著者
阿部 由里 猪瀬 礼璃菜 藤原 聖史 兼子 伸吾 平塚 明
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.95-102, 2014-05-30

野生状態での存続が危ぶまれる水準にまで個体数が減少してしまった絶滅危惧植物において、栽培によって個体や系統を維持することは、その種の絶滅を回避する上で一定の意義がある。その一方で、近縁の外来種の混入による遺伝子汚染や種内の遺伝構造の攪乱等を生じる危険性があり、絶滅危惧植物の栽培集団の創出や維持管理については十分な注意が必要である。本研究では、岩手県内の各地に栽培されているアツモリソウの遺伝的多様性を把握するために、葉緑体DNAのtrnL-F遺伝子間領域および核DNAのITS領域の塩基配列について解析を行った。今回の解析により、遠野市においてアツモリソウとして栽培されていた集団内の1個体においては、葉緑体DNAおよび核DNAの双方において他個体のアツモリソウとは明確に異なる塩基配列が検出された。この塩基配列は、中国固有のC. yunnanenseかC. franchetiiもしくはC. calcicolaと同一もしくは類似しており、中国原産の外来種が混入していると推定された。当該集団における他の個体についても、網羅的に今回の研究と同様の解析を行い、他地域からの混入が疑われる個体を明らかにしたうえで、管理方針を検討、実施する必要がある。
著者
志賀 隆 横川 昌史 兼子 伸吾 井鷺 裕司
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.33-44, 2013-05-30 (Released:2017-08-01)
被引用文献数
1

シモツケコウホネNuphar submersa Shiga & KadonoとナガレコウホネN.×fluminalis Shiga & Kadonoは残存集団がそれぞれ4集団のみであり、絶滅が危惧されている水生植物である。それぞれの生育面積はわずかであるにもかかわらず、近年、群落の一部を根こそぎ持ち去るような、園芸目的の盗掘と思われる被害が確認されるようになった。本研究では、形態形質の調査とマイクロサテライトマーカー15遺伝子座の遺伝子型解析を行うことにより、市場に流通しているシモツケコウホネ、ナガレコウホネ、これに加え「ナガバベニコウホネ」の流通名で販売されている植物についてC社とT社から購入し、産地の特定を試みた。ナガレコウホネについては現存個体の多座位遺伝子型を明らかにするために、全ての現存集団から合計59サンプルを得て遺伝子型解析を行った結果、19種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株の形態形質を調査した結果、T社の「シモツケコウホネ」(T1)はシモツケコウホネであったのに対し、C社の流通株(C1〜C9)は全てナガレコウホネであった。また、流通株の遺伝子型を決定した結果、2種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株から得られた多座位遺伝子型に対応するものが野生集団で確認されるか検討したところ、T1は日光市(NIK)のシモツケコウホネ(NIK-25)と、C1〜C9は同一クローンであり、佐野市(SAN)のナガレコウホネ(SAN-10)と多座位遺伝子型が完全に一致した。日光市と佐野市の各集団において、NIK-25とSAN-10と全く同じ多座位遺伝子型を持つ別個体が集団内の任意交配により生じる確率(PG)はそれぞれ0.00034と0.00030であることから、日光市および佐野市において採集された2種類の株が流通していたことが示唆された。全個体遺伝子型解析に基づく遺伝子型データの整備は流通や盗掘に対して抑制的な効果をもたらすことが期待できる。
著者
永田 純子 後藤 優介 高木 俊人 兼子 伸吾 原田 正史
出版者
「野生生物と社会」学会
雑誌
野生生物と社会 (ISSN:24240877)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.63-73, 2022 (Released:2023-02-15)
参考文献数
61

As the number of sightings of Japanese sika deer (Cervus nippon) increases in Ibaraki Prefecture, Japan, male sika deer have recently appeared in Tsukuba City (2015 and 2016) and Yuki City (2019), located in the southwestern part of the prefecture (ISW). We analyzed the mitochondrial DNA control region sequences of three individuals and compared them with those of sika deer in the neighboring areas to infer their areas of origin. The three individuals shared an identical haplotype 6TCG1 and repeat motif TD-2. Pairwise FST and Exact Test suggested significant genetic differentiation in the Nasu-Yaita/Boso Peninsula/Kanto Mountains and ISW. Based on these results, the most possible area of origin of these deer was Nikko in Tochigi Prefecture, which was the only area with the identical haplotype-repeat motif “6TCG1-TD-2”. The areas where we obtained the three deer are all very close to the Kokai River, which originates in the Nasu area, Tochigi Prefecture, and the Kinu River, which has its upper reaches in Nikko and northern Tochigi Prefecture. The sika deer in ISW may have migrated from Tochigi Prefecture using the green areas along these rivers as corridors.
著者
奥田 圭 藤間 理央 根岸 優希 ヒントン トーマス G. スマイサー ティモシー J. 玉手 英利 兼子 伸吾
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.137-144, 2018 (Released:2018-07-23)
参考文献数
27

2011 年の東北地方太平洋沖地震は、福島県の一部地域における人間活動を大きく変えた。福島第一原子力発電所の津波被害やその後に生じた放射能汚染は、結果的に放棄耕作地や住民の避難に伴う空き家を増加させ、避難区域内における家畜の逸出を招き、野生の哺乳動物の個体群も拡大させた。本研究では、福島県におけるニホンイノシシと逸出したブタとの交雑の可能性を検証した。2014 年から2016 年の間に福島県内の個体群から集められた75 頭のニホンイノシシのミトコンドリアDNA 配列を分析した結果、71 個体からはニホンイノシシ固有の既知の配列が得られたが、それらから著しく分化したブタに該当する配列が4 個体から得られた。この結果は、野生化したブタからニホンイノシシ個体群への遺伝子汚染を示唆している。また、今回の知見は、当該地域における核DNA マーカーを用いた詳細な遺伝解析とモニタリングに基づく個体群管理の必要性を示唆している。
著者
志賀 隆 横川 昌史 兼子 伸吾 井鷺 裕司
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.33-44, 2013-05

シモツケコウホネNuphar submersa Shiga & KadonoとナガレコウホネN.×fluminalis Shiga & Kadonoは残存集団がそれぞれ4集団のみであり、絶滅が危惧されている水生植物である。それぞれの生育面積はわずかであるにもかかわらず、近年、群落の一部を根こそぎ持ち去るような、園芸目的の盗掘と思われる被害が確認されるようになった。本研究では、形態形質の調査とマイクロサテライトマーカー15遺伝子座の遺伝子型解析を行うことにより、市場に流通しているシモツケコウホネ、ナガレコウホネ、これに加え「ナガバベニコウホネ」の流通名で販売されている植物についてC社とT社から購入し、産地の特定を試みた。ナガレコウホネについては現存個体の多座位遺伝子型を明らかにするために、全ての現存集団から合計59サンプルを得て遺伝子型解析を行った結果、19種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株の形態形質を調査した結果、T社の「シモツケコウホネ」(T1)はシモツケコウホネであったのに対し、C社の流通株(C1〜C9)は全てナガレコウホネであった。また、流通株の遺伝子型を決定した結果、2種類の多座位遺伝子型が確認された。流通株から得られた多座位遺伝子型に対応するものが野生集団で確認されるか検討したところ、T1は日光市(NIK)のシモツケコウホネ(NIK-25)と、C1〜C9は同一クローンであり、佐野市(SAN)のナガレコウホネ(SAN-10)と多座位遺伝子型が完全に一致した。日光市と佐野市の各集団において、NIK-25とSAN-10と全く同じ多座位遺伝子型を持つ別個体が集団内の任意交配により生じる確率(PG)はそれぞれ0.00034と0.00030であることから、日光市および佐野市において採集された2種類の株が流通していたことが示唆された。全個体遺伝子型解析に基づく遺伝子型データの整備は流通や盗掘に対して抑制的な効果をもたらすことが期待できる。
著者
兼子 伸吾 亘 悠哉 高木 俊人 寺田 千里 立澤 史郎 永田 純子
出版者
一般社団法人 日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
pp.2302, (Released:2023-09-08)
参考文献数
58

マゲシカ Cervus nippon mageshimae Kuroda and Okadaは、その形態的特徴によって記載されたニホンジカ C. nipponの亜種である。しかし、2014年の環境省のレッドデータブックの改訂に当たっては、亜種としての分布域が不明瞭であり、分類学的な位置づけが明確でないとされている(環境省 2014)。その一方で、近年実施された遺伝解析の結果からはマゲシカの遺伝的独自性が示されつつある。その遺伝的特徴から、マゲシカの分布域を明らかにし、近隣に生息するヤクシカ C. n. yakushimae(屋久島および口永良部島)やキュウシュウジカC. n. nippon(九州本土)との関係性を議論することが可能となってきた。そこで本研究では、マゲシカの遺伝的な特徴やその分布について、先行研究において報告されているミトコンドリアDNAのコントロール領域のデータを中心に再検討を行った。その結果、マゲシカの分布域とされる馬毛島および種子島の個体は、キュウシュウジカだけでなくヤクシカとも明確に異なる塩基配列を有していた。また核DNAやY染色体DNAに着目した先行研究には、マゲシカの生息地である種子島とヤクシカの生息地である屋久島間で対立遺伝子頻度に明確な違いがあることが示されていた。形態については、馬毛島および種子島のニホンジカと遺伝的にもっとも近いヤクシカとの間に明瞭な違いがあることが先行研究によって示されていた。一連の知見から、少なくとも馬毛島と種子島のニホンジカを九州に生息するニホンジカとは明確に異なる保全単位として認識することが適切であること、さらに2島間にもミトコンドリアハプロタイプの頻度をはじめとする集団遺伝学的な差異が存在する可能性が高いことが示唆された。
著者
山澤 泰 高木 俊人 兼子 伸吾
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.179-184, 2023 (Released:2023-08-03)
参考文献数
29

モグラ類は地下適応を遂げてきた小型哺乳類であり,飼育研究で得られた繁殖に関する知見は少ない.本研究では,アズマモグラ(Mogera imaizumii)を対象に,飼育中に出産した母親とその仔3個体を用いて,先行研究で開発されたマイクロサテライトマーカーが,本種の個体識別や親子判定に利用可能か検証した.さらに父親の遺伝子型を推定し,交尾に関わったオスの個体数を明らかにするとともに,先行研究における山形県の3地点の野生集団の遺伝子型データを用いた再解析から,マーカーの個体識別率について評価した.その結果,12遺伝子座のマーカー中10遺伝子座で明瞭なピークが得られ,本研究で対象とした親子について,父親の遺伝子型を高い確率で推定でき,仔3個体の父親はオス1個体のみである可能性が示唆された.また先行研究における山形県の遺伝子型データの再解析から,これらマイクロサテライトマーカーを用いた個体識別や親子判定が可能であり,モグラ類における繁殖生態の解明への有用性が示された.
著者
永田 純子 亘 悠哉 高木 俊人 立澤 史郎 兼子 伸吾
出版者
日本哺乳類学会
雑誌
哺乳類科学 (ISSN:0385437X)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.109-117, 2023 (Released:2023-02-09)
参考文献数
57
被引用文献数
1

鹿児島県奄美群島の喜界島には,2002年ごろに鹿児島県本土の養鹿場から人が持ち込んだ15頭ほどのニホンジカ(Cervus nippon)に由来する個体群が国内外来種として野外に定着している.本研究では,これまで不明であった喜界島に定着するニホンジカの起源を明らかにするため,喜界島の野外で採集した糞と駆除個体の肉片サンプルを利用し,ミトコンドリアDNAのコントロール領域における塩基配列998 bpを決定した.そして,他地域のニホンジカの遺伝情報も整理し,遺伝的データに基づいて起源を推定した.一連のデータセットから19ハプロタイプが判別され,喜界島産のハプロタイプは馬毛島産固有のHap1と同一であった.本研究の結果と先行研究の情報なども考慮すると,喜界島のニホンジカは馬毛島を起源とする可能性が高い.喜界島へのニホンジカの移入の問題は,シカの移入と飼育個体の逸出が近年になっても繰り返されていることを示している.シカの移動および逸出が外来生物問題を引き起こすリスクを有することを踏まえた,飼育シカ類の移動と飼育に関する厳格な管理制度の構築が求められる.また,喜界島では,定着したシカによる自然植生への影響も懸念される.できる限り早い段階で,適切な個体群管理を遂行できる体制の構築が望まれる.
著者
兼子 伸吾 太田 陽子 白川 勝信 井上 雅仁 堤 道生 渡邊 園子 佐久間 智子 高橋 佳孝
出版者
日本生態学会
雑誌
保全生態学研究 = Japanese journal of conservation ecology (ISSN:13424327)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.119-123, 2009-05-30
参考文献数
34
被引用文献数
1

The aim of this study was to evaluate the comparative importance of habitat types for the conservation of biodiversity. We determined the number of endangered vascular plant species for each habitat type using the regional Red Data Book that contains information for five prefectures in the Chugoku region, western Japan, together with data on the area covered by each habitat type obtained from the fifth national vegetation survey. The habitat types were classified as "forest", "agricultural field," "wetland," "rocky ground," "grassland," or "seaside." Although many of the listed endangered species belonged to forest habitats, at the regional level, the species/area ratios were higher in the grassland, wetland, and seaside habitats than in the forest and agricultural field habitats. However, the conservation priorities for the endangered plant species in relation to habitat type showed only a slight variation among the prefectures examined.