- 著者
-
杉田 学
- 出版者
- 日本毒性学会
- 雑誌
- 日本毒性学会学術年会
- 巻号頁・発行日
- vol.40, 2013
【はじめに】薬剤の使用は現代医学では不可欠なものであり,その有効性と毒性・副作用については治験結果をもとに強く認識されている。一方で,治験結果から危険性を認識するように警告するようになっていても,使用する患者や医師の認識不足によって重篤な病状をおこしたり,稀と言われている副作用に遭遇したりすることもある。本発表では実際に経験した症例を2例提示し,非臨床/臨床治験を行う側と臨床で使用する医師側,それぞれの問題を考察する。【症例1】29歳男性,4年前から統合失調症で某病院精神科通院中。某日,心肺停止として当院へ救急搬送。来院時心肺停止状態,心電図は心静止,瞳孔は両側散大。直ちに心肺蘇生術を開始し,病着後10分で心拍再開しICU入室。来院直後の血糖値は854 mg/dL,血漿浸透圧は373 mOsm/L,血液/ガス分析ではpH6.558, HCO<SUB>3</SUB>-7.8 mmol/L, BE-35.4と高血糖,高浸透圧血症,代謝性アシドーシスを認めた。心停止に至る原因が他にすべて否定され,糖尿病性ケトアシドーシスによって心停止に至ったと考えた。患者に糖尿病の既往はなく,前医に問い合わせたところ1ヶ月前にOlanzapineが開始され,薬剤開始後2週間,1ヶ月後(今回の来院3日前)の採血で既に高血糖,多飲・体重減少の高血糖を示唆する所見があったにも関わらず主治医は認識していなかった。本症例を含め同薬と因果関係が否定できない重篤な高血糖,糖尿病性ケトアシドーシス,糖尿病性昏睡が9例(死亡例2例)報告されたため注意喚起がなされ,本邦での発売元は同薬剤を,糖尿病患者やその既往歴のある患者への投与を禁忌とした。【症例2】79歳男性, 意識障害を主訴に来院。高血圧,慢性腎臓病,糖尿病で降圧剤,Vildagliptinを内服。来院時の意識はJCS3-R,簡易血糖測定で34 mg/dl,Whipple3徴を満たしたため低血糖性昏睡と診断。DPP-4阻害薬は作用機序から血糖依存性に作用するため低血糖発作のリスクは低いとされるが,本症例の如く単独でも低血糖となり得る。【考察】症例1では医師側の認識不足が,症例2では稀な副作用が,重篤な病態を起こした。開発現場と臨床現場それぞれで情報を密にやりとりすることが必要であり,非臨床/臨床治験の結果を紐解く作業が臨床現場にも求められる。