,梢端高 (樹高+標高) をもとに,解析木からある距離の円内に存在する立木本数を,各解析木の孤立や突出の指標とした。各解析木周囲の立木本数とヤドリギの分布との関係を調べるために,一般化線形混合モデルによるロジスティック回帰分析を行った。解析木周囲の立木本数の増加は,ヤドリギの存在に有意な負の効果を示した。梢端高を考慮しない立木本数のカウント方法に比べ,解析木より梢端高が高い立木のみを対象としたカウント方法においてモデルの妥当性が高かった。落葉樹林において,樹冠の孤立と突出が,ヤドリギの分布を決める重要な要因であると考えられた。ヤドリギの分布は林冠木の空間獲得競争に関係していることが示唆された。
著者
安藤 正規 柴田 叡弌
出版者
日本森林学会
雑誌
日本森林学会誌 (ISSN:13498509)
巻号頁・発行日
vol.88, no.2, pp.131-136, 2006-04-01 (Released:2008-01-11)
参考文献数
45
被引用文献数
6 6

本総説において, シカ類による樹木剥皮発生の特徴とシカ類が剥皮を行う要因について総合的に検討した。シカ類は剥皮をする際に樹種を選択しており, この選択性は森林の樹木構成に影響を与えていた。世界中の多くの研究報告においては, シカ類による剥皮は冬季の餌不足が原因であるとされていた。一方, いくつかの研究報告においては冬以外の季節に発生する剥皮について, 実験的な証明はないものの, ルーメン胃内環境の適正化を目的として樹皮を採食しているという可能性が示唆されていた。今後この点について明らかにしていくためには, 飼育シカ類を用いた実験研究および野生シカ類のルーメン胃内環境の詳細な調査が不可欠である。また, 「シカ類が反芻動物としての消化生理をもつ」という視点をもつことは, シカ類の採食生態を研究していく上で新たな発想を与えてくれるであろう。
著者
安藤 正規
出版者
名古屋大学
雑誌
特別研究員奨励費
巻号頁・発行日
2002

1.2002年8月〜2003年8月にかけて、大台ヶ原においてニホンジカのルーメン液を用いたin vitro培養試験を2週間×3回おこなった。すなわち、ニホンジカの主食であるミヤコザサに樹皮を5%混合した試料と、ミヤコザサ単体の試料をそれぞれ培養し、発酵過程の違いについて調べた。その結果、樹皮の5%の混合はササの消化には影響を及ぼさないことが明らかとなった。また、樹皮単体の消化率は常にササの消化率よりも低いことが明らかとなった。さらに、春(5、6月)の実験において、樹皮の消化率が負の値を取ることが多かった。これは、樹皮によるルーメン液中のタンパク質もしくは微生物の吸着を示唆していると考えられる。この結果から、樹皮はルーメン内でササとは異なる反応をし、またその反応は季節によって異なる可能性があるということが示唆された。2.2002年8月〜2003年8月にかけて、大台ヶ原においてニホンジカの血液サンプルの採取をおこない、19個体分のサンプルを得た。この血液について血中尿素窒素濃度と血中ミネラル濃度(Ca、Mg、NaおよびK)を測定した。シカの血中尿素窒素濃度には季節的な変化は見られず、また家畜(ウシ)の標準濃度より高い値であった。この結果から、大台ヶ原のシカは、サンプルのなかった冬季を除いて良好な栄養状態を保っていることが示唆された。また、血中K濃度が夏季(8月)に高い傾向が見られた。過去の研究から、シカの主食であるミヤコザサのK濃度は夏季に高くなることが明らかとなっており、シカの血中K濃度はこの影響を受けて夏季に高い値を示すと考えられた。3.上記を含むこれまでの研究結果を基に、論文を2編作成した(投稿中および投稿準備中)。